「水の抵抗だけじゃない……スピード自体も上がってるのねッ!」
女子生徒の鋭い舌打ちが響く。彼女が白銀の双剣を振るい、最短距離で肉薄しようとしても、属性付加【水】を纏った橘の動きはあまりに滑らかだった。地面に薄く広がる水の膜を滑走するように、流れるようなステップで常に致命的な間合いを外し続ける。
女子生徒が鋭い踏み込みから放つ刺突も、橘の周囲に漂う高密度の水魔力に触れた瞬間、泥沼に沈み込んだかのように威力を殺される。その僅かな減速が、橘に回避と反撃の猶予を与えていた。
「くっ……本当に、まとわりついて気持ち悪いわね!」
剣を引く動作すらも重く、女子生徒は苛立ちを露わにする。
「本当に厄介ね! なら、これでどう?【ライトニング】!」
女子生徒は強引な接近を一度諦め、魔法を放つ。
「【ウォーター・ウォール】!」
橘は即座に自身の前方へ分厚い水の壁を作り出し、魔法を防ぐ。
「もう! 全っ然近づけないじゃない! いやらしい戦い方ね!」
「……すみません」
「別に謝ることないわよ! 勝負なんだから!」
女子生徒は不敵に笑うと、飛来する矢を双剣の腹で器用に弾き落としながら、さらにその脚力を爆発させた。
「あなたの攻撃のテンポ、大体わかったわよ!」
「ッ……【アクア・ブレット】!」
橘は後退しながら、魔力で圧縮した水弾を連射する。だが女子生徒は最小限の動きでそれを回避し、あるいは切り裂き、橘が次弾をつがえる一瞬の隙を狙って踏み込んだ。
橘はそのプレッシャーに圧されながらも、ふと空を見上げる。そして、あろうことか敵ではなく真上の虚空へと向けて矢を放ったのだ。
「は? どこに撃ってるのよ?」
女子生徒が怪訝に眉を顰めた、その直後。
「……【流星】」
橘の呟きと共に、上空へ消えたはずの矢が青い光の粒子を撒き散らしながら分裂した。それはまさに降り注ぐ星のように、一本一本が独立した意思を持つかのような軌道を描いて女子生徒の頭上から急降下する。
「ッ!? やってくれるじゃない!」
女子生徒は慌ててバックステップを踏み、双剣を旋回させて身を守った。直撃こそ免れたものの、地面で爆ぜた水の衝撃波が彼女の制服を濡らし、頬に薄い擦り傷を刻む。
「痛っ……!」
血が滲む頬を乱暴に拭いながら、彼女は忌々しげに上空を睨みつけた。
(この子、大人しそうな顔してなんてエグい攻撃をするの……。弓の腕も魔法の構成も、完全にこっちの隙を突いてくる)
女子生徒は一度距離を取り、荒い息を吐きながら橘を観察した。
(でも、あの属性付加……あれだけの出力を維持して、いつまでもつのかしら?)
女子生徒の口角が、確信に満ちた笑みに吊り上がった。
(……笑った? 何か気づかれた?)
橘は弓を構えたまま、相手の動きがピタリと止まったことに強い違和感を覚えた。女子生徒は橘の放つ矢を回避する最低限の動きに徹し、自分からは決して攻め込もうとしない。
(戦い方を変えた……? ……違う、これは。相手から攻めてこないってことは、私の魔力が尽きるのを待ってるんだ)
属性付加は強力だが、その分魔力消費の激しさは尋常ではない。持久戦に持ち込まれれば、先に限界を迎えるのは明白だった。
(どうしよう……このままじゃ確実にジリ貧になる。だったら……!)
橘は意を決し、震える手で矢をつがえた。残る全魔力を注ぎ込むように、無理やり出力を引き上げる。
「……いま、全力でやります!」
「ふふ、宣言してから撃つバカがどこにいるのよ! そんな大振りの攻撃、当たるわけないでしょ!」
女子生徒は余裕を崩さず、橘から放たれる必死の連射を軽やかなステップで躱し続ける。
(全魔力を使って短期決戦に賭けたわね。それを避けきれば私の勝ちよ!)
そこから数分間、息の詰まるような攻防が続いた。
「ハァッ……、ハァッ……!」
橘の呼吸が次第に荒くなる。連続して放たれる矢の速度が、目に見えて落ちてきた。
「どうしたの!? さっきまでの勢いがないわよ!」
女子生徒は挑発するように声を張り上げる。彼女は双剣をクルクルと回しながら、右へ、左へ、時にはアクロバティックな身のこなしを交え、橘の魔力が枯渇するその瞬間を虎視眈々と待ち構えていた。
「くっ……!」
橘は顔を歪めながら、苦し紛れに魔法の矢を放つ。だが、疲労からか手元が狂い、矢は女子生徒の身体から大きく逸れて、彼女の背後にある地面や空間に虚しく突き刺さって弾けた。
「狙いが甘い! 焦ってる証拠ね!」
(……違う、焦ってなんかない)
橘は内心で強く否定する。息絶え絶えなのも、狙いが外れているのも、すべては計算だった。大げさに疲労をアピールし、わざと的を外すことで、「背後に矢が蓄積されている」という事実から相手の意識を逸らす。魔力を消費し続ける苦痛は本物だが、彼女の瞳の奥にある理性は氷のように冷たかった。
だが、唐突にその時間は終わりを迎えた。
「これで……最後っ……ぁ……」
渾身の力で放った最後の一本も大きく外れ、橘の手から完全に力が抜ける。弓が地面へと力なく下ろされ、彼女を包んでいた水の衣も、電池が切れたように霧散していく。
「ハァ……ハァ……。限界みたいね」
女子生徒は勝利を確信し、双剣をゆっくりと下ろした。
「私の勝ちね」
「ハァ……ハァ……ふふっ」
肩で激しく息をしながら、橘はなぜか微かに、けれどはっきりと笑みをこぼした。
「!? ……なんで笑ってるのよ。負け惜しみ?」
「まだ……勝負は、終わっていません。……見て、ください」
「何を言って……もう魔力はほとんど残っていないでしょ!」
「はい。……でも、私がこの戦場に『置いてきた魔力』は、まだ尽きていません」
橘が指を鳴らした瞬間。
女子生徒の背後——先ほどの連射で「外れた」と思われていた矢が刺さっていた空間が、一斉に淡い青色に発光し始めた。
「なっ……これ、は!?」
驚愕して振り返った女子生徒の目に映ったのは、空中に滞空し、彼女を取り囲むように切っ先を向ける無数の水矢の群れだった。橘は全魔力をぶつけるフリをしながら、実はその大半を「外れた矢」を空中に固定するために割いていたのだ。
「これが、私の最後の攻撃です。……【枝垂桜】(しだれざくら)!!」
橘が前に出した手のひらを閉じると、無数の矢が満開の桜が散るように、あるいは枝垂れ柳のように、一斉に女子生徒を飲み込んだ。
――ドゴォォォン!!
凄まじい水圧の乱反射が周囲のアスファルトを抉り、演習場の一角が激しい水煙と砂塵に包まれる。
「ハァ……ハァ……勝った……?」
視界が晴れていく中、そこには制服をボロボロにし、双剣を杖代わりにして辛うじて膝をついている女子生徒の姿があった。左腕の腕時計からは無機質な停止音が響き、液晶が暗転している。
「……壊れてる、よね」
橘は勝利を確認すると、慌てて彼女の元へと駆け寄った。
「あ、あの大丈夫ですか!? ひどい怪我を……」
「ッ……大丈夫に見える……?」
女子生徒は痛みに顔を歪めながらも、橘をジロリと睨み返した。
「え、あ、その……ごめんなさい……!」
あまりの申し訳なさにオロオロとする橘を見て、女子生徒は不意に堪えきれず吹き出した。
「フフッ……あーあ、負けちゃった。そんな申し訳なさそうな顔しないでよ、勝者が」
「あ、すみません……」
「だから謝らなくていいの。勝負なんだから、どっちかが勝ってどっちかが負ける。それだけよ。……清々しいくらい負けたわ」
「……はい」
「……最後まで敬語だったわね、あなた」
「あ……」
その時、女子生徒の身体が淡い光に包まれ始めた。
「あら、そろそろ時間みたいね。……あなたとの勝負、なかなか楽しかったわよ」
「……う、うん! その……またね!」
橘が咄嗟に敬語を外して言葉を返すと、女子生徒は少し驚いたように目を見開き、そして今日一番の笑顔を見せた。
「……ええ、じゃあね」
光と共に、彼女の姿が完全に消え去る。
「……魔力をできるだけ回復させないと」
静寂が戻った空間で、橘はホッと大きな溜息をつき、崩れ落ちるように壁を背にして座り込んだ。
女子生徒の鋭い舌打ちが響く。彼女が白銀の双剣を振るい、最短距離で肉薄しようとしても、属性付加【水】を纏った橘の動きはあまりに滑らかだった。地面に薄く広がる水の膜を滑走するように、流れるようなステップで常に致命的な間合いを外し続ける。
女子生徒が鋭い踏み込みから放つ刺突も、橘の周囲に漂う高密度の水魔力に触れた瞬間、泥沼に沈み込んだかのように威力を殺される。その僅かな減速が、橘に回避と反撃の猶予を与えていた。
「くっ……本当に、まとわりついて気持ち悪いわね!」
剣を引く動作すらも重く、女子生徒は苛立ちを露わにする。
「本当に厄介ね! なら、これでどう?【ライトニング】!」
女子生徒は強引な接近を一度諦め、魔法を放つ。
「【ウォーター・ウォール】!」
橘は即座に自身の前方へ分厚い水の壁を作り出し、魔法を防ぐ。
「もう! 全っ然近づけないじゃない! いやらしい戦い方ね!」
「……すみません」
「別に謝ることないわよ! 勝負なんだから!」
女子生徒は不敵に笑うと、飛来する矢を双剣の腹で器用に弾き落としながら、さらにその脚力を爆発させた。
「あなたの攻撃のテンポ、大体わかったわよ!」
「ッ……【アクア・ブレット】!」
橘は後退しながら、魔力で圧縮した水弾を連射する。だが女子生徒は最小限の動きでそれを回避し、あるいは切り裂き、橘が次弾をつがえる一瞬の隙を狙って踏み込んだ。
橘はそのプレッシャーに圧されながらも、ふと空を見上げる。そして、あろうことか敵ではなく真上の虚空へと向けて矢を放ったのだ。
「は? どこに撃ってるのよ?」
女子生徒が怪訝に眉を顰めた、その直後。
「……【流星】」
橘の呟きと共に、上空へ消えたはずの矢が青い光の粒子を撒き散らしながら分裂した。それはまさに降り注ぐ星のように、一本一本が独立した意思を持つかのような軌道を描いて女子生徒の頭上から急降下する。
「ッ!? やってくれるじゃない!」
女子生徒は慌ててバックステップを踏み、双剣を旋回させて身を守った。直撃こそ免れたものの、地面で爆ぜた水の衝撃波が彼女の制服を濡らし、頬に薄い擦り傷を刻む。
「痛っ……!」
血が滲む頬を乱暴に拭いながら、彼女は忌々しげに上空を睨みつけた。
(この子、大人しそうな顔してなんてエグい攻撃をするの……。弓の腕も魔法の構成も、完全にこっちの隙を突いてくる)
女子生徒は一度距離を取り、荒い息を吐きながら橘を観察した。
(でも、あの属性付加……あれだけの出力を維持して、いつまでもつのかしら?)
女子生徒の口角が、確信に満ちた笑みに吊り上がった。
(……笑った? 何か気づかれた?)
橘は弓を構えたまま、相手の動きがピタリと止まったことに強い違和感を覚えた。女子生徒は橘の放つ矢を回避する最低限の動きに徹し、自分からは決して攻め込もうとしない。
(戦い方を変えた……? ……違う、これは。相手から攻めてこないってことは、私の魔力が尽きるのを待ってるんだ)
属性付加は強力だが、その分魔力消費の激しさは尋常ではない。持久戦に持ち込まれれば、先に限界を迎えるのは明白だった。
(どうしよう……このままじゃ確実にジリ貧になる。だったら……!)
橘は意を決し、震える手で矢をつがえた。残る全魔力を注ぎ込むように、無理やり出力を引き上げる。
「……いま、全力でやります!」
「ふふ、宣言してから撃つバカがどこにいるのよ! そんな大振りの攻撃、当たるわけないでしょ!」
女子生徒は余裕を崩さず、橘から放たれる必死の連射を軽やかなステップで躱し続ける。
(全魔力を使って短期決戦に賭けたわね。それを避けきれば私の勝ちよ!)
そこから数分間、息の詰まるような攻防が続いた。
「ハァッ……、ハァッ……!」
橘の呼吸が次第に荒くなる。連続して放たれる矢の速度が、目に見えて落ちてきた。
「どうしたの!? さっきまでの勢いがないわよ!」
女子生徒は挑発するように声を張り上げる。彼女は双剣をクルクルと回しながら、右へ、左へ、時にはアクロバティックな身のこなしを交え、橘の魔力が枯渇するその瞬間を虎視眈々と待ち構えていた。
「くっ……!」
橘は顔を歪めながら、苦し紛れに魔法の矢を放つ。だが、疲労からか手元が狂い、矢は女子生徒の身体から大きく逸れて、彼女の背後にある地面や空間に虚しく突き刺さって弾けた。
「狙いが甘い! 焦ってる証拠ね!」
(……違う、焦ってなんかない)
橘は内心で強く否定する。息絶え絶えなのも、狙いが外れているのも、すべては計算だった。大げさに疲労をアピールし、わざと的を外すことで、「背後に矢が蓄積されている」という事実から相手の意識を逸らす。魔力を消費し続ける苦痛は本物だが、彼女の瞳の奥にある理性は氷のように冷たかった。
だが、唐突にその時間は終わりを迎えた。
「これで……最後っ……ぁ……」
渾身の力で放った最後の一本も大きく外れ、橘の手から完全に力が抜ける。弓が地面へと力なく下ろされ、彼女を包んでいた水の衣も、電池が切れたように霧散していく。
「ハァ……ハァ……。限界みたいね」
女子生徒は勝利を確信し、双剣をゆっくりと下ろした。
「私の勝ちね」
「ハァ……ハァ……ふふっ」
肩で激しく息をしながら、橘はなぜか微かに、けれどはっきりと笑みをこぼした。
「!? ……なんで笑ってるのよ。負け惜しみ?」
「まだ……勝負は、終わっていません。……見て、ください」
「何を言って……もう魔力はほとんど残っていないでしょ!」
「はい。……でも、私がこの戦場に『置いてきた魔力』は、まだ尽きていません」
橘が指を鳴らした瞬間。
女子生徒の背後——先ほどの連射で「外れた」と思われていた矢が刺さっていた空間が、一斉に淡い青色に発光し始めた。
「なっ……これ、は!?」
驚愕して振り返った女子生徒の目に映ったのは、空中に滞空し、彼女を取り囲むように切っ先を向ける無数の水矢の群れだった。橘は全魔力をぶつけるフリをしながら、実はその大半を「外れた矢」を空中に固定するために割いていたのだ。
「これが、私の最後の攻撃です。……【枝垂桜】(しだれざくら)!!」
橘が前に出した手のひらを閉じると、無数の矢が満開の桜が散るように、あるいは枝垂れ柳のように、一斉に女子生徒を飲み込んだ。
――ドゴォォォン!!
凄まじい水圧の乱反射が周囲のアスファルトを抉り、演習場の一角が激しい水煙と砂塵に包まれる。
「ハァ……ハァ……勝った……?」
視界が晴れていく中、そこには制服をボロボロにし、双剣を杖代わりにして辛うじて膝をついている女子生徒の姿があった。左腕の腕時計からは無機質な停止音が響き、液晶が暗転している。
「……壊れてる、よね」
橘は勝利を確認すると、慌てて彼女の元へと駆け寄った。
「あ、あの大丈夫ですか!? ひどい怪我を……」
「ッ……大丈夫に見える……?」
女子生徒は痛みに顔を歪めながらも、橘をジロリと睨み返した。
「え、あ、その……ごめんなさい……!」
あまりの申し訳なさにオロオロとする橘を見て、女子生徒は不意に堪えきれず吹き出した。
「フフッ……あーあ、負けちゃった。そんな申し訳なさそうな顔しないでよ、勝者が」
「あ、すみません……」
「だから謝らなくていいの。勝負なんだから、どっちかが勝ってどっちかが負ける。それだけよ。……清々しいくらい負けたわ」
「……はい」
「……最後まで敬語だったわね、あなた」
「あ……」
その時、女子生徒の身体が淡い光に包まれ始めた。
「あら、そろそろ時間みたいね。……あなたとの勝負、なかなか楽しかったわよ」
「……う、うん! その……またね!」
橘が咄嗟に敬語を外して言葉を返すと、女子生徒は少し驚いたように目を見開き、そして今日一番の笑顔を見せた。
「……ええ、じゃあね」
光と共に、彼女の姿が完全に消え去る。
「……魔力をできるだけ回復させないと」
静寂が戻った空間で、橘はホッと大きな溜息をつき、崩れ落ちるように壁を背にして座り込んだ。
