全員の視線が、声の主へと一斉に向けられる。
「……どういうことだ、ルイ」
俺はその人物――ルイ・エスクードに問いかけた。
今の俺の状況とは全く関係のない昔話の始まりに戸惑いつつも、俺は思わずその先を促してしまっていた。俺が3年前に、ルイと会っていた?
「ええ……皆さんにも、私の『秘密』をお話しする丁度いい機会ですしね」
ルイの秘密。そういえば、決勝戦に突如現れたあの化け物三人組は、ルイを『ヴァニタス』と呼び、ルイ自身も奴らのことを知っている風だった。
「私は3年前まで、ある組織に所属していました。その組織というのは……先日、あの決勝のフィールドに現れた、ケディアやルクスたちのいる組織です」
「「「!?」」」
ルイの口から飛び出した衝撃的な告白に、テーブルを囲む全員が息を呑んだ。
「つまり……君は元々、あいつらの『仲間』だったということかい?」
帝が、鋭い眼光をルイに向けて静かに質問する。
「はい、そうです」
ルイはその質問に、一切の躊躇なく即答した。
ルイがあいつらの仲間……? ってことは、ルイも元々は、俺を狙ってこの学園に入り込んだってことなのか?
いや、でも、あの決勝戦の時、ルイは明らかに、俺たちを守るために必死になって闘ってくれていた。
「なんだよそれお前……! ってことは、お前も隼人を狙って近づいてたってことかよ!?」
俺が混乱していると、紘弥が激昂してルイの胸ぐらを掴まんばかりに詰め寄った。
「結果論として言えば、そうなりますね」
「てめぇ……ッ!」
「――まあ、待ちたまえ、九条」
紘弥の暴走を、帝が片手を挙げて冷静に制する。
「その組織の話と、さっき君が口にした『桐宮と3年前に会った』という話……それがどう繋がっているんだい?」
「そうですね。……私がその組織を抜ける決意をした理由。それこそが、3年前に隼人君と出会ったからなんです」
俺と会ったから、ルイは組織を抜けた?
だが、俺の記憶を探っても、未だに3年前にルイと会った時のことなんて全く思い出せない。
「私が初めて隼人君を見かけた時、隼人君は路地裏で、ガラの悪い高校生3人と対峙していました」
高校生3人……?
ルイのその言葉をきっかけに、俺の記憶の引き出しが、カチリと音を立てて開いた。あ、もしかして……あの時のことか?
「……3年前ってことは、当時の桐宮くんは中学1年生よね? なんでまた、そんな歳の離れた高校生を相手に喧嘩なんてしてたの?」
五十嵐が不思議そうに俺の方を向いて尋ねる。
「……いや、それがさ。その時そいつら、小さな野良猫に向かって面白半分で攻撃魔法を放ってて。当然、許可されてない場所での実戦魔法の使用は犯罪だし……何より、無抵抗な猫をいじめてるのがどうしても許せなくて」
「身体が勝手に動いちゃった、ってわけね」
俺の返答を引き継ぐように五十嵐が苦笑を漏らしたので、俺は少し決まり悪そうに頷いた。
「それで、結局どうなったの?」
今度はサラが身を乗り出して聞いてくる。
「確かあの時は、勢いよく助けに入ったはいいものの、相手は高校生の魔術師3人だったから、中1の俺1人じゃどうすることもできなくてボコボコにされかけて……。だけど途中で、俺以外にもう1人、別の奴が助けに入ってきてくれたんだ。……もしかして、あの時の、青髪の……」
「ええ、そうです。当時の私は、今とは髪の色も長さも違いましたから、隼人君が気づかなくても無理はありませんよ」
ルイが懐かしそうに微笑む。やっぱりそうだったのか。あの時、高校生3人を一瞬でのして俺を助けてくれた、あの凄腕の少年……あれがルイだったんだ。
「しかし、厳密に言うと……私が『助けた』のは、隼人君ではなく、その高校生3人の方なんですけどね」
「……どういうことだ?」
俺じゃなくて、あいつらを助けた? あのまま行ってたら、普通に俺が危なかったはずなのに。
「隼人君。貴方の中の『アース』が表に出てくる、明確な『条件』をご存知ですか?」
「え? なんだよ急に。条件っていうか……封印が弱まってるからだろ?」
そのせいで、今の俺は乗っ取りの危機に瀕している。
「まあ、それも大きな要因の一つですが……実はアースの覚醒には、もう一つの引き金があるんですよ。今までのことを思い出してください」
今までのこと。アースが表に出て俺の意識が飛んだのは、決勝戦の時と、あの八雲と闘った時だ。 あとは魔力だけなら、帝や雨宮との闘いの時もそうだった。
その時の共通する条件……? 俺が死にかけたり、精神的に追い詰められたりしたことくらいしか――
「……『怒り』、かい?」
俺が過去の戦いを必死に振り返っていると、隣の帝がポツリと、どこか苦い声を漏らした。
「怒り?」
「ああ。……僕と闘った時のことだよ」
帝の言葉にハッとする。帝と闘った時、俺はサラを侮辱されたことに心の底からブチギレていた。 帝の方を見ると、決まりが悪そうに視線を逸らしている。あいつもあの件は猛省しているらしく、あまり思い出したくないのだろう。
「ええ、大正解です」
ルイは帝の洞察力に満足そうに頷き、俺を見た。
「あの3年前、小さな命を無残にいたぶっていた高校生たちに対して、隼人君は凄まじい『怒り』を爆発させていた。その瞬間、貴方の中から漏れ出たアースの膨大な魔力を感知したんです」
なるほどな……。あの時は、ルイが乱入して一瞬で高校生たちを気絶させて連れ去ってしまったから、俺の怒りもすぐに萎んで収まったんだ。
「……まあ、あの時助けてくれたのがルイだってことは分かった。けど、結局お前が組織を抜けた本質的な理由は何なんだよ」
「当時から私たちの組織は、アースの器……つまり貴方を捕らえるため、世界中を血眼になって探していました。そして私が偶然、隼人君を発見し、アースが封印されていることを突き止めた。当然、そのまま隼人君を拉致して組織へ連れ帰るのが私の任務だったのですが……私には、どうしてもそれが出来ませんでした」
「……なんでだよ」
「単純な理由ですよ。隼人君が、自らの危険も顧みずに猫を助けるような人間だったからです」
ルイは、いつもの飄々とした笑顔ではなく、本当に愛おしそうな優しい笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
「貴方のような底抜けに優しい人間を捕らえ、犠牲にするなんて……そんな胸糞悪いこと、私には到底できなかった。だから私は組織を裏切り、追われる身となる覚悟で、この学園で貴方を守ることを決めたんです」
猫を助けたから。そんな、ルイにとっては世界を変えるほど大きな、俺にとっては些細な理由で、こいつは人生を賭けて俺を守ってくれていたんだな。
「さて、長々と昔話をしましたが、私が何を言いたいか分かりますか? ――隼人君なら絶対に大丈夫です。貴方は自分が思っている以上に優しく、そして誰よりも強い。だから、相手が内に眠る化け物であろうと、絶対に勝てます」
ルイは俺の目を真っ直ぐに見据え、確固たる自信を込めてそう言い切った。
「……あぁ、もちろん。私だけじゃなく、ここにいる全員がそう思っていますよ」
ルイの言葉を引き継ぐように、五十嵐が力強く微笑む。
「うん! そうよね! 桐宮くんなら絶対にできる!」
「……俺も同意見だ。お前なら、あいつをぶちのめして戻ってこれる」
五十嵐と黒崎が、一点の疑いもない純粋な信頼の目を俺に向けてくる。
胸の奥が熱くなるのを感じながら二人の顔を見つめていると、不意に、俺の制服の袖がグイグイと軽く引っ張られた。
「……ん?」
下を見ると、ティオナがいつも通りの無表情のまま、俺の目の前に大きなシュークリームを両手で差し出していた。
「……これ、俺にあげるから、元気出して頑張れってことか?」
俺が尋ねると、ティオナはこくりと小さく頷いた。相変わらず喋らない奴だけど、不器用な優しさがめちゃくちゃ伝わってくる。ていうか、なんでこの状況でシュークリーム常備してるんだよ。
「桐宮くんなら絶対に大丈夫だよ」
今度は橘が、聖母のような優しい微笑みでそっと言葉をかけてくれた。
「桐宮。君が次に負けるのは、僕と正々堂々と再戦した時だ。勝手に勝ち逃げすることなんて、僕が絶対に許さないよ」
帝が不敵に口元を上げ、真っ直ぐに俺を射抜く。まさか、あのプライドの塊みたいな帝から、こんな最高の激励を貰えるなんてな。
「……隼人君! えっと……またみんなで、一緒に綺麗な花火を見ようね!」
サラの言葉に、夏祭りのあの夜の光景が頭に浮かぶ。そうだ……来年も、再来年も、みんなでまた笑いながらあの花火を見たい。
「隼人。絶対に生きて、私たちの元へ帰ってきなさい。いいわね?」
玲奈が腕を組み、いつも通りの傲然とした態度で俺を見下ろす。 なんで一人だけ応援じゃなくて絶対的な命令口調なんだよ、と思わず笑いそうになるが、その瞳の奥には、俺を死なせたくないという強い願いが滲んでいた。それが、玲奈らしかった。
「隼人」
最後に、俺をここまで連れてきた紘弥が、真剣な声で俺の名前を呼んだ。
「……明日の授業は、遅刻せずちゃんと来いよ」
「……は?」
あまりに普通すぎる日常の言葉に、俺は一瞬、紘弥が何を言っているのか分からなかった。
「明日だけじゃねぇ! 明後日も、その次も、これから先もずーーっとだ! お前の席はずっと空けて待っててやるから、さっさと用事済ませて戻ってこい!」
紘弥の言葉の真意を理解した瞬間、俺の胸の奥を重く支配していた恐怖や迷いが、綺麗さっぱり消し飛んでいくのが分かった。
「……ああ。分かった」
俺が力強く頷くと、紘弥はニカッと、太陽みたいに眩しいいつもの馬鹿笑いを浮かべた。
それに釣られるように、俺の口元からも、自然と笑みが溢れる。
「……みんな、本当にありがとう。俺、やるよ。絶対にあの化け物に勝って、ここに帰ってくる」
俺はテーブルにいる全員の目をしっかりと見据え、そう宣言した。俺の覚悟を込めた言葉を聞き、みんなも満足そうに深く頷いてくれた。
「……よーし! 覚悟が決まったところで、そろそろ腹減ったし飯食うか!」
「賛成~! お腹ペコペコだったのよね!」
「それじゃあ、用件は済んだみたいだから僕はこれで失礼するよ」
役目は終わったとばかりに帝がスマートに席を立とうとしたが、
「何言ってんだよお前! ここまで来て一緒に食わないわけねぇだろ!」
「そうだよ竜二くん! みんなで食べよ!」
紘弥とサラに両脇をがっちりとホールドされ、帝は「離したまえ!」と抵抗虚しく強制的に券売機の方へと連行されていった。
他のみんなも、楽しそうに笑いながらその後に続いて歩き出す。
みんなのおかげで、ようやく、本当の覚悟が決まった。
俺は、みんなと過ごすこの最高の日常を、この景色を、絶対に守りたい。だから――あいつがどれだけ理不尽に強かろうが、俺は絶対に勝つ。
「何ぼーっとしてるのよ? あんたも食べるんでしょ、早く来なさい」
数歩先で玲奈が立ち止まり、振り返って俺にそう声をかけてきた。
「ああ、今行く!」
俺は一歩を力強く踏み出し、愛すべき仲間たちの背中を追って、真っ直ぐに歩き出した。
「……どういうことだ、ルイ」
俺はその人物――ルイ・エスクードに問いかけた。
今の俺の状況とは全く関係のない昔話の始まりに戸惑いつつも、俺は思わずその先を促してしまっていた。俺が3年前に、ルイと会っていた?
「ええ……皆さんにも、私の『秘密』をお話しする丁度いい機会ですしね」
ルイの秘密。そういえば、決勝戦に突如現れたあの化け物三人組は、ルイを『ヴァニタス』と呼び、ルイ自身も奴らのことを知っている風だった。
「私は3年前まで、ある組織に所属していました。その組織というのは……先日、あの決勝のフィールドに現れた、ケディアやルクスたちのいる組織です」
「「「!?」」」
ルイの口から飛び出した衝撃的な告白に、テーブルを囲む全員が息を呑んだ。
「つまり……君は元々、あいつらの『仲間』だったということかい?」
帝が、鋭い眼光をルイに向けて静かに質問する。
「はい、そうです」
ルイはその質問に、一切の躊躇なく即答した。
ルイがあいつらの仲間……? ってことは、ルイも元々は、俺を狙ってこの学園に入り込んだってことなのか?
いや、でも、あの決勝戦の時、ルイは明らかに、俺たちを守るために必死になって闘ってくれていた。
「なんだよそれお前……! ってことは、お前も隼人を狙って近づいてたってことかよ!?」
俺が混乱していると、紘弥が激昂してルイの胸ぐらを掴まんばかりに詰め寄った。
「結果論として言えば、そうなりますね」
「てめぇ……ッ!」
「――まあ、待ちたまえ、九条」
紘弥の暴走を、帝が片手を挙げて冷静に制する。
「その組織の話と、さっき君が口にした『桐宮と3年前に会った』という話……それがどう繋がっているんだい?」
「そうですね。……私がその組織を抜ける決意をした理由。それこそが、3年前に隼人君と出会ったからなんです」
俺と会ったから、ルイは組織を抜けた?
だが、俺の記憶を探っても、未だに3年前にルイと会った時のことなんて全く思い出せない。
「私が初めて隼人君を見かけた時、隼人君は路地裏で、ガラの悪い高校生3人と対峙していました」
高校生3人……?
ルイのその言葉をきっかけに、俺の記憶の引き出しが、カチリと音を立てて開いた。あ、もしかして……あの時のことか?
「……3年前ってことは、当時の桐宮くんは中学1年生よね? なんでまた、そんな歳の離れた高校生を相手に喧嘩なんてしてたの?」
五十嵐が不思議そうに俺の方を向いて尋ねる。
「……いや、それがさ。その時そいつら、小さな野良猫に向かって面白半分で攻撃魔法を放ってて。当然、許可されてない場所での実戦魔法の使用は犯罪だし……何より、無抵抗な猫をいじめてるのがどうしても許せなくて」
「身体が勝手に動いちゃった、ってわけね」
俺の返答を引き継ぐように五十嵐が苦笑を漏らしたので、俺は少し決まり悪そうに頷いた。
「それで、結局どうなったの?」
今度はサラが身を乗り出して聞いてくる。
「確かあの時は、勢いよく助けに入ったはいいものの、相手は高校生の魔術師3人だったから、中1の俺1人じゃどうすることもできなくてボコボコにされかけて……。だけど途中で、俺以外にもう1人、別の奴が助けに入ってきてくれたんだ。……もしかして、あの時の、青髪の……」
「ええ、そうです。当時の私は、今とは髪の色も長さも違いましたから、隼人君が気づかなくても無理はありませんよ」
ルイが懐かしそうに微笑む。やっぱりそうだったのか。あの時、高校生3人を一瞬でのして俺を助けてくれた、あの凄腕の少年……あれがルイだったんだ。
「しかし、厳密に言うと……私が『助けた』のは、隼人君ではなく、その高校生3人の方なんですけどね」
「……どういうことだ?」
俺じゃなくて、あいつらを助けた? あのまま行ってたら、普通に俺が危なかったはずなのに。
「隼人君。貴方の中の『アース』が表に出てくる、明確な『条件』をご存知ですか?」
「え? なんだよ急に。条件っていうか……封印が弱まってるからだろ?」
そのせいで、今の俺は乗っ取りの危機に瀕している。
「まあ、それも大きな要因の一つですが……実はアースの覚醒には、もう一つの引き金があるんですよ。今までのことを思い出してください」
今までのこと。アースが表に出て俺の意識が飛んだのは、決勝戦の時と、あの八雲と闘った時だ。 あとは魔力だけなら、帝や雨宮との闘いの時もそうだった。
その時の共通する条件……? 俺が死にかけたり、精神的に追い詰められたりしたことくらいしか――
「……『怒り』、かい?」
俺が過去の戦いを必死に振り返っていると、隣の帝がポツリと、どこか苦い声を漏らした。
「怒り?」
「ああ。……僕と闘った時のことだよ」
帝の言葉にハッとする。帝と闘った時、俺はサラを侮辱されたことに心の底からブチギレていた。 帝の方を見ると、決まりが悪そうに視線を逸らしている。あいつもあの件は猛省しているらしく、あまり思い出したくないのだろう。
「ええ、大正解です」
ルイは帝の洞察力に満足そうに頷き、俺を見た。
「あの3年前、小さな命を無残にいたぶっていた高校生たちに対して、隼人君は凄まじい『怒り』を爆発させていた。その瞬間、貴方の中から漏れ出たアースの膨大な魔力を感知したんです」
なるほどな……。あの時は、ルイが乱入して一瞬で高校生たちを気絶させて連れ去ってしまったから、俺の怒りもすぐに萎んで収まったんだ。
「……まあ、あの時助けてくれたのがルイだってことは分かった。けど、結局お前が組織を抜けた本質的な理由は何なんだよ」
「当時から私たちの組織は、アースの器……つまり貴方を捕らえるため、世界中を血眼になって探していました。そして私が偶然、隼人君を発見し、アースが封印されていることを突き止めた。当然、そのまま隼人君を拉致して組織へ連れ帰るのが私の任務だったのですが……私には、どうしてもそれが出来ませんでした」
「……なんでだよ」
「単純な理由ですよ。隼人君が、自らの危険も顧みずに猫を助けるような人間だったからです」
ルイは、いつもの飄々とした笑顔ではなく、本当に愛おしそうな優しい笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
「貴方のような底抜けに優しい人間を捕らえ、犠牲にするなんて……そんな胸糞悪いこと、私には到底できなかった。だから私は組織を裏切り、追われる身となる覚悟で、この学園で貴方を守ることを決めたんです」
猫を助けたから。そんな、ルイにとっては世界を変えるほど大きな、俺にとっては些細な理由で、こいつは人生を賭けて俺を守ってくれていたんだな。
「さて、長々と昔話をしましたが、私が何を言いたいか分かりますか? ――隼人君なら絶対に大丈夫です。貴方は自分が思っている以上に優しく、そして誰よりも強い。だから、相手が内に眠る化け物であろうと、絶対に勝てます」
ルイは俺の目を真っ直ぐに見据え、確固たる自信を込めてそう言い切った。
「……あぁ、もちろん。私だけじゃなく、ここにいる全員がそう思っていますよ」
ルイの言葉を引き継ぐように、五十嵐が力強く微笑む。
「うん! そうよね! 桐宮くんなら絶対にできる!」
「……俺も同意見だ。お前なら、あいつをぶちのめして戻ってこれる」
五十嵐と黒崎が、一点の疑いもない純粋な信頼の目を俺に向けてくる。
胸の奥が熱くなるのを感じながら二人の顔を見つめていると、不意に、俺の制服の袖がグイグイと軽く引っ張られた。
「……ん?」
下を見ると、ティオナがいつも通りの無表情のまま、俺の目の前に大きなシュークリームを両手で差し出していた。
「……これ、俺にあげるから、元気出して頑張れってことか?」
俺が尋ねると、ティオナはこくりと小さく頷いた。相変わらず喋らない奴だけど、不器用な優しさがめちゃくちゃ伝わってくる。ていうか、なんでこの状況でシュークリーム常備してるんだよ。
「桐宮くんなら絶対に大丈夫だよ」
今度は橘が、聖母のような優しい微笑みでそっと言葉をかけてくれた。
「桐宮。君が次に負けるのは、僕と正々堂々と再戦した時だ。勝手に勝ち逃げすることなんて、僕が絶対に許さないよ」
帝が不敵に口元を上げ、真っ直ぐに俺を射抜く。まさか、あのプライドの塊みたいな帝から、こんな最高の激励を貰えるなんてな。
「……隼人君! えっと……またみんなで、一緒に綺麗な花火を見ようね!」
サラの言葉に、夏祭りのあの夜の光景が頭に浮かぶ。そうだ……来年も、再来年も、みんなでまた笑いながらあの花火を見たい。
「隼人。絶対に生きて、私たちの元へ帰ってきなさい。いいわね?」
玲奈が腕を組み、いつも通りの傲然とした態度で俺を見下ろす。 なんで一人だけ応援じゃなくて絶対的な命令口調なんだよ、と思わず笑いそうになるが、その瞳の奥には、俺を死なせたくないという強い願いが滲んでいた。それが、玲奈らしかった。
「隼人」
最後に、俺をここまで連れてきた紘弥が、真剣な声で俺の名前を呼んだ。
「……明日の授業は、遅刻せずちゃんと来いよ」
「……は?」
あまりに普通すぎる日常の言葉に、俺は一瞬、紘弥が何を言っているのか分からなかった。
「明日だけじゃねぇ! 明後日も、その次も、これから先もずーーっとだ! お前の席はずっと空けて待っててやるから、さっさと用事済ませて戻ってこい!」
紘弥の言葉の真意を理解した瞬間、俺の胸の奥を重く支配していた恐怖や迷いが、綺麗さっぱり消し飛んでいくのが分かった。
「……ああ。分かった」
俺が力強く頷くと、紘弥はニカッと、太陽みたいに眩しいいつもの馬鹿笑いを浮かべた。
それに釣られるように、俺の口元からも、自然と笑みが溢れる。
「……みんな、本当にありがとう。俺、やるよ。絶対にあの化け物に勝って、ここに帰ってくる」
俺はテーブルにいる全員の目をしっかりと見据え、そう宣言した。俺の覚悟を込めた言葉を聞き、みんなも満足そうに深く頷いてくれた。
「……よーし! 覚悟が決まったところで、そろそろ腹減ったし飯食うか!」
「賛成~! お腹ペコペコだったのよね!」
「それじゃあ、用件は済んだみたいだから僕はこれで失礼するよ」
役目は終わったとばかりに帝がスマートに席を立とうとしたが、
「何言ってんだよお前! ここまで来て一緒に食わないわけねぇだろ!」
「そうだよ竜二くん! みんなで食べよ!」
紘弥とサラに両脇をがっちりとホールドされ、帝は「離したまえ!」と抵抗虚しく強制的に券売機の方へと連行されていった。
他のみんなも、楽しそうに笑いながらその後に続いて歩き出す。
みんなのおかげで、ようやく、本当の覚悟が決まった。
俺は、みんなと過ごすこの最高の日常を、この景色を、絶対に守りたい。だから――あいつがどれだけ理不尽に強かろうが、俺は絶対に勝つ。
「何ぼーっとしてるのよ? あんたも食べるんでしょ、早く来なさい」
数歩先で玲奈が立ち止まり、振り返って俺にそう声をかけてきた。
「ああ、今行く!」
俺は一歩を力強く踏み出し、愛すべき仲間たちの背中を追って、真っ直ぐに歩き出した。
