一回戦の熱狂から三日が過ぎた。
今日は魔闘祭予選の二回戦当日である。あの日以来、俺の頭の中は「いかにして帝の壁を穿つか」というシミュレーションで埋め尽くされていたが、いざ当日を迎えると、否応なしに緊張が肌を刺す。
「全員いるな~? 今から闘技場に移動するから、はぐれんなよ~」
烏廻さんのやる気のない先導で、俺たちは再びあの巨大な円形競技場へと足を踏み入れた。
「……えっ、何だこれ。人、多すぎだろ」
一歩中に入って、思わず絶句した。
一回戦の時とは明らかに空気が違う。観客席を埋め尽くしているのは、俺たちのクラスメイトだけじゃなかった。
「他クラスの連中が偵察に来てんだろ。二回戦ともなれば、勝ち残った奴らの実力は見えてくるからな」
紘弥が周囲を見渡しながら冷静に分析する。
「それにしても、すごい注目度だね……」
橘が少し気圧されたように呟く。
「俺たちのクラスは、良くも悪くも目立つからな。貴族も多いし、注目されないわけがない」
紘弥の言葉に納得する。この学園において、血筋や家柄は実力と同じくらい大きな意味を持つ。つまり、紘弥自身もその注目の対象というわけだ。
「……あっ! あそこ、あいてるんじゃない?」
サラがぴょんぴょんと跳ねながら指を差した。観客席の端、フィールド全体が見渡せる絶好のポジションだ。
「おっ、ナイス!あそこに陣取るか」
俺たちはサラが見つけた席に滑り込み、一息ついた。
「――あら、隼人じゃない。奇遇ね」
後ろから不意にかけられた涼やかな声に、心臓が跳ねた。
聞き覚えのある、少しいたずらっぽい響き。俺たちが一斉に振り返ると、そこには見目麗しい一人の女子生徒が立っていた。
凛とした立ち姿、そして俺と同じ「桐宮」の面影をどこかに残す――。
「……ね、姉ちゃん!? 何でここにいんだよ!」
そう、俺の目の前に立っていたのは、実の姉である桐宮 楓だった。
「何でって、弟の勇姿を見に来るのが姉の務めでしょ? ……っていうのは建前で、まあ、ちょっとした視察よ。……あ、玲奈ちゃん、久しぶり。元気にしてた?」
俺の質問を華麗にスルーして、姉ちゃんは隣にいた玲奈に極上の笑みを向けた。
「……お久しぶりです、楓さん」
あの「氷の女王」こと玲奈が、少しだけ表情を和らげて頭を下げる。
「元気そうでよかったわ。後でゆっくり話しましょうね」
姉ちゃんと玲奈が親しげに話している光景を、俺は唖然と見ていた。ふと横を見ると、紘弥が魂が抜けたような顔で固まっている。
「……おい、どうしたんだ紘弥」
「……えっ、あ、いや、なんて? 今、なんて言った?」
「だから、どうしたんだよって聞いてんだ」
「あ、いや……お前のお姉さん、名前なんて言うんだ?」
何を今さら、と思いながら答える。
「名前は……」
「桐宮楓よ。よろしくね、一年生諸君!」
俺が言うより早く、姉ちゃんが快活に割り込んできた。その瞬間、周囲の空気が一変した。
「えええ~っ!? 桐宮 楓って、あの『紅蓮の楓』さん!?」
サラが叫ぶ。それだけでなく、紘弥や橘までもが驚愕の表情を浮かべていた。ルイだけは「おや」と眉を動かした程度で、いつも通り涼しい顔をしているが。
「何でそんなに驚いてんだよ」
「何でって……お前、マジかよ隼人。桐宮楓さんっつったら、この学園じゃ知らない奴はいねぇ有名人だぜ!」
紘弥が興奮気味に詰め寄ってくる。
「えっ、マジで?」
「大マジだ!」
姉ちゃんが有名人? 初耳だ。家では適当に俺をパシリに使う、ただの口うるさい姉貴なのに。
「……待てよ。そんなに有名なら、俺が『桐宮』って名乗った時に誰も気づかなかったのか?」
「……いや、正直な。隼人の姉さんだとは微塵も思わなかったんだよ。だってほら……イメージがな?」
紘弥が申し訳なさそうに視線を逸らす。それ、遠回しに俺をバカにしてるだろ。
「で、結局何で有名なんだよ?」
俺が問うと、姉ちゃん自身が「確かに、何で私有名なの?」と首を傾げた。自分で言うなよ。
「それは、生徒会副会長だからですよ」
橘が丁寧な口調で解説してくれた。
生徒会。この学園における「統治組織」であり、実力・人気・カリスマの全てを兼ね備えた選ばれし者たちの集まりだ。
「今の生徒会は歴代でも最強と言われていて、その中でも楓さんと会長の実力は別格なの…」
姉ちゃんが生徒会、しかも最強の一角……。自分の家族のことだが何も知らなかった。それに生徒会長って……
「なあ姉ちゃん、会長ってやっぱり……」
「ええ、隼人の思っている通りよ」
姉ちゃんが不敵に微笑む。その瞬間、紘弥が補足した。
「会長の名前は西園寺優斗さん。西園寺の兄貴だ。隼人、お前は知ってるだろ?」
「ああ、知ってる。お世話になってるしな……。でも、会長をやってるとは知らなかった。玲奈は知ってたのか?」
「当たり前じゃない」
玲奈が「何を今さら」と言いたげに鼻を鳴らす。
優斗さん。西園寺家の次期当主にして、俺にとっては魔力の扱い方を教えてくれた師匠のような存在だ。実力的には申し分ないし、当然といえば当然か。
「――試合終了~!」
フィールドから烏廻先生の声が聞こえ、俺たちの意識が試合へと引き戻された。
「あ! 次、私じゃない! 忘れてた~!」
サラが慌てて立ち上がり、階段を駆け下りていく。どうやら姉ちゃんの登場ですっかり自分が出番だということを失念していたらしい。
「じゃあ、私はこれで。みんな、頑張ってね」
そう言い残し、姉ちゃんは嵐のように去っていった。
「サラちゃん、大丈夫かな……」
瑞希が心配そうに呟く中、サラと対戦相手の男子生徒が入場してきた。
「試合開始!」
合図とともに、相手は杖を、サラはあの大鎌を顕現させた。
試合は開始直後から、サラにとって苦しい展開に見えた。
相手の魔導師は間合いを詰めさせまいと、魔法弾を雨あられと降らせる。サラは大きな刃を盾にして防いでいるが、連射に押され、足場が徐々に削られていく。
「サラちゃん……危ないっ!」
橘が悲鳴に近い声を上げる。
魔法が掠めるたび、サラの表情が苦痛に歪む。防戦一方で、反撃の糸口が全く見えない。
「……妙ですね」
不意に、隣で観察していたルイが呟いた。
「何がだ?」
ルイの目は細められ、サラの持つ鎌の「刃」を凝視していた。
「見てください。あれだけの魔法の直撃を受けているのに、サラさんの背後にある石畳に、魔法の余波がほとんど飛んでいない。まるで……」
「まるで、何だよ」
「――衝撃そのものを、鎌が『吸って』いるようだ」
その言葉と同時だった。
サラが構える漆黒の鎌が、脈動するように黒く不気味な光を放ち始めた。
「な……何だ、あの光!?」
俺の問いに、ルイの目が鋭く輝く。
「やはり。あの鎌、防いだ魔法のエネルギーをそのまま内部に蓄積しています。わざと攻撃を受けていたのは、チャージするためですか」
フィールド中央で、サラの口角が不敵に上がった。
十分。そう言わんばかりに、彼女は一気に地を蹴った。
「溜まりきったよ……お返しだねっ! 〖月下天斬〗!」
サラが鎌を水平に一閃。
蓄積された魔力が、三日月型の巨大な漆黒の斬撃となって放たれた。それは迫りくる魔法弾を紙屑のように飲み込み、そのまま相手の男子生徒を場外まで吹き飛ばした。
「試合終了! 勝者、サラ・クロイツ!」
沈黙の後、爆発的な歓声が沸き起こる。
「……なるほど。〈三日月〉という名は、蓄積した魔力を三日月状の斬撃として放つから、ですか」
ルイが納得したように頷く。
「……サラのやつ、あんなエグい武器持ってたのかよ。魔力を喰らう鎌なんて、魔導師にとっては天敵じゃねぇか」
紘弥が呆れたように笑う。
あんなに華奢な体のどこに、あんな計算高さと破壊力が眠っていたのか。
戻ってきたサラは、いつもの調子で「えへへ、大逆転~!」とピースサインを作っていた。
「「まあ、ああするしかねぇわな」
「そうだな。相手もちゃんと『対策』を練ってきてる」
紘弥の言葉に、俺は深く頷いた。
「どういうこと?」
不思議そうに首を傾げるサラに、俺はフィールドから目を離さずに説明する。
「ルイのグングニルは、投擲して初めて真価を発揮する『必中の魔槍』だ。逆に言えば、投げさせなきゃいい。だから相手は、槍を振るう隙すら与えない超至近距離のインファイトに持ち込んだんだ」
「なるほど」
サラが納得したように呟く。
事実、一回戦でのルイの戦いを見ていた者なら誰もが考える攻略法だ。
双剣の猛攻がルイを襲う。金属光が火花を散らし、ルイは槍の柄でそれらを冷静に受け流していくが、反撃の糸口が見えない。ルイは珍しく、完全に防戦一方に追い込まれているように見えた。
「ルイでも、あの距離で密着されたら槍を投げる予備動作すら取れねぇな……」
紘弥が息を呑み、真剣な表情で見守る。だが、その均衡が崩れるのは一瞬だった。ルイは相手の鋭い刺突を紙一重の身のこなしで避けると、槍を振るうのではなく、無防備になった相手の腹部へ右足で強烈な前蹴りを叩き込んだ。
「――ガハッ!?」
男子生徒はまるで砲弾のように吹き飛び、闘技場の石壁に激突した。
「……武具に頼らずとも、戦う術はいくらでもありますから」
ルイは乱れた前髪を指先で整えながら、倒れ込む相手へと静かに歩み寄る。そして、手のひらを相手に向けた。
「【アクア・ブレット】」
放たれたのは、初等教育で誰もが習うはずの下級魔法。
だが、その密度が異常だった。数発の弾丸などではない。数百という水の礫が、まるでガトリング砲のような咆哮を上げて相手を襲ったのだ。
「……ま、まいった! 降参だ!」
全身を水の弾丸に叩かれ、相手は絶叫するように両手を上げた。
「試合終了! 勝者、ルイ・エスクード!」
「……なあ橘。今の魔法、本当に下級魔法だよな?」
俺の問いに、橘は震える声で答えた。
「……うん、名前だけはね。でも、あんな密度と弾速、普通の一年生には絶対に出せない。エスクード君……魔力制御の精度が、文字通り『怪物級』だよ」
