「全然会わねえな、敵」
「……そうだね」
広大な敷地内を歩き回り、もうすぐ正門に差し掛かろうというのに、紘弥と帝は未だ誰とも遭遇していなかった。
普段ならば多くの生徒が行き交い、活気に満ちているはずの学び舎は、今は不気味なほどの静寂に包まれている。時折吹き抜ける乾いた風が、グラウンドの砂埃を微かに巻き上げる音だけが耳に届いていた。まるでここだけが世界から切り離されてしまったかのような、戦場特有の張り詰めた空気が漂っている。
「みんなもう闘ってんのかな~、いいな~」
「……もうちょっと静かに喋ったらどうだ」
隠れる気など微塵もない紘弥の無駄に大きな独り言に、隣を歩く帝が冷ややかなツッコミを入れる。索敵をしながらも一切の緊張感を感じさせない紘弥の態度は、良く言えば大物、悪く言えばただの戦闘狂だった。
「あぁ? 別にいいだろそんなの……ん? あれ、人じゃねえか?」
帝に文句を言い返そうとした紘弥だったが、不意に足を止め、前方へと視線を細めた。巨大な石造りの正門のアーチ付近。逆光となる午後の陽射しの中に、二つの人影が佇んでいるのをいち早く捉えたのだ。
「……君、この距離でよく見つけられたね」
まだかなりの距離があり、陽炎で視界が揺れているというのに、帝は紘弥の野生の勘とも言える視力の良さに少しだけ感心した。
「どうする? 不意打ちすんのか?」
「……そんなことするとでも?」
「ま、する訳ねえよな」
「当たり前だ。そんな真似をして勝ちたくはない」
帝が当然のように言い捨てると、紘弥は「だよな!」とニッと笑い、肺の底から大きく息を吸い込んだ。
「おーい! そこのお前らー!」
「……大声出すなら、先に言ってくれたまえ」
すぐ隣で鼓膜を突くような紘弥の大声が響き渡り、帝は顔をしかめて思わず両手で耳を塞いだ。
そのあけすけな声に気づいた二つの人影が、ビクッと肩を揺らし、ゆっくりとこちらを振り向く。
「お、気づいたみたいだな」
紘弥達は相手の姿を視界に収めつつ、油断なく警戒を保ちながら二人に近づいていく。そして、ある程度距離が縮まり、相手の顔のパーツがはっきりと見える位置まで来たところで、紘弥は目を丸くした。
「……帝、見ろよ。こいつらそっくりだぞ」
「……ああ。双子だね」
目の前に立つ二人の男子生徒は、背格好から少し跳ねた癖毛の具合、挑戦的な瞳の形に至るまで、まるで鏡写しのように瓜二つだった。唯一の違いは、身につけている制服の着崩し方が僅かに違う程度だ。
「双子のペアか」
「……兄ちゃん、こいつら俺らのこと双子って一発で見抜きやがった!」
「こいつら、やるな……!」
(……馬鹿がさらに二人増えた)
一目見れば誰でもわかる事実に対して、本気で驚嘆している敵の的外れな感心ぶりに、帝は心の中で深いため息をついた。緊迫した戦場の空気が、一気に気の抜けたものへと変わっていくのを感じる。
「フン。まあいいよ、君はどっちと闘う?」
帝がこれ以上の無駄話を切り上げるように紘弥に尋ねる。
「そうだな、じゃあ俺は兄貴の方で」
紘弥は双子のうち、ほんの数センチだけ背が高い兄の方を無造作に指差した。
「わかった。それじゃあ僕は弟の方だ」
「……いいのか? 俺が先に選んじまったけど」
珍しく素直に譲った帝に対し、紘弥が意外そうな顔をする。いつもなら一言二言文句を言ってきそうなものだが。
「別にいいさ。特に闘いたいとも思わなかったしね」
「ならいいけどよ……お前らもそれでいいだろ? ほら、兄貴の方。闘う場所かえるぞ」
紘弥はそう言うと、なんの警戒もなく、完全に無防備な背中を敵に向けて歩き出した。相手が了承したと勝手に思い込んだ、紘弥特有の真っ直ぐすぎる行動だった。
――カキンッ!!
突如、紘弥のすぐ背後で、空気を裂くような鋭い金属音が弾けた。
「……どういうつもりだい?」
「まさか、止められるとはな」
驚いた紘弥が振り返ると、そこには敵の兄が音もなく背後から振り下ろした長剣を、刀で完全に受け止めている帝の姿があった。鍔迫り合いの火花が散り、帝の冷ややかな眼差しが双子の兄を射抜いている。
「うおっ!? 悪りぃ、助かった帝……」
「フッ……君の方こそ、珍しいんじゃないのか? あんな無防備に背中を見せるなんて」
「悪かったな……それより、どういうことだ?」
紘弥は帝に短い礼を言った後、表情を一変させ、双子の兄を鋭く睨みつけた。
「なんか変なことでもしたか?」
「いきなり攻撃してきやがって……しかも後ろから」
「それがどうしたんだよ。反則でもなんでもないだろ?」
双子の兄は、刃を交えたまま悪びれる様子もなく、ニヤリと弟の方を見て笑う。
「そうそう。そっちが勝手に後ろ向いたんだろ?」
弟も紘弥に向かって嘲笑うように言った。その二人の全く同じタイミングでの笑みに、紘弥の頭に血が上る。
「ふざけんな! ルールどうこうの問題じゃねぇだろ! マネーだ、マネー!」
「「……?」」
紘弥が顔を真っ赤にして声を荒げると、双子たちは完璧なシンクロ率で首を傾げ、ポカンと呆気にとられた。
「……それを言うなら、マナーだ」
帝が頭痛を堪えるようにこめかみを押さえ、これ以上ないほど冷ややかに訂正する。
「……そういうことだッ!!」
紘弥は自身の決定的な言い間違いの恥ずかしさを力技で誤魔化すかのように、さらに大声で吠えた。
「……少し、九条家が心配になってきたよ」
次期当主の語彙力に本気で頭を抱える帝をよそに、双子が再び口を開く。
「……そんなマナー、知るかっての」
「はあ? ふざけんな」
「ふざけんなはこっちの台詞だ。第一、俺たちは『一対一で闘う』なんて了承してねえだろ」
双子が遊び半分の態度を捨て、鋭い視線で紘弥を睨み返す。周囲の魔力が徐々に高まり、肌を刺すようなプレッシャーが漂い始めた。
「だったら、闘う気はねえのかお前ら」
「……誰もそんなこと言ってねえだろ。なあ?」
「そうそう、兄ちゃんの言うとおり」
「意味わかん――」「なるほど、そういうことか」
再び声を荒げようとした紘弥の言葉に被せるように、帝が刀を押し返して間合いを取りながら、納得したように呟いた。
「……被せてくんな! って、お前わかったのか?」
「……一対一はやらない。ということは、二対二ならやるってことだろ?」
帝の推測に、双子の兄が図星を突かれたようにニヤリと笑う。
「……やっぱり、そっちの方が頭はいいな」
「二対二? タッグバトルをやるってのか」
「そういうことだな」
「……どうする、帝?」
「……どうするもなにも、向こうは一対一はやらないと言っているからね」
帝は小さく肩をすくめた。双子を相手にしたタッグ戦となれば、連携力では明らかにこちらが不利だ。だが、この状況で相手がシングル戦に応じるとは思えない以上、選択肢はなかった。
「……だったら、俺もそれで構わないぜ。まとめてぶっ飛ばすだけだ」
紘弥も両拳をバキバキと鳴らし、双子の提案に真っ向から乗った。
「決まりだな」
双子の兄がそう言うと、隣の弟が魔力を解放し、武具を召喚した。光の粒子が収束し、形を成していく。
「武器まで似てんのか」
その手に握られていたのは、兄と全く同じ形状、同じ刃渡りを持つ銀色の長剣だった。二人が並んで構えると、まるで隙のない一つの生き物のように見える。
紘弥が両手に自身の双銃を顕現させる。その横で、帝もまた静かに息を吐き、白刃を正眼に構え直した。
これで全員の手に武器が握られた。
「それじゃあ始めるぞ……二対二のタッグ戦だ!」
紘弥の宣言が、校門前の静寂を切り裂く合図となった。
「……そうだね」
広大な敷地内を歩き回り、もうすぐ正門に差し掛かろうというのに、紘弥と帝は未だ誰とも遭遇していなかった。
普段ならば多くの生徒が行き交い、活気に満ちているはずの学び舎は、今は不気味なほどの静寂に包まれている。時折吹き抜ける乾いた風が、グラウンドの砂埃を微かに巻き上げる音だけが耳に届いていた。まるでここだけが世界から切り離されてしまったかのような、戦場特有の張り詰めた空気が漂っている。
「みんなもう闘ってんのかな~、いいな~」
「……もうちょっと静かに喋ったらどうだ」
隠れる気など微塵もない紘弥の無駄に大きな独り言に、隣を歩く帝が冷ややかなツッコミを入れる。索敵をしながらも一切の緊張感を感じさせない紘弥の態度は、良く言えば大物、悪く言えばただの戦闘狂だった。
「あぁ? 別にいいだろそんなの……ん? あれ、人じゃねえか?」
帝に文句を言い返そうとした紘弥だったが、不意に足を止め、前方へと視線を細めた。巨大な石造りの正門のアーチ付近。逆光となる午後の陽射しの中に、二つの人影が佇んでいるのをいち早く捉えたのだ。
「……君、この距離でよく見つけられたね」
まだかなりの距離があり、陽炎で視界が揺れているというのに、帝は紘弥の野生の勘とも言える視力の良さに少しだけ感心した。
「どうする? 不意打ちすんのか?」
「……そんなことするとでも?」
「ま、する訳ねえよな」
「当たり前だ。そんな真似をして勝ちたくはない」
帝が当然のように言い捨てると、紘弥は「だよな!」とニッと笑い、肺の底から大きく息を吸い込んだ。
「おーい! そこのお前らー!」
「……大声出すなら、先に言ってくれたまえ」
すぐ隣で鼓膜を突くような紘弥の大声が響き渡り、帝は顔をしかめて思わず両手で耳を塞いだ。
そのあけすけな声に気づいた二つの人影が、ビクッと肩を揺らし、ゆっくりとこちらを振り向く。
「お、気づいたみたいだな」
紘弥達は相手の姿を視界に収めつつ、油断なく警戒を保ちながら二人に近づいていく。そして、ある程度距離が縮まり、相手の顔のパーツがはっきりと見える位置まで来たところで、紘弥は目を丸くした。
「……帝、見ろよ。こいつらそっくりだぞ」
「……ああ。双子だね」
目の前に立つ二人の男子生徒は、背格好から少し跳ねた癖毛の具合、挑戦的な瞳の形に至るまで、まるで鏡写しのように瓜二つだった。唯一の違いは、身につけている制服の着崩し方が僅かに違う程度だ。
「双子のペアか」
「……兄ちゃん、こいつら俺らのこと双子って一発で見抜きやがった!」
「こいつら、やるな……!」
(……馬鹿がさらに二人増えた)
一目見れば誰でもわかる事実に対して、本気で驚嘆している敵の的外れな感心ぶりに、帝は心の中で深いため息をついた。緊迫した戦場の空気が、一気に気の抜けたものへと変わっていくのを感じる。
「フン。まあいいよ、君はどっちと闘う?」
帝がこれ以上の無駄話を切り上げるように紘弥に尋ねる。
「そうだな、じゃあ俺は兄貴の方で」
紘弥は双子のうち、ほんの数センチだけ背が高い兄の方を無造作に指差した。
「わかった。それじゃあ僕は弟の方だ」
「……いいのか? 俺が先に選んじまったけど」
珍しく素直に譲った帝に対し、紘弥が意外そうな顔をする。いつもなら一言二言文句を言ってきそうなものだが。
「別にいいさ。特に闘いたいとも思わなかったしね」
「ならいいけどよ……お前らもそれでいいだろ? ほら、兄貴の方。闘う場所かえるぞ」
紘弥はそう言うと、なんの警戒もなく、完全に無防備な背中を敵に向けて歩き出した。相手が了承したと勝手に思い込んだ、紘弥特有の真っ直ぐすぎる行動だった。
――カキンッ!!
突如、紘弥のすぐ背後で、空気を裂くような鋭い金属音が弾けた。
「……どういうつもりだい?」
「まさか、止められるとはな」
驚いた紘弥が振り返ると、そこには敵の兄が音もなく背後から振り下ろした長剣を、刀で完全に受け止めている帝の姿があった。鍔迫り合いの火花が散り、帝の冷ややかな眼差しが双子の兄を射抜いている。
「うおっ!? 悪りぃ、助かった帝……」
「フッ……君の方こそ、珍しいんじゃないのか? あんな無防備に背中を見せるなんて」
「悪かったな……それより、どういうことだ?」
紘弥は帝に短い礼を言った後、表情を一変させ、双子の兄を鋭く睨みつけた。
「なんか変なことでもしたか?」
「いきなり攻撃してきやがって……しかも後ろから」
「それがどうしたんだよ。反則でもなんでもないだろ?」
双子の兄は、刃を交えたまま悪びれる様子もなく、ニヤリと弟の方を見て笑う。
「そうそう。そっちが勝手に後ろ向いたんだろ?」
弟も紘弥に向かって嘲笑うように言った。その二人の全く同じタイミングでの笑みに、紘弥の頭に血が上る。
「ふざけんな! ルールどうこうの問題じゃねぇだろ! マネーだ、マネー!」
「「……?」」
紘弥が顔を真っ赤にして声を荒げると、双子たちは完璧なシンクロ率で首を傾げ、ポカンと呆気にとられた。
「……それを言うなら、マナーだ」
帝が頭痛を堪えるようにこめかみを押さえ、これ以上ないほど冷ややかに訂正する。
「……そういうことだッ!!」
紘弥は自身の決定的な言い間違いの恥ずかしさを力技で誤魔化すかのように、さらに大声で吠えた。
「……少し、九条家が心配になってきたよ」
次期当主の語彙力に本気で頭を抱える帝をよそに、双子が再び口を開く。
「……そんなマナー、知るかっての」
「はあ? ふざけんな」
「ふざけんなはこっちの台詞だ。第一、俺たちは『一対一で闘う』なんて了承してねえだろ」
双子が遊び半分の態度を捨て、鋭い視線で紘弥を睨み返す。周囲の魔力が徐々に高まり、肌を刺すようなプレッシャーが漂い始めた。
「だったら、闘う気はねえのかお前ら」
「……誰もそんなこと言ってねえだろ。なあ?」
「そうそう、兄ちゃんの言うとおり」
「意味わかん――」「なるほど、そういうことか」
再び声を荒げようとした紘弥の言葉に被せるように、帝が刀を押し返して間合いを取りながら、納得したように呟いた。
「……被せてくんな! って、お前わかったのか?」
「……一対一はやらない。ということは、二対二ならやるってことだろ?」
帝の推測に、双子の兄が図星を突かれたようにニヤリと笑う。
「……やっぱり、そっちの方が頭はいいな」
「二対二? タッグバトルをやるってのか」
「そういうことだな」
「……どうする、帝?」
「……どうするもなにも、向こうは一対一はやらないと言っているからね」
帝は小さく肩をすくめた。双子を相手にしたタッグ戦となれば、連携力では明らかにこちらが不利だ。だが、この状況で相手がシングル戦に応じるとは思えない以上、選択肢はなかった。
「……だったら、俺もそれで構わないぜ。まとめてぶっ飛ばすだけだ」
紘弥も両拳をバキバキと鳴らし、双子の提案に真っ向から乗った。
「決まりだな」
双子の兄がそう言うと、隣の弟が魔力を解放し、武具を召喚した。光の粒子が収束し、形を成していく。
「武器まで似てんのか」
その手に握られていたのは、兄と全く同じ形状、同じ刃渡りを持つ銀色の長剣だった。二人が並んで構えると、まるで隙のない一つの生き物のように見える。
紘弥が両手に自身の双銃を顕現させる。その横で、帝もまた静かに息を吐き、白刃を正眼に構え直した。
これで全員の手に武器が握られた。
「それじゃあ始めるぞ……二対二のタッグ戦だ!」
紘弥の宣言が、校門前の静寂を切り裂く合図となった。
