ふと、俺は目を覚ました。
「……どこだ、ここ」
周りを見渡すと、そこにはどこまでも続く青空と、風に揺れる緑の草原が広がっていた。
ものすごく綺麗な風景だが、全く見覚えがない。それに、どこか不自然なほど静かだった。
なんで俺はこんな所にいるんだ?
「何してたんだっけ……」
確か、魔闘祭の決勝戦が始まって、すぐに転移させられて。それから……そうだ!! 突然、得体の知れない三人組が現れて、絶望的な強さでみんなが次々と倒されて……それで!
「みんなは! 玲奈はどこに行ったんだ……ッ!」
直前の記憶までは鮮明に思い出せたが、自分が一体何がどうなってこんなのどかな場所にいるのかは全く分からない。
「……夢か?」
俺もあの刃に斬られて気を失い、夢を見ていると考えるのが一番自然だ。
「だったら、こんな所で呑気に寝てる暇なんてねぇ! 早く起きてみんなを、玲奈を助けねぇと!」
でも、夢ってどうやって覚めるんだ? ほっぺたをつねる? それとも自然と目が覚めるのを待つしかないのか?
焦燥感に駆られ、夢からの脱出方法を必死に考えていると――
「ここは夢じゃねぇよ」
突然、背後から声が聞こえた。
「誰だッ!」
俺は慌てて振り返り、警戒の姿勢をとる。
しかし、そこに立っていた人物を見て、俺は思わず息を呑み、言葉を失った。
「俺……?」
そこにいたのは、間違いなく『俺とそっくりの顔』をした同年代の少年だった。
いや、違う。顔の造形や体格は俺と瓜二つだが、放っている空気がまるで別物だ。何より――こいつの瞳は『金色』で、髪の毛は『白髪』だった。
黒髪黒目の俺とは、明らかに違う。
「お前は誰なんだ。なんで、俺とそっくりな顔をしてる」
敵か? 手元に武器はないが、いつでも魔法を展開できるように魔力を練り上げる。
「そう警戒すんな。今は別に、闘うつもりはねえよ。……オレが誰かってのは、まあそのうち分かる」
こいつは面倒くさそうに頭を掻きながらそう言うが、こんな異常な状況でやすやすと信用できるはずがない。『そのうち分かる』という言葉の意味も不気味だ。
「……だったら、ここが夢じゃないってのはどういう意味だ?」
「言葉の通りだ。ここは夢の世界じゃない。……お前の『精神世界』と言ったところだな」
「精神世界……?」
「本来は特別な術式でも使わねぇと入ってこれない場所なんだが、今回はオレが直接お前を呼んだ」
こいつが俺を呼んだ? なんのために?
「まあ、特に理由はねぇよ。ただの暇つぶしだ」
俺の心の声が読まれているのか、そいつは薄く笑いながらそう答えた。
「……ここから出る方法は?」
こいつが呼んだのなら、出方も知っているはずだ。
「お前が現実で目を覚ませば、勝手に外に出られる。……お前は今、外で深く眠った状態だからな」
現実で目が覚めないと出られないのか。……頼むぞ俺、早く起きてくれ。
「それまで、オレと少し話でもしようじゃねえか」
「話? お前が何者かは答えてくれないんだろ?」
「まあな。……でも、気になるだろ? あの女がお前を庇って斬られた後、どうなったのか」
俺とそっくりの顔が、意地悪くニヤリと歪む。
「知ってるのか!?」
「ああ」
「玲奈は……! みんなはどうなったんだ!!」
俺が思い出せるのは、玲奈が俺を庇って血まみれで倒れたところまでだ。その後の惨状を想像するだけで、心臓が握り潰されそうになる。
「安心しろ。……全員、無事だ」
「ほ、ほんとうか……?」
「こんな嘘ついてどうすんだ」
良かった……。みんな、無事なんだな。安堵で全身の力が抜けそうになる。
「あと、目覚めてないのはお前だけだ」
「俺だけ……?」
「ん? ちょっと待て。なんでお前は外の状況が分かるんだよ」
「オレは、お前の中から外の様子が筒抜けだからな」
なんだそれ。俺のプライバシーはゼロってことか?
「お前もそのうち目覚めるさ」
そのうちって、いつなんだよ。
「今はゆっくり休んどけ。……これから、休めなくなるだろうからな」
「……どういうことだ?」
休めなくなる? 魔闘祭ももう終わったはずだし、そこまで忙しくなる理由がないはずだ。
「それも、そのうち分かる」
「お前、そればっかだな」
肝心なことは全然教えてくれねぇ。でも、みんなの安否を教えてくれたことには、少しだけ感謝している。
「……話してるうちに、目覚める時が来たみてえだぞ」
そいつがそう言った途端、足元が崩れ落ちるような感覚に襲われ、俺の意識が急速に遠のき始めた。
「じゃあな、桐宮隼人。……いずれ『オレの身体』になるんだ。それまで、せいぜい短い人生を楽しんどけ」
「どう……いう、ことだ……くそ、意識が……」
不吉極まりないその言葉を最後に、俺の意識は深い闇の中へと沈んでいった。
__________
そして、俺は再び目を覚ました。
鼻を突く消毒液の匂い。目の前には、見慣れない白い天井が広がっていた。
「ここは……保健室、か?」
身体を起こして周囲を見渡す。間違いない、学園の医務室だ。
「今度は、ちゃんと現実で目が覚めたみたいだな……」
……ん? 今度?
あれ、俺、今まで何してたんだっけか。何かすごくリアルな夢を見ていたような……。
俺がぼんやりと考え込んでいると、ガラッと病室の扉が開く音がした。
「おー、やっと目が覚めたか」
中に入ってきたのは、担任の烏廻先生だった。相変わらず気怠げにポケットに手を突っ込んでいる。
「どうだー? 身体に異常とか痛みはあるか?」
「いや、ないです」
確認してみたが、特に痛いところはない。魔力も正常に循環している。
「そうか。……それにしても、丸二日も目を覚まさないとはな~」
「いや~、本当に……え? 今、なんて言いました?」
「ん? 二日も目を覚まさないとはなって」
「二日!? 俺、二日も寝てたんですか!!」
「そうだ」
烏廻さんが淡々と端末の画面を見せてくる。
本当だ。決勝戦の日から、丸二日も経っている。嘘だろ……いくらなんでも寝すぎだろ。
ていうか、教え子が二日ぶりに意識を取り戻したっていうのに、なんでこの人はこんなにテンション低いんだよ。もうちょっと心配してくれてもいいだろ。
「……んで、何があったか覚えてるか?」
「はい。謎の三人組が突然襲ってきて……でも、途中からの記憶が完全に飛んでるんですよね。気がついたらここにいて」
「なるほどな」
「あ、でも、みんなは無事なんですよね」
「そうだが……お前、なんでそれ知ってんだ? さっき目が覚めたばかりだろ?」
……あれ?
言われてみれば、確かになんで俺は『みんなが無事だ』って確信しているんだ?
誰かに、そう言われたような気がする。白髪で、金色の目をした……。
「俺が来る前に、誰か面会に来たのか?」
「いや、来てないです。……でも、夢の中で誰かにそう言われたような気がして」
俺がそう言うと、烏廻さんは少し目を見開き、何かを考え込むように沈黙した。
「……あいつに、呼ばれたのか」
「……あいつって?」
「……桐宮。今から話すことは、全部真実だ」
「烏廻さん、何言って……ッ!!」
俺は軽口を叩こうとして、途中で言葉を失った。
なぜなら、いつもはやる気がなく死んだ魚のような目をしている烏廻さんが、背筋が凍るほど鋭く、真剣な表情で俺を見据えていたからだ。
「あの日、あの三人組が結界を張ってまで襲撃してきた理由。……それは、お前だ。分かってるな?」
「……はい。あいつらもそう言ってました。でも、俺には全く心当たりがなくて……」
なんで、あんな規格外の化け物たちが俺なんかの命を狙ってきたんだ。
「厳密に言えば、狙われたのはお前自身じゃない。お前の中にいる『奴』を狙って、奴らは襲撃を仕掛けてきたんだ」
「俺の中……?」
「そうだ。お前も、これまで闘ってきて変だと思ったことはあるはずだ。帝と闘った時、雨宮と闘った時」
烏廻さんの言葉に、俺の心臓がドクンと大きく跳ねた。
思い当たる節は、ありすぎる。
あの二人と闘った時、俺の魔力は完全に底を突いていたはずだった。だが、絶体絶命の窮地で、俺の奥底から得体の知れない膨大な魔力が唐突に溢れ出してきたのだ。
都合のいい覚醒だと思い込んで、深くは考えてこなかったが……。
「そして極めつきは、八雲と闘った時だ」
「八雲と……」
「あの時、お前、途中の記憶が綺麗に飛んでただろ」
「……はい」
そうだ。気がつくと、八雲はボロボロになって倒れ、周囲には俺の記憶にない戦闘の痕跡が残されていた
「……その、俺の中にいる『奴』が、俺の代わりに闘ったってことなんですよね?」
魔力が尽きた時に魔力を供給してくれたのも、全部そいつの仕業だったということか。
そして、今ならはっきりと分かる。夢の中で会った、俺にそっくりな白髪のアイツ。あれが、俺の中にいる存在なのだと。
「お前、さっきそいつと会ったんだな?」
烏廻さんの問いに、俺は無言で頷く。
「……烏廻さん。あいつは一体、何者なんですか……。なんで、そんな危険な奴が、俺の中にいるんですか!!」
恐怖と混乱が入り混じり、俺はたまらず声を荒げて問い詰めた。
「……落ち着け」
「落ち着けって! そんなこと言われても……ッ!」
「落ち着け」
底知れぬ静かな圧力を伴ったその声に、俺は喉を詰まらせ、ただ黙ることしかできなくなった。
「いいか? さっきも言ったが、これから話すことは全て真実だ。感情を殺して、最後まで落ち着いて聞け」
「……分かりました」
正直、心臓は早鐘のように打ち鳴らされている。だが、落ち着かないと、俺自身に関わる最も重要な真実を聞き逃してしまう。
「あいつの名は『アース』。……自らを、『造られた存在』だと名乗っていた」
「造られた存在……? そんな奴が、なんで俺の中に」
「アースを、お前の中に封印したのは……お前の親父さんだ」
「……は?」
俺の、父さん?
どういうことだ。なんでここで、俺の父親が出てくる?
「十五年前の話だ」
俺が予想外の単語に思考をフリーズさせている間にも、烏廻さんは淡々と話を続ける。
「当時、俺はこの学園の学生で……そして、お前の親父さんは俺の担任の先生だった」
「なっ……」
烏廻さんがこの学園の卒業生で、父さんが先生だった!?
父さんは俺が生まれて間もなく事故で死んだと、母さんからはずっとそう聞かされてきた。それが、学園の教師?
いや、今はそこじゃない。問題は、なぜそんな危険な化け物を、実の息子である俺の中に封印したかだ。
「誰が造ったのか、目的は何なのかは分かんねえ。だが十五年前、アースは突如としてこの学園に現れ、校舎を半壊させるほど暴れ狂った」
聞いたことがある。この学園の校舎は一度半壊し、建て直されたという歴史を。それが十五年前の出来事だったのか。
「教師陣が束になっても、誰もあいつには傷一つつけられなかった。俺も生徒としてその場にいたが、無理だった。唯一渡り合えたのは……お前の親父さんだけだ。それでも、純粋な力はアースの方が上だった。親父さんは徐々にボロボロに追い詰められていったが……なぜか、二人は途中で突然闘いを止めたんだ」
「止めた?」
「ああ。止めた理由は、俺には分からねぇ。だが、その直後……親父さんは自らの命と引き換えに、生まれたばかりのお前を『器』にして、アースを封印した」
「……なんで、俺だったんですか。封印した理由も、分からないんですよね」
「ああ。だが、当事者であるアースなら真実を知っているはずだ。……だから、あいつに直接聞けばいい」
「直接って……」
どうやって? また俺が気絶して、あの精神世界に呼ばれるのを待つってことか?
「簡単だ。今度はこっちから、お前の精神世界に無理やり乗り込んでやればいい」
「え?」
「どっちにしろ、お前の中の封印はもう限界に近い。完全に解けて乗っ取られる前に、アースを力でねじ伏せないといけない」
「なるほど……は? ちょっと待ってください! 叩き潰す!?」
「ああ。じゃないと、お前の自我は消滅し、肉体は完全にアースのものになる」
――『いずれ俺の身体になるんだ。それまで楽しんどけ』
アースの別れ際の言葉がフラッシュバックする。
マジかよ……。あいつ、本気で俺の身体を乗っ取る気満々だったのか。
「それって……絶対に、闘わないといけないんですか?」
「話し合いで解決すりゃあ一番平和だがな。……俺が見た限り、あいつのプライドの高さと凶暴性を考えれば、力でねじ伏せない限り話すら聞かないだろうな」
なんだよそれ。最悪じゃないか。
「つまり、闘うしかないと……。そもそも、闘って勝てば封印は解けなくなるんですか?」
「親父さんが遺した言葉によれば、アースと『契約』を結べば、封印は安定し乗っ取りは防げるらしい。だが、精霊や召喚獣と同じだ。契約は、相手に自分の『力』を認めさせないと成立しない」
「だから……俺が闘って勝って、強さを認めさせるしかない」
「そういうことだ」
……絶対無理な気しかしないぞ。
あの八雲を赤子扱いしてボコボコにした奴だぞ? それに、十五年前、生徒だったとはいえ烏廻さんでも歯が立たなかった相手。当時の父さん以外、闘うことすらできなかった化け物だ。
そんなのに、今の俺が勝てるわけないだろ。
「……今すぐ覚悟を決めろとは言えねえ。だが、封印はもう長くはもたない。猶予は一週間だ。一週間で、覚悟を決めろ」
絶望的な宣告を下すと、烏廻さんは立ち上がり、病室の扉へと歩いていった。
「なんで……俺なんだよ。父さんは、なんで俺に……ッ」
恐怖と理不尽さに押し潰されそうになり、無意識に弱音が口をついて出る。
扉に手をかけた烏廻さんが、足を止めた。
「先生は……お前の親父さんは、きっと『お前なら勝てる』って信じてたから託したんだろう。……それに、俺も信じてる。お前なら、あいつにも勝てるってな」
烏廻さんは静かにそう言い残すと、扉を開け、病室を出て行った。
あとに残された俺は、ただ一人、白いシーツを強く握りしめることしかできなかった。
「……どこだ、ここ」
周りを見渡すと、そこにはどこまでも続く青空と、風に揺れる緑の草原が広がっていた。
ものすごく綺麗な風景だが、全く見覚えがない。それに、どこか不自然なほど静かだった。
なんで俺はこんな所にいるんだ?
「何してたんだっけ……」
確か、魔闘祭の決勝戦が始まって、すぐに転移させられて。それから……そうだ!! 突然、得体の知れない三人組が現れて、絶望的な強さでみんなが次々と倒されて……それで!
「みんなは! 玲奈はどこに行ったんだ……ッ!」
直前の記憶までは鮮明に思い出せたが、自分が一体何がどうなってこんなのどかな場所にいるのかは全く分からない。
「……夢か?」
俺もあの刃に斬られて気を失い、夢を見ていると考えるのが一番自然だ。
「だったら、こんな所で呑気に寝てる暇なんてねぇ! 早く起きてみんなを、玲奈を助けねぇと!」
でも、夢ってどうやって覚めるんだ? ほっぺたをつねる? それとも自然と目が覚めるのを待つしかないのか?
焦燥感に駆られ、夢からの脱出方法を必死に考えていると――
「ここは夢じゃねぇよ」
突然、背後から声が聞こえた。
「誰だッ!」
俺は慌てて振り返り、警戒の姿勢をとる。
しかし、そこに立っていた人物を見て、俺は思わず息を呑み、言葉を失った。
「俺……?」
そこにいたのは、間違いなく『俺とそっくりの顔』をした同年代の少年だった。
いや、違う。顔の造形や体格は俺と瓜二つだが、放っている空気がまるで別物だ。何より――こいつの瞳は『金色』で、髪の毛は『白髪』だった。
黒髪黒目の俺とは、明らかに違う。
「お前は誰なんだ。なんで、俺とそっくりな顔をしてる」
敵か? 手元に武器はないが、いつでも魔法を展開できるように魔力を練り上げる。
「そう警戒すんな。今は別に、闘うつもりはねえよ。……オレが誰かってのは、まあそのうち分かる」
こいつは面倒くさそうに頭を掻きながらそう言うが、こんな異常な状況でやすやすと信用できるはずがない。『そのうち分かる』という言葉の意味も不気味だ。
「……だったら、ここが夢じゃないってのはどういう意味だ?」
「言葉の通りだ。ここは夢の世界じゃない。……お前の『精神世界』と言ったところだな」
「精神世界……?」
「本来は特別な術式でも使わねぇと入ってこれない場所なんだが、今回はオレが直接お前を呼んだ」
こいつが俺を呼んだ? なんのために?
「まあ、特に理由はねぇよ。ただの暇つぶしだ」
俺の心の声が読まれているのか、そいつは薄く笑いながらそう答えた。
「……ここから出る方法は?」
こいつが呼んだのなら、出方も知っているはずだ。
「お前が現実で目を覚ませば、勝手に外に出られる。……お前は今、外で深く眠った状態だからな」
現実で目が覚めないと出られないのか。……頼むぞ俺、早く起きてくれ。
「それまで、オレと少し話でもしようじゃねえか」
「話? お前が何者かは答えてくれないんだろ?」
「まあな。……でも、気になるだろ? あの女がお前を庇って斬られた後、どうなったのか」
俺とそっくりの顔が、意地悪くニヤリと歪む。
「知ってるのか!?」
「ああ」
「玲奈は……! みんなはどうなったんだ!!」
俺が思い出せるのは、玲奈が俺を庇って血まみれで倒れたところまでだ。その後の惨状を想像するだけで、心臓が握り潰されそうになる。
「安心しろ。……全員、無事だ」
「ほ、ほんとうか……?」
「こんな嘘ついてどうすんだ」
良かった……。みんな、無事なんだな。安堵で全身の力が抜けそうになる。
「あと、目覚めてないのはお前だけだ」
「俺だけ……?」
「ん? ちょっと待て。なんでお前は外の状況が分かるんだよ」
「オレは、お前の中から外の様子が筒抜けだからな」
なんだそれ。俺のプライバシーはゼロってことか?
「お前もそのうち目覚めるさ」
そのうちって、いつなんだよ。
「今はゆっくり休んどけ。……これから、休めなくなるだろうからな」
「……どういうことだ?」
休めなくなる? 魔闘祭ももう終わったはずだし、そこまで忙しくなる理由がないはずだ。
「それも、そのうち分かる」
「お前、そればっかだな」
肝心なことは全然教えてくれねぇ。でも、みんなの安否を教えてくれたことには、少しだけ感謝している。
「……話してるうちに、目覚める時が来たみてえだぞ」
そいつがそう言った途端、足元が崩れ落ちるような感覚に襲われ、俺の意識が急速に遠のき始めた。
「じゃあな、桐宮隼人。……いずれ『オレの身体』になるんだ。それまで、せいぜい短い人生を楽しんどけ」
「どう……いう、ことだ……くそ、意識が……」
不吉極まりないその言葉を最後に、俺の意識は深い闇の中へと沈んでいった。
__________
そして、俺は再び目を覚ました。
鼻を突く消毒液の匂い。目の前には、見慣れない白い天井が広がっていた。
「ここは……保健室、か?」
身体を起こして周囲を見渡す。間違いない、学園の医務室だ。
「今度は、ちゃんと現実で目が覚めたみたいだな……」
……ん? 今度?
あれ、俺、今まで何してたんだっけか。何かすごくリアルな夢を見ていたような……。
俺がぼんやりと考え込んでいると、ガラッと病室の扉が開く音がした。
「おー、やっと目が覚めたか」
中に入ってきたのは、担任の烏廻先生だった。相変わらず気怠げにポケットに手を突っ込んでいる。
「どうだー? 身体に異常とか痛みはあるか?」
「いや、ないです」
確認してみたが、特に痛いところはない。魔力も正常に循環している。
「そうか。……それにしても、丸二日も目を覚まさないとはな~」
「いや~、本当に……え? 今、なんて言いました?」
「ん? 二日も目を覚まさないとはなって」
「二日!? 俺、二日も寝てたんですか!!」
「そうだ」
烏廻さんが淡々と端末の画面を見せてくる。
本当だ。決勝戦の日から、丸二日も経っている。嘘だろ……いくらなんでも寝すぎだろ。
ていうか、教え子が二日ぶりに意識を取り戻したっていうのに、なんでこの人はこんなにテンション低いんだよ。もうちょっと心配してくれてもいいだろ。
「……んで、何があったか覚えてるか?」
「はい。謎の三人組が突然襲ってきて……でも、途中からの記憶が完全に飛んでるんですよね。気がついたらここにいて」
「なるほどな」
「あ、でも、みんなは無事なんですよね」
「そうだが……お前、なんでそれ知ってんだ? さっき目が覚めたばかりだろ?」
……あれ?
言われてみれば、確かになんで俺は『みんなが無事だ』って確信しているんだ?
誰かに、そう言われたような気がする。白髪で、金色の目をした……。
「俺が来る前に、誰か面会に来たのか?」
「いや、来てないです。……でも、夢の中で誰かにそう言われたような気がして」
俺がそう言うと、烏廻さんは少し目を見開き、何かを考え込むように沈黙した。
「……あいつに、呼ばれたのか」
「……あいつって?」
「……桐宮。今から話すことは、全部真実だ」
「烏廻さん、何言って……ッ!!」
俺は軽口を叩こうとして、途中で言葉を失った。
なぜなら、いつもはやる気がなく死んだ魚のような目をしている烏廻さんが、背筋が凍るほど鋭く、真剣な表情で俺を見据えていたからだ。
「あの日、あの三人組が結界を張ってまで襲撃してきた理由。……それは、お前だ。分かってるな?」
「……はい。あいつらもそう言ってました。でも、俺には全く心当たりがなくて……」
なんで、あんな規格外の化け物たちが俺なんかの命を狙ってきたんだ。
「厳密に言えば、狙われたのはお前自身じゃない。お前の中にいる『奴』を狙って、奴らは襲撃を仕掛けてきたんだ」
「俺の中……?」
「そうだ。お前も、これまで闘ってきて変だと思ったことはあるはずだ。帝と闘った時、雨宮と闘った時」
烏廻さんの言葉に、俺の心臓がドクンと大きく跳ねた。
思い当たる節は、ありすぎる。
あの二人と闘った時、俺の魔力は完全に底を突いていたはずだった。だが、絶体絶命の窮地で、俺の奥底から得体の知れない膨大な魔力が唐突に溢れ出してきたのだ。
都合のいい覚醒だと思い込んで、深くは考えてこなかったが……。
「そして極めつきは、八雲と闘った時だ」
「八雲と……」
「あの時、お前、途中の記憶が綺麗に飛んでただろ」
「……はい」
そうだ。気がつくと、八雲はボロボロになって倒れ、周囲には俺の記憶にない戦闘の痕跡が残されていた
「……その、俺の中にいる『奴』が、俺の代わりに闘ったってことなんですよね?」
魔力が尽きた時に魔力を供給してくれたのも、全部そいつの仕業だったということか。
そして、今ならはっきりと分かる。夢の中で会った、俺にそっくりな白髪のアイツ。あれが、俺の中にいる存在なのだと。
「お前、さっきそいつと会ったんだな?」
烏廻さんの問いに、俺は無言で頷く。
「……烏廻さん。あいつは一体、何者なんですか……。なんで、そんな危険な奴が、俺の中にいるんですか!!」
恐怖と混乱が入り混じり、俺はたまらず声を荒げて問い詰めた。
「……落ち着け」
「落ち着けって! そんなこと言われても……ッ!」
「落ち着け」
底知れぬ静かな圧力を伴ったその声に、俺は喉を詰まらせ、ただ黙ることしかできなくなった。
「いいか? さっきも言ったが、これから話すことは全て真実だ。感情を殺して、最後まで落ち着いて聞け」
「……分かりました」
正直、心臓は早鐘のように打ち鳴らされている。だが、落ち着かないと、俺自身に関わる最も重要な真実を聞き逃してしまう。
「あいつの名は『アース』。……自らを、『造られた存在』だと名乗っていた」
「造られた存在……? そんな奴が、なんで俺の中に」
「アースを、お前の中に封印したのは……お前の親父さんだ」
「……は?」
俺の、父さん?
どういうことだ。なんでここで、俺の父親が出てくる?
「十五年前の話だ」
俺が予想外の単語に思考をフリーズさせている間にも、烏廻さんは淡々と話を続ける。
「当時、俺はこの学園の学生で……そして、お前の親父さんは俺の担任の先生だった」
「なっ……」
烏廻さんがこの学園の卒業生で、父さんが先生だった!?
父さんは俺が生まれて間もなく事故で死んだと、母さんからはずっとそう聞かされてきた。それが、学園の教師?
いや、今はそこじゃない。問題は、なぜそんな危険な化け物を、実の息子である俺の中に封印したかだ。
「誰が造ったのか、目的は何なのかは分かんねえ。だが十五年前、アースは突如としてこの学園に現れ、校舎を半壊させるほど暴れ狂った」
聞いたことがある。この学園の校舎は一度半壊し、建て直されたという歴史を。それが十五年前の出来事だったのか。
「教師陣が束になっても、誰もあいつには傷一つつけられなかった。俺も生徒としてその場にいたが、無理だった。唯一渡り合えたのは……お前の親父さんだけだ。それでも、純粋な力はアースの方が上だった。親父さんは徐々にボロボロに追い詰められていったが……なぜか、二人は途中で突然闘いを止めたんだ」
「止めた?」
「ああ。止めた理由は、俺には分からねぇ。だが、その直後……親父さんは自らの命と引き換えに、生まれたばかりのお前を『器』にして、アースを封印した」
「……なんで、俺だったんですか。封印した理由も、分からないんですよね」
「ああ。だが、当事者であるアースなら真実を知っているはずだ。……だから、あいつに直接聞けばいい」
「直接って……」
どうやって? また俺が気絶して、あの精神世界に呼ばれるのを待つってことか?
「簡単だ。今度はこっちから、お前の精神世界に無理やり乗り込んでやればいい」
「え?」
「どっちにしろ、お前の中の封印はもう限界に近い。完全に解けて乗っ取られる前に、アースを力でねじ伏せないといけない」
「なるほど……は? ちょっと待ってください! 叩き潰す!?」
「ああ。じゃないと、お前の自我は消滅し、肉体は完全にアースのものになる」
――『いずれ俺の身体になるんだ。それまで楽しんどけ』
アースの別れ際の言葉がフラッシュバックする。
マジかよ……。あいつ、本気で俺の身体を乗っ取る気満々だったのか。
「それって……絶対に、闘わないといけないんですか?」
「話し合いで解決すりゃあ一番平和だがな。……俺が見た限り、あいつのプライドの高さと凶暴性を考えれば、力でねじ伏せない限り話すら聞かないだろうな」
なんだよそれ。最悪じゃないか。
「つまり、闘うしかないと……。そもそも、闘って勝てば封印は解けなくなるんですか?」
「親父さんが遺した言葉によれば、アースと『契約』を結べば、封印は安定し乗っ取りは防げるらしい。だが、精霊や召喚獣と同じだ。契約は、相手に自分の『力』を認めさせないと成立しない」
「だから……俺が闘って勝って、強さを認めさせるしかない」
「そういうことだ」
……絶対無理な気しかしないぞ。
あの八雲を赤子扱いしてボコボコにした奴だぞ? それに、十五年前、生徒だったとはいえ烏廻さんでも歯が立たなかった相手。当時の父さん以外、闘うことすらできなかった化け物だ。
そんなのに、今の俺が勝てるわけないだろ。
「……今すぐ覚悟を決めろとは言えねえ。だが、封印はもう長くはもたない。猶予は一週間だ。一週間で、覚悟を決めろ」
絶望的な宣告を下すと、烏廻さんは立ち上がり、病室の扉へと歩いていった。
「なんで……俺なんだよ。父さんは、なんで俺に……ッ」
恐怖と理不尽さに押し潰されそうになり、無意識に弱音が口をついて出る。
扉に手をかけた烏廻さんが、足を止めた。
「先生は……お前の親父さんは、きっと『お前なら勝てる』って信じてたから託したんだろう。……それに、俺も信じてる。お前なら、あいつにも勝てるってな」
烏廻さんは静かにそう言い残すと、扉を開け、病室を出て行った。
あとに残された俺は、ただ一人、白いシーツを強く握りしめることしかできなかった。
