図書室では、ドサドサと棚から零れ落ちた古い背表紙が床を埋め尽くし、紙の焼ける匂いと重苦しい魔力の残滓が室内に充満している。
その中心で、サラは窮地に立たされていた。
――キンッ、ガギィィンッ!
女子生徒の振るう双剣が、左右からサラの大鎌の柄を激しく叩く。金属のぶつかり合う衝撃が、サラの手のひらを通じて芯まで響いた。
(……避けられないスピードじゃない。でも、一撃が重すぎて反撃の糸口が見つからない……ッ!)
サラは後退しながら、必死に大鎌を振るって間合いを保とうとする。しかし、大鎌という武器は、その長いリーチを活かせる距離では圧倒的な強さを誇る反面、一度懐に潜り込まれれば、長すぎる柄が仇となってまともに刃を振るうことすら難しくなる。
女子生徒はそれを熟知しているのか、鋭い踏み込みでサラの「デッドゾーン」を突き続けていた。
(こういう時、ルイ君やティオナみたいに無詠唱で魔法が使えたら、この密着状態を打破できるのに……。今度二人に教えてもらおうかな。……って、今はそんなこと考えてる場合じゃない)
サラは乱れた呼吸を整え、決死の覚悟を固めた。
このまま下がり続けていれば、いずれ壁際に追い詰められ、一方的に攻め続けられる。
勝機を掴むためには、自ら危険を冒すしかない。
「……やれることは、一つだけ!」
サラは今まで続けていた後退をピタリと止めた。それどころか、あえて女子生徒の剣撃に合わせて、自ら一歩前進したのだ。
「なっ……!?」
予想外の突進に、女子生徒の目が驚愕に見開かれる。
右手の短剣が振り下ろされる。
避けるには、あまりにも近すぎた。
サラはわずかに身体を捻り、致命傷だけは避ける。鋭い刃が彼女の右肩を深く掠め、制服を引き裂いて赤い飛沫が宙を舞った。
だが、その激痛と引き換えに、サラの右手が女子生徒の無防備な腹部へと届く。
「【ストーン・ニードル】ッ!」
ゼロ距離で放たれた土魔法。
床を突き破り、鋭利な岩の棘が女子生徒を突き上げる。
「ッ……!」
女子生徒は咄嗟に右手の短剣の腹で岩を受け流し、直撃を免れた。だが、その一瞬で攻勢が途切れる。
サラは逃さない。
返しの動作で大鎌を大きく振り抜き、巨大な刃で女子生徒の胴を薙ぎ払おうとする。
しかし、女子生徒は迫る刃を上体を大きく後ろへ反らして回避。そのまま流れるような動作でバク転を繰り出し、サラの間合いから一気に数メートル後方へと下がった。
「……ふぅ。アクロバティックだね~」
肩の傷を押さえながら、サラが少し皮肉を込めて言った。
「ありがと……あなたの方こそ、随分と大胆な行動に出たね。驚いちゃったよ。まさか自分から当たりに来るなんて」
「あれしか方法がなかったんだもん。名付けて『肉を切らせて骨を断つ作戦』!」
「……そのまんまだね」
女子生徒は呆れたように、しかし楽しげに苦笑いを返した。
「さて、お喋りも終わりにして、そろそろ本気でやろっか。お互いに」
女子生徒の雰囲気が一変した。その瞳に鋭い戦意が宿り、全身から揺らめくような赤い魔力が溢れ出す。
瞬く間に、彼女の身体と二振りの短剣が猛烈な炎に包まれた。
火属性の属性付加。
「……できるんでしょ、あなたも?」
「まあね……負けてられないし!」
サラも負けじと魔力を解放し、大鎌の刃に大地の重みを乗せた属性付加を施す。
「いいねっ、最高だよ!」
女子生徒は歓喜の声を上げ、勢いよく床を蹴ってサラへと肉薄した。
炎を纏った右の短剣が、紅い軌跡を描いて斜め上から振り下ろされる。
サラは先ほどと同様、ギリギリで回避して反撃を仕掛ける。
だが、女子生徒はその大鎌を紙一重でかわすと、間髪入れず左の短剣を振るった。
――キンッ、ガガガッ!
サラは柄で受け止める。
そこへ右、左と、絶え間なく炎を纏った刃が襲い掛かった。
激しい攻防が数度続いたが、徐々に形勢は傾き始める。
「……ッ、あ……!」
(避けきれなくなってきた……ッ!)
サラの額から焦りの汗が滲む。
やはり接近戦において、小回りの利く双剣と、一度の振りが大振りにならざるを得ない大鎌では、攻撃の回転率に大きな差がある。
一度リズムを崩されれば、サラはひたすら大鎌の柄で剣撃を防ぎ続けるしかなかった。
「ほらほら、反撃しないとこのまま終わりだよ! その大きな武器が泣いてるよ!」
女子生徒の剣撃は、まるで嵐のように激しさを増していく。
サラはもはや反撃の動作に移ることすらできず、防戦一方で体力を削られていった。
(このまま、負けるわけにはいかないッ。みんなが頑張ってるんだもん……!)
サラは、再び「賭け」に出ることに決めた。
女子生徒が右手の短剣を大きく振り上げ、渾身の一撃を放つ。
それを避けるのではなく、サラはあえて右肩を差し出した。
グシャリ、と鈍い音がして、鋭い刃がサラの右肩を深く切り裂く。
(……痛いッ! でも――捕まえた!)
サラは歯を食いしばり、すぐさま空いた左手で女子生徒の右手首を掴んだ。
「なっ……!?」
一瞬だけ動きが止まる。
その隙を逃さず、サラは右手一本で〈三日月〉を振り抜いた。
しかし――。
シュンッ!
大鎌の刃は虚しく空を斬った。
「うそ……!? 避けられたっ!」
「危なかった~、マジで。一回戦のあなたの戦い、見てなかったら流石に今ので終わってたかも」
女子生徒は左手の短剣を手放して強引に身体を捻り、サラの手から逃れると、数歩後方へ飛び退いた。冷や汗を拭いながら、苦笑いを浮かべる。
「……バレてたんだね、私のやり方」
「あんな無茶する人、他にいないからね。本当に二回もやると思わなかったけどさ」
「……っ、うぅ……」
張り詰めていた緊張が途切れ、右肩の激痛が波のように押し寄せる。
サラはたまらず、ガクンとその場に片膝をついた。
「……これで本当に終わりだね。楽しかったよっ!」
女子生徒は落とした短剣を拾い上げると、二振りの刃へ炎を集中させる。
燃え盛る双剣を構え、トドメを刺すべく一直線に駆け出した。
(……このまま、負けてたまるかッ! ありったけの魔力、全部これに込める!!)
サラは膝をついたまま、震える手で大鎌の柄を握り直した。
体内に残った全ての魔力を、溢れんばかりに刃へと流し込む。
大鎌の刃が、夜空に浮かぶ三日月を思わせる冷徹な輝きを放ち始めた。
「【月下天斬】ッ!!」
地を這うような姿勢から、サラは全魔力を乗せた斬撃を解き放った。
「!?」
女子生徒は、膝をついた状態からこれほどまでの反撃が来るとは予想していなかった。
回避も防御も間に合わず、白銀の斬撃が彼女の胴体を真正面から捉える。
ドォォォンッ!!
図書室の空気が激しく震え、周囲の本が乱舞する。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
サラは座り込んだまま、もはや指先一つ動かす力も残っていなかった。
荒い呼吸を繰り返しながら、ただ倒れている女子生徒の方を見つめる。
「……ッ、い、いたた……。あちゃー、私の負けだなぁ、これは」
女子生徒は瓦礫の中から上半身を起こし、苦笑いしながら自分の右腕を持ち上げた。
そこにある腕時計型のデバイスは、無残にも粉々に砕け散っていた。
「まさか、あそこから反撃できるなんてね。もしかして、わざと膝をついて誘ったの?」
「……あはは、ギリギリだったけどね」
「完全敗北かぁ~。まいったまいった」
女子生徒は清々しい顔で笑った。
「……ううん、そーでもないよ」
サラはふふっと力なく笑いながら、自分の腕を女子生徒に見せた。
女子生徒はその意味が分からず首を傾げたが、すぐにサラの言ったことの意味を理解し、目を見開く。
「魔力もなくなって……さっきの反動で壊れちゃった。だから、引き分けだよ」
サラの腕時計もまた、限界以上の魔力を放出した負荷に耐えきれず、パキパキと音を立てて砕けていたのだ。
「勝ちたかったけど、まあいっか! 引き分けなら、悪くないや」
女子生徒はうんうんと頷き、納得したように笑った。
「……っていうか、一回戦のときも思ったけど、無理しすぎだよ!」
彼女は、サラの血の滲む右肩を指差して、心配そうに眉をひそめた。
「あはは……まあ、『肉を切らせて骨を断つ』ってやつだよ」
「だとしても、切らせすぎだって。死んじゃうよ?」
サラは女子生徒に呆れ顔で指摘されると、照れくさそうに「そうかもね」と笑った。
窓から差し込む陽光が、ボロボロになった二人の少女を静かに照らし、図書室には戦いの終わりを告げる穏やかな空気が流れていた。
その中心で、サラは窮地に立たされていた。
――キンッ、ガギィィンッ!
女子生徒の振るう双剣が、左右からサラの大鎌の柄を激しく叩く。金属のぶつかり合う衝撃が、サラの手のひらを通じて芯まで響いた。
(……避けられないスピードじゃない。でも、一撃が重すぎて反撃の糸口が見つからない……ッ!)
サラは後退しながら、必死に大鎌を振るって間合いを保とうとする。しかし、大鎌という武器は、その長いリーチを活かせる距離では圧倒的な強さを誇る反面、一度懐に潜り込まれれば、長すぎる柄が仇となってまともに刃を振るうことすら難しくなる。
女子生徒はそれを熟知しているのか、鋭い踏み込みでサラの「デッドゾーン」を突き続けていた。
(こういう時、ルイ君やティオナみたいに無詠唱で魔法が使えたら、この密着状態を打破できるのに……。今度二人に教えてもらおうかな。……って、今はそんなこと考えてる場合じゃない)
サラは乱れた呼吸を整え、決死の覚悟を固めた。
このまま下がり続けていれば、いずれ壁際に追い詰められ、一方的に攻め続けられる。
勝機を掴むためには、自ら危険を冒すしかない。
「……やれることは、一つだけ!」
サラは今まで続けていた後退をピタリと止めた。それどころか、あえて女子生徒の剣撃に合わせて、自ら一歩前進したのだ。
「なっ……!?」
予想外の突進に、女子生徒の目が驚愕に見開かれる。
右手の短剣が振り下ろされる。
避けるには、あまりにも近すぎた。
サラはわずかに身体を捻り、致命傷だけは避ける。鋭い刃が彼女の右肩を深く掠め、制服を引き裂いて赤い飛沫が宙を舞った。
だが、その激痛と引き換えに、サラの右手が女子生徒の無防備な腹部へと届く。
「【ストーン・ニードル】ッ!」
ゼロ距離で放たれた土魔法。
床を突き破り、鋭利な岩の棘が女子生徒を突き上げる。
「ッ……!」
女子生徒は咄嗟に右手の短剣の腹で岩を受け流し、直撃を免れた。だが、その一瞬で攻勢が途切れる。
サラは逃さない。
返しの動作で大鎌を大きく振り抜き、巨大な刃で女子生徒の胴を薙ぎ払おうとする。
しかし、女子生徒は迫る刃を上体を大きく後ろへ反らして回避。そのまま流れるような動作でバク転を繰り出し、サラの間合いから一気に数メートル後方へと下がった。
「……ふぅ。アクロバティックだね~」
肩の傷を押さえながら、サラが少し皮肉を込めて言った。
「ありがと……あなたの方こそ、随分と大胆な行動に出たね。驚いちゃったよ。まさか自分から当たりに来るなんて」
「あれしか方法がなかったんだもん。名付けて『肉を切らせて骨を断つ作戦』!」
「……そのまんまだね」
女子生徒は呆れたように、しかし楽しげに苦笑いを返した。
「さて、お喋りも終わりにして、そろそろ本気でやろっか。お互いに」
女子生徒の雰囲気が一変した。その瞳に鋭い戦意が宿り、全身から揺らめくような赤い魔力が溢れ出す。
瞬く間に、彼女の身体と二振りの短剣が猛烈な炎に包まれた。
火属性の属性付加。
「……できるんでしょ、あなたも?」
「まあね……負けてられないし!」
サラも負けじと魔力を解放し、大鎌の刃に大地の重みを乗せた属性付加を施す。
「いいねっ、最高だよ!」
女子生徒は歓喜の声を上げ、勢いよく床を蹴ってサラへと肉薄した。
炎を纏った右の短剣が、紅い軌跡を描いて斜め上から振り下ろされる。
サラは先ほどと同様、ギリギリで回避して反撃を仕掛ける。
だが、女子生徒はその大鎌を紙一重でかわすと、間髪入れず左の短剣を振るった。
――キンッ、ガガガッ!
サラは柄で受け止める。
そこへ右、左と、絶え間なく炎を纏った刃が襲い掛かった。
激しい攻防が数度続いたが、徐々に形勢は傾き始める。
「……ッ、あ……!」
(避けきれなくなってきた……ッ!)
サラの額から焦りの汗が滲む。
やはり接近戦において、小回りの利く双剣と、一度の振りが大振りにならざるを得ない大鎌では、攻撃の回転率に大きな差がある。
一度リズムを崩されれば、サラはひたすら大鎌の柄で剣撃を防ぎ続けるしかなかった。
「ほらほら、反撃しないとこのまま終わりだよ! その大きな武器が泣いてるよ!」
女子生徒の剣撃は、まるで嵐のように激しさを増していく。
サラはもはや反撃の動作に移ることすらできず、防戦一方で体力を削られていった。
(このまま、負けるわけにはいかないッ。みんなが頑張ってるんだもん……!)
サラは、再び「賭け」に出ることに決めた。
女子生徒が右手の短剣を大きく振り上げ、渾身の一撃を放つ。
それを避けるのではなく、サラはあえて右肩を差し出した。
グシャリ、と鈍い音がして、鋭い刃がサラの右肩を深く切り裂く。
(……痛いッ! でも――捕まえた!)
サラは歯を食いしばり、すぐさま空いた左手で女子生徒の右手首を掴んだ。
「なっ……!?」
一瞬だけ動きが止まる。
その隙を逃さず、サラは右手一本で〈三日月〉を振り抜いた。
しかし――。
シュンッ!
大鎌の刃は虚しく空を斬った。
「うそ……!? 避けられたっ!」
「危なかった~、マジで。一回戦のあなたの戦い、見てなかったら流石に今ので終わってたかも」
女子生徒は左手の短剣を手放して強引に身体を捻り、サラの手から逃れると、数歩後方へ飛び退いた。冷や汗を拭いながら、苦笑いを浮かべる。
「……バレてたんだね、私のやり方」
「あんな無茶する人、他にいないからね。本当に二回もやると思わなかったけどさ」
「……っ、うぅ……」
張り詰めていた緊張が途切れ、右肩の激痛が波のように押し寄せる。
サラはたまらず、ガクンとその場に片膝をついた。
「……これで本当に終わりだね。楽しかったよっ!」
女子生徒は落とした短剣を拾い上げると、二振りの刃へ炎を集中させる。
燃え盛る双剣を構え、トドメを刺すべく一直線に駆け出した。
(……このまま、負けてたまるかッ! ありったけの魔力、全部これに込める!!)
サラは膝をついたまま、震える手で大鎌の柄を握り直した。
体内に残った全ての魔力を、溢れんばかりに刃へと流し込む。
大鎌の刃が、夜空に浮かぶ三日月を思わせる冷徹な輝きを放ち始めた。
「【月下天斬】ッ!!」
地を這うような姿勢から、サラは全魔力を乗せた斬撃を解き放った。
「!?」
女子生徒は、膝をついた状態からこれほどまでの反撃が来るとは予想していなかった。
回避も防御も間に合わず、白銀の斬撃が彼女の胴体を真正面から捉える。
ドォォォンッ!!
図書室の空気が激しく震え、周囲の本が乱舞する。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
サラは座り込んだまま、もはや指先一つ動かす力も残っていなかった。
荒い呼吸を繰り返しながら、ただ倒れている女子生徒の方を見つめる。
「……ッ、い、いたた……。あちゃー、私の負けだなぁ、これは」
女子生徒は瓦礫の中から上半身を起こし、苦笑いしながら自分の右腕を持ち上げた。
そこにある腕時計型のデバイスは、無残にも粉々に砕け散っていた。
「まさか、あそこから反撃できるなんてね。もしかして、わざと膝をついて誘ったの?」
「……あはは、ギリギリだったけどね」
「完全敗北かぁ~。まいったまいった」
女子生徒は清々しい顔で笑った。
「……ううん、そーでもないよ」
サラはふふっと力なく笑いながら、自分の腕を女子生徒に見せた。
女子生徒はその意味が分からず首を傾げたが、すぐにサラの言ったことの意味を理解し、目を見開く。
「魔力もなくなって……さっきの反動で壊れちゃった。だから、引き分けだよ」
サラの腕時計もまた、限界以上の魔力を放出した負荷に耐えきれず、パキパキと音を立てて砕けていたのだ。
「勝ちたかったけど、まあいっか! 引き分けなら、悪くないや」
女子生徒はうんうんと頷き、納得したように笑った。
「……っていうか、一回戦のときも思ったけど、無理しすぎだよ!」
彼女は、サラの血の滲む右肩を指差して、心配そうに眉をひそめた。
「あはは……まあ、『肉を切らせて骨を断つ』ってやつだよ」
「だとしても、切らせすぎだって。死んじゃうよ?」
サラは女子生徒に呆れ顔で指摘されると、照れくさそうに「そうかもね」と笑った。
窓から差し込む陽光が、ボロボロになった二人の少女を静かに照らし、図書室には戦いの終わりを告げる穏やかな空気が流れていた。

