魔力の少ない魔法使い

「…ッ」
 痛って~。緊張が解けたら、急に身体中が痛くなりやがった。
「「「オオオオォォ!!!」」」
「!?」
 観客席から地響きのような大きな歓声が耳に入ってきた。会場全体が揺れているみたいで、正直ビックリしたわ。
「隼人ー!」
「ん?……うお!」
 紘弥に呼ばれて振り向くと、あいつが弾丸みたいな勢いで飛んできやがった。
「……いッ、てめぇいきなりなんだよ」
「俺は信じてたぜ! お前ならやるってよぉ!」
「……重てぇよ、どけ」
「とりあえずどいてあげたら? 桐宮君、本当に痛そうだよ」
 苦笑いしながら割って入ってきたのは五十嵐だ。
「え? おお、悪りぃ悪りぃ。興奮しちまってな!」
「ったく、いきなり来るんじゃねーよ……」
「全く、相変わらずうるさい連中だね、君達は」
 帝が呆れたようにため息をつく。うるさいのは俺じゃない、紘弥だ。
 ふと俺は周りを見渡して、あることに気づく。……金髪と桃色の髪の少女がいない。
「あれ? 玲奈とサラは?」
「そういえばいないね」
 五十嵐も周囲を見渡しながら首を傾げる。
「おそらく、彼女達は医務室にいるのでは?」
 後ろからのんびりした声がした。ルイだ。
「医務室? そんなに怪我が酷いのか?」
「さあ、私には分かりませんが……ここにいないということは、そういう事ではないかと思いますよ」
「……ルイ君の言う通り、医務室に行ってみる?」
 橘の提案に、俺たちは頷いて医務室へと向かった。
「ここか……入るぞ~」
 俺がドアを開けると、
「あ、隼人君! みんなも!」
 サラがベッドの上に座りながら、ぶんぶんと手を振っていた。
「よー、元気そうだな」
「まあ、サラの取り柄は元気だけだもんねー」
「凛ちゃん酷いよ~!」
「確かに五十嵐の言う通りだな!」
「紘弥君にだけは言われたくないかな」
 サラのツッコミに、思わず吹き出しそうになる。本当、お前にだけは言われたくないだろうな。
「あ、言うの忘れてた! 勝ったんだよね! おめでとう!」
「おめでとうって、サラも一緒だろ。お前が粘ってくれたおかげだ」
 あ、それもそうかとサラはへらへら笑っている。
「……それで、玲奈ちゃんは?」
「ん? あぁ、玲奈ちゃんならそっちのベッドにいるよ。魔力を使いすぎたみたいで、まだ寝てるみたい」
 サラが指差した先には、カーテンで仕切られたベッドがあった。
 あいつも、あの京子相手に相当無茶したんだろうな。
「……そうか。どうする、玲奈の目が覚めるまで待つか?」
「そーだな……うるさくしても悪いだろうし、俺は戻るかな。……まあ、誰かいた方が良いだろうし、隼人、お前がいてやれば?」
「……俺? まあ、良いけど」
「よし、みんなも今日は休んだ方が良いだろ。サラ、お前もだぞ」
「うん! そうだね、私ももう傷は良いし、部屋で休むことにするよ!」
 サラはぴょんとベッドから飛び降りた。
「そうですね。私達もそうしましょうか」
 相変わらず涼しい顔をしているルイに、俺はふと疑問をぶつけた。
「……でも、ルイはあんまり疲れてなさそうだな。お前、どっかでサボってたんじゃねえの?」
 冗談めかして言うと、ルイはいつもの完璧な微笑みを浮かべたまま、静かに首を振った。
「……いえ、そんなことありませんよ。私も疲れましたよ、色々と」
 ルイの脳裏に、つい数十分前の光景が蘇る。
 ◇
「さて、もう少しで最上階ですね」
 ルイは一人、超高層ビルの非常階段を一段ずつ登っていた。
 エレベーターが止まっているため、延々と続く階段を。
「皆さん頑張っているようなので、私もやらないといけませんね。……おや、ここですか」
 ルイは魔力の反応がある最上階の部屋の前に立ち、一呼吸置く。
(……魔力反応は一つ)
 ルイは静かに部屋の扉を開けた。
「!? ……これは」
 ルイの目がわずかに見開かれる。
 そこには、誰もいなかった。
「……なるほど。そういうことですか」
 ルイは部屋を見渡し、ポツンと置かれた「それ」を見つけた。
「一杯食わされましたね」
 歩み寄った先には、古びた瓶のようなものが置かれている。
「魔法瓶ですね。ここに魔力を注ぎ、擬似的な魔力反応が出るように細工したと」
 ルイは焦る素振りも見せず、いつも通りマイペースに、だがどこか楽しげに笑みをこぼした。
「まさかダミーに引っかかるとは。私もまだまだですね」
 ルイはそのまま踵を返し、また一段ずつ、今度は階段を降り始めた。
「……まあ、皆なら大丈夫でしょう。私はゆっくり降りるとしましょうか」
 ◇
「……ルイ?」
「……ふふ、なんでもありませんよ」
 なんかルイの笑顔がいつもより少しだけ深くなった気がして怖かったが、深く気にする必要はないよな。
「そ、それじゃあ隼人君、玲奈ちゃんをよろしくね!」
 サラたちが医務室を出ていく。
 残されたのは、眠っている玲奈と、身体中ボロボロの俺だけだ。
「……ふぅ。俺も疲れてんだけどな。まあいいか、こいつの方が頑張っただろうし」
 あの二人を同時に相手にしたんだ。俺なら絶対に勝てなかった。
「でもまあ、俺も休みたいし、早く目が覚めて欲しいな……」
「……目なら、とっくに覚めてるわよ」
「うぉ!? ……起きてたのかよ」
 いきなり喋るもんだから、心臓が跳ね上がった。
「驚きすぎよ……それとも何? 起きて欲しくなかった?」
「いや、そんなことはねえけど……てか、いつから起きてたんだ」
「……『入るぞー』ってあたりから」
「それ一番最初だろ! 最初から起きてたんだったら言えよ!」
 逆になんで寝たふりしてたんだよ。意味がわかんねぇ。
「……仕方ないじゃない。起きるタイミングを逃したのよ」
「……いや、起きるタイミングなんていくらでもあっただろ」
「う、うるさいわね! いつ起きたって私の勝手じゃない!」
 顔を真っ赤にして言い返す玲奈を見て、俺は少しだけ安心した。
 ……元気そうで、なによりだ。
「……」
「……」
 お互い無言が続く。
 ……気まずい。なんだこれ、何かないのか、話のきっかけ!
「……勝ったらしいわね」
「え、あ、おう。勝ったぞ」
「……そう」
 また無言かよ!
「……お、お前も勝ったらしいな」
「まあね」
「流石だな。二人相手に勝つなんて」
「……でも、完全に勝ったとは言わないわよ。時計を壊しただけだし」
「だけど、勝ちは勝ちだろ?」
「……そうね。まあ、あの二人が弱かっただけよ」
 ここにあの姉妹がいなくて良かった。いたら今頃、鼓膜が破けるくらいうるさくなってたはずだ。
――バンッ!
「言ってくれますわね、玲奈!」
 勢いよくドアが開いたと思ったら、噂の主たちが乱入してきた。
「お、お前らは……」
 ドアの前には、肩をいからせた水無姉妹。
「はぁ~……何勝手に入ってるんですか、お嬢様」
 その後ろには、死にそうな顔でため息をついている雨宮がいた。あいつ、いつの間にか眼鏡を付けている。予備も持ってるのか。
「……ってお前ら、何しに来たんだよ。ここ医務室だぞ」
「何しにって、玲奈が倒れてるって聞いたから来てあげたんじゃない! なのに、起きた途端に私たちの悪口なんて!」
 ……心配で来たのか。案外、いい奴らなのかもしれない。
「大体、あれで負けたなんて思いませんわ! あんなの、ただの運ですわ!」
「そうよ!」
 ……前言撤回。喧嘩売りに来ただけか。
 二人はベッドを囲んで、玲奈に散々文句を言っている。
「……大変だな、お前も」
 俺は、死んだ魚のような目をしている雨宮に話しかけた。
「いや、本当に大変だ。俺だって疲れてるんだし、見舞いなら明日にしてくれって言ったんだが……あの二人、全然聞かねぇんだよ」
 そう言って、雨宮は少しだけ口角を上げた。
「まあ……あのお嬢様たちが元気そうで、安心したのは確かだがな」
 なんだかんだ、あいつもあの姉妹のことが好きなんだろう。
「いやー、それにしても強かったな、お前。あの【不知火】だっけか、あれは読めなかった」
「……そんなことねえよ。俺なんて、本当に大したことないって」
「そんな謙遜すんなって。負けた俺の立場がないだろ」
 雨宮は笑いながら俺の肩を叩く。
「まあ、ありがとう……それより、そろそろあの二人を止めて欲しいんだけど」
「次闘ったら、私たちが勝ちますわ!」
「そうよ! あんなの、時計を壊したから勝てただけなんだから!」
 ずっと玲奈に対して文句を言い続けている。そろそろ、玲奈の堪忍袋の緒が切れそうだ。
「あら、勝ちは勝ちよ。……それに、あなた達なんて相手にならないわよ。二人掛かりでもね」
 案の定、玲奈もバチバチに対抗し始めた。
「あいつら、子供かよ……」
「全くだ。……ったく、おい涼子、京子。そろそろ帰るぞ」
 雨宮が二人の手をがしっと掴んだ。
 あいつ、執事みたいな立ち位置なのに、あんな強引で良いのか?
「しゅ、俊! ちょっと、私はまだ――」
「いいから、行くぞ」
 有無を言わさぬ力で、雨宮が二人を引きずっていく。
「……あまり、あの二人の邪魔すんなって」
 雨宮は去り際、姉妹に何かを囁いた。
「邪魔? ……あぁ! なるほど、そういうことね~!」
「え? どういうことですの?」
「ま、そういうわけだから。俺らはこれで帰るわ。次も絶対勝てよ、桐宮」
「私、意味がわからないのですけれど!?」
「いいからいいから。それじゃあ玲奈、次は絶対に私たちが勝つわよ!」
 嵐のような三人が去っていき、医務室にようやく静寂が戻った。約一名、よくわからないまま連れて行かれたけど、なんだったんだ一体。
「……あの二人、いつでも騒がしいわね。こっちは病人みたいなものなのよ?」
 玲奈はそう悪態をつくが、その表情はどこか嬉しそうだ。
「ぷっ」
「な、なに笑ってんのよ!」
「いーや、何もねぇよ」
「……何もないのに笑うなんて、どういう神経してるのよ」
「……そこまで言えるなら、もう元気だな。そろそろ帰るぞ」
 俺は立ち上がり、玲奈に向かって手を差し出した。
「一人で立てるわよ」
「へいへい。可愛くねーな」
「……っ。……その、あ、ありがと」
「ん? なんか言ったか?」
「……バカ! って言ったのよ!」
 玲奈は俺の手を無視して立ち上がると、勢いよくドアを開けて出て行った。
「……ほんと、元気そうでなによりだ」
 俺は苦笑いしながら、自分の身体の痛みを堪えて、あいつの背中を追った。