「【火炎龍】ッ!!」
女子生徒が両手を突き出し、ありったけの魔力を込めて上級魔法を解き放つ。
灼熱の業火がうねりを上げ、巨大な龍の顎となってルイへと襲いかかった。周囲の空気が熱で歪み、石畳が黒く焦げ付くほどの猛烈な熱波だ。夜の静寂は一瞬にして掻き消え、赤らんだ光が二人の影を長く、不気味に引き延ばす。
「上級魔法ですか。スピード、威力共に申し分ない。立ち上がりとしては中々良い魔法ですね」
視界を赤く染める炎の龍を前にして、ルイはまるで芸術作品でも鑑賞するかのように、余裕の笑顔を浮かべていた。一歩も退かず、動じない。その姿は、逆巻く炎の中に立つ聖者のようでもあり、あるいはすべてを飲み込む深淵のようでもあった。
「では、お返しに私も――〖火炎龍〗」
ルイが指先を軽く振るう。
直後、彼の前にも巨大な炎の龍が生み出された。
二頭の炎龍が正面から激突する。
拮抗したのは、ほんの一瞬だった。
ルイの〖火炎龍〗が相手の炎を押し呑み、そのまま女子生徒へと迫る。
「……ッ!?」
女子生徒は咄嗟に防御魔法を展開するが、防ぎきれる威力ではない。凄まじい衝撃と爆風に吹き飛ばされ、彼女は地面を転がり、たまらず片膝をついた。膝の裏にまで回り込む熱気と、肺を焼くような乾燥した空気。彼女は初めて、目の前の少年が「自分と同じ土俵にいない」ことを本能で悟った。
「まだ時計は壊れませんか。耐久力があるのは良いことですが……」
ルイは顎に手を当てて呟く。
「直接壊した方が手っ取り早いですね」
全く隙のない足取りでルイが女子生徒へと歩み寄る。
そのプレッシャーに耐えきれず、女子生徒はすぐさま立ち上がり、後退した。
「私の方が早いので、逃げても無意味ですよ」
ルイが言う通り、女子生徒が後ろへ下がる速度よりも、ルイが距離を詰める速度の方が遥かに上だ。二人の間の距離は、ジリジリと、しかし確実に詰まっていく。絶望が、一歩ごとに彼女の心臓を締め上げる。
しかしその時、女子生徒の足元でパチパチと青白い火花が弾けた。
直後、彼女の身体は雷光に包まれ、一気に加速しルイから距離をとった。
「……雷の属性付加ですか。なるほど、身体能力を底上げしましたか」
ルイは遠ざかる女子生徒を見て、感心したように目を細めた。
「……」
女子生徒は荒い息を吐きながらも、ルイを警戒して何も答えない。返事をする余裕など、もはや微塵も残っていなかった。
「なるほど。それを使われると、追いつくのが少々厄介ですね」
(まあ、私も同じように属性付加を使ってもいいのですが……それでは少々面白みがありませんね)
ルイの内心には微塵の焦りもない。
「でしたら、今回は『こいつ』に相手をしてもらいましょう」
ルイがそう言うと、彼の右手に赤黒い槍『グングニル』が現れる。
その槍が空気に触れた瞬間、周囲の魔力が一変した。不吉なほど重く、冷たく、それでいて熱い矛盾した波動。槍の表面を走る赤い文様が、心臓のようにドクドクと拍動し、夜の闇を食らって肥大していく。
「では、せいぜい抗ってみてください」
ルイは優雅な笑顔を浮かべたまま、グングニルを女子生徒めがけて軽く投擲した。
槍は赤黒い流星となって宙を裂く。女子生徒は雷の属性付加による超人的な反応速度で横に跳び、それを紙一重で回避した。そして、隙だらけに見えるルイに向けて魔法で反撃しようと手を突き出す。
「――Eltu(エルトゥ)」
ルイが静かに、短く紡いだ。
その瞬間、空を切ったはずのグングニルが空中で方向を転換。女子生徒の背後から再び襲いかかった。
「なっ……!?」
女子生徒は背後からの強襲に気づき、身を捩って間一髪で槍を避ける。しかし、グングニルはまるで獲物の匂いを執拗に追う飢えた獣のように、何度避けられても空中で弾け、彼女の急所を狙い続ける。赤黒い槍の軌跡が、空間に「逃げ場のない檻」を編み上げていく。
「無駄ですよ。その槍からは、逃げられません」
ルイの声が響く。
何度避けても追いかけてくる。回避は不可能だと悟った女子生徒は、足を止め、全身の魔力を両手に集中させた。ここで防げなければ、次の一撃で終わる。
「 【獄炎龍】ッ!!」
女子生徒の最上級魔法が炸裂した。先程の〖火炎龍〗を遥かに上回る漆黒の炎が、巨大な龍となって〈グングニル〉を飲み込んだ。
「ほう、今度は最上級魔法ですか。素晴らしい威力です」
ルイはパチパチと軽く拍手を送った。その拍手の音は、業火の中でも鮮明に響いた。
「ですが――Sting(スティング)」
ルイの絶対的な命令に応じ、獄炎の中に囚われていたはずのグングニルが、眩いほどの赤黒い閃光を放った。
漆黒の炎の中から、赤黒い穂先が姿を現した。
勢いこそ僅かに鈍っている。それでも〈グングニル〉は止まらない。炎を押し分けるように突き進み、ついには【獄炎龍】を突破した。
「…嘘……」
自身の放てる最大最強の魔法が、一切の抵抗も許されずに破られた。その絶望的な光景に、女子生徒は驚愕で目を見開き、立ち尽くした。もはや、指一本動かす気力さえ残っていない。
「この槍からは何者も逃げられない。何者も止められない……これで、チェックメイトですね」
グングニルは再び勢いを増し、女子生徒へ一直線に迫る。、女子生徒へ向けて容赦なく直進する。
もはや回避も防御も間に合わない。思わずギュッと目を瞑ってしまった。瞼の裏に、赤黒い槍の残像が焼き付いている。
「……」
しかし、数秒経っても、一向に槍が肉を貫く鋭い痛みは訪れない。
恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景があった。
赤黒い槍の穂先が、彼女の鼻先わずか数ミリのところで完全に静止していたのだ。
そして、いつの間にか槍の横には、ルイが立っていた。いつの間にか。音もなく。
――パキィッ。
ルイが女子生徒の腕時計を破壊した。
「ふぅ。ちゃんと目の前で止めることができて良かったです。中々制御が難しいんですよね、これ」
ルイは安堵したような声でそう言い、空中で静止しているグングニルの柄を握って回収した。
「冗談ですよ」
ルイは恐怖に凍りつく彼女を見て、フフフと楽しげに笑った。その笑みは、春の陽だまりのように温かく、しかし同時に、底知れない冷たさを湛えていた。
やがて規定の時間が訪れ、敗北した女子生徒の身体が淡い光に包まれ始める。
「結局、私一人でベラベラと喋っていましたね。最後くらい、何か喋って欲しかったんですが」
やれやれと肩をすくめるルイ。その反応に対し、完全に戦意を喪失した女子生徒は、光に溶けて消える直前、震える声で一言だけ言い残した。
「……悪魔」
そう吐き捨てるように言い残し、彼女は空間から姿を消した。
その言葉に、ルイは一瞬だけ呆気に取られたように目を丸くしたが、すぐにいつもの柔和な表情に戻った。
「悪魔、ですか……。これはまた、面白い評価をいただきましたね」
相変わらずの笑顔のまま、誰もいなくなった空間で一人呟く。
「さて、黒崎さんの方はまだ闘っているようですし、加勢にでも行って差し上げましょうか。……おや?」
黒崎がいる方角へ歩き出そうとしたルイの足が、ピタリと止まった。
彼の鋭敏な感覚が、黒崎の戦場とは全く別の場所から、微弱だが妙な魔力の波長を感じ取ったのだ。
「……この魔力は……」
ルイの笑顔の奥の瞳が、スッと細められた。
「……黒崎さんには悪いですが、少し寄り道をする理由が出来てしまいましたね」
ルイは踵を返し、予定とは全く違う方角へと、静かな足取りで歩き出した。
女子生徒が両手を突き出し、ありったけの魔力を込めて上級魔法を解き放つ。
灼熱の業火がうねりを上げ、巨大な龍の顎となってルイへと襲いかかった。周囲の空気が熱で歪み、石畳が黒く焦げ付くほどの猛烈な熱波だ。夜の静寂は一瞬にして掻き消え、赤らんだ光が二人の影を長く、不気味に引き延ばす。
「上級魔法ですか。スピード、威力共に申し分ない。立ち上がりとしては中々良い魔法ですね」
視界を赤く染める炎の龍を前にして、ルイはまるで芸術作品でも鑑賞するかのように、余裕の笑顔を浮かべていた。一歩も退かず、動じない。その姿は、逆巻く炎の中に立つ聖者のようでもあり、あるいはすべてを飲み込む深淵のようでもあった。
「では、お返しに私も――〖火炎龍〗」
ルイが指先を軽く振るう。
直後、彼の前にも巨大な炎の龍が生み出された。
二頭の炎龍が正面から激突する。
拮抗したのは、ほんの一瞬だった。
ルイの〖火炎龍〗が相手の炎を押し呑み、そのまま女子生徒へと迫る。
「……ッ!?」
女子生徒は咄嗟に防御魔法を展開するが、防ぎきれる威力ではない。凄まじい衝撃と爆風に吹き飛ばされ、彼女は地面を転がり、たまらず片膝をついた。膝の裏にまで回り込む熱気と、肺を焼くような乾燥した空気。彼女は初めて、目の前の少年が「自分と同じ土俵にいない」ことを本能で悟った。
「まだ時計は壊れませんか。耐久力があるのは良いことですが……」
ルイは顎に手を当てて呟く。
「直接壊した方が手っ取り早いですね」
全く隙のない足取りでルイが女子生徒へと歩み寄る。
そのプレッシャーに耐えきれず、女子生徒はすぐさま立ち上がり、後退した。
「私の方が早いので、逃げても無意味ですよ」
ルイが言う通り、女子生徒が後ろへ下がる速度よりも、ルイが距離を詰める速度の方が遥かに上だ。二人の間の距離は、ジリジリと、しかし確実に詰まっていく。絶望が、一歩ごとに彼女の心臓を締め上げる。
しかしその時、女子生徒の足元でパチパチと青白い火花が弾けた。
直後、彼女の身体は雷光に包まれ、一気に加速しルイから距離をとった。
「……雷の属性付加ですか。なるほど、身体能力を底上げしましたか」
ルイは遠ざかる女子生徒を見て、感心したように目を細めた。
「……」
女子生徒は荒い息を吐きながらも、ルイを警戒して何も答えない。返事をする余裕など、もはや微塵も残っていなかった。
「なるほど。それを使われると、追いつくのが少々厄介ですね」
(まあ、私も同じように属性付加を使ってもいいのですが……それでは少々面白みがありませんね)
ルイの内心には微塵の焦りもない。
「でしたら、今回は『こいつ』に相手をしてもらいましょう」
ルイがそう言うと、彼の右手に赤黒い槍『グングニル』が現れる。
その槍が空気に触れた瞬間、周囲の魔力が一変した。不吉なほど重く、冷たく、それでいて熱い矛盾した波動。槍の表面を走る赤い文様が、心臓のようにドクドクと拍動し、夜の闇を食らって肥大していく。
「では、せいぜい抗ってみてください」
ルイは優雅な笑顔を浮かべたまま、グングニルを女子生徒めがけて軽く投擲した。
槍は赤黒い流星となって宙を裂く。女子生徒は雷の属性付加による超人的な反応速度で横に跳び、それを紙一重で回避した。そして、隙だらけに見えるルイに向けて魔法で反撃しようと手を突き出す。
「――Eltu(エルトゥ)」
ルイが静かに、短く紡いだ。
その瞬間、空を切ったはずのグングニルが空中で方向を転換。女子生徒の背後から再び襲いかかった。
「なっ……!?」
女子生徒は背後からの強襲に気づき、身を捩って間一髪で槍を避ける。しかし、グングニルはまるで獲物の匂いを執拗に追う飢えた獣のように、何度避けられても空中で弾け、彼女の急所を狙い続ける。赤黒い槍の軌跡が、空間に「逃げ場のない檻」を編み上げていく。
「無駄ですよ。その槍からは、逃げられません」
ルイの声が響く。
何度避けても追いかけてくる。回避は不可能だと悟った女子生徒は、足を止め、全身の魔力を両手に集中させた。ここで防げなければ、次の一撃で終わる。
「 【獄炎龍】ッ!!」
女子生徒の最上級魔法が炸裂した。先程の〖火炎龍〗を遥かに上回る漆黒の炎が、巨大な龍となって〈グングニル〉を飲み込んだ。
「ほう、今度は最上級魔法ですか。素晴らしい威力です」
ルイはパチパチと軽く拍手を送った。その拍手の音は、業火の中でも鮮明に響いた。
「ですが――Sting(スティング)」
ルイの絶対的な命令に応じ、獄炎の中に囚われていたはずのグングニルが、眩いほどの赤黒い閃光を放った。
漆黒の炎の中から、赤黒い穂先が姿を現した。
勢いこそ僅かに鈍っている。それでも〈グングニル〉は止まらない。炎を押し分けるように突き進み、ついには【獄炎龍】を突破した。
「…嘘……」
自身の放てる最大最強の魔法が、一切の抵抗も許されずに破られた。その絶望的な光景に、女子生徒は驚愕で目を見開き、立ち尽くした。もはや、指一本動かす気力さえ残っていない。
「この槍からは何者も逃げられない。何者も止められない……これで、チェックメイトですね」
グングニルは再び勢いを増し、女子生徒へ一直線に迫る。、女子生徒へ向けて容赦なく直進する。
もはや回避も防御も間に合わない。思わずギュッと目を瞑ってしまった。瞼の裏に、赤黒い槍の残像が焼き付いている。
「……」
しかし、数秒経っても、一向に槍が肉を貫く鋭い痛みは訪れない。
恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景があった。
赤黒い槍の穂先が、彼女の鼻先わずか数ミリのところで完全に静止していたのだ。
そして、いつの間にか槍の横には、ルイが立っていた。いつの間にか。音もなく。
――パキィッ。
ルイが女子生徒の腕時計を破壊した。
「ふぅ。ちゃんと目の前で止めることができて良かったです。中々制御が難しいんですよね、これ」
ルイは安堵したような声でそう言い、空中で静止しているグングニルの柄を握って回収した。
「冗談ですよ」
ルイは恐怖に凍りつく彼女を見て、フフフと楽しげに笑った。その笑みは、春の陽だまりのように温かく、しかし同時に、底知れない冷たさを湛えていた。
やがて規定の時間が訪れ、敗北した女子生徒の身体が淡い光に包まれ始める。
「結局、私一人でベラベラと喋っていましたね。最後くらい、何か喋って欲しかったんですが」
やれやれと肩をすくめるルイ。その反応に対し、完全に戦意を喪失した女子生徒は、光に溶けて消える直前、震える声で一言だけ言い残した。
「……悪魔」
そう吐き捨てるように言い残し、彼女は空間から姿を消した。
その言葉に、ルイは一瞬だけ呆気に取られたように目を丸くしたが、すぐにいつもの柔和な表情に戻った。
「悪魔、ですか……。これはまた、面白い評価をいただきましたね」
相変わらずの笑顔のまま、誰もいなくなった空間で一人呟く。
「さて、黒崎さんの方はまだ闘っているようですし、加勢にでも行って差し上げましょうか。……おや?」
黒崎がいる方角へ歩き出そうとしたルイの足が、ピタリと止まった。
彼の鋭敏な感覚が、黒崎の戦場とは全く別の場所から、微弱だが妙な魔力の波長を感じ取ったのだ。
「……この魔力は……」
ルイの笑顔の奥の瞳が、スッと細められた。
「……黒崎さんには悪いですが、少し寄り道をする理由が出来てしまいましたね」
ルイは踵を返し、予定とは全く違う方角へと、静かな足取りで歩き出した。
