魔力の少ない魔法使い

ー翌日。
『それではこれより、魔闘祭一年生の部、二回戦の組み合わせ発表を行います。各クラスの代表者はモニターに注目してください』
 闘技場の地下に設けられたC組の控室。備え付けられた大型モニターから、実況アナウンスの弾むような声が響き渡る。
 一回戦の疲労や怪我は回復魔法や一晩の休息である程度抜けているものの、室内には特有のピリッとした緊張感が漂っていた。
「E組こい、E組こい、E組こい……」
 そんな中、俺の隣では紘弥が両手を合わせ、念仏のようにブツブツと呟いている。
もはや願掛けというより、執念に近い。
「お前なぁ……そう簡単に当たるわけないだろ」
 俺が呆れて突っ込んだ直後だった。
 モニターの画面が切り替わり、デカデカと対戦カードが表示される。
『第一試合は――E組 対 C組 です!』
「よっしゃあああ!! 言った通りになっただろ!!」
「……マジで?」
 嘘だろ。本当に当たるのかよ。そんな都合よく、昨日会ったばかりの相手とぶつかるか普通?
「ふふっ。なかなか良いくじ運ですね。面白くなってきました」
 ルイがいつも通りの涼しい顔で、どこか楽しそうに笑って言ってきた。
「……ああ、自分でもびっくりしてるよ」
「よくやった隼人! お前の引きの強さは信じてたぜ!」
「……さっきから、何故そこの馬鹿は一人で喜んでいるんだい?」
 昨日一緒にいなかったため、状況をいまいち理解していない帝が、怪訝そうな顔をしている。
「……いや、それがE組の八雲って奴と昨日ちょっとあってな」
 俺は昨日店を回っていた時の出来事――八雲に絡まれたことや、そいつが一人でD組をほとんど壊滅させたらしいこと――を、かなり簡潔に説明した。細かく話せば長くなるし、今はもうすぐ移動の時間だ。
「……君、説明する気あるのかい? 」
「仕方ねえだろ、時間ねぇんだから」
「よくわかんないけど、その八雲って人と喧嘩したってこと?」
 五十嵐が小首を傾げる。喧嘩はしてないんだけどな。一方的に絡まれただけで。
「まあ、そんなとこだ」
「僕たちのいないところで、勝手に騒ぎを起こさないでもらいたいね。C組の品位に関わる」
「仕方ねえだろ、俺らだって絡まれる気なんて一ミリもなかったんだからよ」
「まあいいよ。どうせ、そこの馬鹿のせいなんだろうし」
 帝は氷のような冷たい視線を紘弥に向けた。紘弥のせいじゃないけど、ここから訂正して説明するのは面倒なのでそういうことにしておいた。ごめんな、紘弥。
「それで、その八雲って人はどんな感じだったの? 」
「確かに気になるね」
「どんな奴か……そうだな、強いとは思うぞ、多分」
「多分、なんだ」
「実際闘ってるのを見たわけじゃないからな。ただ、雰囲気は只者じゃなさそうだった」
「それじゃよく分からないじゃないか」
「ああ……でも、一回戦はほとんどあいつが一人でD組の奴らを倒したらしいぜ」
「うそ!?」
「……ほう」
 俺の言葉に、五十嵐は目を丸くして驚き、帝は少し目を細めた。プライドの高い帝にとっても、「単機で」という事実には思うところがあるらしい。
「そんなに強い人いたんだ。知らなかった」
まあ、確かにそれだけ強ければ有名でもおかしくない。
「……でも裏を返せば、E組はその八雲以外は弱いかもしれないってわけだね」
「ん~、どうだろな。少なくとも、八雲と一緒にいた一ノ瀬って女子は弱くはねえと思うけどな。隙がないっていうか……なんというか、肝が据わってた」
「ふーん、そうなんだ」
「おーい、お前ら! そろそろ闘技場に向かおうぜー! 第一試合だからすぐだろ!」
 テンションの上がった紘弥が、控室のドアを開けて急かしてくる。通路からは、すでに観客たちの地鳴りのような歓声がうっすらと聞こえてきていた。
「そうだな、移動するか。……まあそういう訳だから、八雲だけ警戒すればいいと思わない方がいいぞ」
「……わかっているよ、それくらい。もう油断なんてしないさ」
 帝はそう言うと、一人で先に闘技場へと歩き出した。俺に負けたこと、まだ気にしてんだな、あいつ。でも、予選の時みたいな鼻持ちならない傲慢さは少し薄れた気がする。
「帝の野郎、一人で行きやがって。協調性のかけらもねぇな。そんなんだから友達すくねぇんだよ」
「あいつはそういう奴だろ。ほら、置いてかれるぞ。……俺らも行こうぜ」
「そうだな」
 闘技場へ向かう薄暗い通路の途中。
「……俺、ちょっとトイレ行ってくるわ」
「なんだよ隼人、さては緊張してんのかー?」
 紘弥がニヤニヤしながら肩を小突いてからかってくる。
「うるせー。念のためだよ」
 多分、緊張はしてない……はずだ。ただ、少しだけ喉が渇いていた。
「ま、早く帰ってこいよ」
「分かってるって」
 俺は列を離れ、通路の脇にあるトイレへと向かった。
 多分、緊張はしていない。
——そう思いたいだけかもしれない。
「確かこの辺だったよな……お、あったあった」
 トイレを見つけ、中に入ろうとした瞬間。
「ん? あれ、桐宮じゃねえか」
 中から出てきた人物と鉢合わせ、思わず足が止まる。
「……雨宮」
 そこにいたのは、死闘を繰り広げたA組の雨宮だった。
「なんだなんだ、試合直前だってのに随分強張った顔して。緊張してんのか?」
「してねぇよ……多分」
「なんだよ『多分』って」
 雨宮はクスッと笑った。敵対していた時とは違う、どこか憑き物が落ちたような穏やかな笑みだ。
「……というか、お前こそ何してんだよ」
「は? 何って、お前らの試合を見に来てやったんだろ?」
 来てやったって、別に頼んじゃいないけどな。
「……お前らの相手は、八雲のいるE組になったんだろ?」
「ああ、そうだ。くじ運が良いんだか悪いんだか」
「そっかそっか。八雲とか……こいつは面白い勝負になりそうだな」
 雨宮の口元が、わずかに歪んだ。
「……」
「それじゃあ、俺は客席に行くわ。あんまり待たせると、またうちのお嬢たちがうるさいからな」
 雨宮は軽く手を振ると、すれ違いざまに歩き出した。
「……待てよ。八雲は、強いか?」
 俺が背中に問いかけると、雨宮はピタリと足を止めた。少しの沈黙の後、肩越しに振り返る。
「……強えぞ。あいつの戦い方は、俺たちみたいに型にはまった綺麗なもんじゃねえ。理不尽で、野蛮だ」
「そっか……」
 あの雨宮にそこまで言わせるんだ。相当厄介な相手なんだろう。
「でも、桐宮なら勝てると思うぞ」
「なんでだよ。俺なんて、お前に勝てたのもまぐれみたいなもんなのに」
「……勘だ」
「勘かよ」
「ああ、俺の勘はよく当たるんだよ。まあ、そういうわけだから。……無様に負けたら承知しねぇぞ、頑張れよ」
 雨宮は今度こそ振り返ることなく手を上げ、そのまま通路の奥へと消えていった。
「言われなくても頑張るっての。……あ、やっべ! トイレ忘れてた!」
 俺は慌てて用を済ませると、みんなの待つ闘技場入り口へと走った。
「隼人、おっせえぞ! もう入場始まってるぞ!」
「悪い、色々あってな」
「……トイレで何があるんだよ。腹でも下したか?」
「気にすんな」
 列に加わった直後、闘技場内に実況のアナウンスが響き渡った。
『さて、それでは魔闘祭一年生の部、二回戦第一試合を開始したいと思います! 両チームの入場です!』
 地響きのような歓声が、床を震わせる。
一歩踏み出すたびに、靴底から振動が伝わってきた。
視線が集まる。無数の期待と好奇が、突き刺さるように降り注ぐ。
その先――
八雲がいた。
『みなさん、目の前にある転送用の魔法陣の上に立ってください』
 床に刻まれた巨大な術式。魔力が流れ込み、青白い光の粒子が周囲を舞い始める。
 その光の向こう側で、八雲がこちらをじっと見ていた。
「……」
口角を吊り上げ、まるで獲物を前にした獣のような、狂気混じりの笑みを浮かべている。
(……やる気満々だな)
 逃げ場のない戦場の入り口で、視線と視線が火花を散らす。
 あいつの瞳にあるのは、冷徹な勝利への渇望ではなく、ただひたすらに「強い奴と闘いたい」という純粋な闘争心だった。
『それでは――存分に力を示してください。試合開始!』
 アナウンスの声が響き渡ると同時に、魔法陣が爆発的な輝きを放った。
 視界が真っ白に染まり、身体が宙に浮くような感覚。
 最後までこちらを睨みつけていた八雲の鋭い眼光が、まぶたの裏に焼き付いたまま――俺たちは戦場へと放り出された。