「あれ……?」
激しい闘いが終わり、転移魔法の光に包まれて飛ばされたのは良かったが、俺の目の前に広がっていたのは、見慣れたグラウンドではなく、天井も壁も一面が真っ白な景色だった。
どこだ、ここ? まさか異空間か何かに迷い込んだのか?
「医務室だ」
ぼんやりとした頭で自分の居場所を考えていると、すぐ横の至近距離から、低く落ち着いた声が聞こえた。
そちらに驚いて首を傾けると、そこには白衣を羽織った烏廻茜先生が立っていた。
「魔力が著しく枯渇している者や、負傷の度合いが酷い者は、終了と同時にここへ直接飛ばされる仕組みになっている」
俺が困惑しているのを察して、先生は淡々とこの場所に運ばれた理由を説明してくれた。
「そうなんですか……。あれ? だったら八雲はどこです? あいつも最後、相当ギリギリだったと思うんですけど」
見た目のボロボロさで言えば、間違いなく俺の方が上だった。けど、あいつの魔力だって空っぽのはずだ。ここに転送されてきてもおかしくないはずなのに、周囲のベッドを見渡しても赤髪の男の姿はない。
「クラスごとに転送されるエリアが違う。こっちはお前達C組専用の区画だ。……お前のクラスの連中なら、先程までここで治療していたが、全員とっくに部屋を出て行ったよ。そのうちまた戻ってくるだろう」
「なるほど、クラス別か……」
「余計な心配をしていないで、とりあえずお前の治療をさせて貰う。じっとしていろ」
そう言うと、烏廻先生は俺の胸元にそっと綺麗な白い手をかざした。直後、温かで膨大な魔力の波動が俺の全身を包み込み、瑞々しい緑色の治癒の光が、俺の全身を包み込む。
「……よし、終わったぞ」
はやっ!? もう終わったのか!?
驚いて自分の身体を見下ろすと、先程まで骨の髄まで軋んでいたような激痛や、全身の打撲の痕が嘘のように和らいでいた。それどころか、指先まで問題なくスムーズに動く。
流石はあの烏廻さんの姉だ。治癒魔法の腕前も規格外すぎる。
「ありがとうございます、助かりました」
「仕事だからな、気にするな」
烏廻先生はぶっきらぼうにそう言った後、ふと顎に手をやり、何か深い考え事をするように視線を落とした。どこか、俺の肉体の状態に釈然としないものを感じているような雰囲気だ。
そして数秒の沈黙の後、探るような目で俺を真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「……桐宮。身体に、何か『異常』はないか?」
「へ? ……まあ、先生に完璧に治して貰いましたし。痛みとか違和感も、今は全然ないですよ?」
質問の意図が良く分からなかったので、俺は自分の身体をペタペタと触りながら正直に答えた。
「……そうか。ならいい」
と、先生は一人で何かに納得したように小さく息を吐いた。結局、俺の体調に何を見出そうとしていたのか、なんのための質問だったのかはサッパリ分からなかった。少し気になったので、詳しく聞いてみようと口を開きかける。
「先生、さっきの質問って――」
「――隼人ぉ~~っ!! お前マジでやったな! 大金星じゃねえか!!」
「……うるさッ!」
俺が先生に聞き返そうとした絶妙なタイミングで、紘弥が勢いよく医務室のドアをブチ開け、鼓膜が破れんばかりの大声を出してベッドに駆け寄ってきた。
その後ろから、作戦を共にしたメンバーのみんなが苦笑しながら続けて入ってくる。
「そりゃあ、あの凶悪な八雲に勝ったんだから、うるさくもなるだろ! 俺は感動したぞ!」
こいつは相変わらず元気だな、本当に。戦いが終わって一番うるさいの、絶対にこいつだろ。
「隼人君、怪我は大丈夫……っ!?」
後ろからサラが、興奮して飛び跳ねている絋弥を容赦なく横に突き飛ばして現れた。
「俺は大丈夫だけど……。おいサラ、今ので確実に新たな怪我人が出たぞ」
俺は、サラに盛大に突き飛ばされて、哀れにも「ぶふっ」とカエルの潰れたような声を上げながら壁に激突した絋弥を指差しながら言う。
「あ……。えっと、ごめんね絋弥君、わざとじゃないのよ?」
サラはあははと苦笑いしながら、壁からずるずると崩れ落ちる絋弥の元へと小走りで駆け寄り、手を合わせて謝っている。
「でもまあ、みんな元気そうで良かったよ」
先生に治してもらったお陰もあるんだろうけど、パッと見、そこまで酷い後遺症を残しそうな大怪我を負った奴はいなさそうだしな。
「怪我自体はきれいに治してもらったんだけどね。流石に魔力を使いすぎちゃって、ちょっと全身が重いというか、倦怠感はあるかな」
俺の言葉に対して、五十嵐が少し疲れた笑みを浮かべながら返答してくれた。
確かに、それは分かる。魔力の枯渇からくる特有のだるさは、俺も今まさに感じているところだ。
あー、疲れたな、早く寮に帰って寝たいな……と考えながらボーッとしていると、不意に、少し離れた場所に立っていた玲奈と目が合った。
玲奈の奴は、俺と視線がぶつかると、何故か気まずそうにふいっと下を向いてしまう。
「……約束通り、ちゃんと勝ったぞ」
俺がわざとらしく胸を張って声をかけると、玲奈はふん、と元気はなさそうだが、相変わらず生意気な態度でこう返してきた。
「……そんなの、私の幼馴染なんだから、勝って当たり前よ。手こずりすぎなくらいだわ」
この野郎、少しは素直に褒めろよ。まあ、いつもの玲奈らしくて安心したけどな。
さて、俺も治療して貰ったし、みんなでそろそろ部屋を出るかと思っていると――。
トントン、と医務室のドアを上品にノックする音が聞こえた。
誰だ? C組の別の奴か? とりあえず返事はした方が良いのか、と迷っていると。
「失礼しまーす」
俺たちが返事をするより早く、ドアがガチャリと開けられた。
「やっほー、みんな元気?」
軽快な声と共にドアを開けて入って来たのは、なんと一ノ瀬と八雲の二人だった。
「……一ノ瀬? それに八雲まで。何か用事でもあるのか?」
「んー、明確な用事ってわけじゃないんだけど。私達に勝ったからそのお祝いと、あとは『決勝戦も頑張ってね』って直に言いに来た感じかな?」
なんで自分で言っていて、最後だけちょっと疑問形になっているのかは分からないが。
「なんでそこ、疑問形なのよ?」
俺が心の中で思っていたツッコミを、すぐ横からサラが完璧に代弁してくれた。
「あはは……。まあ、とりあえずみんな五体満足そうで良かった。特に桐宮君、最後の方の戦いを見てたら、後ろにいるこいつより遥かに酷い状態に見えたし」
一ノ瀬はそう言いながら、自分の後ろでへそを曲げたように腕を組んでいる八雲を親指で指差す。
というか、あの戦闘狂の八雲まで一ノ瀬について来ているのは、正直かなり意外だよな。こいつの性格からして、負けた相手のところにわざわざお祝いなんて絶対に来たくなかったんじゃないだろうか。
案の定、もの凄く不機嫌そうな顔をして黙り込んでいる。いや、それは元々こういう顔か?
「桐宮君は、まだ治療の途中だったりする?」
「いや、もう終わったところ。俺もそろそろ帰ろうかなって思ってた」
「良かった良かった。じゃあ、ギリギリ間に合ったって感じか」
そんなにわざわざ、直接お祝いの言葉を伝えたかったのか。一ノ瀬の奴、戦いが終われば案外いい奴だな。
「よし!お祝いの言葉も貰ったし、隼人もピンピンしてることだし帰ろうぜ~。俺はもう限界、泥のように眠りたい!」
絋弥がそう言って、率先して医務室のドアから廊下へと出て行く。それに続いて、五十嵐やサラ、玲奈たちもぞろぞろと歩き出した。
「じゃあ、私たちは自分たちのクラスの待機所に一度戻るから~」
一ノ瀬は廊下に出ると、俺たちが歩いていこうとする方向とは、真逆の右側を人差し指で指差した。
「ん? そうなのか。……一ノ瀬、わざわざお祝いありがとうな」
ちゃんとお礼を言えていなかったので、ここは素直に感謝を伝えておこう。
「気にしないで! それじゃあね」
一ノ瀬はひらひらと手を振って、軽やかな足取りで歩き出す。八雲はその後を静か続いて歩いていく。
あいつ、結局ここに来てから一言も発してないけど、本当に来た意味あったんだろうか。
「んじゃ、俺らも行こうぜ~」
絋弥の気の抜けた声を合図に、俺たちも一ノ瀬達とは反対方向に向かって歩き出す。
俺もあいつらの背中を追って続いていこうとすると――突如、後ろから肩をトントン、と軽く叩かれた。
不思議に思って後ろを振り向くと、そこには、さっき帰ったはずの一ノ瀬と八雲が、いつの間にか目の前に戻って立っていた。
「どうした? 忘れ物でもしたか?」
何か忘れ物か、あるいは言い忘れたことでもあるのだろうか。
「ううん、そうじゃないの。……桐宮君に、ちょっと個人的に聞きたいことがあって」
「俺に?」
一ノ瀬の少し真剣なトーンに、俺は首を傾げる。一体なんだろうか。
「エスクード君って……どんな人なの?」
「へ?」
あまりにも予想外すぎる名前に、思わず間抜けな声を出してしまった。でも、一ノ瀬の口から突然ルイの名前が出てくるなんて夢にも思っていなかったし、これは仕方のない反応だと思う。
「えっと、どんな人って……それはどういう意味で?」
「んー、そのままの意味。言葉通りの意味よ」
「……どんな奴って言われてもな。一言で言えば、とにかく『凄い奴』ではあるよ。戦闘面も底が見えないし、何より魔法の知識がめちゃくちゃ豊富だし」
「ふーん、なるほどね~……」
「まあ、あとは……とにかくミステリアスな奴、かな。いつも顔にヘラヘラした笑みを浮かべてる事が多いから、正直、腹の底で何を考えてるのか全然分からないし」
初対面の時は、あの人当たりのいい笑顔に好印象を持っていた。だけど、最近のあいつの笑顔は、時々どこか冷酷というか、底知れなくて少し怖いと感じることもあるしな。
俺の言葉に対し、一ノ瀬は特にこれといった返答をせず、何かを深く考え込むように顎に手を当てていた。
「それで……ルイがどうかしたのか?」
「そうね~……。じゃあ、ちょっと耳を貸してくれる?」
一ノ瀬はいたずらっぽく微笑むと、俺の耳元にスッと顔を近づけ――。
「――ルイ・エスクードには、気をつけなさい」
背筋が凍るような冷たい声で、そう静かに囁いた。
「へ……?」
本日二度目の、情けない間抜けな声が漏れる。
「それじゃあ、私たちは今度こそこれで」
俺にそれだけの謎の警告を植え付けると、一ノ瀬はくるりと綺麗なターンで後ろを向き、今度こそ迷いのない足取りで歩き始めた。八雲もそれに無言でついていく。
「ちょっ、ちょっと待て! さっきの、一体どういう意味だよ!?」
いきなりの不穏すぎる言葉に理解が追いつかず、俺は思わず焦って一ノ瀬の肩を後ろから掴んで引き止めた。
「深い意味はないわ。……まあ、頭の片隅にでも置いててくれればいいから」
一ノ瀬は俺の方へ顔だけを向け、いつものお淑やかな笑みを浮かべながらそう言った。
いや、そんな意味深なことを言われて「深い意味はない」で納得できるわけがないだろ。
俺への回答はそれで終わりと判断したのか、一ノ瀬は俺の手をすり抜けて、また前を向いて歩き出していく。
引っかかることしかなくてモヤモヤするけれど、これ以上食い下がっても、あの様子じゃ絶対に教えてくれなさそうだな。
諦めて、俺もみんなのところへ帰るか。
そう思い、今度こそ後ろを向いて歩き出そうとした、その時。
「桐宮」
低い、地を這うような声で、今度は八雲に呼び止められた。
「今度はなんだよ、お前まで『勝てよ』」
俺が最後まで言い切る前に、八雲は俺の言葉に被せるようにそれだけを短く告げると、大股でスタスタと歩いて行ってしまった。
「……あ、ああ! 任せとけ!」
八雲の口から、そんな激励のような言葉が飛び出すとは思わなかった。少し驚きながらも、俺は去りゆく背中に向かって声を張り上げた。
八雲は俺の返事に特に何も返さず、背を向けたまま右手を軽く上げ、そのまま一ノ瀬と共に角を曲がって見えなくなった。
「……さてと、俺も本当に帰るか」
ふと前を見ると、絋弥たちはとっくに全員廊下の遥か先まで歩いて行ってしまっていた。一人くらい待っててくれてもいいじゃんか。
俺は少し寂しさを感じながら、一人でトボトボとみんなの後を追いかけた。
__________
「……桐宮君に、さっきの『化け物』のこと、何も聞かなくて良かったの?」
廊下を並んで歩きながら、一ノ瀬は隣を行く大柄な赤髪の男に問いかけた。
「……お前の方こそ、聞かなくて良かったのかよ。あの桐宮が、一体何者なのかをな」
八雲は一ノ瀬の質問に答える代わりに、全く同じ質問の刃を投げ返す。
「うーん、気にはなったけどね。でも、あの様子を見る限り……彼自身、自分の身に何が起きていたのか、全く分かってないんじゃないかと思って」
「……だろうな。あの化け物が何なのか、あいつ自身、これっぽっちも分かってねぇ。そもそも、自分の内側にあんな存在がいること自体、知らねぇだろうよ」
八雲は、戦いの最中に元に戻った瞬間の、桐宮のあの芯から混乱していた間の抜けた表情を思い出していた。演技であんな顔ができるはずがない。
「なるほどね……。実際どうだった? あの金眼の化け物と直接闘ってみた感想は」
歩きながら喋っていた二人だったが、一ノ瀬のその核心を突く質問に対して、八雲はピタリと足を止めた。
八雲が唐突に立ち止まったのを見て、一ノ瀬もつられてその場に立ち止まる。
「……さっきも言っただろ。アレはただの『化け物』だ。人間じゃねぇよ。まともにやり合って勝てる相手じゃねえ」
「ふふ、その化け物さえ途中で出て来なかったら、あんたの勝ちだったのにね」
一ノ瀬が少しからかうように言うと、八雲は夜の静寂を見つめ、静かに拳を握りしめた。
「……さぁな。化け物がどうこう抜かす前に、最後に俺を力ずくで弾き返した時の、桐宮そのものの意志もクソ強かったからな」
八雲はそう吐き捨てると、再び前を向いて歩き出した。一ノ瀬は、八雲のその、敗北を認めつつも相手の芯の強さを評価するような返答が意外だったのか、一瞬だけ呆気に取られていた。
「意外ね。あんたがそんな、素直に他人の強さを認めるようなこと言うなんて」
「ハッ、勘違いすんな。……まあ、今度やる時は、桐宮の野郎も、あの内に潜む化け物も、まとめて二人同時にブチのめして勝ってやるよ」
八雲は振り返ることなく、ニヤリと不敵で獰猛な笑みを闇の中に浮かべた。
それを見た一ノ瀬は、「やっぱり戦闘狂ね」と少し呆れながらも、どこか嬉しそうな、優しい笑顔をその横顔に返すのだった。
(――俺とまたやるまで、絶対に負けんじゃねぇぞ、桐宮)
激しい闘いが終わり、転移魔法の光に包まれて飛ばされたのは良かったが、俺の目の前に広がっていたのは、見慣れたグラウンドではなく、天井も壁も一面が真っ白な景色だった。
どこだ、ここ? まさか異空間か何かに迷い込んだのか?
「医務室だ」
ぼんやりとした頭で自分の居場所を考えていると、すぐ横の至近距離から、低く落ち着いた声が聞こえた。
そちらに驚いて首を傾けると、そこには白衣を羽織った烏廻茜先生が立っていた。
「魔力が著しく枯渇している者や、負傷の度合いが酷い者は、終了と同時にここへ直接飛ばされる仕組みになっている」
俺が困惑しているのを察して、先生は淡々とこの場所に運ばれた理由を説明してくれた。
「そうなんですか……。あれ? だったら八雲はどこです? あいつも最後、相当ギリギリだったと思うんですけど」
見た目のボロボロさで言えば、間違いなく俺の方が上だった。けど、あいつの魔力だって空っぽのはずだ。ここに転送されてきてもおかしくないはずなのに、周囲のベッドを見渡しても赤髪の男の姿はない。
「クラスごとに転送されるエリアが違う。こっちはお前達C組専用の区画だ。……お前のクラスの連中なら、先程までここで治療していたが、全員とっくに部屋を出て行ったよ。そのうちまた戻ってくるだろう」
「なるほど、クラス別か……」
「余計な心配をしていないで、とりあえずお前の治療をさせて貰う。じっとしていろ」
そう言うと、烏廻先生は俺の胸元にそっと綺麗な白い手をかざした。直後、温かで膨大な魔力の波動が俺の全身を包み込み、瑞々しい緑色の治癒の光が、俺の全身を包み込む。
「……よし、終わったぞ」
はやっ!? もう終わったのか!?
驚いて自分の身体を見下ろすと、先程まで骨の髄まで軋んでいたような激痛や、全身の打撲の痕が嘘のように和らいでいた。それどころか、指先まで問題なくスムーズに動く。
流石はあの烏廻さんの姉だ。治癒魔法の腕前も規格外すぎる。
「ありがとうございます、助かりました」
「仕事だからな、気にするな」
烏廻先生はぶっきらぼうにそう言った後、ふと顎に手をやり、何か深い考え事をするように視線を落とした。どこか、俺の肉体の状態に釈然としないものを感じているような雰囲気だ。
そして数秒の沈黙の後、探るような目で俺を真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「……桐宮。身体に、何か『異常』はないか?」
「へ? ……まあ、先生に完璧に治して貰いましたし。痛みとか違和感も、今は全然ないですよ?」
質問の意図が良く分からなかったので、俺は自分の身体をペタペタと触りながら正直に答えた。
「……そうか。ならいい」
と、先生は一人で何かに納得したように小さく息を吐いた。結局、俺の体調に何を見出そうとしていたのか、なんのための質問だったのかはサッパリ分からなかった。少し気になったので、詳しく聞いてみようと口を開きかける。
「先生、さっきの質問って――」
「――隼人ぉ~~っ!! お前マジでやったな! 大金星じゃねえか!!」
「……うるさッ!」
俺が先生に聞き返そうとした絶妙なタイミングで、紘弥が勢いよく医務室のドアをブチ開け、鼓膜が破れんばかりの大声を出してベッドに駆け寄ってきた。
その後ろから、作戦を共にしたメンバーのみんなが苦笑しながら続けて入ってくる。
「そりゃあ、あの凶悪な八雲に勝ったんだから、うるさくもなるだろ! 俺は感動したぞ!」
こいつは相変わらず元気だな、本当に。戦いが終わって一番うるさいの、絶対にこいつだろ。
「隼人君、怪我は大丈夫……っ!?」
後ろからサラが、興奮して飛び跳ねている絋弥を容赦なく横に突き飛ばして現れた。
「俺は大丈夫だけど……。おいサラ、今ので確実に新たな怪我人が出たぞ」
俺は、サラに盛大に突き飛ばされて、哀れにも「ぶふっ」とカエルの潰れたような声を上げながら壁に激突した絋弥を指差しながら言う。
「あ……。えっと、ごめんね絋弥君、わざとじゃないのよ?」
サラはあははと苦笑いしながら、壁からずるずると崩れ落ちる絋弥の元へと小走りで駆け寄り、手を合わせて謝っている。
「でもまあ、みんな元気そうで良かったよ」
先生に治してもらったお陰もあるんだろうけど、パッと見、そこまで酷い後遺症を残しそうな大怪我を負った奴はいなさそうだしな。
「怪我自体はきれいに治してもらったんだけどね。流石に魔力を使いすぎちゃって、ちょっと全身が重いというか、倦怠感はあるかな」
俺の言葉に対して、五十嵐が少し疲れた笑みを浮かべながら返答してくれた。
確かに、それは分かる。魔力の枯渇からくる特有のだるさは、俺も今まさに感じているところだ。
あー、疲れたな、早く寮に帰って寝たいな……と考えながらボーッとしていると、不意に、少し離れた場所に立っていた玲奈と目が合った。
玲奈の奴は、俺と視線がぶつかると、何故か気まずそうにふいっと下を向いてしまう。
「……約束通り、ちゃんと勝ったぞ」
俺がわざとらしく胸を張って声をかけると、玲奈はふん、と元気はなさそうだが、相変わらず生意気な態度でこう返してきた。
「……そんなの、私の幼馴染なんだから、勝って当たり前よ。手こずりすぎなくらいだわ」
この野郎、少しは素直に褒めろよ。まあ、いつもの玲奈らしくて安心したけどな。
さて、俺も治療して貰ったし、みんなでそろそろ部屋を出るかと思っていると――。
トントン、と医務室のドアを上品にノックする音が聞こえた。
誰だ? C組の別の奴か? とりあえず返事はした方が良いのか、と迷っていると。
「失礼しまーす」
俺たちが返事をするより早く、ドアがガチャリと開けられた。
「やっほー、みんな元気?」
軽快な声と共にドアを開けて入って来たのは、なんと一ノ瀬と八雲の二人だった。
「……一ノ瀬? それに八雲まで。何か用事でもあるのか?」
「んー、明確な用事ってわけじゃないんだけど。私達に勝ったからそのお祝いと、あとは『決勝戦も頑張ってね』って直に言いに来た感じかな?」
なんで自分で言っていて、最後だけちょっと疑問形になっているのかは分からないが。
「なんでそこ、疑問形なのよ?」
俺が心の中で思っていたツッコミを、すぐ横からサラが完璧に代弁してくれた。
「あはは……。まあ、とりあえずみんな五体満足そうで良かった。特に桐宮君、最後の方の戦いを見てたら、後ろにいるこいつより遥かに酷い状態に見えたし」
一ノ瀬はそう言いながら、自分の後ろでへそを曲げたように腕を組んでいる八雲を親指で指差す。
というか、あの戦闘狂の八雲まで一ノ瀬について来ているのは、正直かなり意外だよな。こいつの性格からして、負けた相手のところにわざわざお祝いなんて絶対に来たくなかったんじゃないだろうか。
案の定、もの凄く不機嫌そうな顔をして黙り込んでいる。いや、それは元々こういう顔か?
「桐宮君は、まだ治療の途中だったりする?」
「いや、もう終わったところ。俺もそろそろ帰ろうかなって思ってた」
「良かった良かった。じゃあ、ギリギリ間に合ったって感じか」
そんなにわざわざ、直接お祝いの言葉を伝えたかったのか。一ノ瀬の奴、戦いが終われば案外いい奴だな。
「よし!お祝いの言葉も貰ったし、隼人もピンピンしてることだし帰ろうぜ~。俺はもう限界、泥のように眠りたい!」
絋弥がそう言って、率先して医務室のドアから廊下へと出て行く。それに続いて、五十嵐やサラ、玲奈たちもぞろぞろと歩き出した。
「じゃあ、私たちは自分たちのクラスの待機所に一度戻るから~」
一ノ瀬は廊下に出ると、俺たちが歩いていこうとする方向とは、真逆の右側を人差し指で指差した。
「ん? そうなのか。……一ノ瀬、わざわざお祝いありがとうな」
ちゃんとお礼を言えていなかったので、ここは素直に感謝を伝えておこう。
「気にしないで! それじゃあね」
一ノ瀬はひらひらと手を振って、軽やかな足取りで歩き出す。八雲はその後を静か続いて歩いていく。
あいつ、結局ここに来てから一言も発してないけど、本当に来た意味あったんだろうか。
「んじゃ、俺らも行こうぜ~」
絋弥の気の抜けた声を合図に、俺たちも一ノ瀬達とは反対方向に向かって歩き出す。
俺もあいつらの背中を追って続いていこうとすると――突如、後ろから肩をトントン、と軽く叩かれた。
不思議に思って後ろを振り向くと、そこには、さっき帰ったはずの一ノ瀬と八雲が、いつの間にか目の前に戻って立っていた。
「どうした? 忘れ物でもしたか?」
何か忘れ物か、あるいは言い忘れたことでもあるのだろうか。
「ううん、そうじゃないの。……桐宮君に、ちょっと個人的に聞きたいことがあって」
「俺に?」
一ノ瀬の少し真剣なトーンに、俺は首を傾げる。一体なんだろうか。
「エスクード君って……どんな人なの?」
「へ?」
あまりにも予想外すぎる名前に、思わず間抜けな声を出してしまった。でも、一ノ瀬の口から突然ルイの名前が出てくるなんて夢にも思っていなかったし、これは仕方のない反応だと思う。
「えっと、どんな人って……それはどういう意味で?」
「んー、そのままの意味。言葉通りの意味よ」
「……どんな奴って言われてもな。一言で言えば、とにかく『凄い奴』ではあるよ。戦闘面も底が見えないし、何より魔法の知識がめちゃくちゃ豊富だし」
「ふーん、なるほどね~……」
「まあ、あとは……とにかくミステリアスな奴、かな。いつも顔にヘラヘラした笑みを浮かべてる事が多いから、正直、腹の底で何を考えてるのか全然分からないし」
初対面の時は、あの人当たりのいい笑顔に好印象を持っていた。だけど、最近のあいつの笑顔は、時々どこか冷酷というか、底知れなくて少し怖いと感じることもあるしな。
俺の言葉に対し、一ノ瀬は特にこれといった返答をせず、何かを深く考え込むように顎に手を当てていた。
「それで……ルイがどうかしたのか?」
「そうね~……。じゃあ、ちょっと耳を貸してくれる?」
一ノ瀬はいたずらっぽく微笑むと、俺の耳元にスッと顔を近づけ――。
「――ルイ・エスクードには、気をつけなさい」
背筋が凍るような冷たい声で、そう静かに囁いた。
「へ……?」
本日二度目の、情けない間抜けな声が漏れる。
「それじゃあ、私たちは今度こそこれで」
俺にそれだけの謎の警告を植え付けると、一ノ瀬はくるりと綺麗なターンで後ろを向き、今度こそ迷いのない足取りで歩き始めた。八雲もそれに無言でついていく。
「ちょっ、ちょっと待て! さっきの、一体どういう意味だよ!?」
いきなりの不穏すぎる言葉に理解が追いつかず、俺は思わず焦って一ノ瀬の肩を後ろから掴んで引き止めた。
「深い意味はないわ。……まあ、頭の片隅にでも置いててくれればいいから」
一ノ瀬は俺の方へ顔だけを向け、いつものお淑やかな笑みを浮かべながらそう言った。
いや、そんな意味深なことを言われて「深い意味はない」で納得できるわけがないだろ。
俺への回答はそれで終わりと判断したのか、一ノ瀬は俺の手をすり抜けて、また前を向いて歩き出していく。
引っかかることしかなくてモヤモヤするけれど、これ以上食い下がっても、あの様子じゃ絶対に教えてくれなさそうだな。
諦めて、俺もみんなのところへ帰るか。
そう思い、今度こそ後ろを向いて歩き出そうとした、その時。
「桐宮」
低い、地を這うような声で、今度は八雲に呼び止められた。
「今度はなんだよ、お前まで『勝てよ』」
俺が最後まで言い切る前に、八雲は俺の言葉に被せるようにそれだけを短く告げると、大股でスタスタと歩いて行ってしまった。
「……あ、ああ! 任せとけ!」
八雲の口から、そんな激励のような言葉が飛び出すとは思わなかった。少し驚きながらも、俺は去りゆく背中に向かって声を張り上げた。
八雲は俺の返事に特に何も返さず、背を向けたまま右手を軽く上げ、そのまま一ノ瀬と共に角を曲がって見えなくなった。
「……さてと、俺も本当に帰るか」
ふと前を見ると、絋弥たちはとっくに全員廊下の遥か先まで歩いて行ってしまっていた。一人くらい待っててくれてもいいじゃんか。
俺は少し寂しさを感じながら、一人でトボトボとみんなの後を追いかけた。
__________
「……桐宮君に、さっきの『化け物』のこと、何も聞かなくて良かったの?」
廊下を並んで歩きながら、一ノ瀬は隣を行く大柄な赤髪の男に問いかけた。
「……お前の方こそ、聞かなくて良かったのかよ。あの桐宮が、一体何者なのかをな」
八雲は一ノ瀬の質問に答える代わりに、全く同じ質問の刃を投げ返す。
「うーん、気にはなったけどね。でも、あの様子を見る限り……彼自身、自分の身に何が起きていたのか、全く分かってないんじゃないかと思って」
「……だろうな。あの化け物が何なのか、あいつ自身、これっぽっちも分かってねぇ。そもそも、自分の内側にあんな存在がいること自体、知らねぇだろうよ」
八雲は、戦いの最中に元に戻った瞬間の、桐宮のあの芯から混乱していた間の抜けた表情を思い出していた。演技であんな顔ができるはずがない。
「なるほどね……。実際どうだった? あの金眼の化け物と直接闘ってみた感想は」
歩きながら喋っていた二人だったが、一ノ瀬のその核心を突く質問に対して、八雲はピタリと足を止めた。
八雲が唐突に立ち止まったのを見て、一ノ瀬もつられてその場に立ち止まる。
「……さっきも言っただろ。アレはただの『化け物』だ。人間じゃねぇよ。まともにやり合って勝てる相手じゃねえ」
「ふふ、その化け物さえ途中で出て来なかったら、あんたの勝ちだったのにね」
一ノ瀬が少しからかうように言うと、八雲は夜の静寂を見つめ、静かに拳を握りしめた。
「……さぁな。化け物がどうこう抜かす前に、最後に俺を力ずくで弾き返した時の、桐宮そのものの意志もクソ強かったからな」
八雲はそう吐き捨てると、再び前を向いて歩き出した。一ノ瀬は、八雲のその、敗北を認めつつも相手の芯の強さを評価するような返答が意外だったのか、一瞬だけ呆気に取られていた。
「意外ね。あんたがそんな、素直に他人の強さを認めるようなこと言うなんて」
「ハッ、勘違いすんな。……まあ、今度やる時は、桐宮の野郎も、あの内に潜む化け物も、まとめて二人同時にブチのめして勝ってやるよ」
八雲は振り返ることなく、ニヤリと不敵で獰猛な笑みを闇の中に浮かべた。
それを見た一ノ瀬は、「やっぱり戦闘狂ね」と少し呆れながらも、どこか嬉しそうな、優しい笑顔をその横顔に返すのだった。
(――俺とまたやるまで、絶対に負けんじゃねぇぞ、桐宮)
