「ここは……」
視界を覆っていた真っ白な光の残滓がふわりと空気に溶けていく中、足の裏に伝わる感覚が、硬い闘技場の石畳から、少し湿り気を帯びた柔らかい土へと変わったのを感じた。俺たちは思わず息を呑んだ。
「え? うそ……」
隣にいたサラが信じられないというように、呆然と声を漏らす。
「ここって、学校!?」
目の前には見慣れた学び舎の風景が広がっていた。綺麗に整備され、赤茶色の土が均された広大なグラウンド。そしてその向こうには、太陽の光を反射して煌めくガラス窓を備えた、見上げるほど巨大な校舎がそびえ立っている。ただ一つ違うのは、周囲に他の生徒の姿も声も一切なく、不気味なほどの静寂に包まれていることだ。
「まさか、本物って訳じゃないよな」
紘弥が周囲をキョロキョロと見渡し、足元の土を軽く蹴り上げた。
「流石にそれはないだろうな。一回戦同様学校が保有しているんじゃないか?」
「凄いね……本物そっくりだよ」
橘が感心したように呟く。
「ここが学校の敷地を完全に再現してるってことは――
今いるのはグラウンドね」
「だな。目の前にあるのはあのでっかい校舎だけだし」
「でも、知ってる場所なら地形が分かって助かるね」
五十嵐の言葉に、俺も頷く。地の利があるというのは、戦闘において何よりも大きなアドバンテージだ。
「けど、それは相手のチームにも言えることなんだよな~。あいつらだって、この学校の生徒なんだから」
紘弥が後頭部を掻きながら、面倒そうに付け加えた。
「……ええ。そして、敵のチームが大体どのあたりにいるかはわかりますよ。普通に考えれば、両陣営の距離を最も公平に保てる配置……つまり、ここから一番離れている場所でしょうからね」
ルイが顎に手を当てて、理路整然と言った。
「正門か……校舎を挟んで、ちょうど反対側だな」
俺は校舎を見上げながら呟く。
「作戦はどうすんだ? 一回戦と同じでいいか?」
「僕はいいよ、同じで」
紘弥の問いかけに帝が答える。
えらく素直だな、帝の奴。以前なら「僕の足を引っ張らないでくれたまえ」くらいは言っていただろうに。紘弥と組むのは嫌だと思ってたんだけどな。
「私も~」
他のメンバーも次々と同意する中、ずっと黙っていた黒崎がポツリと口を開いた。
「……ここには、一回戦のように隠れられそうな場所がない」
「確かにそうだな。グラウンドじゃ無理だな……」
狙撃を得意とする黒崎の戦闘スタイルにとって、三百六十度どこからでも丸見えのこのグラウンドは、ただの的になるようなものだ。相性が悪すぎる。
「だったら、エスクードと一緒に行動したらいいんじゃない?」
玲奈の提案に、俺は二人に視線を向けた。
「それもそうだな……黒崎、ルイ、それでいいか?」
「ああ」
「ええ、いいですよ」
「よし! じゃあそれで行くか」
「……私はまた、あんたとここで待機ってことね」
玲奈が不満げに俺を睨んでくる。
「……嫌なのかよ」
「まあね。私も早く前線で暴れたいのに」
「我慢しろよ」
「分かってるわよ……どうせ『あいつ』は来るだろうしね」
あいつ――八雲 焔。
確かに、あの戦闘狂が校舎の中に隠れて待ち伏せをするなんて考えにくい。あいつのターゲットは、間違いなく俺だ。
そして、昨日のあの「獲物を定めた笑み」を思い出す。あいつのターゲットは、間違いなく俺だ。小細工なんて一切せずに迷わずここへ向かってくる予感がする。昨日一緒にいたあの一ノ瀬という女子がどう動くかは未知数だが。
『試合開始マデ、残リ三十秒デス』
空のどこからともなく、感情の欠落した無機質なアナウンスが降ってきた。
その瞬間、場の空気が一変した。
それまで会話によって辛うじて保たれていた「日常の延長」のような空気が消え、俺たちの意識は一気に戦いの現実へと引き戻された。
『十秒』
「よ~し、今回も勝つぞみんな!」
「うん!」
「サクッと倒してやるよ」
「みんな、油断はすんなよ。相手はあのD組を倒した連中だ」
「……ああ」
『三、二、一、零。開始』
「さっさと行くぞ帝! ……負けんなよ隼人!」
「お前もな!」
「はぁ、少しは落ち着きたまえ」
炎を纏うような熱い勢いで飛び出していく紘弥に、帝はやれやれとため息をつきながらついて行く。属性も性格も真逆だが、なんだかんだ言って、いいペアかもしれないな、あいつら。
「隼人君、負けちゃダメだからね!」
「ああ、負けねえよ。サラも無茶すんなよ」
「うん! ……それじゃあ、瑞希行こ」
「うん」
サラと橘は、紘弥達とは別方向から校舎へ向かって走っていった。
「私たちも行こっか、ティオナ」
「……」
五十嵐の声に、ティオナは無言で頷く。
「隼人君が負けたら私達も負けだからね~」
五十嵐が振り返り、笑顔でそう言ってきた。
「プレッシャーをかけんな」
「じゃあね~」
五十嵐とティオナも、二人に続いてグラウンドを駆けていった。
「それでは、我々も行きますか」
「ああ……」
「頑張って下さいね」
最後に残ったルイが、余裕の笑顔で俺に言ってきた。
「おう、お前らの心配はいらなさそうだな」
ルイは頭一つ飛び抜けて強いし、黒崎もかなりの実力者だ。一番安定している遊撃部隊だろう。
「それでは行ってきます」
ルイと黒崎達も、校舎の裏手を目指して姿を消した。
全員がそれぞれのルートへ散開し、広大なグラウンドには俺と玲奈だけが残された。太陽の光がジリジリと肌を焦がす。
「……俺たちは、ここでどっしりと構えて待機だな」
「はぁ、やっぱり嫌になるわね、この待ってるだけの時間って」
「まあ、そう言うな。勝つためだから」
「わかってるわよ」
「それに、ここ見晴らしがいいから相手もすぐ見つけられるかもしれないぜ」
グラウンドのど真ん中だから、隠れるところなんかない。裏を返せば、奇襲を受ける心配もないということだ。正面から堂々と迎え撃てる。
「……あの八雲って奴が来なかったら意味ないわよ」
どんだけ根に持ってんだよ。昨日、「女とやりあうのは嫌いだ」と見下されたことを、プライドの高い玲奈が許せるはずがない。
「あいつの性格を思い出せ。絶対に来るさ。……願ってろ」
「ええ、そうね。せいぜい迷子にならずに、真っ直ぐここまで突っ込んで来てくれることを祈っておくわ。……じゃないと、私の気が済まないから」
玲奈はどこか凶悪な、それでいて美しい笑みを浮かべ、正門の方角――巨大な校舎の屋上越しに見える空をキッと睨みつけた。
全員の姿が見えなくなった瞬間、グラウンドは再び深い静寂に包まれた。
熱を帯びた風が、さらさらと土を弄ぶ音だけが聞こえる。
視界を覆っていた真っ白な光の残滓がふわりと空気に溶けていく中、足の裏に伝わる感覚が、硬い闘技場の石畳から、少し湿り気を帯びた柔らかい土へと変わったのを感じた。俺たちは思わず息を呑んだ。
「え? うそ……」
隣にいたサラが信じられないというように、呆然と声を漏らす。
「ここって、学校!?」
目の前には見慣れた学び舎の風景が広がっていた。綺麗に整備され、赤茶色の土が均された広大なグラウンド。そしてその向こうには、太陽の光を反射して煌めくガラス窓を備えた、見上げるほど巨大な校舎がそびえ立っている。ただ一つ違うのは、周囲に他の生徒の姿も声も一切なく、不気味なほどの静寂に包まれていることだ。
「まさか、本物って訳じゃないよな」
紘弥が周囲をキョロキョロと見渡し、足元の土を軽く蹴り上げた。
「流石にそれはないだろうな。一回戦同様学校が保有しているんじゃないか?」
「凄いね……本物そっくりだよ」
橘が感心したように呟く。
「ここが学校の敷地を完全に再現してるってことは――
今いるのはグラウンドね」
「だな。目の前にあるのはあのでっかい校舎だけだし」
「でも、知ってる場所なら地形が分かって助かるね」
五十嵐の言葉に、俺も頷く。地の利があるというのは、戦闘において何よりも大きなアドバンテージだ。
「けど、それは相手のチームにも言えることなんだよな~。あいつらだって、この学校の生徒なんだから」
紘弥が後頭部を掻きながら、面倒そうに付け加えた。
「……ええ。そして、敵のチームが大体どのあたりにいるかはわかりますよ。普通に考えれば、両陣営の距離を最も公平に保てる配置……つまり、ここから一番離れている場所でしょうからね」
ルイが顎に手を当てて、理路整然と言った。
「正門か……校舎を挟んで、ちょうど反対側だな」
俺は校舎を見上げながら呟く。
「作戦はどうすんだ? 一回戦と同じでいいか?」
「僕はいいよ、同じで」
紘弥の問いかけに帝が答える。
えらく素直だな、帝の奴。以前なら「僕の足を引っ張らないでくれたまえ」くらいは言っていただろうに。紘弥と組むのは嫌だと思ってたんだけどな。
「私も~」
他のメンバーも次々と同意する中、ずっと黙っていた黒崎がポツリと口を開いた。
「……ここには、一回戦のように隠れられそうな場所がない」
「確かにそうだな。グラウンドじゃ無理だな……」
狙撃を得意とする黒崎の戦闘スタイルにとって、三百六十度どこからでも丸見えのこのグラウンドは、ただの的になるようなものだ。相性が悪すぎる。
「だったら、エスクードと一緒に行動したらいいんじゃない?」
玲奈の提案に、俺は二人に視線を向けた。
「それもそうだな……黒崎、ルイ、それでいいか?」
「ああ」
「ええ、いいですよ」
「よし! じゃあそれで行くか」
「……私はまた、あんたとここで待機ってことね」
玲奈が不満げに俺を睨んでくる。
「……嫌なのかよ」
「まあね。私も早く前線で暴れたいのに」
「我慢しろよ」
「分かってるわよ……どうせ『あいつ』は来るだろうしね」
あいつ――八雲 焔。
確かに、あの戦闘狂が校舎の中に隠れて待ち伏せをするなんて考えにくい。あいつのターゲットは、間違いなく俺だ。
そして、昨日のあの「獲物を定めた笑み」を思い出す。あいつのターゲットは、間違いなく俺だ。小細工なんて一切せずに迷わずここへ向かってくる予感がする。昨日一緒にいたあの一ノ瀬という女子がどう動くかは未知数だが。
『試合開始マデ、残リ三十秒デス』
空のどこからともなく、感情の欠落した無機質なアナウンスが降ってきた。
その瞬間、場の空気が一変した。
それまで会話によって辛うじて保たれていた「日常の延長」のような空気が消え、俺たちの意識は一気に戦いの現実へと引き戻された。
『十秒』
「よ~し、今回も勝つぞみんな!」
「うん!」
「サクッと倒してやるよ」
「みんな、油断はすんなよ。相手はあのD組を倒した連中だ」
「……ああ」
『三、二、一、零。開始』
「さっさと行くぞ帝! ……負けんなよ隼人!」
「お前もな!」
「はぁ、少しは落ち着きたまえ」
炎を纏うような熱い勢いで飛び出していく紘弥に、帝はやれやれとため息をつきながらついて行く。属性も性格も真逆だが、なんだかんだ言って、いいペアかもしれないな、あいつら。
「隼人君、負けちゃダメだからね!」
「ああ、負けねえよ。サラも無茶すんなよ」
「うん! ……それじゃあ、瑞希行こ」
「うん」
サラと橘は、紘弥達とは別方向から校舎へ向かって走っていった。
「私たちも行こっか、ティオナ」
「……」
五十嵐の声に、ティオナは無言で頷く。
「隼人君が負けたら私達も負けだからね~」
五十嵐が振り返り、笑顔でそう言ってきた。
「プレッシャーをかけんな」
「じゃあね~」
五十嵐とティオナも、二人に続いてグラウンドを駆けていった。
「それでは、我々も行きますか」
「ああ……」
「頑張って下さいね」
最後に残ったルイが、余裕の笑顔で俺に言ってきた。
「おう、お前らの心配はいらなさそうだな」
ルイは頭一つ飛び抜けて強いし、黒崎もかなりの実力者だ。一番安定している遊撃部隊だろう。
「それでは行ってきます」
ルイと黒崎達も、校舎の裏手を目指して姿を消した。
全員がそれぞれのルートへ散開し、広大なグラウンドには俺と玲奈だけが残された。太陽の光がジリジリと肌を焦がす。
「……俺たちは、ここでどっしりと構えて待機だな」
「はぁ、やっぱり嫌になるわね、この待ってるだけの時間って」
「まあ、そう言うな。勝つためだから」
「わかってるわよ」
「それに、ここ見晴らしがいいから相手もすぐ見つけられるかもしれないぜ」
グラウンドのど真ん中だから、隠れるところなんかない。裏を返せば、奇襲を受ける心配もないということだ。正面から堂々と迎え撃てる。
「……あの八雲って奴が来なかったら意味ないわよ」
どんだけ根に持ってんだよ。昨日、「女とやりあうのは嫌いだ」と見下されたことを、プライドの高い玲奈が許せるはずがない。
「あいつの性格を思い出せ。絶対に来るさ。……願ってろ」
「ええ、そうね。せいぜい迷子にならずに、真っ直ぐここまで突っ込んで来てくれることを祈っておくわ。……じゃないと、私の気が済まないから」
玲奈はどこか凶悪な、それでいて美しい笑みを浮かべ、正門の方角――巨大な校舎の屋上越しに見える空をキッと睨みつけた。
全員の姿が見えなくなった瞬間、グラウンドは再び深い静寂に包まれた。
熱を帯びた風が、さらさらと土を弄ぶ音だけが聞こえる。
