「急げ、こっちだ! 列を崩さずに進みなさい!」
避難場所に指定された体育館の巨大な二重扉の前では、怒号と悲鳴が入り乱れていた。
校内警報のけたたましいサイレンが響き渡る中、体育館には誘導された大勢の生徒たちが、不安と恐怖に震えながら身を寄せ合っている。
教員たちは汗を拭う暇もなく、逃げ遅れた生徒を一人でも多く救うため、次々と体育館内へ誘導を続けていた。
「状況は!」
誘導の指揮を執るベテランの教師が、駆け寄ってきた同僚に叫ぶように尋ねた。
「ほとんどの生徒は避難を終えています! ですが、数人ほどまだ所在が確認できていないと……!」
「何だと……! なら、私たちも探しに行った方が――」
「しかし、ここを離れるのも危険です。侵入者がいつここへ押し寄せてくるか分かりません」
「だが、見捨てるわけには……」
「侵入者だ!!」
その問答を断ち切るように、体育館の入口前に立っていた見張り役の教師が声を上げた。
「なに……!?」
教師たちの視線が一斉に前庭へ向けられる。
校舎の影から、一人の男がゆっくりと歩み寄ってきていた。
「ここは絶対に守らねばならん! 行くぞ!」
教師たちは即座に腹をくくり、教え子たちを守る壁となるべく、次々と体育館の外へ飛び出して侵入者と相対した。
「侵入者はこいつ一人か」
ずらりと陣を敷いた教師たちを見て、やってきた男は呆れたように口角を上げる。
「お~、ぞろぞろと増えてきたな」
「貴様、何者だ! 何をしに来た!」
先頭の教師が険しい表情で問い詰める。
男は悪びれる様子もなく、どこまでも呑気に答えた。
「んー、一応名乗った方がいいのか? 名前はグラ」
グラは両手を後頭部で組み、無防備な姿勢のまま、まるで散歩でもするかのように歩みを進める。
「止まれ!」
危険と判断した教師が間髪入れず手を突き出し、グラ目掛けて魔法を放った。
「おお!」
ドカン! と轟音が響き、放たれた魔法は回避する素振りすら見せなかったグラの胸元へ直撃する。
衝撃と共に土煙が立ち込める。
だが、煙の向こうから現れたグラは、衣服すら乱れることなく、何事もなかったかのように立っていた。
「へぇ~、結構美味しいな。もっと撃ってくれよ」
舌で唇をぺろりと舐めながら、グラが不気味に笑う。
「な、なんだこいつは……! こうなったら全員で行くぞ!」
一人の攻撃では埒が明かないと判断した教師が叫ぶ。
それを合図に、並んでいた教師たちが一斉に魔法を展開した。
炎、氷、風、雷。
様々な属性の魔法が次々と放たれ、逃げ場を塞ぐようにグラへ殺到する。
炸裂音と共に爆煙が立ち込め、その姿を完全に覆い隠した。
「よ、よし! これでさすがに……」
教師たちは固唾を呑んで煙の中を見つめる。
しかし、立ち昇る煙の奥から姿を現したグラには、傷一つついていなかった。
その光景を目の当たりにした教師たちの顔から、一斉に血の気が引いていく。
「なんだ? もう終わりなのか?」
グラは物足りなさそうに首を傾げた。
「なんなんだこいつ……魔法が効かないのか……!?」
満足げに歩み寄ってくるグラを前に、教師たちはその異常性に呑まれ、じりじりと後退していく。
その時だった。
ズバァン!!
グラの側面から一筋の魔法が飛来し、その身体へ直撃する。
「な、なに!? 一体誰が……」
驚いた教師たちが魔法の放たれた方向へ一斉に目を向ける。
そこには白衣を風になびかせ、一人の女性が凛とした佇まいで立っていた。
「烏迴先生……!」
魔法を放ったのは、烏迴辰巳の姉――烏迴茜だった。
「大丈夫ですか」
茜は取り乱す教師たちの横を抜け、冷静な声で問いかけながら最前線へ立つ。
「こんなに美味いのは久しぶりだ!」
その先では、先ほど魔法を直撃させられたグラが腹を抱えて大笑いしていた。
「や、やっぱりあいつ、魔法が効かないんだ……!」
「……魔法が効かない?」
背後から聞こえた教師の悲痛な呟きに、茜はぴくりと眉を動かした。
「どれだけ強力な魔法を放っても、あいつは無傷で……」
「……」
茜は眼鏡の奥から鋭い視線を向け、数秒間、黙ってグラを観察する。
やがて何かを確かめるように右手を突き出すと、もう一度、単発の魔法を放った。
魔法は寸分の狂いもなくグラに直撃する。
しかし、やはり傷一つつかない。
それどころかグラは、極上の美食でも味わったかのように恍惚とした表情を浮かべていた。
「……ふむ、なるほど。面白いな」
異常な光景を目の当たりにしても、茜は恐怖するどころか、探求心を刺激されたように口元を吊り上げた。
「あんた、もっと撃ってくれよ!」
味を占めたグラが、魔法をねだるように声を上げる。
「良いだろう。……先生方、あとはよろしくお願いします」
「え、烏迴先生!?」
教師たちが反応するより先に、茜は地面を蹴ってグラとの間合いを詰めた。
「ここでは周りに人が多すぎる。場所を変えさせてもらうぞ」
茜はそのままグラの顔面を片手で掴み取る。
直後、二人の周囲の空間が歪み、茜とグラの姿は教師たちの目の前から消え去った。
◇
「……ここなら問題なく闘える」
転移した先は、学園の広大な敷地内に設けられた訓練用の闘技場だった。
周囲は強固な防護障壁によって囲まれ、多少激しい戦闘を行っても被害が外へ及ばないよう造られている。
「外へ出てもよかったが、どうやら結界が張られているらしいな。用意周到なことだ」
茜は掴んでいたグラの顔から手を離し、その身体を前方へ放り投げる。
グラは空中で体勢を整え、石畳の上へ着地した。
「では、お望み通り魔法をくれてやる」
茜は手加減なく魔力を練り上げ、そのままグラへ魔法を放つ。
光の束となった一撃は一直線にグラへ直撃した。
しかし、やはり一切のダメージはない。
「これだよこれ! もっとくれ!」
「魔法を食べる……本当に面白いな、貴様」
歓喜するグラを前に、茜は被験者を観察する研究者のように楽しげな笑みを浮かべる。
「どこまで食えるのか、試してやろう」
茜はさらに魔力を高めると、立て続けに魔法を撃ち放った。
次々と放たれた魔法がグラへ降り注ぎ、闘技場に炸裂音が響く。
数秒後、巻き上がった砂塵がゆっくりと晴れていく。
その中心には、衣服の破れすらないグラが無傷のまま立っていた。
「どれだけ魔法を放ったって無駄だぜ? 俺に魔法は――ッ!?」
ドガァン!!
勝ち誇ったグラが言葉を言い切るより早く、背後から放たれた魔法がその背中へ直撃した。
「ぐっ……!?」
不意を突かれたグラは大きく体勢を崩し、その場に片膝をつく。
「なるほど。意識の外から来た攻撃は食べられない、と」
茜は冷静にそう呟きながら、膝をついたグラを見下ろす。
「それと、無属性も恐らく対象外なんだろう? さっきの転移魔法は問題なく使えたからな」
「……そりゃあ、そう簡単にあんな美味いもんにはありつけないよな」
背中の痛みを払うように、グラは不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと立ち上がった。
能力の一端を見破られたというのに、その顔には依然として余裕が残っている。
「さて、魔法での実験はこれくらいにして、次に進むとしよう」
茜は静かに右手を掲げる。
「――啜りて、連なれ〈ラミアティオ〉」
掌へ魔力が収束し、光の粒子の中から薄く鋭利な銀色のメスが姿を現した。
「こいつはどうする?」
茜は右手に握ったメスを、牽制するようにグラ目掛けて投擲した。
銀色の刃が一直線に迫り、グラは僅かに頭を逸らしてそれを躱す。
「避けるか……なるほど。取り敢えず、魔法を使うよりこちらで闘った方が良さそうだな」
分析を終えた茜の右手には、先ほど投げたはずのメスが、いつの間にか再び握られていた。
「では、行くぞ。せいぜい楽しませてくれよ?」
静かな殺気を孕んだ言葉と共に、茜は再び銀色のメスをグラへ投げ放った。
避難場所に指定された体育館の巨大な二重扉の前では、怒号と悲鳴が入り乱れていた。
校内警報のけたたましいサイレンが響き渡る中、体育館には誘導された大勢の生徒たちが、不安と恐怖に震えながら身を寄せ合っている。
教員たちは汗を拭う暇もなく、逃げ遅れた生徒を一人でも多く救うため、次々と体育館内へ誘導を続けていた。
「状況は!」
誘導の指揮を執るベテランの教師が、駆け寄ってきた同僚に叫ぶように尋ねた。
「ほとんどの生徒は避難を終えています! ですが、数人ほどまだ所在が確認できていないと……!」
「何だと……! なら、私たちも探しに行った方が――」
「しかし、ここを離れるのも危険です。侵入者がいつここへ押し寄せてくるか分かりません」
「だが、見捨てるわけには……」
「侵入者だ!!」
その問答を断ち切るように、体育館の入口前に立っていた見張り役の教師が声を上げた。
「なに……!?」
教師たちの視線が一斉に前庭へ向けられる。
校舎の影から、一人の男がゆっくりと歩み寄ってきていた。
「ここは絶対に守らねばならん! 行くぞ!」
教師たちは即座に腹をくくり、教え子たちを守る壁となるべく、次々と体育館の外へ飛び出して侵入者と相対した。
「侵入者はこいつ一人か」
ずらりと陣を敷いた教師たちを見て、やってきた男は呆れたように口角を上げる。
「お~、ぞろぞろと増えてきたな」
「貴様、何者だ! 何をしに来た!」
先頭の教師が険しい表情で問い詰める。
男は悪びれる様子もなく、どこまでも呑気に答えた。
「んー、一応名乗った方がいいのか? 名前はグラ」
グラは両手を後頭部で組み、無防備な姿勢のまま、まるで散歩でもするかのように歩みを進める。
「止まれ!」
危険と判断した教師が間髪入れず手を突き出し、グラ目掛けて魔法を放った。
「おお!」
ドカン! と轟音が響き、放たれた魔法は回避する素振りすら見せなかったグラの胸元へ直撃する。
衝撃と共に土煙が立ち込める。
だが、煙の向こうから現れたグラは、衣服すら乱れることなく、何事もなかったかのように立っていた。
「へぇ~、結構美味しいな。もっと撃ってくれよ」
舌で唇をぺろりと舐めながら、グラが不気味に笑う。
「な、なんだこいつは……! こうなったら全員で行くぞ!」
一人の攻撃では埒が明かないと判断した教師が叫ぶ。
それを合図に、並んでいた教師たちが一斉に魔法を展開した。
炎、氷、風、雷。
様々な属性の魔法が次々と放たれ、逃げ場を塞ぐようにグラへ殺到する。
炸裂音と共に爆煙が立ち込め、その姿を完全に覆い隠した。
「よ、よし! これでさすがに……」
教師たちは固唾を呑んで煙の中を見つめる。
しかし、立ち昇る煙の奥から姿を現したグラには、傷一つついていなかった。
その光景を目の当たりにした教師たちの顔から、一斉に血の気が引いていく。
「なんだ? もう終わりなのか?」
グラは物足りなさそうに首を傾げた。
「なんなんだこいつ……魔法が効かないのか……!?」
満足げに歩み寄ってくるグラを前に、教師たちはその異常性に呑まれ、じりじりと後退していく。
その時だった。
ズバァン!!
グラの側面から一筋の魔法が飛来し、その身体へ直撃する。
「な、なに!? 一体誰が……」
驚いた教師たちが魔法の放たれた方向へ一斉に目を向ける。
そこには白衣を風になびかせ、一人の女性が凛とした佇まいで立っていた。
「烏迴先生……!」
魔法を放ったのは、烏迴辰巳の姉――烏迴茜だった。
「大丈夫ですか」
茜は取り乱す教師たちの横を抜け、冷静な声で問いかけながら最前線へ立つ。
「こんなに美味いのは久しぶりだ!」
その先では、先ほど魔法を直撃させられたグラが腹を抱えて大笑いしていた。
「や、やっぱりあいつ、魔法が効かないんだ……!」
「……魔法が効かない?」
背後から聞こえた教師の悲痛な呟きに、茜はぴくりと眉を動かした。
「どれだけ強力な魔法を放っても、あいつは無傷で……」
「……」
茜は眼鏡の奥から鋭い視線を向け、数秒間、黙ってグラを観察する。
やがて何かを確かめるように右手を突き出すと、もう一度、単発の魔法を放った。
魔法は寸分の狂いもなくグラに直撃する。
しかし、やはり傷一つつかない。
それどころかグラは、極上の美食でも味わったかのように恍惚とした表情を浮かべていた。
「……ふむ、なるほど。面白いな」
異常な光景を目の当たりにしても、茜は恐怖するどころか、探求心を刺激されたように口元を吊り上げた。
「あんた、もっと撃ってくれよ!」
味を占めたグラが、魔法をねだるように声を上げる。
「良いだろう。……先生方、あとはよろしくお願いします」
「え、烏迴先生!?」
教師たちが反応するより先に、茜は地面を蹴ってグラとの間合いを詰めた。
「ここでは周りに人が多すぎる。場所を変えさせてもらうぞ」
茜はそのままグラの顔面を片手で掴み取る。
直後、二人の周囲の空間が歪み、茜とグラの姿は教師たちの目の前から消え去った。
◇
「……ここなら問題なく闘える」
転移した先は、学園の広大な敷地内に設けられた訓練用の闘技場だった。
周囲は強固な防護障壁によって囲まれ、多少激しい戦闘を行っても被害が外へ及ばないよう造られている。
「外へ出てもよかったが、どうやら結界が張られているらしいな。用意周到なことだ」
茜は掴んでいたグラの顔から手を離し、その身体を前方へ放り投げる。
グラは空中で体勢を整え、石畳の上へ着地した。
「では、お望み通り魔法をくれてやる」
茜は手加減なく魔力を練り上げ、そのままグラへ魔法を放つ。
光の束となった一撃は一直線にグラへ直撃した。
しかし、やはり一切のダメージはない。
「これだよこれ! もっとくれ!」
「魔法を食べる……本当に面白いな、貴様」
歓喜するグラを前に、茜は被験者を観察する研究者のように楽しげな笑みを浮かべる。
「どこまで食えるのか、試してやろう」
茜はさらに魔力を高めると、立て続けに魔法を撃ち放った。
次々と放たれた魔法がグラへ降り注ぎ、闘技場に炸裂音が響く。
数秒後、巻き上がった砂塵がゆっくりと晴れていく。
その中心には、衣服の破れすらないグラが無傷のまま立っていた。
「どれだけ魔法を放ったって無駄だぜ? 俺に魔法は――ッ!?」
ドガァン!!
勝ち誇ったグラが言葉を言い切るより早く、背後から放たれた魔法がその背中へ直撃した。
「ぐっ……!?」
不意を突かれたグラは大きく体勢を崩し、その場に片膝をつく。
「なるほど。意識の外から来た攻撃は食べられない、と」
茜は冷静にそう呟きながら、膝をついたグラを見下ろす。
「それと、無属性も恐らく対象外なんだろう? さっきの転移魔法は問題なく使えたからな」
「……そりゃあ、そう簡単にあんな美味いもんにはありつけないよな」
背中の痛みを払うように、グラは不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと立ち上がった。
能力の一端を見破られたというのに、その顔には依然として余裕が残っている。
「さて、魔法での実験はこれくらいにして、次に進むとしよう」
茜は静かに右手を掲げる。
「――啜りて、連なれ〈ラミアティオ〉」
掌へ魔力が収束し、光の粒子の中から薄く鋭利な銀色のメスが姿を現した。
「こいつはどうする?」
茜は右手に握ったメスを、牽制するようにグラ目掛けて投擲した。
銀色の刃が一直線に迫り、グラは僅かに頭を逸らしてそれを躱す。
「避けるか……なるほど。取り敢えず、魔法を使うよりこちらで闘った方が良さそうだな」
分析を終えた茜の右手には、先ほど投げたはずのメスが、いつの間にか再び握られていた。
「では、行くぞ。せいぜい楽しませてくれよ?」
静かな殺気を孕んだ言葉と共に、茜は再び銀色のメスをグラへ投げ放った。

