魔力の少ない魔法使い

時は少し遡り、隼人たちの決勝戦が始まる前のこと。
「なぁ、決勝どっちが勝つと思う?」
「そりゃあC組だろ! 西園寺、九条、帝がいるんだぜ?」
「だよなー。役者が違いすぎるわ」
 すり鉢状の巨大な競技場を埋め尽くす観客たちが、口々にそんな予想を交わしている。
「決勝はやっぱ盛り上がってんなぁ。さて、あいつらは本当に優勝できるのかね」
 騒がしい観客席の喧騒の中、壁にもたれかかってポツリと呟いたのは、C組の担任である烏廻辰巳だった。
 一般の観客席は完全に満席のため、彼は通路の端で腕を組んで立っている。
「あれ? 烏廻先生。こんなところで何やってるんすか?」
 声をかけられた烏廻が視線を向けると、そこには玲奈の兄であり生徒会長を務める西園寺優斗と、隼人の姉で生徒会副会長の桐宮楓の姿があった。
「何って、自分のクラスの試合を見に来たに決まってんだろ」
「へぇ~、意外。私、てっきり烏廻先生は今頃、職員室でサボってゲームしてるか寝てるもんだとばかり思ってました」
「……お前ら、俺を何だと思ってるんだ」
 烏廻は心外そうに眉をひそめてみせるが、実際、一回戦と二回戦は完全に観戦をサボって職員室でゲームをしながら昼寝をしていた。図星である。
「つーか、お前らこそ何してんだ? 生徒会の仕事とかあるだろ」
「俺たち、午後に決勝があるんで生徒会の仕事は休みなんすよ」
「ふーん」
 烏廻は自分から聞いておきながら、いかにも興味なさそうに視線を戻す。
「先生から見て、玲奈たちは勝てそうですか?」
「あ~、まあ、いつも通りやりゃあ勝てるんじゃねえか?」
「テキトーですね本当に。自分のクラスの晴れ舞台なのに」
 烏廻のあまりに緊張感のない返答に、楓は苦笑いを浮かべる。
「仕方ねえだろ。俺はG組の教科は何も受け持ってねえから、向こうにどんな奴がいるのか細かくは知らねえんだよ」
「なるほど」
「ただ、下馬評じゃうちのクラスが圧倒的優位みたいだけどな」
「西園寺に九条、それに帝……各名家の有名どころが揃ってますもんね」
『それでは! 両チーム入場して下さい!』
 烏廻たちが雑談を交わしていると、競技場全体に実況のアナウンスが響き渡り、両クラスの選手たちがゲートから入場してきた。
 その姿が現れた瞬間、観客席からは割れんばかりの歓声と地鳴りのような拍手が巻き起こる。
「……うるせえなぁ」
「まあまあ、そう言わずにちゃんと自分のクラスを応援しましょうよ、ほら」
「隼人~! 頑張んなさいよ~ッ!!」
「……こいつみたいに熱くなれってか? 勘弁してくれ」
 烏廻は、隣でいきなりメガホンもなしに大声を張り上げ始めた楓を指差し、優斗に肩をすくめてみせる。
「俺はそんな熱血なキャラじゃねぇだろ」
「まあ、それは確かにそうですね」
 烏廻のやる気のない返答に、優斗は苦笑する。
「んー……でも、なんか隼人たち、ちょっと緊張してるわね」
「決勝だし、この観客数なら仕方ないかもな。隼人のやつ、昔からプレッシャーに弱くて緊張しやすい奴だったし」
「それに比べて、玲奈ちゃんは堂々としてるわね。流石よね~」
 実の弟の心配をしつつも、玲奈の凛とした佇まいに感心する楓。
(西園寺、九条、帝辺りは流石に名家の出だけあって肝が座ってるわな……あとは、エスクードくらいか)
 烏廻は、教え子たちの様子を観察するように視線を走らせる。
「ん……?」
 ふと、ルイ・エスクードへと視線を向けた時、烏廻の目が僅かに細くなった。
 ルイはいつも通りの笑顔を浮かべておらず、どこか険しい顔つきで、向かい側のG組の列を一点に見つめていたのだ。
(あいつ、G組の生徒をずっと睨みつけてるな……。なんかあんのか?)
 不審に思った烏廻も、ルイの視線を追うようにしてG組の生徒たちへと鋭い視線を向けた。
 その瞬間、烏廻の脳裏にチリッとした奇妙な感覚が走る。
「……」
「どうしたんですか、先生? 急に黙り込んで」
 それまで適当に相槌を打っていた烏廻が、突然押し黙って眼光を鋭くしたことに疑問を持った優斗が話しかける。
「……なぁ、お前ら。G組の――」
『それでは、只今より魔闘祭1年生の部! C組対G組の決勝戦を行いたいと思います!』
 烏廻が優斗と楓に深刻な声で話しかけようとしたその瞬間、それを掻き消すように決勝戦開始の華やかなアナウンスが遮った。
「あ、いよいよ始まるわね!」
『では、選手の皆さんには闘いのフィールドまで転移して頂きましょう!』
 グラウンドに巨大な魔法陣が光り輝き、光の柱が収まった時には、隼人たちの姿はそこから消え去っていた。
「先生、さっき何か言いかけました?」
「あー……いや、なんでもねえ」
「?」
 優斗は少し疑問に思ったが、すぐに会場の頭上に浮かび上がった巨大な魔導スクリーンに映し出された、フィールドの映像へと目を向けた。
「へぇ~、決勝は森か」
「随分と闘いにくそうなフィールドよね。遮蔽物が多いし、私はちょっと苦手なタイプね」
 優斗の呟きを拾って、楓が自分の性質と照らし合わせながら感想を述べる。
「まあ、お前の場合そうかもな」
「でしょ?」
 二人がそんな会話を交わす中。
 烏廻だけは先ほどから一切言葉を発さず、不自然なほど真剣な眼差しで、スクリーンの中の森の映像を凝視していた。
「「??」」
 いつもなら「だるい」「早く帰りてえ」しか言わない先生のその異様な様子に、優斗と楓は不思議に思い、顔を見合わせて首を傾げる。
『――残リ、十秒デス』
 試合開始まで残り10秒となり、無機質な音声によるカウントダウンが始まった。
 ――そして、カウントがゼロに向かおうとした、まさにその時。
 頭上の巨大な魔導スクリーンが突然バツンと音を立て、真っ暗な闇に包まれた。音声のカウントも途絶え、何も映らなくなる。
「「え?」」
 優斗と楓の声が綺麗に重なった。
 それと同時に、何が起きたのか分からない会場の観客たちからも、一斉にざわめきが巻き起こる。
『トラブルが発生いたしました! 観客の皆様、少々お待ち下さい!』
 必死に場を繋ごうとする実況のアナウンスが流れるが、会場の動揺が静まり返ることはない。
「……」
 混乱に包まれるスタジアムの中で、烏廻だけが、やはり無言のまま、冷徹な目で真っ暗なスクリーンを見つめていた。
「トラブルか? ……だとしたら、俺たちも生徒会として運営の手伝いに戻った方が良いかもな」
「えー、せっかくの決勝戦だったのに」
 優斗と楓が席を立ち、仕事に戻ろうとした、その瞬間だった。
「チッ……おいお前ら、ついて来い。クソ面倒なことになったぞ」
 低く、地を這うような冷たい声で、烏廻が二人に声をかけた。
 いつもの怠惰な雰囲気は完全に消え失せ、殺気すら孕んだその声に、二人は言葉を失い、疑問符を浮かべながらも本能的にその場に硬直する。
「とりあえず人がいない所に行く。そこで詳しく話してやる」
 そう言い残し、烏廻は足早に歩き出した。ただ事ではないと察した優斗と楓が、慌ててその後を追いかける。
「う、烏廻先生! 面倒なことって、一体何が分かったんですか!?」
 早足で歩く烏廻の背中に向かって、楓が焦燥を滲ませて質問する。
「……ここで良いか」
 烏廻は競技場の裏手にある、周囲に誰も人がいない通路であることを確認して立ち止まり、優斗と楓の方へと振り返った。
 その表情は、いつものやる気のない昼行灯のそれではなく、戦場の最前線に立つ戦士のような、真剣そのものの鋭い顔つきだった。
「侵入者だ。それもかなりの手練れだ」
「え!? 侵入者!?」
 烏廻の衝撃的な言葉に、楓が息を呑んで聞き返す。
「ああ。さっき、あの決勝フィールドに転移を試みたが、弾かれた。あそこは今、完全に外からの干渉を拒絶する強力な『隔離結界』が張られてる」
「結界……!? それは本当ですか、先生」
 優斗の顔から血の気が引いていく。
「おそらく、G組の生徒に紛れて学園内に侵入してやがったな。入場してきた瞬間、奴らのうち数人から、学生の枠を遥かに超えた妙な魔力を感じた。……お前らにも確認してもらおうと思って声をかけようとしたんだが、その直前に転移魔法が発動しちまった」
「あの時、話しかけようとしたのはそのことだったんですね……」
 優斗は、決勝直前の烏廻の不自然な沈黙を思い出し、パズルのピースが繋がっていくのを感じた。
「そうだ。そして実際、試合開始の瞬間にスクリーンの映像が映らなくなった。おそらく映像そのものに高度な偽装の術式を上書きされたか、完全に遮断された。不審に思って俺がすぐに介入しようとしたら……すでに手遅れ、結界は完成してやがった」
「外からの侵入も、中の救出も、できないと……」
 楓の震える言葉に、烏廻は重々しく頷く。
「正直、侵入者の正確な数は分かんねえが、そこまで多くはないだろう。多すぎると学園の防衛システムに気づかれやすくなるからな。多くても数人ってところだろう」
「……目的は、何なんです?」
 優斗が拳を握りしめながら、核心を突く問いを投げかけた。
「考えられるのは三つ。一つ目は、G組の誰かに用がある、あるいは内通者がいる。だが、これは可能性としては低いと思ってる。まあ、俺がG組の生徒を詳しく知らねえから何とも言えないがな。……で、二つ目はお前にも大いに関係することだ」
 烏廻はそう言い、優斗の目をじっと見据える。
「俺に……。なるほど、そういうことですか」
「ああ。『西園寺』『九条』『帝』……。この国の中枢を担う三つの家に恨みがあるか、あるいはその跡取りを人質、もしくは抹殺するのが目的のテロ行為」
「……」
 優斗はただ無言で、だがその瞳に強い怒りを宿して烏廻の言葉を受け止める。そこには玲奈がいるのだ。
「んで、三つ目だ。……『桐宮隼人』。正直、俺はこれが一番可能性としては高いと思ってる」
 烏廻のその言葉に、楓は小さく悲鳴を上げ、二人は同時に息を呑んだ。
「とまあ、そんな訳だからな。お前ら急いで学園長にこのことを伝えて欲しいんだわ」
「……先生は、どうするんですか?」
 優斗が尋ねると、烏廻は不敵に口元の端を上げた。
「俺は、今からあそこに張られてる隔離結界を破壊する」
「破壊する……!? そんなこと、一人でできるんですか!?」
 驚愕する楓を、烏廻はいつもの気怠げな、しかし絶対的な自信を秘めた目で一蹴する。
「お前ら、俺を誰だと思ってんだ? ……こんな小細工、数分でぶち壊してやるよ」
「――分かりました!じゃあ、俺たちも急いで学園長の元へ知らせに行きます!」
 優斗と楓はアイコンタクトを交わすと、即座にその場から全力で走り出した。
 二人の背中を見送った後、烏廻は首をパキパキと鳴らし、闘技場の方向へと鋭い視線を向ける。
「全員、俺が中に入るまで無事でいろよ」
 いつもの気怠げな歩調とは打って変わり、烏廻は勢いよく地面を蹴り、結界の基点へと向かって駆け出した。