「何? 気絶しちゃったの?」
玲奈を庇い、血溜まりの中でがくりと俯いて動かなくなった隼人を見下ろし、ルクスが冷酷な声で呟いた。
「なら、そのまま回収して終わりね。……ケディア、お願い」
「……」
ルクスに命じられ、無表情のケディアが無言のまま隼人を担ぎ上げようと近づいていく。
そして、地に伏す隼人の身体に手を伸ばそうとした、その瞬間だった。
「!?」
ケディアが突如、弾かれたように後方へと大きく跳躍した。
「ちょっとケディア、何して……」
想定外の行動にルクスが疑問の声を上げようとしたが、その言葉は途中でピタリと止まった。
――ぞわり、と。
森の空気が凍りつくような、隼人の放つ信じられないほどの重圧が、その場にいる全員の肌を粟立たせたからだ。
「今のを避けたか。……前のあのガキよりは、楽しめそうだなぁ」
低く、ひび割れたような声が響く。
ゆっくりと顔を上げたその『少年』は、八雲と闘った時と同様の、人外を思わせる禍々しい金色の瞳を宿していた。そして、その髪は月の光を吸い込んだように、真っ白に染まり上がっていた。
「封印が、解けたのかしら……?」
ルクスが警戒を露わにして一歩下がる。
「完全には解けてねえよ。……でもまあ、お前らをいたぶる時間くらいはある」
少年――隼人の身体を乗っ取った『化け物』は、三人の襲撃者を見回し、ひどく歪んだ凶悪な笑みを浮かべた。
「ハハハ! おもしれぇ! ケディアどけ、俺がやる!」
先程までルイと激しい鍔迫り合いを演じていたヴァリが、底知れぬ強者を目の前にして、心底楽しそうに獰猛な笑い声を上げた。
「……」
ケディアは狂喜するヴァリをチラリと横目で見ると、無言のままスッと後ろへ下がる。
「俺が相手してやるよ!!」
ヴァリが地面を爆発的に蹴り飛ばした。瞬きする間もなく少年の目の前まで肉薄し、大木をも一刀両断する威力の重剣を真上から容赦なく振り抜く。
「はぁ……甘えよ」
少年はつまらなそうに深いため息をつくと、その必殺の一撃を、なんと『右手一本』で、しかも素手のままガシィッと受け止めた。
「な!?」
自身の全力の剣撃が軽々と止められ、ヴァリが驚愕の声を上げる。
ルクスも声には出さなかったものの、余裕の表情が完全に崩れ去った。感情を顔に出さないケディアでさえ、明確に顔を強張らせている。
「こんだけか?」
「なわけねぇだろッ!!」
ヴァリは瞬時に剣を消散させると、今度は少年の顔面を狙って渾身の蹴りを繰り出した。
だが、少年はそれすらも虫を払うような動作で簡単に受け止める。
「お返しだ」
ドゴォォォンッ!!
少年の拳が、ヴァリの顔面に深々とめり込んだ。
防御する間すら与えられなかったヴァリの巨体は、凄まじい勢いで宙を舞い、背後の大木を何本もへし折りながら吹き飛んでいった。
「ヴァリ!!」
ルクスが思わず悲鳴のような声を上げる。
「……心配すんな、こんくらい効いてねえ」
土煙の中から、額から血を流したヴァリがフラフラと立ち上がった。
「これで終わったら、流石に興醒めだ」
「……ヴァリ、ケディア。三人でやるわよ」
ルクスの鋭い声に、ヴァリは舌打ちをする。
「あ? 何言って……チッ、分かったよ」
普段なら絶対に共闘など受け入れないヴァリだったが、ルクスのただならぬ真剣な顔を見て、反論を飲み込んだ。それほどまでに、目の前のバケモノは規格外だということだ。
「おいおい、なんだ? 三人なら俺に勝てるとでも思ってんのか?」
少年は、三人がかりで構える敵を見て、心底可笑しそうに鼻で笑う。
「随分と舐められたもんだ。……それに、お前ら気付いてねぇのか?」
「何に?」
ルクスが三人を代表するように短く問い返す。
「――結界、もう壊れてるぞ」
「!?」
少年の言葉に、ルクスの顔色が一気に蒼白になった。
「嘘でしょ……いくらなんでも、早すぎるわ」
「あの『クソガキ』を甘く見過ぎだな。……まあ、俺としてはもっと遊んでやりたかったんだがなぁ」
少年が退屈そうにそう呟いた、次の瞬間。
森の木々を縫うようにして、三つの影が音もなく降り立った。烏廻辰巳、西園寺優斗、桐宮楓の三人である。
「お前ら、よくも俺の生徒に手を出したな」
烏廻が、普段の怠惰な態度からは想像もつかないほどの濃密な殺気を放ち、剣先をルクスたちへと突きつける。
「……玲奈!!」
優斗は、血の海に沈んでいる妹の惨状を見るなり、血相を変えて急いで駆け寄った。
「……ッ」
一方、楓は倒れた生徒たちを一瞥した後、ひどく禍々しい空気を纏う白髪の少年を強い警戒心を込めて睨みつけた。
「やったのは俺じゃねえよ。あいつらだ」
少年は、楓の刺すような視線を受け流すように顎でルクスたちをしゃくった。
「烏廻先生。西園寺さん以外は、全員気絶しているだけで無事です」
生き残っていたルイが、烏廻の傍へ歩み寄りながら静かに報告する。
「楓! 早く玲奈に治癒魔法をかけてくれ!!」
「……分かった!」
少年から目を離せなかった楓も、優斗の悲痛な叫びにハッとして、すぐに玲奈の元へと走った。
「……大丈夫。このくらいの傷なら、私でもなんとかなるわ」
楓が両手をかざし、温かな光が玲奈の傷口を塞ぎ始めるのを見て、優斗はホッと安堵の息を吐く。そして、すぐさま怒りに満ちた目で立ち上がり、烏廻の隣へと並んで自らの武器を召喚した。
「烏廻辰巳、西園寺優斗、それに桐宮楓……。流石にこの三人に加勢されると厳しいわね」
ルクスは圧倒的不利な状況にもかかわらず、余裕を取り繕うように薄く笑った。
「……調べ済みってわけか」
「ええ。貴方たちには警戒するように上から言われているわ。……だから、ここは大人しく引かせてもらうわね」
「おいルクス! 俺はまだ闘い足りねぇぞ!!」
戦意を剥き出しにするヴァリだったが、ルクスは冷たく一蹴する。
「いくらなんでも無茶よ。態勢を立て直さないと」
「逃がすと思ってんのか?」
烏廻が地を蹴り、一瞬にしてルクスの目の前まで肉薄し、その首筋目掛けて鋭い剣閃を放つ。
「また会いましょう」
だが、烏廻の刃が届くほんのコンマ数秒早く、空間が歪み、三人の姿は蜃気楼のように掻き消えた。
「……逃げられたか」
完全に三人の気配が森から消え去ったのを確認し、烏廻は静かに武器をしまった。
「悪いな、お前ら。逃しちまった」
烏廻が振り返り、優斗と楓に向かって短く謝罪する。
「いえ……先生で無理なら、俺たちでも同じですよ。それより、急いでみんなを医務室へ運びましょう」
「そうだな。……まあ、その前に」
烏廻はそう言って振り返り、白髪の少年とじっと視線を交えさせた。
「おい、クソガキ。分かってんだろうな?」
「……」
「さっさと話せよ。さもないと……」
少年が、底知れぬ凄みを効かせた声で烏廻にそう告げる。
「ああ。分かってる」
烏廻は一切動じることなく、その言葉に静かに頷いた。
「……ならいい。俺はこいつの中に戻るぞ」
少年がふっと目を閉じると、それまで周囲を支配していた禍々しいプレッシャーが嘘のように霧散した。
同時に、髪の色が元の黒へと戻り、隼人の身体は糸が切れた操り人形のようにその場へ崩れ落ちる。
「おっと」
烏廻はすかさず前に出てその身体をしっかりと支え、地面へゆっくりと寝かせた。
「……全員無事でよかった」
気を失った教え子たちを見渡し、烏廻はいつもの気怠げな、しかし心の底から安堵したような表情でそう呟いた。
玲奈を庇い、血溜まりの中でがくりと俯いて動かなくなった隼人を見下ろし、ルクスが冷酷な声で呟いた。
「なら、そのまま回収して終わりね。……ケディア、お願い」
「……」
ルクスに命じられ、無表情のケディアが無言のまま隼人を担ぎ上げようと近づいていく。
そして、地に伏す隼人の身体に手を伸ばそうとした、その瞬間だった。
「!?」
ケディアが突如、弾かれたように後方へと大きく跳躍した。
「ちょっとケディア、何して……」
想定外の行動にルクスが疑問の声を上げようとしたが、その言葉は途中でピタリと止まった。
――ぞわり、と。
森の空気が凍りつくような、隼人の放つ信じられないほどの重圧が、その場にいる全員の肌を粟立たせたからだ。
「今のを避けたか。……前のあのガキよりは、楽しめそうだなぁ」
低く、ひび割れたような声が響く。
ゆっくりと顔を上げたその『少年』は、八雲と闘った時と同様の、人外を思わせる禍々しい金色の瞳を宿していた。そして、その髪は月の光を吸い込んだように、真っ白に染まり上がっていた。
「封印が、解けたのかしら……?」
ルクスが警戒を露わにして一歩下がる。
「完全には解けてねえよ。……でもまあ、お前らをいたぶる時間くらいはある」
少年――隼人の身体を乗っ取った『化け物』は、三人の襲撃者を見回し、ひどく歪んだ凶悪な笑みを浮かべた。
「ハハハ! おもしれぇ! ケディアどけ、俺がやる!」
先程までルイと激しい鍔迫り合いを演じていたヴァリが、底知れぬ強者を目の前にして、心底楽しそうに獰猛な笑い声を上げた。
「……」
ケディアは狂喜するヴァリをチラリと横目で見ると、無言のままスッと後ろへ下がる。
「俺が相手してやるよ!!」
ヴァリが地面を爆発的に蹴り飛ばした。瞬きする間もなく少年の目の前まで肉薄し、大木をも一刀両断する威力の重剣を真上から容赦なく振り抜く。
「はぁ……甘えよ」
少年はつまらなそうに深いため息をつくと、その必殺の一撃を、なんと『右手一本』で、しかも素手のままガシィッと受け止めた。
「な!?」
自身の全力の剣撃が軽々と止められ、ヴァリが驚愕の声を上げる。
ルクスも声には出さなかったものの、余裕の表情が完全に崩れ去った。感情を顔に出さないケディアでさえ、明確に顔を強張らせている。
「こんだけか?」
「なわけねぇだろッ!!」
ヴァリは瞬時に剣を消散させると、今度は少年の顔面を狙って渾身の蹴りを繰り出した。
だが、少年はそれすらも虫を払うような動作で簡単に受け止める。
「お返しだ」
ドゴォォォンッ!!
少年の拳が、ヴァリの顔面に深々とめり込んだ。
防御する間すら与えられなかったヴァリの巨体は、凄まじい勢いで宙を舞い、背後の大木を何本もへし折りながら吹き飛んでいった。
「ヴァリ!!」
ルクスが思わず悲鳴のような声を上げる。
「……心配すんな、こんくらい効いてねえ」
土煙の中から、額から血を流したヴァリがフラフラと立ち上がった。
「これで終わったら、流石に興醒めだ」
「……ヴァリ、ケディア。三人でやるわよ」
ルクスの鋭い声に、ヴァリは舌打ちをする。
「あ? 何言って……チッ、分かったよ」
普段なら絶対に共闘など受け入れないヴァリだったが、ルクスのただならぬ真剣な顔を見て、反論を飲み込んだ。それほどまでに、目の前のバケモノは規格外だということだ。
「おいおい、なんだ? 三人なら俺に勝てるとでも思ってんのか?」
少年は、三人がかりで構える敵を見て、心底可笑しそうに鼻で笑う。
「随分と舐められたもんだ。……それに、お前ら気付いてねぇのか?」
「何に?」
ルクスが三人を代表するように短く問い返す。
「――結界、もう壊れてるぞ」
「!?」
少年の言葉に、ルクスの顔色が一気に蒼白になった。
「嘘でしょ……いくらなんでも、早すぎるわ」
「あの『クソガキ』を甘く見過ぎだな。……まあ、俺としてはもっと遊んでやりたかったんだがなぁ」
少年が退屈そうにそう呟いた、次の瞬間。
森の木々を縫うようにして、三つの影が音もなく降り立った。烏廻辰巳、西園寺優斗、桐宮楓の三人である。
「お前ら、よくも俺の生徒に手を出したな」
烏廻が、普段の怠惰な態度からは想像もつかないほどの濃密な殺気を放ち、剣先をルクスたちへと突きつける。
「……玲奈!!」
優斗は、血の海に沈んでいる妹の惨状を見るなり、血相を変えて急いで駆け寄った。
「……ッ」
一方、楓は倒れた生徒たちを一瞥した後、ひどく禍々しい空気を纏う白髪の少年を強い警戒心を込めて睨みつけた。
「やったのは俺じゃねえよ。あいつらだ」
少年は、楓の刺すような視線を受け流すように顎でルクスたちをしゃくった。
「烏廻先生。西園寺さん以外は、全員気絶しているだけで無事です」
生き残っていたルイが、烏廻の傍へ歩み寄りながら静かに報告する。
「楓! 早く玲奈に治癒魔法をかけてくれ!!」
「……分かった!」
少年から目を離せなかった楓も、優斗の悲痛な叫びにハッとして、すぐに玲奈の元へと走った。
「……大丈夫。このくらいの傷なら、私でもなんとかなるわ」
楓が両手をかざし、温かな光が玲奈の傷口を塞ぎ始めるのを見て、優斗はホッと安堵の息を吐く。そして、すぐさま怒りに満ちた目で立ち上がり、烏廻の隣へと並んで自らの武器を召喚した。
「烏廻辰巳、西園寺優斗、それに桐宮楓……。流石にこの三人に加勢されると厳しいわね」
ルクスは圧倒的不利な状況にもかかわらず、余裕を取り繕うように薄く笑った。
「……調べ済みってわけか」
「ええ。貴方たちには警戒するように上から言われているわ。……だから、ここは大人しく引かせてもらうわね」
「おいルクス! 俺はまだ闘い足りねぇぞ!!」
戦意を剥き出しにするヴァリだったが、ルクスは冷たく一蹴する。
「いくらなんでも無茶よ。態勢を立て直さないと」
「逃がすと思ってんのか?」
烏廻が地を蹴り、一瞬にしてルクスの目の前まで肉薄し、その首筋目掛けて鋭い剣閃を放つ。
「また会いましょう」
だが、烏廻の刃が届くほんのコンマ数秒早く、空間が歪み、三人の姿は蜃気楼のように掻き消えた。
「……逃げられたか」
完全に三人の気配が森から消え去ったのを確認し、烏廻は静かに武器をしまった。
「悪いな、お前ら。逃しちまった」
烏廻が振り返り、優斗と楓に向かって短く謝罪する。
「いえ……先生で無理なら、俺たちでも同じですよ。それより、急いでみんなを医務室へ運びましょう」
「そうだな。……まあ、その前に」
烏廻はそう言って振り返り、白髪の少年とじっと視線を交えさせた。
「おい、クソガキ。分かってんだろうな?」
「……」
「さっさと話せよ。さもないと……」
少年が、底知れぬ凄みを効かせた声で烏廻にそう告げる。
「ああ。分かってる」
烏廻は一切動じることなく、その言葉に静かに頷いた。
「……ならいい。俺はこいつの中に戻るぞ」
少年がふっと目を閉じると、それまで周囲を支配していた禍々しいプレッシャーが嘘のように霧散した。
同時に、髪の色が元の黒へと戻り、隼人の身体は糸が切れた操り人形のようにその場へ崩れ落ちる。
「おっと」
烏廻はすかさず前に出てその身体をしっかりと支え、地面へゆっくりと寝かせた。
「……全員無事でよかった」
気を失った教え子たちを見渡し、烏廻はいつもの気怠げな、しかし心の底から安堵したような表情でそう呟いた。
