「な、何言って――」
「いいから早くッ!!」
俺が聞き返す間もなく、ルイはグングニルを召喚し、凄まじい勢いで前方へと飛び出した。
こんなに声を荒らげて慌てているルイの姿など、今まで一度も見たことがない。あまりの異常事態に、俺たちはただ驚愕し、その場から一歩も動くことが出来なかった。
――ガキンッ!!
突如、鼓膜を劈くような激しい金属音が森の中に響き渡った。
何の音だ!?
慌てて音が鳴った方を見ると、全く見知らぬ大柄な男の振り下ろした剣を、ルイがグングニルでギリギリ防ぎ止めている光景だった。
「ちょっとヴァリ、あんた先を急ぎすぎよ」
その剣を打ち合う男の背後の空間が歪み、そこから歩き出すように、女が一人と、無表情な男が一人、静かに姿を現した。
「別に良いだろルクスせっかくの再会なんだからよ!……久しぶりだなぁ……『ヴァニタス』」
ルイと鍔迫り合いをしている男――ヴァリと呼ばれた男が、獰猛な笑みを浮かべてそう言った。
久しぶり? ヴァニタス? 誰のことだ、ルイのことか?
「皆さん、腕時計を壊して下さい!!」
「どういうことだ、ルイ!」
俺が混乱しながら叫ぶと、
「急いで!!」
悲痛なまでの叫び声が返ってきた。
正直、何が起きているのかサッパリ分からない。いきなり現れたこいつらが何者なのかも、なぜルイがここまで焦燥しているのかも。
あー、くそっ!!
「ルイ、後で絶対に説明しろよ!!」
俺は躊躇いを捨て、真っ先に自分の腕についているリタイア用の時計を叩き割った。俺はリーダーだ。リーダーの時計が壊れれば、ルール上、クラス全員が強制的に元の待機所へと転送されるはずだ。
「お、おい隼人!」
「ここまで慌てているルイを見たことあるか? 従うしかねえだろ!」
俺はメンバーのみんなに、申し訳ない気持ちで一杯だった。俺が時計を壊した時点で、C組の負けが確定してしまったからだ。
それにしても、こいつら本当に何者なんだ? ルイの過去を知っているような口ぶりだったが。
「……おかしいね」
沈黙の中、帝がぼそりと呟いた。
「何がおかしいんだよ」
横にいた紘弥が帝の呟きに反応する。
「分からないのかい? リーダーである桐宮が時計を壊したのに、試合終了のアナウンスが何も流れない」
「「「!?」」」
言われてみれば、確かにそうだ。予選で雨宮や八雲の時計を破壊した時は、直後に試合終了のアナウンスが響き渡っていたはずだ。
「故障、とか?」
「……だとしても、強制転移の魔法陣すら発動していないのは異常だ」
サラの震える声に、帝が冷静に、だが絶望的な事実を突きつける。
「一体何がどうなってるんだよ!!」
「僕に聞かれても分からないよ」
「ふふ、残念ね。私達が『それくらいの対処』をしていないとでも思ったのかしら?」
余裕の笑みを浮かべた女――ルクスの言葉に、俺は歯噛みする。
こいつらの仕業か!
「さっきから、お前ら一体何が目的なんだよ!!」
「私達の目的は、彼よ」
ルクスは紘弥の怒号に涼しい顔で答え、スッと一本の指を突き出した。
――俺を、指差して。
「俺……?」
ますます意味が分からない。俺はこいつらのことなんて全く知らないぞ。
「隼人君が目的って、どういうこと……」
「貴方たちが知る必要はないわ。……ケディア、よろしく」
「……」
ルクスに『ケディア』と呼ばれた無表情な男は、無言のまま、ゆっくりと俺達に向かって歩みを進めてくる。
「おっと! お前の相手は俺だぜ?」
「……ッ!」
ルイが止めに入ろうとするが、ヴァリの重い剣撃に阻まれ、完全に足止めを食らっていた。
「隼人君、逃げて下さい!!」
ルイの悲痛な叫びを受け、俺が背を向けて走り出そうとした、その瞬間。
「逃しはせん」
「なっ!?」
瞬きする間もなく、ケディアと呼ばれた男が俺の目の前に立っていた。
こいつ、速すぎる!!
視界に映ったケディアは、既に無慈悲な刃を真横に振り抜いていた。
完全には避けきれねぇ……!
「……ッ!!」
俺は全身のバネを使って無理やり身体を逸らし、なんとか致命傷だけは免れた。だが、当然これで相手の攻撃が終わるわけがない。
逃げられないなら、闘うしかない!
俺はレーヴァテインを召喚し、迎撃の構えをとった。
「てめぇ! いきなり隼人に何すんだ!!」
怒り狂った紘弥も武器を召喚し、猛然とこちらへ走ってくる。
紘弥以外のみんなも、一斉に武器を構えて散開した。これだけ人数がいるんだ、いくら相手が異常な動きを見せようと、多勢に無勢のはずだ。
「邪魔者が、多いな」
ボソリと、ケディアが呟いた。
直後、俺の目の前にいたはずのケディアの姿がフッと掻き消えた。
くそ、どこ行った!?
俺が辺りを見渡すより早く、背後で鈍い音が響く。ケディアは一瞬にして紘弥の目の前まで移動し、迎撃を許す間もなく、その重い蹴りを腹部に深々と叩き込んでいた。
「がはっ……!?」
紘弥の身体はくの字に折れ曲がり、弾き飛ばされるように背後の大木に激突して、そのまま動かなくなった。
「紘弥!!」
「九条君、大丈夫!?」
「瑞季、前よ!!」
倒れた紘弥に気を取られ、橘が視線を逸らした一瞬の隙。ケディアの冷酷な刃が、橘に向かって無慈悲に振り下ろされた。
防ぐ間もなかった。橘の肩口から、鮮血が噴き出す。
「よくも二人をやったわね!!」
怒りに燃える五十嵐が死角から攻撃を仕掛けるが、ケディアは振り返りもせずにその一撃を容易く弾き返し、逆に強烈な反撃を叩き込んで五十嵐を地面に沈めた。
嘘だろ、強すぎる。次元が違う。
「【雷神の怒り】!!」
上空から、ティオナが詠唱を終えた魔法を放つ。極太の雷光が一直線に落ち、ケディアの身体を完全に飲み込んだ。
あれは最上級魔法だ。すげぇなティオナ、直撃すればいくらあいつだって――
「……!?」
土煙が晴れた後、俺は自分の目を疑った。最上級魔法の直撃を受けたはずのケディアは、焦げ傷一つ負わずに平然と立っていたのだ。
「……」
ケディアは片手を静かに前へ突き出し、無言のまま魔法を発動した。圧縮された魔力の弾丸が、空中にいたティオナを正確に撃ち抜く。
「無詠唱……!?」
横にいた玲奈が、戦慄したように呟く。
その通りだ。あいつは今、何一つ言葉を発さなかった。最上級魔法を無傷で凌ぎ、威力の高い魔法を無詠唱で放つ?そんなデタラメなことができるのかよ。
レベルが違いすぎる。ルイの言った通り、まともにやり合ってどうにかなる相手じゃない。
ティオナが撃ち落とされたのを皮切りに、黒崎が薙ぎ払われ、サラが吹き飛ばされた。
立っているのは、もう俺と帝、そして玲奈の三人だけだ。
どうする。今からでも背を向けて逃げるか?
「何をぼーっとしているんだッ!! こいつらの狙いは君なんだから、さっさと逃げたまえ!!」
帝がケディアの猛攻をギリギリの極限状態で躱しながら、俺に向かって叫ぶ。
「【雷砲】!!」
轟音と共に、立ち上がった紘弥が帝に加勢した。
「そうだぜ隼人!! ここは俺らに任せて、とっとと行け!!」
「君、あのダメージで寝てなくて大丈夫なのかい」
「あれくらい、どうってことねぇよ……! 帝、足引っ張んなよ!」
「ふん、君こそね」
ボロボロになった二人が、俺を逃がすために命がけの壁となってケディアの前に立ち塞がっている。
「隼人! さっさと逃げるわよ!!」
玲奈が俺の腕を強く引っ張る。俺は唇を噛み切り、二人に背を向けて駆け出そうとした。
「逃がさないわよ?」
だが、先程まで傍観していたルクスが、空気をすり抜けるように俺たちの退路を塞いだ。
くそっ、回り込まれたか!
「隼人……あんた一人で逃げなさい!」
「馬鹿言え! お前一人であいつの相手ができるわけないだろ!」
「時間くらいは稼ぐわよ……! そしたら、きっと誰か助けが来る!」
時間を稼ぐ。確かに、異常事態に気付いた教師陣が駆けつけてくれるかもしれない。だが……。
「ふふっ。時間を稼いだところで、助けなんて来ないわよ?」
目の前のルクスは、絶望を宣告するように優雅に微笑んだ。
「観客席に流している映像にも、既に『細工』を済ませているもの。誰もこの惨状には気付かない。……つまり、いくら足掻いて逃げたところで、あなた達はここでおしまいってこと」
そんなの、どうしろってんだよ。逃げ場もない、助けも来ない。
「もっとも、逃がすつもりはないのだけれどね」
やはり、闘って切り抜けるしかないのか。でも、この得体の知れない化け物たちに勝てる気なんて全くしなかった。
「あら、残念。私が手を下す必要もなくなったみたいね」
「まさか……!」
嫌な予感がして慌てて振り返ると、俺のために壁になっていたはずの紘弥も帝も、血を流して地に伏していた。
これで、本当に誰もいなくなった。
「ケディア、そろそろおしまいにしてあげなさい」
ルクスが冷酷にそう命じた瞬間、ケディアの姿がブレた。
そして次の瞬間には、俺の目の前でその大剣を力任せに振り抜いていた。
対応できない。避けられない!!
――ドンッ。
死を覚悟した瞬間、横から強い力で肩を突き飛ばされた。
俺はそのまま無様に地面に転がり込み、凶刃に斬られることはなかった。
しかし、俺の肩を押し、俺の身代わりにその場所に立った張本人は。
「れ……な……?」
玲奈の小さな身体が、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
「お、おいッ!! 玲奈、しっかりしろ!!」
俺は這いつくばるようにして玲奈の元へ駆け寄り、血まみれの身体を抱き起こした。
「馬鹿、ね……。私の心配なんか、いいから……アンタは、早く……逃げなさい、よ……」
「喋るな!!」
玲奈の腹部からは、ケディアの凶刃に深く斬り裂かれたことによる大量の鮮血が絶え間なく溢れ出していた。
どうする!? 早く傷口を塞がないと! でも、俺は治癒魔法なんて使えない!!
何かないのか! 何か! 何か!!
「きっと……誰か、助けが……来るから……にげ……て……」
玲奈は血に染まった手を力なく伸ばし、そう言い残して、完全に意識を失った。
「は……? お、おい! 冗談だろ!? 玲奈! 玲奈ぁッ!!」
叫んでも、揺さぶっても、返事はない。
なんで、こんなことになったんだ。
紘弥も、帝も、みんなやられた。こいつらのせいで。玲奈まで、俺を庇って。
こいつらの、せいで!!
『――ユルサナイ』
頭の中で、何かがブツリと千切れる音がした。
俺の口から、もはや人間のそれとは思えないような、地を這うような憤激の雄叫びが森に轟いた。
そして俺は、どす黒い怒りと絶望の渦に飲み込まれ、そのまま深い闇の中へと意識を落としていった。
「いいから早くッ!!」
俺が聞き返す間もなく、ルイはグングニルを召喚し、凄まじい勢いで前方へと飛び出した。
こんなに声を荒らげて慌てているルイの姿など、今まで一度も見たことがない。あまりの異常事態に、俺たちはただ驚愕し、その場から一歩も動くことが出来なかった。
――ガキンッ!!
突如、鼓膜を劈くような激しい金属音が森の中に響き渡った。
何の音だ!?
慌てて音が鳴った方を見ると、全く見知らぬ大柄な男の振り下ろした剣を、ルイがグングニルでギリギリ防ぎ止めている光景だった。
「ちょっとヴァリ、あんた先を急ぎすぎよ」
その剣を打ち合う男の背後の空間が歪み、そこから歩き出すように、女が一人と、無表情な男が一人、静かに姿を現した。
「別に良いだろルクスせっかくの再会なんだからよ!……久しぶりだなぁ……『ヴァニタス』」
ルイと鍔迫り合いをしている男――ヴァリと呼ばれた男が、獰猛な笑みを浮かべてそう言った。
久しぶり? ヴァニタス? 誰のことだ、ルイのことか?
「皆さん、腕時計を壊して下さい!!」
「どういうことだ、ルイ!」
俺が混乱しながら叫ぶと、
「急いで!!」
悲痛なまでの叫び声が返ってきた。
正直、何が起きているのかサッパリ分からない。いきなり現れたこいつらが何者なのかも、なぜルイがここまで焦燥しているのかも。
あー、くそっ!!
「ルイ、後で絶対に説明しろよ!!」
俺は躊躇いを捨て、真っ先に自分の腕についているリタイア用の時計を叩き割った。俺はリーダーだ。リーダーの時計が壊れれば、ルール上、クラス全員が強制的に元の待機所へと転送されるはずだ。
「お、おい隼人!」
「ここまで慌てているルイを見たことあるか? 従うしかねえだろ!」
俺はメンバーのみんなに、申し訳ない気持ちで一杯だった。俺が時計を壊した時点で、C組の負けが確定してしまったからだ。
それにしても、こいつら本当に何者なんだ? ルイの過去を知っているような口ぶりだったが。
「……おかしいね」
沈黙の中、帝がぼそりと呟いた。
「何がおかしいんだよ」
横にいた紘弥が帝の呟きに反応する。
「分からないのかい? リーダーである桐宮が時計を壊したのに、試合終了のアナウンスが何も流れない」
「「「!?」」」
言われてみれば、確かにそうだ。予選で雨宮や八雲の時計を破壊した時は、直後に試合終了のアナウンスが響き渡っていたはずだ。
「故障、とか?」
「……だとしても、強制転移の魔法陣すら発動していないのは異常だ」
サラの震える声に、帝が冷静に、だが絶望的な事実を突きつける。
「一体何がどうなってるんだよ!!」
「僕に聞かれても分からないよ」
「ふふ、残念ね。私達が『それくらいの対処』をしていないとでも思ったのかしら?」
余裕の笑みを浮かべた女――ルクスの言葉に、俺は歯噛みする。
こいつらの仕業か!
「さっきから、お前ら一体何が目的なんだよ!!」
「私達の目的は、彼よ」
ルクスは紘弥の怒号に涼しい顔で答え、スッと一本の指を突き出した。
――俺を、指差して。
「俺……?」
ますます意味が分からない。俺はこいつらのことなんて全く知らないぞ。
「隼人君が目的って、どういうこと……」
「貴方たちが知る必要はないわ。……ケディア、よろしく」
「……」
ルクスに『ケディア』と呼ばれた無表情な男は、無言のまま、ゆっくりと俺達に向かって歩みを進めてくる。
「おっと! お前の相手は俺だぜ?」
「……ッ!」
ルイが止めに入ろうとするが、ヴァリの重い剣撃に阻まれ、完全に足止めを食らっていた。
「隼人君、逃げて下さい!!」
ルイの悲痛な叫びを受け、俺が背を向けて走り出そうとした、その瞬間。
「逃しはせん」
「なっ!?」
瞬きする間もなく、ケディアと呼ばれた男が俺の目の前に立っていた。
こいつ、速すぎる!!
視界に映ったケディアは、既に無慈悲な刃を真横に振り抜いていた。
完全には避けきれねぇ……!
「……ッ!!」
俺は全身のバネを使って無理やり身体を逸らし、なんとか致命傷だけは免れた。だが、当然これで相手の攻撃が終わるわけがない。
逃げられないなら、闘うしかない!
俺はレーヴァテインを召喚し、迎撃の構えをとった。
「てめぇ! いきなり隼人に何すんだ!!」
怒り狂った紘弥も武器を召喚し、猛然とこちらへ走ってくる。
紘弥以外のみんなも、一斉に武器を構えて散開した。これだけ人数がいるんだ、いくら相手が異常な動きを見せようと、多勢に無勢のはずだ。
「邪魔者が、多いな」
ボソリと、ケディアが呟いた。
直後、俺の目の前にいたはずのケディアの姿がフッと掻き消えた。
くそ、どこ行った!?
俺が辺りを見渡すより早く、背後で鈍い音が響く。ケディアは一瞬にして紘弥の目の前まで移動し、迎撃を許す間もなく、その重い蹴りを腹部に深々と叩き込んでいた。
「がはっ……!?」
紘弥の身体はくの字に折れ曲がり、弾き飛ばされるように背後の大木に激突して、そのまま動かなくなった。
「紘弥!!」
「九条君、大丈夫!?」
「瑞季、前よ!!」
倒れた紘弥に気を取られ、橘が視線を逸らした一瞬の隙。ケディアの冷酷な刃が、橘に向かって無慈悲に振り下ろされた。
防ぐ間もなかった。橘の肩口から、鮮血が噴き出す。
「よくも二人をやったわね!!」
怒りに燃える五十嵐が死角から攻撃を仕掛けるが、ケディアは振り返りもせずにその一撃を容易く弾き返し、逆に強烈な反撃を叩き込んで五十嵐を地面に沈めた。
嘘だろ、強すぎる。次元が違う。
「【雷神の怒り】!!」
上空から、ティオナが詠唱を終えた魔法を放つ。極太の雷光が一直線に落ち、ケディアの身体を完全に飲み込んだ。
あれは最上級魔法だ。すげぇなティオナ、直撃すればいくらあいつだって――
「……!?」
土煙が晴れた後、俺は自分の目を疑った。最上級魔法の直撃を受けたはずのケディアは、焦げ傷一つ負わずに平然と立っていたのだ。
「……」
ケディアは片手を静かに前へ突き出し、無言のまま魔法を発動した。圧縮された魔力の弾丸が、空中にいたティオナを正確に撃ち抜く。
「無詠唱……!?」
横にいた玲奈が、戦慄したように呟く。
その通りだ。あいつは今、何一つ言葉を発さなかった。最上級魔法を無傷で凌ぎ、威力の高い魔法を無詠唱で放つ?そんなデタラメなことができるのかよ。
レベルが違いすぎる。ルイの言った通り、まともにやり合ってどうにかなる相手じゃない。
ティオナが撃ち落とされたのを皮切りに、黒崎が薙ぎ払われ、サラが吹き飛ばされた。
立っているのは、もう俺と帝、そして玲奈の三人だけだ。
どうする。今からでも背を向けて逃げるか?
「何をぼーっとしているんだッ!! こいつらの狙いは君なんだから、さっさと逃げたまえ!!」
帝がケディアの猛攻をギリギリの極限状態で躱しながら、俺に向かって叫ぶ。
「【雷砲】!!」
轟音と共に、立ち上がった紘弥が帝に加勢した。
「そうだぜ隼人!! ここは俺らに任せて、とっとと行け!!」
「君、あのダメージで寝てなくて大丈夫なのかい」
「あれくらい、どうってことねぇよ……! 帝、足引っ張んなよ!」
「ふん、君こそね」
ボロボロになった二人が、俺を逃がすために命がけの壁となってケディアの前に立ち塞がっている。
「隼人! さっさと逃げるわよ!!」
玲奈が俺の腕を強く引っ張る。俺は唇を噛み切り、二人に背を向けて駆け出そうとした。
「逃がさないわよ?」
だが、先程まで傍観していたルクスが、空気をすり抜けるように俺たちの退路を塞いだ。
くそっ、回り込まれたか!
「隼人……あんた一人で逃げなさい!」
「馬鹿言え! お前一人であいつの相手ができるわけないだろ!」
「時間くらいは稼ぐわよ……! そしたら、きっと誰か助けが来る!」
時間を稼ぐ。確かに、異常事態に気付いた教師陣が駆けつけてくれるかもしれない。だが……。
「ふふっ。時間を稼いだところで、助けなんて来ないわよ?」
目の前のルクスは、絶望を宣告するように優雅に微笑んだ。
「観客席に流している映像にも、既に『細工』を済ませているもの。誰もこの惨状には気付かない。……つまり、いくら足掻いて逃げたところで、あなた達はここでおしまいってこと」
そんなの、どうしろってんだよ。逃げ場もない、助けも来ない。
「もっとも、逃がすつもりはないのだけれどね」
やはり、闘って切り抜けるしかないのか。でも、この得体の知れない化け物たちに勝てる気なんて全くしなかった。
「あら、残念。私が手を下す必要もなくなったみたいね」
「まさか……!」
嫌な予感がして慌てて振り返ると、俺のために壁になっていたはずの紘弥も帝も、血を流して地に伏していた。
これで、本当に誰もいなくなった。
「ケディア、そろそろおしまいにしてあげなさい」
ルクスが冷酷にそう命じた瞬間、ケディアの姿がブレた。
そして次の瞬間には、俺の目の前でその大剣を力任せに振り抜いていた。
対応できない。避けられない!!
――ドンッ。
死を覚悟した瞬間、横から強い力で肩を突き飛ばされた。
俺はそのまま無様に地面に転がり込み、凶刃に斬られることはなかった。
しかし、俺の肩を押し、俺の身代わりにその場所に立った張本人は。
「れ……な……?」
玲奈の小さな身体が、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
「お、おいッ!! 玲奈、しっかりしろ!!」
俺は這いつくばるようにして玲奈の元へ駆け寄り、血まみれの身体を抱き起こした。
「馬鹿、ね……。私の心配なんか、いいから……アンタは、早く……逃げなさい、よ……」
「喋るな!!」
玲奈の腹部からは、ケディアの凶刃に深く斬り裂かれたことによる大量の鮮血が絶え間なく溢れ出していた。
どうする!? 早く傷口を塞がないと! でも、俺は治癒魔法なんて使えない!!
何かないのか! 何か! 何か!!
「きっと……誰か、助けが……来るから……にげ……て……」
玲奈は血に染まった手を力なく伸ばし、そう言い残して、完全に意識を失った。
「は……? お、おい! 冗談だろ!? 玲奈! 玲奈ぁッ!!」
叫んでも、揺さぶっても、返事はない。
なんで、こんなことになったんだ。
紘弥も、帝も、みんなやられた。こいつらのせいで。玲奈まで、俺を庇って。
こいつらの、せいで!!
『――ユルサナイ』
頭の中で、何かがブツリと千切れる音がした。
俺の口から、もはや人間のそれとは思えないような、地を這うような憤激の雄叫びが森に轟いた。
そして俺は、どす黒い怒りと絶望の渦に飲み込まれ、そのまま深い闇の中へと意識を落としていった。
