――観客席
「ヤバい、またあの技だ!」
帝の振り下ろした巨大な風の斬撃が、砂煙を上げて隼人へ向かっていく。
「あれが当たったら、隼人君が……!」
――ドゴォォォンッ!!
鼓膜を破るほどの爆音が競技場に鳴り響いた。
闘技場の中央はもうもうたる土煙に包まれ、何も見えない。
「隼人ッ!!」
玲奈の悲痛な叫び声がこだました。
次の瞬間――。
爆心地の砂煙の中から、紅蓮の炎が天を衝くように噴き上がった。
渦巻く炎を両手で引き裂きながら現れたのは――左右の手にそれぞれ炎を纏った剣を握りしめる、隼人の姿だった。
「ふぅ……何とか間に合ったか」
なぜ急に魔力が溢れたのか。考えるのは後だ。今は目の前の敵を倒すことだけを考える。
前を見据えると、帝は信じられないものを見るような目で硬直していた。
「……武具召喚しただけだぜ」
サラマンダーではない、新たに顕現したもう一本の剣を前に突き出す。
「! ……その剣は」
「なんだ? 知ってんのか?」
「その剣は、炎剣〈レーヴァテイン〉。かなりの業物だ……」
驚愕を隠せない帝だが、すぐにギリッと歯を食いしばった。
「いや、それより……何故魔力があるんだ! 先ほどまで、それほどの魔力は無かったはずだ!」
「……さぁな」
「教えないつもりか!」
いや、俺にも本当に分からないんだって。
「無駄話はそこまでにしようぜ」
双剣を八の字に構え、重心を落とす。
「……確かにそうだね。これで本当に終わりにするよ。――【真空の刃】!」
帝が怒りに任せて放った最大の風刃。今までの比ではない、闘技場を両断するほどの巨大な斬撃が迫り来る。
「双炎剣壱ノ型【陽炎】!」
二振りの剣を交差させ、迫り来る風の刃を真っ向から受け止める。凄まじい重圧を腕力と魔力で捻じ伏せ、そのまま横に振り抜いて風刃を完全に叩き斬った。
「なにッ!?」
帝が驚愕の声を上げるが、俺の足は既にトップスピードに達していた。
一瞬で懐に潜り込む。帝は咄嗟に後退しようとしたが、俺の踏み込みの方が圧倒的に速い。
「おおおおおッ!」
渾身の力で、帝の腹部目掛けて双剣を振り抜く。
――ガキンッ!!
刀で防御されたものの、その圧倒的な衝撃で帝の体はきりもみ回転しながら吹き飛んだ。
だが、まだ終わらない。
体勢を立て直そうとする帝を逃さず、俺は追撃を放つ。
「双炎剣壱ノ型【陽炎】!」
炎の斬撃が空気を焼き焦がしながら飛翔する。
「――ッ! 【暴君の風】!」
帝が放った風の魔法を容易く食い破り、炎の刃が帝の身体を直撃した。
「があッ!」
再び地面に叩きつけられる帝。だが、プライドが彼を支えているのか、血塗れになりながらも立ち上がり、怒号を上げて突進してきた。
そこからは、息もつかせぬ超高速のインファイトだった。
帝の鋭い刀の連撃を双剣で捌き、受け流し、隙を見て斬りつける。互いの刃が交錯するたびに、火花と風の衝撃波が周囲にまき散らされる。
(このままじゃジリ貧だ……!)
この謎の魔力がいつ切れるか分からない。次で、全てを懸ける。
一度大きく後ろへ跳んで距離を取ると、体内の全魔力を双剣に注ぎ込んだ。
「【鎌鼬】!」
帝の牽制魔法を紙一重のステップで躱し、再び肉薄する。
「避けると思ったよ! ――【真空の刃】!」
俺が躱した先を先読みするように、巨大な風の刃がゼロ距離で待ち構えていた。
(!?)
ここで負けたら……あいつらに、サラに合わせる顔がねぇ!
俺は足の筋肉が千切れるほどの力で地を蹴り、無理やり軌道を変えて必殺の刃をギリギリで回避した。
「なに!?」
完全に死に体だと思っていた動きに、帝が目を見開く。
「これで、終わりだぁッ!」
俺は帝を中心にして円を描くように高速で駆け抜け、周囲を炎の輪で包み込んだ。
「双炎剣弐ノ型【炎熱地獄】!」
包囲した炎が一斉に牙を剥き、帝を飲み込んで大爆発を起こした。
凄まじい爆風と熱波が闘技場を駆け抜け、視界が完全に白煙に覆われる。
パラパラと小石が落ちる音だけが響くほどの、静寂。
やがて煙が晴れると……そこには、黒焦げになった石畳の上で、完全に意識を失って倒れる帝の姿があった。
「……試合終了。勝者、桐宮 隼人!」
烏廻さんの気怠げな声が、マイクを通して響き渡る。
数秒の間の後、闘技場が揺れるほどの大歓声が爆発した。
「俺……勝ったんだ……」
全身の力が抜け、双剣が手から消える。後からジワジワと、勝利の実感が湧いてきた。
観客席を見上げると、紘弥たちが身を乗り出してちぎれんばかりに手を振っているのが見えた。俺も、自然と顔をほころばせて手を振り返す。
「あいつらのとこ、行ってやれ」
背後から烏廻さんに声をかけられた。
「……烏廻さん」
「あいつら、お前のことすげぇ心配してたぞ」
そう言って顎で観客席をしゃくる。
「はい!」
俺は烏廻さんに短く礼を言い、痛む体を引きずりながら光の射す通路へと向かった。
「隼人! やったじゃねぇか!」
合流するなり、紘弥が背中をバンバンと叩いてきた。
「痛って! ギリギリだったけどな」
「もう、隼人君ダメかと思ったよ~!」
「そうだぜ、ほんと心配したんだからな!」
サラと橘も目に涙を浮かべて喜んでくれている。
(……それにしても、あの時何で急に魔力が溢れてきたんだ?)
熱狂の裏で、俺は一人、静かに思考を巡らせていた。
「どうしたのですか? 変な顔をして」
不意に、ルイに顔を覗き込まれる。
「えっ……いや、何でもない」
てか、変な顔ってなんだ。考え事してただけだろ。
「いや~、何はともあれ、これで俺たち全員揃って代表入りだな!」
「うんうん!」
紘弥とサラがハイタッチをしてはしゃいでいる。相変わらずテンションが高いな。
「……隼人」
ふと、小さな声がした。
視線を向けると、玲奈が俯き加減でこちらを見つめていた。
どうしたんだ? と首を傾げると、隣から紘弥がニヤニヤしながら口を挟む。
「……西園寺のやつ、お前のことめっちゃ心配してたんだぜ」
「なッ! ……だ、誰も心配なんか……!」
「あーあ、素直じゃないね~」
「……死ね。【アイス・ニードル】」
「ぎゃあッ!?」
玲奈の無詠唱魔法が紘弥の尻に炸裂した。あーあ、怒らせちまった。
「だ、大丈夫九条君……?」
「そんなの放っておきなさい」
オロオロする橘をよそに、玲奈はツンとそっぽを向く。
「……でも、心配してたのは本当だよ」
サラの追撃に、俺は思わず目を丸くした。てっきり紘弥の冗談だと思っていた。
「……そ、そうなのか?」
恐る恐る尋ねてみる。
「し、心配なんて、し、してないわよ……!」
顔を真っ赤にして、言葉を噛みまくる玲奈。分かりやすいやつだな。
「……ふーん。まあ、ありがとな」
とりあえず礼だけは言っておく。
「な、なんで礼を言われるのよ! だいたい心配なんて――」
ムキになって言い張る玲奈を見ながら、俺は小さく息を吐いた。本人がそう言うなら、そういうことにしておこう。
「お前ら~、いつまでそこにいるつもりだ~」
通路の奥から、覇気のない声が聞こえてきた。烏廻さんだ。
「もう全員帰ったぞ」
言われて周りを見渡すと、確かにあんなにいた観客たちは綺麗にいなくなっていた。
「よし、じゃあ俺らも帰るか」
「そうだな」
満身創痍ながらも心地よい疲労感を抱え、俺たちは闘技場を後にした。
隼人たちが去り、無人となった闘技場には、烏廻だけが残されていた。
烏廻はポケットに手を突っ込み、一冊の漫画本を取り出す。
「……っと、これじゃねえな」
ボヤきながら逆のポケットを探り、今度はスマートフォンを取り出した。迷うことなく、ある番号へと発信する。
『……もしもし、どちら様でしょうか』
スピーカーの向こうから、鈴の音のように美しい女性の声が響いた。
「あー、俺っすよー」
『……なるほど、オレオレ詐欺ですか』
「ちげぇよ! 俺の名前でかかってきてるでしょ!」
『フフ……冗談ですよ。烏廻先生ですね。どうしたんですか?』
ひとしきりからかわれた後、烏廻は声を一段階低く落とした。
「……それが、少々厄介なことになりまして」
『……まさか。もう、ですか?』
電話口の空気が一変する。
「ええ。でも、まだ『奴』の魔力がほんの少し表に出てきたくらいですから、安心してください」
『……そうですか……』
「ですが、封印が弱まってるのは確かですね」
『……分かりました』
「じゃあ、用件はそれだけなんで」
『では、また何かあったら連絡してください』
「うぃっす」
通話を切り、烏廻はスマホをポケットに放り込んだ。
「……んで。お前らはそこで何してるんだ?」
振り返らずに、虚空に向かって声をかける。
「やっぱ、バレてました?」
通路の暗がりから、二つの人影が歩み出てきた。
一人は、金髪をツンツンに逆立てた端正な顔立ちの男子生徒。
もう一人は、黒髪を腰まで伸ばした、息を呑むほどの美人――。二人とも、この学園のブレザーを着こなしている。
「盗み聞きとは、教師として感心しないんだがな」
烏廻が気怠げに言うと、女子生徒がくすりと笑い返した。
「ポケットに漫画を隠し持っているのは、生徒として感心しないんですけどね」
「……」
痛いところを突かれ、烏廻は黙り込んだ。
「……って、そんなことはどうでもいいんすよ」
金髪の男子生徒が、苦笑しながら場を取り成す。
「さっきの電話によると、隼人の封印が弱まってるって言ってましたけど……本当に大丈夫なんですか?」
女子生徒が、表情にわずかな不安を滲ませて問うた。
「心配か?」
「当たり前じゃないですか。あいつは私の弟ですよ」
彼女の正体――それは、隼人の実の姉である桐宮 楓だった。
「そうか……ま、心配すんな。まだそこまで危険視するレベルじゃねぇよ」
「……そうですか」
ホッと胸を撫で下ろす楓を見て、烏廻が本題を促す。
「で? 用はそれだけか?」
「いや、俺の用事はその事と、もう一つ頼みがあるんすよ」
金髪の男子生徒が、真剣な眼差しで烏廻を見据えた。
「……何だ?」
「夏休みの、強化合宿についてなんすけど――」
「ヤバい、またあの技だ!」
帝の振り下ろした巨大な風の斬撃が、砂煙を上げて隼人へ向かっていく。
「あれが当たったら、隼人君が……!」
――ドゴォォォンッ!!
鼓膜を破るほどの爆音が競技場に鳴り響いた。
闘技場の中央はもうもうたる土煙に包まれ、何も見えない。
「隼人ッ!!」
玲奈の悲痛な叫び声がこだました。
次の瞬間――。
爆心地の砂煙の中から、紅蓮の炎が天を衝くように噴き上がった。
渦巻く炎を両手で引き裂きながら現れたのは――左右の手にそれぞれ炎を纏った剣を握りしめる、隼人の姿だった。
「ふぅ……何とか間に合ったか」
なぜ急に魔力が溢れたのか。考えるのは後だ。今は目の前の敵を倒すことだけを考える。
前を見据えると、帝は信じられないものを見るような目で硬直していた。
「……武具召喚しただけだぜ」
サラマンダーではない、新たに顕現したもう一本の剣を前に突き出す。
「! ……その剣は」
「なんだ? 知ってんのか?」
「その剣は、炎剣〈レーヴァテイン〉。かなりの業物だ……」
驚愕を隠せない帝だが、すぐにギリッと歯を食いしばった。
「いや、それより……何故魔力があるんだ! 先ほどまで、それほどの魔力は無かったはずだ!」
「……さぁな」
「教えないつもりか!」
いや、俺にも本当に分からないんだって。
「無駄話はそこまでにしようぜ」
双剣を八の字に構え、重心を落とす。
「……確かにそうだね。これで本当に終わりにするよ。――【真空の刃】!」
帝が怒りに任せて放った最大の風刃。今までの比ではない、闘技場を両断するほどの巨大な斬撃が迫り来る。
「双炎剣壱ノ型【陽炎】!」
二振りの剣を交差させ、迫り来る風の刃を真っ向から受け止める。凄まじい重圧を腕力と魔力で捻じ伏せ、そのまま横に振り抜いて風刃を完全に叩き斬った。
「なにッ!?」
帝が驚愕の声を上げるが、俺の足は既にトップスピードに達していた。
一瞬で懐に潜り込む。帝は咄嗟に後退しようとしたが、俺の踏み込みの方が圧倒的に速い。
「おおおおおッ!」
渾身の力で、帝の腹部目掛けて双剣を振り抜く。
――ガキンッ!!
刀で防御されたものの、その圧倒的な衝撃で帝の体はきりもみ回転しながら吹き飛んだ。
だが、まだ終わらない。
体勢を立て直そうとする帝を逃さず、俺は追撃を放つ。
「双炎剣壱ノ型【陽炎】!」
炎の斬撃が空気を焼き焦がしながら飛翔する。
「――ッ! 【暴君の風】!」
帝が放った風の魔法を容易く食い破り、炎の刃が帝の身体を直撃した。
「があッ!」
再び地面に叩きつけられる帝。だが、プライドが彼を支えているのか、血塗れになりながらも立ち上がり、怒号を上げて突進してきた。
そこからは、息もつかせぬ超高速のインファイトだった。
帝の鋭い刀の連撃を双剣で捌き、受け流し、隙を見て斬りつける。互いの刃が交錯するたびに、火花と風の衝撃波が周囲にまき散らされる。
(このままじゃジリ貧だ……!)
この謎の魔力がいつ切れるか分からない。次で、全てを懸ける。
一度大きく後ろへ跳んで距離を取ると、体内の全魔力を双剣に注ぎ込んだ。
「【鎌鼬】!」
帝の牽制魔法を紙一重のステップで躱し、再び肉薄する。
「避けると思ったよ! ――【真空の刃】!」
俺が躱した先を先読みするように、巨大な風の刃がゼロ距離で待ち構えていた。
(!?)
ここで負けたら……あいつらに、サラに合わせる顔がねぇ!
俺は足の筋肉が千切れるほどの力で地を蹴り、無理やり軌道を変えて必殺の刃をギリギリで回避した。
「なに!?」
完全に死に体だと思っていた動きに、帝が目を見開く。
「これで、終わりだぁッ!」
俺は帝を中心にして円を描くように高速で駆け抜け、周囲を炎の輪で包み込んだ。
「双炎剣弐ノ型【炎熱地獄】!」
包囲した炎が一斉に牙を剥き、帝を飲み込んで大爆発を起こした。
凄まじい爆風と熱波が闘技場を駆け抜け、視界が完全に白煙に覆われる。
パラパラと小石が落ちる音だけが響くほどの、静寂。
やがて煙が晴れると……そこには、黒焦げになった石畳の上で、完全に意識を失って倒れる帝の姿があった。
「……試合終了。勝者、桐宮 隼人!」
烏廻さんの気怠げな声が、マイクを通して響き渡る。
数秒の間の後、闘技場が揺れるほどの大歓声が爆発した。
「俺……勝ったんだ……」
全身の力が抜け、双剣が手から消える。後からジワジワと、勝利の実感が湧いてきた。
観客席を見上げると、紘弥たちが身を乗り出してちぎれんばかりに手を振っているのが見えた。俺も、自然と顔をほころばせて手を振り返す。
「あいつらのとこ、行ってやれ」
背後から烏廻さんに声をかけられた。
「……烏廻さん」
「あいつら、お前のことすげぇ心配してたぞ」
そう言って顎で観客席をしゃくる。
「はい!」
俺は烏廻さんに短く礼を言い、痛む体を引きずりながら光の射す通路へと向かった。
「隼人! やったじゃねぇか!」
合流するなり、紘弥が背中をバンバンと叩いてきた。
「痛って! ギリギリだったけどな」
「もう、隼人君ダメかと思ったよ~!」
「そうだぜ、ほんと心配したんだからな!」
サラと橘も目に涙を浮かべて喜んでくれている。
(……それにしても、あの時何で急に魔力が溢れてきたんだ?)
熱狂の裏で、俺は一人、静かに思考を巡らせていた。
「どうしたのですか? 変な顔をして」
不意に、ルイに顔を覗き込まれる。
「えっ……いや、何でもない」
てか、変な顔ってなんだ。考え事してただけだろ。
「いや~、何はともあれ、これで俺たち全員揃って代表入りだな!」
「うんうん!」
紘弥とサラがハイタッチをしてはしゃいでいる。相変わらずテンションが高いな。
「……隼人」
ふと、小さな声がした。
視線を向けると、玲奈が俯き加減でこちらを見つめていた。
どうしたんだ? と首を傾げると、隣から紘弥がニヤニヤしながら口を挟む。
「……西園寺のやつ、お前のことめっちゃ心配してたんだぜ」
「なッ! ……だ、誰も心配なんか……!」
「あーあ、素直じゃないね~」
「……死ね。【アイス・ニードル】」
「ぎゃあッ!?」
玲奈の無詠唱魔法が紘弥の尻に炸裂した。あーあ、怒らせちまった。
「だ、大丈夫九条君……?」
「そんなの放っておきなさい」
オロオロする橘をよそに、玲奈はツンとそっぽを向く。
「……でも、心配してたのは本当だよ」
サラの追撃に、俺は思わず目を丸くした。てっきり紘弥の冗談だと思っていた。
「……そ、そうなのか?」
恐る恐る尋ねてみる。
「し、心配なんて、し、してないわよ……!」
顔を真っ赤にして、言葉を噛みまくる玲奈。分かりやすいやつだな。
「……ふーん。まあ、ありがとな」
とりあえず礼だけは言っておく。
「な、なんで礼を言われるのよ! だいたい心配なんて――」
ムキになって言い張る玲奈を見ながら、俺は小さく息を吐いた。本人がそう言うなら、そういうことにしておこう。
「お前ら~、いつまでそこにいるつもりだ~」
通路の奥から、覇気のない声が聞こえてきた。烏廻さんだ。
「もう全員帰ったぞ」
言われて周りを見渡すと、確かにあんなにいた観客たちは綺麗にいなくなっていた。
「よし、じゃあ俺らも帰るか」
「そうだな」
満身創痍ながらも心地よい疲労感を抱え、俺たちは闘技場を後にした。
隼人たちが去り、無人となった闘技場には、烏廻だけが残されていた。
烏廻はポケットに手を突っ込み、一冊の漫画本を取り出す。
「……っと、これじゃねえな」
ボヤきながら逆のポケットを探り、今度はスマートフォンを取り出した。迷うことなく、ある番号へと発信する。
『……もしもし、どちら様でしょうか』
スピーカーの向こうから、鈴の音のように美しい女性の声が響いた。
「あー、俺っすよー」
『……なるほど、オレオレ詐欺ですか』
「ちげぇよ! 俺の名前でかかってきてるでしょ!」
『フフ……冗談ですよ。烏廻先生ですね。どうしたんですか?』
ひとしきりからかわれた後、烏廻は声を一段階低く落とした。
「……それが、少々厄介なことになりまして」
『……まさか。もう、ですか?』
電話口の空気が一変する。
「ええ。でも、まだ『奴』の魔力がほんの少し表に出てきたくらいですから、安心してください」
『……そうですか……』
「ですが、封印が弱まってるのは確かですね」
『……分かりました』
「じゃあ、用件はそれだけなんで」
『では、また何かあったら連絡してください』
「うぃっす」
通話を切り、烏廻はスマホをポケットに放り込んだ。
「……んで。お前らはそこで何してるんだ?」
振り返らずに、虚空に向かって声をかける。
「やっぱ、バレてました?」
通路の暗がりから、二つの人影が歩み出てきた。
一人は、金髪をツンツンに逆立てた端正な顔立ちの男子生徒。
もう一人は、黒髪を腰まで伸ばした、息を呑むほどの美人――。二人とも、この学園のブレザーを着こなしている。
「盗み聞きとは、教師として感心しないんだがな」
烏廻が気怠げに言うと、女子生徒がくすりと笑い返した。
「ポケットに漫画を隠し持っているのは、生徒として感心しないんですけどね」
「……」
痛いところを突かれ、烏廻は黙り込んだ。
「……って、そんなことはどうでもいいんすよ」
金髪の男子生徒が、苦笑しながら場を取り成す。
「さっきの電話によると、隼人の封印が弱まってるって言ってましたけど……本当に大丈夫なんですか?」
女子生徒が、表情にわずかな不安を滲ませて問うた。
「心配か?」
「当たり前じゃないですか。あいつは私の弟ですよ」
彼女の正体――それは、隼人の実の姉である桐宮 楓だった。
「そうか……ま、心配すんな。まだそこまで危険視するレベルじゃねぇよ」
「……そうですか」
ホッと胸を撫で下ろす楓を見て、烏廻が本題を促す。
「で? 用はそれだけか?」
「いや、俺の用事はその事と、もう一つ頼みがあるんすよ」
金髪の男子生徒が、真剣な眼差しで烏廻を見据えた。
「……何だ?」
「夏休みの、強化合宿についてなんすけど――」
