魔力の少ない魔法使い

「……なかなか会いませんねぇ」
 綺麗に切り揃えられた植え込みと、水が抜かれたままの白い噴水。見晴らしの良いグラウンドとは打って変わり、死角の多い校舎の中庭を、黒崎とルイのペアは慎重な足取りで進んでいた。
 木々の葉が風に揺れる音しかしない不気味な静寂の中、ルイが暢気な声で呟く。
「……そうだな」
 黒崎は周囲への警戒を一切解かないまま、短く相槌を打った。そして、少しだけ歩みを緩め、隣を歩く水色髪の少年に視線を向ける。
「……エスクード。お前、魔力探知できるんじゃないのか?」
「おや」
 ルイは少しだけ目を丸くした後、ふふっと楽しげに微笑んだ。
「知っていたんですか?」
「お前ほどの奴が、魔力探知を習得していないわけがないだろう。出し惜しみをしているだけだ」
「ご名答です。では、ご要望にお応えして探ってみましょうか」
 ルイは立ち止まり、ゆっくりと目を閉じて意識を研ぎ澄ませた。
 黒崎は無言のまま、周囲を警戒しながらルイの護衛につく。
 数秒後、ルイは静かに目を開けた。
「……一番近いのは、あちらですね」
 ルイが細い指で示したのは、中庭を抜けた先にある渡り廊下の方角だった。
「二人組のようです。微かですが、魔力の波長がこちらへ向かって移動していますね」
「……どうする。奇襲をかけるか?」
「どうやら、真っ直ぐこちらを目指しているようですね……もしかすると、相手側にも優秀な魔力探知の使い手がいて、我々の位置を把握しているのかもしれません」
「だったら、待ち伏せしていても意味はないか……」
「いえ、偶然こちらに足を踏み入れただけの可能性もあります。それに、相手がこちらを知っていたとしても、正確な位置までは掴めていないかもしれない。身を隠しておいて損はありませんよ」
 ルイの的確な判断に、黒崎は頷いた。
「……そうだな。なら、お前はあっちの茂みに隠れてくれ。俺は反対側の木陰に潜む」
「分かりました。……攻撃するなら、どのタイミングで仕掛けますか?」
「……お前に任せる。お前の初撃に合わせて俺が撃つ」
 黒崎はそれだけ言うと、音もなく身を翻し、深い植え込みの中へ姿を消した。
 ルイもまた、黒崎とは反対側の茂みへ音もなく身を滑り込ませ、息を潜めた。
 それからしばらくして。
 静寂を破るように、カツ、カツ、と硬い足音が中庭に響き始めた。現れたのは、二人組の女子生徒だった。
(……さて、どうしましょうか。隙を見せてくれれば良いのですが)
 葉の隙間から二人を観察し、ルイは攻撃のタイミングを冷静に推し量っていた。しかし、二人の足取りには迷いがない。
「……二人ともそこに隠れてるんでしょ? 分かってるのよ」
 不意に、前を歩いていた勝気そうな女子生徒が足を止め、中庭の空間に向かって言い放った。
(……なるほど。どうやら、本当に魔力探知で捕捉されていたみたいですね)
「……バレていましたか。これはお恥ずかしい」
 ルイは奇襲をあっさりと諦め、茂みを掻き分けて潔く姿を現した。その顔には、いつもと変わらぬ穏やかな笑みが貼り付いている。
「もう一人も、そっちにいるんでしょ」
 女子生徒は、黒崎が身を隠している茂みをビシッと指差した。
「……」
 黒崎は無闇に出て行くつもりはなかったが、ルイと視線が交差した。ルイがわずかに顎を引いて頷いたのを見て、黒崎もまた静かに植え込みから姿を現す。
「素直ね」
 女子生徒は、二人がこうもあっさりと出てくるとは思っていなかったのか、少しだけ目を丸くした。
「……それでは、私はそちらの物静かな方の相手をしましょう。黒崎さんは、そちらの元気な方を」
 ルイは、先ほどから一言も発さず、警戒心を露わにしているもう一人の女子生徒を見据えて言った。
「……分かった」
 黒崎も短く同意する。
「そちらも、これでいいですか?」
 ルイが相手の二人に確認を取る。
「ええ、いいわよ。こっちで誰がどっちをやるか決める手間が省けたし」
「……」
 勝気な女子生徒が頷き、無口な女子生徒も静かに首を縦に振った。
「……このままここでやり合うと、お互いの闘いの邪魔になりそうですから、少し離れましょうか」
 ルイは「付いてきてください」と告げ、歩き出そうとした。
「……」
 しかし、無口な女子生徒は警戒したようにその場から一歩も動かず、鋭い視線でルイを射抜いた。
「?……どうかしましたか?」
「あぁ……たぶん、あんたが今から行く場所に罠が仕掛けられてるんじゃないかって、疑ってるんだと思うわ」
 足を止めたルイに、勝気な女子生徒が呆れたように説明した。
「ああ、そういうことですか。用心深いのは良いことです。……でしたら、あなたが闘う場所を選んでください。私はどこへでも付いて行きますから」
 ルイが両手を広げてみせると、女子生徒は少し考えた後、顎を引いて頷いた。
「……それでは黒崎さん、頑張ってくださいね。後ほど」
 ルイはそう言い残し、女子生徒の後を追って中庭の奥へと消えていった。
 残された黒崎と勝気な女子生徒の間に、ヒリついた風が吹く。
「……なんか、あいつが淡々と仕切って決めていったけど、良かったの?」
「……ああ。問題ない」
「あなた、無口なタイプね。あの子と一緒だわ」
 女子生徒の言う『あの子』とは、ルイと連れ立って行った彼女のパートナーのことだろう。
「……」
 黒崎は答えない。無駄口を叩く気は一切なかった。
「ま、いいわ。さっさと始めましょ!」
 女子生徒は気合を入れるように叫ぶと、自身の専用武装を顕現させた。
「あなたも早く出しなさい」
 彼女の右手に握られていたのは、切っ先の鋭い短刀だった。彼女はそれをクルリと回し、黒崎へと突きつける。
(……一回戦で戦った相手と同じような短剣クラスの武器か。いや、刃渡りはこちらの方が少し長い。それに、恐らくはあの短刀一つのみを用いた純粋なインファイターだろう)
 黒崎は、相手の武器のリーチや重心を瞬時に計算しながら、自身の魔力を解放した。
 黒崎の両手に、重厚な漆黒のスナイパーライフルが現れる。
「へえ……相性の悪い武器ね」
 女子生徒は、黒崎の巨大な銃を見て少し可笑しそうに笑った。
 遮蔽物の少ないこの中庭において、機動力に優れる短刀と、構えるのに時間がかかる狙撃銃。一般的に考えれば、近接に持ち込まれれば黒崎に勝ち目はない。
「相性など関係のないことだ。……俺は外さない」
 黒崎は表情一つ変えず、冷徹な双眸で女子生徒を見据えた。
「そ、なら遠慮なく刈り取らせてもらうわ!」
 女子生徒は弾かれたように地面を蹴り、黒崎の懐を目指して一直線に駆け出した。
 ***
 一方、中庭から少し離れた吹き抜けのテラス。
「……さて、早速始めましょうか」
 ルイはいつもの完璧な笑顔を浮かべたまま、右手に細身の優雅な武器を顕現させた。
「……」
 対する女子生徒も無言で魔力を練り上げ、右手に装飾の施された杖を構える。魔法に特化した装備だ。
「ああ、始める前に一つだけ確認を。……先ほど、我々の位置を『魔力探知』で探り当てたのは、あなたですよね?」
 ルイの唐突な問いかけに、女子生徒の肩が微かに跳ねた。
「いかにも、あちらの元気な彼女が探知しているような素振りを見せていましたが……あれはブラフ(ハッタリ)でしょう?」
「……」
 ルイの言葉に、女子生徒は相変わらず無言だったが、その冷静な表情が僅かに歪んだ。
「なぜ分かったか?……と、そんな顔をしていますね」
 ルイは女子生徒の微細な表情の変化を読み取り、楽しそうに笑う。
「……そうですねぇ。ただの勘、と言いたいところですが……強いて言えば、視線や歩幅、そして彼女があなたを庇うように立ち回っていたことですかね。まあ、あなたのその反応を見る限り、私の推理で合っているようですが」
「……」
 ルイがずっと笑顔で語りかけているのが不気味なのか、女子生徒は一層警戒を強め、無言のまま彼を睨みつける。
「どんな戦場においても、敵の『(レーダー)』となる魔力探知要員を残しておくのは、非常に厄介ですからね」
 ルイの瞳から、スッと笑みが消えた。代わりに宿ったのは、絶対的な実力差に裏打ちされた冷酷な光。
「――ここで、早々に退場してもらいますよ」
 ルイが槍を振るうよりも早く、強大な魔力の塊が女子生徒に向かって容赦なく放たれた。