「……なんですの?」
放課後になり、いつもと変わらない賑やかさの中で帰宅途中だった水無京子、涼子の姉妹と、彼女たちに同行していた雨宮俊の三人は、校舎に突如として鳴り響いたけたたましい非常警報の音に、思わず足を止めた。
『侵入者です。生徒の皆さんは直ちに避難場所へと移動してください』
校内放送の無機質なアナウンスが、ただ事ではない事態の発生を告げている。
「侵入者?」
京子が怪訝そうに眉をひそめて呟く。
「みたいね……まあ、ここは従って避難した方がいいんじゃない?」
涼子が冷静に周囲を見渡しながら、現実的な提案を口にした。
「そうだな。二人とも、急ぐぞ」
雨宮が警戒を強めながら促すが、姉妹はすかさずツッコミを入れる。
「主人に命令しないの!」
「そうですわ!」
雨宮に文句を言う二人だが、その言葉とは裏腹に、足取りはしっかりと雨宮の後に続いていく。校舎の廊下を急ぎながら、京子がふと思いついたように口を開いた。
「犯人に出会ったら、私達で捕まえちゃってもいいんじゃない?」
「それは良いですわね」
「馬鹿、何言ってんだ」
呑気とも取れる二人のやり取りを背中で聞いていた雨宮は、呆れたように、それでも真剣な声で言い返した。
「この学園に侵入してるんだぞ? かなりの手練れだ。俺らの手に負える相手じゃない」
雨宮の言う通り、ここ星雲魔術師学園は日本でも有数の魔法教育機関であり、セキュリティも極めて厳重だ。それを突破して堂々と侵入してくる者が、ただの賊であるはずがなかった。
「……もし出会ったら?」
涼子が真剣な面持ちで尋ねる。雨宮の答えは明快だった。
「逃げる一択だ」
(とはいえ、本当に出会したら簡単には逃げられないだろう……。この二人だけでも逃すことができればいいが)
雨宮は内心で最悪の事態を想定し、冷や汗を滲ませていた。
「とりあえず俺らは急いで避難して、後は先生方に任せるぞ」
「俊がそう言うなら……」
京子が納得しかけた、その瞬間だった。
雨宮の直感が、背後から迫る異様な魔力の高まりを捉えた。
「二人とも、伏せろ!」
雨宮は大声で指示を飛ばした。唐突な叫びに二人は驚いたが、長年の信頼から身体が即座に反応し、床へと身を低くする。
直後、凄まじい風切り音と共に、三人の頭上を凶悪な威力を秘めた魔法が掠めて通り過ぎた。
もし避けていなければ、直撃は免れなかった。
「な、なに? まさか……」
「そのまさかだ」
雨宮が苦い表情で剣の柄に手をかける。
(くそ! どうする? 本当に出会すとは思ってなかったぞ!)
雨宮が必死に打開策を思考していると、今しがた魔法を放った張本人である侵入者が、廊下の奥から三人へゆっくりと近づいてくる。
不気味なほどの静けさを纏ったその姿に、京子が毅然と声を張った。
「あ、あなたは何者なんですの?」
「……ケディア」
京子の質問に対し、侵入者は抑揚のない声で自身の名前だけを答えた。
「いきなり魔法を撃ってきて……何が目的なんだ」
(今は時間を稼ぐ……隙ができたら逃げるぞ)
雨宮はケディアの視線を自分へ向けながら、背後で身構える二人へ目線で合図を送る。
二人は雨宮の意図を正確に理解し、小さく頷いた。
緊迫した静寂の中、ケディアが口を開く。
「……桐宮隼人を知っているか?」
(なんで桐宮を探しているんだ?)
雨宮は予想していなかった名前を出されたことに驚くが、敵に情報を与えないよう、どこまでも冷静に振る舞う。
「桐宮隼人……もし、知らないって言ったら?」
「……そうか」
ケディアはそう言うと、興味を失ったかのように、それ以上三人を気にかけることもなく、そのまま横を通り過ぎていこうとする。
(助かったのか? とりあえず今は先にこの二人だけ逃す)
雨宮は安堵しかけ、素早く指示を出そうとした。
「二人とも先に逃げて――」
「「【アクア・ブレット】!!」」
「……って、おい!」
雨宮の制止も虚しく、涼子と京子は無防備に背中を向けたケディア目掛けて、容赦なく魔法を放った。
激しい水の弾丸がケディアの背中へ直撃する。
「何してんだよ、お前ら!」
雨宮が思わず声を荒らげると、二人は当然と言わんばかりの表情で言い返した。
「確か桐宮隼人は、玲奈のご友人だったはずですわ」
「だったら、狙ってるって知ってて見逃せるわけないでしょ?」
「桐宮隼人を知っているんだな」
ケディアは二人の魔法が直撃したことなど全く気にも留めない様子で、ゆっくりと三人の方を振り返った。
その衣服には、塵一つついていない。
「だぁ~! くそ! お前らだけでも先に逃すつもりだったのに!」
計画が完全に狂い、雨宮は頭を激しく掻きむしりながら叫ぶ。
「あなたの思い通りに動く私達じゃなくてよ?」
「そんなことを威張るなよ……まあ、しゃあねぇ。三人でやるぞ」
覚悟を決めた雨宮が剣を引き抜く。
「俊は逃げても構わないのよ?」
「ふざけんな。ダチ狙われて、逃げる選択肢なんかあるわけねぇだろ」
「……話は済んだか」
「ああ……分かってんな、お前ら」
雨宮の短い言葉に、二人は力強く頷く。
それを見た雨宮は強く地面を蹴り、鋭い踏み込みでケディアへ真っ向から斬りかかった。
ケディアは最小限の動きで雨宮の猛撃を避けるが、雨宮は休むことなく、嵐のような連続攻撃で何度も剣を振り抜いていく。
「私も手伝うわ!」
京子も雨宮の攻撃に合わせ、果敢にケディアの至近距離へと接近して息の合った攻撃を仕掛けた。
しかし、ケディアは二人の苛烈な同時攻撃すら、まるで子供の戯れをあしらうかのように簡単に防ぎ、すべてを封じ込める。
「チッ、だったらこいつはどうだよ」
雨宮は剣での連続攻撃の勢いのまま、完全に懐へ潜り込み、至近距離から一気に魔法を放とうとする。
だが、ケディアの反応速度が上回った。
魔法が発動するより早く雨宮の手首を強固に掴むと、そのまま自身の後方へ力任せに投げ飛ばし、至近距離からの魔法を防ぐ。
投げ飛ばされた雨宮は空中で体勢を立て直し、廊下の床へ着地する。
「これでもダメか……だったら」
「京子!」
「分かってる!」
涼子の鋭い声に反応した京子は、即座に後方へ大きく跳び、ケディアから距離を取る。
「これならどうだよ」
次の瞬間、ケディアの頭上に巨大で緻密な魔法陣が青く浮かび上がる。
涼子が凛とした声で詠唱を紡ぎ始めた。
「……静寂なる大河。青き水流よ、虚を彷徨い激流と化せ……」
ケディアは涼子の詠唱から放たれる莫大な魔力を察知し、その場から離れようとステップを踏む。
「させるかッ!」
雨宮は投げ飛ばされる寸前に仕込んでいた別の魔法を、このタイミングで一気に発動する。
ケディアの足元を縛り、その動きを封じ込めた。
そして、すぐさま涼子へ目で合図を送る。
「……【水竜の爆撃】!」
涼子が完成した最上級魔法を放つ。
ケディアの頭上から、咆哮を上げる巨大な水の竜が一気に襲いかかった。
ドゴォォォン!!
轟音と共に激流が炸裂し、凄まじい衝撃が廊下を揺らした。
「手応えはありですわ」
爆発の中心となった二階の床には大きな穴が穿たれ、下の階まで崩れ落ちていた。
「……これ、大丈夫よね?」
京子はその穴を恐る恐る指差し、戦々恐々とした様子で呟く。
「まあ、これは流石に仕方ねえだろ……それより、あいつはどうなった」
雨宮は息を整えながら、ケディアが落ちたであろう床の穴を鋭く見つめる。
すると、破壊された穴の奥から、信じられないほど静かな声が響いてきた。
「……なるほど。少々甘く見ていたようだ」
一階へと落ちていたケディアは床を蹴って一気に跳び上がり、再び二階へと姿を現した。
「……効いてないのか?」
雨宮の目が見開かれる。
ケディアには特に目立った外傷はなく、最上級魔法の直撃を受けたはずなのに、ほとんど無傷に見えた。
「そんな……最上級魔法ですわよ」
涼子が驚愕に顔を青ざめさせる。
(ここまでとは流石に予想外だ……! どうする? 二人だけ先に逃がせるか?)
雨宮はケディアの底知れない強さに、内心で焦りを募らせる。
その時、ケディアの目が一瞬で冷酷に据わった。
「俊!」
「……ッ!」
涼子の警告と同時に、ケディアが一気に間合いを詰め、鋭い横薙ぎを放った。
雨宮は後ろへ飛んで避けようとする。
だが、ケディアの強さをどう崩すか一瞬考えたことで、わずかに反応が遅れた。
鋭い刃が雨宮の腹部を掠め、衣服を深く裂いて鮮血を散らした。
「ぐっ……!」
動きの鈍った雨宮に対し、ケディアがさらに容赦のない追撃を仕掛けようとする。
そこへ、京子が必死の形相で飛びかかり、上段から剣を力任せに振り下ろした。
しかし、ケディアはそれを自身の剣であっさりと受け流すと、ガラ空きになった京子のこめかみに向かって蹴りを放つ。
鈍い音と共に京子の身体が横へ吹き飛び、そのまま廊下の壁へ激突した。
「京子!」
「……てめぇ!」
涼子が怒りに震えながらすぐさま魔法を放ち、傷ついた雨宮も再びケディアへ飛びかかろうとする。
だが、ケディアは左右に手を差し出すと、迫る雨宮と涼子に対してそれぞれ魔法を放った。
雨宮はその魔法を避けることができず真正面から喰らって弾き飛ばされ、涼子の放った魔法はケディアの魔法によって完全に相殺された。
「……次はお前だ」
ケディアの冷徹な視線が、唯一無事な涼子へと向けられる。
次の瞬間、ケディアは床を蹴り、涼子との距離を一気に詰めた。
魔法を喰らい床に倒れていた雨宮だったが、すぐに痛みを堪えて体勢を立て直し、涼子の元へと必死に走り出す。
(くそ! 間に合わねぇ!)
「逃げろ、涼子!」
雨宮の叫びが響く。
ケディアが涼子へ剣を振り下ろそうとした、その瞬間――雨宮の横を一本の棒が凄まじい勢いで通り抜けた。
伸び切った如意棒がケディアの横腹を捉え、その身体を廊下の奥へと弾き飛ばす。
「よぉ、何楽しそうなことやってんだよ、雨宮」
驚く雨宮の後ろに、いつの間にか一人の少年が立っていた。
燃えるような赤髪を揺らし、不敵な笑みを浮かべている。
「俺も混ぜろよ」
八雲は、今しがた一撃を見舞って長く伸ばしていた如意棒を、カチリと小気味よい音を立てて元のサイズへと戻す。
「八雲……?」
「私もいるよ~」
八雲の後ろから、落ち着いた黒髪の少女が静かに現れ、彼の横に並び立つ。
「一ノ瀬もか……ちょうど良かった」
「ん?」
現れた頼もしい援軍に、雨宮はすぐさま次の判断を下す。
「涼子と京子を連れて、ここから離れてほしい」
「雨宮君、それ……」
「何言ってるんですの!」
壁際で倒れていた京子に肩を貸し、なんとか雨宮の元へと辿り着いた涼子が、納得いかないとばかりに大きな声を上げた。
「俊、私達だけ逃がそうってこと?」
「ああ、そうだ……はっきり言うが、お前らを守りながらじゃ無理だ」
雨宮の突き放すような、それでも優しさに満ちた言葉に、二人は悔しそうに言い返そうとした。
だが、自分たちの負傷の深さと戦力差を理解しているがゆえに、何も言えず黙り込む。
「一ノ瀬、頼む」
「……はぁ、分かったわ」
一ノ瀬は状況の厳しさを察して小さくため息をつくが、雨宮の真剣な頼みを受け入れた。
「涼子、京子……これは使用人としてじゃなく、雨宮俊個人のお願いだ。頼む。一ノ瀬と逃げてくれ」
雨宮は二人の目を真っ直ぐに見つめ、これまでにないほど真剣に語りかける。
その真っ直ぐな瞳に、京子は唇を噛み締めながらも視線を返した。
「……分かった」
「き、京子!」
「けど約束して。無事に帰ってくるって……この約束は主人としてじゃなく、水無京子個人との約束よ」
京子は雨宮の言い回しをそのままなぞるようにして、彼へ絶対に生きて戻るよう約束を迫る。
「……俊」
「涼子……頼む」
まだ納得のいかない様子だった涼子だったが、雨宮の決意の固さを見て、ふっと表情を和らげた。
「……私、美味しいケーキが食べたいですわ」
「……は?」
あまりに場違いな要求に、雨宮は思わず素っ頓狂な声を出す。
「だから今度連れて行って……これも水無涼子個人との約束ですわよ」
「お前ら真似るなよ……けど分かった。任せとけ」
二人の不器用な優しさと決意を受け取り、雨宮はいつもの頼もしい笑顔でそう応じた。
「……それじゃあ行きましょう。八雲、あんたも気をつけなさいよ」
一ノ瀬はそう言うと、京子の身体を支えるのを手伝い、速やかに三人でこの場から立ち去っていった。
彼女たちの背中が完全に見えなくなるのを確認し、八雲と雨宮は再び前方を見据える。
そこには、吹き飛ばされた先から悠然と歩み寄ってくるケディアの姿があった。
「……済んだか」
「ああ、待ってくれてありがとな」
雨宮は剣を構え直し、隣の八雲に視線を送る。
「雨宮、俺らの勝率はどれくらいだと思う?」
八雲が如意棒を肩に担ぎ、獰猛な笑みを浮かべて問いかける。
「お前がそんなこと聞くなんて珍しいな……まあそうだな。高く見積もって一%ってとこだろ」
「そんだけありゃあ十分だな」
「だな」
二人は互いにニヤリと好戦的な笑みを浮かべると、同時に強く地面を蹴り、圧倒的な強者であるケディア目掛けて一直線に駆け出した。
放課後になり、いつもと変わらない賑やかさの中で帰宅途中だった水無京子、涼子の姉妹と、彼女たちに同行していた雨宮俊の三人は、校舎に突如として鳴り響いたけたたましい非常警報の音に、思わず足を止めた。
『侵入者です。生徒の皆さんは直ちに避難場所へと移動してください』
校内放送の無機質なアナウンスが、ただ事ではない事態の発生を告げている。
「侵入者?」
京子が怪訝そうに眉をひそめて呟く。
「みたいね……まあ、ここは従って避難した方がいいんじゃない?」
涼子が冷静に周囲を見渡しながら、現実的な提案を口にした。
「そうだな。二人とも、急ぐぞ」
雨宮が警戒を強めながら促すが、姉妹はすかさずツッコミを入れる。
「主人に命令しないの!」
「そうですわ!」
雨宮に文句を言う二人だが、その言葉とは裏腹に、足取りはしっかりと雨宮の後に続いていく。校舎の廊下を急ぎながら、京子がふと思いついたように口を開いた。
「犯人に出会ったら、私達で捕まえちゃってもいいんじゃない?」
「それは良いですわね」
「馬鹿、何言ってんだ」
呑気とも取れる二人のやり取りを背中で聞いていた雨宮は、呆れたように、それでも真剣な声で言い返した。
「この学園に侵入してるんだぞ? かなりの手練れだ。俺らの手に負える相手じゃない」
雨宮の言う通り、ここ星雲魔術師学園は日本でも有数の魔法教育機関であり、セキュリティも極めて厳重だ。それを突破して堂々と侵入してくる者が、ただの賊であるはずがなかった。
「……もし出会ったら?」
涼子が真剣な面持ちで尋ねる。雨宮の答えは明快だった。
「逃げる一択だ」
(とはいえ、本当に出会したら簡単には逃げられないだろう……。この二人だけでも逃すことができればいいが)
雨宮は内心で最悪の事態を想定し、冷や汗を滲ませていた。
「とりあえず俺らは急いで避難して、後は先生方に任せるぞ」
「俊がそう言うなら……」
京子が納得しかけた、その瞬間だった。
雨宮の直感が、背後から迫る異様な魔力の高まりを捉えた。
「二人とも、伏せろ!」
雨宮は大声で指示を飛ばした。唐突な叫びに二人は驚いたが、長年の信頼から身体が即座に反応し、床へと身を低くする。
直後、凄まじい風切り音と共に、三人の頭上を凶悪な威力を秘めた魔法が掠めて通り過ぎた。
もし避けていなければ、直撃は免れなかった。
「な、なに? まさか……」
「そのまさかだ」
雨宮が苦い表情で剣の柄に手をかける。
(くそ! どうする? 本当に出会すとは思ってなかったぞ!)
雨宮が必死に打開策を思考していると、今しがた魔法を放った張本人である侵入者が、廊下の奥から三人へゆっくりと近づいてくる。
不気味なほどの静けさを纏ったその姿に、京子が毅然と声を張った。
「あ、あなたは何者なんですの?」
「……ケディア」
京子の質問に対し、侵入者は抑揚のない声で自身の名前だけを答えた。
「いきなり魔法を撃ってきて……何が目的なんだ」
(今は時間を稼ぐ……隙ができたら逃げるぞ)
雨宮はケディアの視線を自分へ向けながら、背後で身構える二人へ目線で合図を送る。
二人は雨宮の意図を正確に理解し、小さく頷いた。
緊迫した静寂の中、ケディアが口を開く。
「……桐宮隼人を知っているか?」
(なんで桐宮を探しているんだ?)
雨宮は予想していなかった名前を出されたことに驚くが、敵に情報を与えないよう、どこまでも冷静に振る舞う。
「桐宮隼人……もし、知らないって言ったら?」
「……そうか」
ケディアはそう言うと、興味を失ったかのように、それ以上三人を気にかけることもなく、そのまま横を通り過ぎていこうとする。
(助かったのか? とりあえず今は先にこの二人だけ逃す)
雨宮は安堵しかけ、素早く指示を出そうとした。
「二人とも先に逃げて――」
「「【アクア・ブレット】!!」」
「……って、おい!」
雨宮の制止も虚しく、涼子と京子は無防備に背中を向けたケディア目掛けて、容赦なく魔法を放った。
激しい水の弾丸がケディアの背中へ直撃する。
「何してんだよ、お前ら!」
雨宮が思わず声を荒らげると、二人は当然と言わんばかりの表情で言い返した。
「確か桐宮隼人は、玲奈のご友人だったはずですわ」
「だったら、狙ってるって知ってて見逃せるわけないでしょ?」
「桐宮隼人を知っているんだな」
ケディアは二人の魔法が直撃したことなど全く気にも留めない様子で、ゆっくりと三人の方を振り返った。
その衣服には、塵一つついていない。
「だぁ~! くそ! お前らだけでも先に逃すつもりだったのに!」
計画が完全に狂い、雨宮は頭を激しく掻きむしりながら叫ぶ。
「あなたの思い通りに動く私達じゃなくてよ?」
「そんなことを威張るなよ……まあ、しゃあねぇ。三人でやるぞ」
覚悟を決めた雨宮が剣を引き抜く。
「俊は逃げても構わないのよ?」
「ふざけんな。ダチ狙われて、逃げる選択肢なんかあるわけねぇだろ」
「……話は済んだか」
「ああ……分かってんな、お前ら」
雨宮の短い言葉に、二人は力強く頷く。
それを見た雨宮は強く地面を蹴り、鋭い踏み込みでケディアへ真っ向から斬りかかった。
ケディアは最小限の動きで雨宮の猛撃を避けるが、雨宮は休むことなく、嵐のような連続攻撃で何度も剣を振り抜いていく。
「私も手伝うわ!」
京子も雨宮の攻撃に合わせ、果敢にケディアの至近距離へと接近して息の合った攻撃を仕掛けた。
しかし、ケディアは二人の苛烈な同時攻撃すら、まるで子供の戯れをあしらうかのように簡単に防ぎ、すべてを封じ込める。
「チッ、だったらこいつはどうだよ」
雨宮は剣での連続攻撃の勢いのまま、完全に懐へ潜り込み、至近距離から一気に魔法を放とうとする。
だが、ケディアの反応速度が上回った。
魔法が発動するより早く雨宮の手首を強固に掴むと、そのまま自身の後方へ力任せに投げ飛ばし、至近距離からの魔法を防ぐ。
投げ飛ばされた雨宮は空中で体勢を立て直し、廊下の床へ着地する。
「これでもダメか……だったら」
「京子!」
「分かってる!」
涼子の鋭い声に反応した京子は、即座に後方へ大きく跳び、ケディアから距離を取る。
「これならどうだよ」
次の瞬間、ケディアの頭上に巨大で緻密な魔法陣が青く浮かび上がる。
涼子が凛とした声で詠唱を紡ぎ始めた。
「……静寂なる大河。青き水流よ、虚を彷徨い激流と化せ……」
ケディアは涼子の詠唱から放たれる莫大な魔力を察知し、その場から離れようとステップを踏む。
「させるかッ!」
雨宮は投げ飛ばされる寸前に仕込んでいた別の魔法を、このタイミングで一気に発動する。
ケディアの足元を縛り、その動きを封じ込めた。
そして、すぐさま涼子へ目で合図を送る。
「……【水竜の爆撃】!」
涼子が完成した最上級魔法を放つ。
ケディアの頭上から、咆哮を上げる巨大な水の竜が一気に襲いかかった。
ドゴォォォン!!
轟音と共に激流が炸裂し、凄まじい衝撃が廊下を揺らした。
「手応えはありですわ」
爆発の中心となった二階の床には大きな穴が穿たれ、下の階まで崩れ落ちていた。
「……これ、大丈夫よね?」
京子はその穴を恐る恐る指差し、戦々恐々とした様子で呟く。
「まあ、これは流石に仕方ねえだろ……それより、あいつはどうなった」
雨宮は息を整えながら、ケディアが落ちたであろう床の穴を鋭く見つめる。
すると、破壊された穴の奥から、信じられないほど静かな声が響いてきた。
「……なるほど。少々甘く見ていたようだ」
一階へと落ちていたケディアは床を蹴って一気に跳び上がり、再び二階へと姿を現した。
「……効いてないのか?」
雨宮の目が見開かれる。
ケディアには特に目立った外傷はなく、最上級魔法の直撃を受けたはずなのに、ほとんど無傷に見えた。
「そんな……最上級魔法ですわよ」
涼子が驚愕に顔を青ざめさせる。
(ここまでとは流石に予想外だ……! どうする? 二人だけ先に逃がせるか?)
雨宮はケディアの底知れない強さに、内心で焦りを募らせる。
その時、ケディアの目が一瞬で冷酷に据わった。
「俊!」
「……ッ!」
涼子の警告と同時に、ケディアが一気に間合いを詰め、鋭い横薙ぎを放った。
雨宮は後ろへ飛んで避けようとする。
だが、ケディアの強さをどう崩すか一瞬考えたことで、わずかに反応が遅れた。
鋭い刃が雨宮の腹部を掠め、衣服を深く裂いて鮮血を散らした。
「ぐっ……!」
動きの鈍った雨宮に対し、ケディアがさらに容赦のない追撃を仕掛けようとする。
そこへ、京子が必死の形相で飛びかかり、上段から剣を力任せに振り下ろした。
しかし、ケディアはそれを自身の剣であっさりと受け流すと、ガラ空きになった京子のこめかみに向かって蹴りを放つ。
鈍い音と共に京子の身体が横へ吹き飛び、そのまま廊下の壁へ激突した。
「京子!」
「……てめぇ!」
涼子が怒りに震えながらすぐさま魔法を放ち、傷ついた雨宮も再びケディアへ飛びかかろうとする。
だが、ケディアは左右に手を差し出すと、迫る雨宮と涼子に対してそれぞれ魔法を放った。
雨宮はその魔法を避けることができず真正面から喰らって弾き飛ばされ、涼子の放った魔法はケディアの魔法によって完全に相殺された。
「……次はお前だ」
ケディアの冷徹な視線が、唯一無事な涼子へと向けられる。
次の瞬間、ケディアは床を蹴り、涼子との距離を一気に詰めた。
魔法を喰らい床に倒れていた雨宮だったが、すぐに痛みを堪えて体勢を立て直し、涼子の元へと必死に走り出す。
(くそ! 間に合わねぇ!)
「逃げろ、涼子!」
雨宮の叫びが響く。
ケディアが涼子へ剣を振り下ろそうとした、その瞬間――雨宮の横を一本の棒が凄まじい勢いで通り抜けた。
伸び切った如意棒がケディアの横腹を捉え、その身体を廊下の奥へと弾き飛ばす。
「よぉ、何楽しそうなことやってんだよ、雨宮」
驚く雨宮の後ろに、いつの間にか一人の少年が立っていた。
燃えるような赤髪を揺らし、不敵な笑みを浮かべている。
「俺も混ぜろよ」
八雲は、今しがた一撃を見舞って長く伸ばしていた如意棒を、カチリと小気味よい音を立てて元のサイズへと戻す。
「八雲……?」
「私もいるよ~」
八雲の後ろから、落ち着いた黒髪の少女が静かに現れ、彼の横に並び立つ。
「一ノ瀬もか……ちょうど良かった」
「ん?」
現れた頼もしい援軍に、雨宮はすぐさま次の判断を下す。
「涼子と京子を連れて、ここから離れてほしい」
「雨宮君、それ……」
「何言ってるんですの!」
壁際で倒れていた京子に肩を貸し、なんとか雨宮の元へと辿り着いた涼子が、納得いかないとばかりに大きな声を上げた。
「俊、私達だけ逃がそうってこと?」
「ああ、そうだ……はっきり言うが、お前らを守りながらじゃ無理だ」
雨宮の突き放すような、それでも優しさに満ちた言葉に、二人は悔しそうに言い返そうとした。
だが、自分たちの負傷の深さと戦力差を理解しているがゆえに、何も言えず黙り込む。
「一ノ瀬、頼む」
「……はぁ、分かったわ」
一ノ瀬は状況の厳しさを察して小さくため息をつくが、雨宮の真剣な頼みを受け入れた。
「涼子、京子……これは使用人としてじゃなく、雨宮俊個人のお願いだ。頼む。一ノ瀬と逃げてくれ」
雨宮は二人の目を真っ直ぐに見つめ、これまでにないほど真剣に語りかける。
その真っ直ぐな瞳に、京子は唇を噛み締めながらも視線を返した。
「……分かった」
「き、京子!」
「けど約束して。無事に帰ってくるって……この約束は主人としてじゃなく、水無京子個人との約束よ」
京子は雨宮の言い回しをそのままなぞるようにして、彼へ絶対に生きて戻るよう約束を迫る。
「……俊」
「涼子……頼む」
まだ納得のいかない様子だった涼子だったが、雨宮の決意の固さを見て、ふっと表情を和らげた。
「……私、美味しいケーキが食べたいですわ」
「……は?」
あまりに場違いな要求に、雨宮は思わず素っ頓狂な声を出す。
「だから今度連れて行って……これも水無涼子個人との約束ですわよ」
「お前ら真似るなよ……けど分かった。任せとけ」
二人の不器用な優しさと決意を受け取り、雨宮はいつもの頼もしい笑顔でそう応じた。
「……それじゃあ行きましょう。八雲、あんたも気をつけなさいよ」
一ノ瀬はそう言うと、京子の身体を支えるのを手伝い、速やかに三人でこの場から立ち去っていった。
彼女たちの背中が完全に見えなくなるのを確認し、八雲と雨宮は再び前方を見据える。
そこには、吹き飛ばされた先から悠然と歩み寄ってくるケディアの姿があった。
「……済んだか」
「ああ、待ってくれてありがとな」
雨宮は剣を構え直し、隣の八雲に視線を送る。
「雨宮、俺らの勝率はどれくらいだと思う?」
八雲が如意棒を肩に担ぎ、獰猛な笑みを浮かべて問いかける。
「お前がそんなこと聞くなんて珍しいな……まあそうだな。高く見積もって一%ってとこだろ」
「そんだけありゃあ十分だな」
「だな」
二人は互いにニヤリと好戦的な笑みを浮かべると、同時に強く地面を蹴り、圧倒的な強者であるケディア目掛けて一直線に駆け出した。

