魔力の少ない魔法使い

「いらっしゃーい! 熱々のたこ焼き、美味しいですよー!」
 星雲魔術師学園では現在『魔闘祭』が開催されており、広大な敷地内のメインストリートには各クラスや部活動による多種多様な出店が並び、大変な賑わいを見せていた。
「あら、いい匂い。なら、一つ貰おうかしら」
「毎度あり! 四百円になります!」
 魔闘祭は学園関係者だけでなく、一般の客も自由に入場して楽しむことができる。華やかな装いのこの美しい女性も、周囲から見れば祭りを満喫する一般客の一人にすぎなかった。
「おいルクス、何買ったんだよ」
 ルクスと呼ばれた女性は、背後から話しかけてきた男の方へ苛立たしげに振り向く。
「たこ焼きに決まってるでしょ? ……それとヴァリ、こんな人混みで、迂闊に名前を呼ばないでくれる?」
「そういう意味で言ったんじゃねえよ。つか、お前も今思いっきり俺の名前呼んでんだろ」
 ヴァリと呼ばれた目付きの鋭い男は、心底不機嫌そうに舌打ちをする。
「あ……。ほら、貴方にも一個あげるから黙りなさい」
 ルクスは自分の失態にバツが悪くなり、誤魔化すように爪楊枝に刺したたこ焼きを一つ、男の口元へと差し出した。
「誤魔化すなよ」
 ヴァリは文句を言いながらも、差し出されたたこ焼きをしっかりと一口で放り込む。
「……美味えな。んで、俺らはこんなとこで油を売ってて良いのか?」
「確かに美味しいわね……。良いのよ、面倒な索敵任務はケディ……じゃなかった、あいつに任せたんだし」
「ならいいけどよ。……しかし凄えな、この賑わいは」
 ヴァリは出店と人でごった返す周囲の景色を見渡しながら、感心したようにそう呟いた。
「そうねぇ。あの子を連れて来なくて正解だったわ」
「あー、確かにな。あいつがここにいたら、そこかしこの屋台の飯を食い尽くしてただろうからな」
 二人は、自分たちの組織にいる食いしん坊の青年の姿を思い浮かべ、同時に肩をすくめた。
「……そんで、肝心のあいつはいつ戻ってくんだよ」
「そろそろ戻って――」
「――ここにいたか、お前ら」
「「!?」」
 喧騒の中、全く音もなく背後に現れた仲間の声に、二人はビクッと肩を揺らして驚く。
「てめぇ、気配も消して急に背後に現れんなよ」
「本当よ、心臓に悪いわ……。それで? 仕事の方はどうだったの」
「発見した」
 男は感情の読めない声で短くそう告げると、懐から一枚の写真を取り出し、二人に提示した。
 そこには、一人の鋭い目つきの少年の姿が写っていた。
「名前は桐宮隼人(きりみやはやと)。この学園の一年だ」
「ほー、こいつか」
「流石ね。索敵を貴方に任せて正解だったわ」
「にしても、こんな広い学園でよく見つけることができたな」
「……奴が『覚醒』したからな。強烈な気配を辿った」
 男の言葉に、ヴァリは興味深そうに口角を吊り上げる。
「へぇ~。そんで、どうだったんだ? 強えのか?」
「……まともにやり合ったら、こちらとて無事では済まないだろうな」
 その率直な評価を聞き、ヴァリはたまらないといった様子でニヤリと獰猛に笑う。
「あんた、本当に度し難い戦闘バカね」
 その野蛮な様子を見ていたルクスは、心底呆れたようにため息をついた。
「ハッ、血が騒ぐこの感覚は、お前らには分かんねえよ」
「……それと、もう一つ報告がある。この学園に『ヴァニタス』が居た」
「「……っ!?」」
 その名を聞いた瞬間、二人の表情から先程までの余裕が消え去った。
「ヴァニタス……随分と懐かしい名前ね」
「こんなところに潜り込んでたのか、あいつ……。つか、よくそんなイレギュラーまで見つけたな」
「ターゲットである桐宮隼人と一緒にいたからな。どうやら、同じクラスに所属しているらしい」
「ふーん……。私たちのターゲットを守ろうって腹かしら?」
「さぁな。まあ、あいつは元々あの計画には反対していたしな。……俺らより先にターゲットを見つけて、組織を裏切ったんだろ」
 男は淡々と状況を推測しながら、二人にもう一枚の写真を渡した。
「これが、今のヴァニタスだ」
「……髪を長く伸ばして色を変えても、顔立ちまでは変えてねぇのか。相変わらず爪が甘いやつだな」
「本当ね。長年一緒にいた私達がよく見れば、一目瞭然じゃないの」
 二人が見つめる写真には、水色の髪を長く伸ばし、人当たりの良さそうな笑みを浮かべている少年の姿が写っていた。
「ま、裏切り者のヴァニタスは後で始末するとして……。本命のターゲットは、どうやって攫うんだ?」
「今日の予選を勝ち抜き、彼らのクラスは明日の決勝戦に出る。……これまでの試合のデータを見ると、学園の所有地である別空間に転移して試合を行っているようだ」
「なるほど。隔離されたその『転移先』を狙うのね?」
 ルクスが確認すると、男は静かに頷いた。
「ああ。その決勝戦までに、転移術式にいくつか細工をする必要がある。お前たちも手伝え」
「へいへい、人使いが荒いことで。……しかし、久しぶりの懐かしい裏切り者も居て、極上のターゲットも見つけた。こりゃ、今から楽しみじゃねぇか」
 ヴァリは写真を握りつぶしながら、狂気を含んだ笑みを浮かべてそう呟いた。
「はぁ……。本当に楽しみなのは、あんたくらいでしょ」
「行くぞ」
 祭りの喧騒と笑顔に包まれる表通りから外れ、三人の影は、不穏な空気を纏いながら学園の奥深くへと静かに溶け込んでいった。