魔力の少ない魔法使い

「ハァッ!」
 サラの裂帛の気合いと共に、漆黒の大鎌が横薙ぎに振るわれる。
それを大剣の腹で受け止めた女子生徒の足元で、アスファルトが蜘蛛の巣状にひび割れ、爆発したように砕け散る。
「……ッ……」
女子生徒は最小限の動きで大鎌の刃を躱し、後方へと飛んだ。大鎌の刃が地面を抉り、火花と土塊を撒き散らす。
「もう一回!」
 サラはすかさず追い打ちをかける。女子生徒は剣で真っ向から打ち合うことを避け、徹底してサラから距離を取ろうとしていた。足運びには一切の無駄がなく、流れるようにサラの猛攻をいなしていく。
(……さっきから、自分から攻撃してくる気配がない。何か考えがあるのかな)
 大剣という重い武器を持ちながら、防戦に徹する相手。サラは違和感を覚え、ピタリと足を止めた。肩で息をしながら、鋭い視線を相手に向ける。
(何かを待っている? ……まさか)
 相手の静かな息遣いと、一切の焦りを見せない冷静な灰色の瞳を見て、サラはひとつの可能性に行き着いた。
「……分かった?」
 見透かしたように、女子生徒が短く問う。言葉の合間にも、彼女は決して油断した素振りを見せず、剣の切っ先を正確にサラの喉元へ向けている。
「……私の魔力切れを待ってるの?」
「……そう」
 女子生徒は淡々と頷いた。
「大鎌の連続攻撃に、属性付加。その上、身体強化まで全力で回してる。魔力もそう長くはもたない。……もしもつなら、最初からそのペースで使ってるはず」
「…………」
 図星を突かれ、サラは黙り込む。身体強化と属性付加の同時発動は、サラの最大の強みであると同時に、燃費が極端に悪いという明確な弱点があった。
「そうと分かれば、後は簡単。あなたの魔力が無くなるまで、凌げばいいだけ。無駄なリスクは冒さない」
(……あれこれ考えても意味ないか)
 サラは短く息を吐き、大鎌を力強く握り直した。出し惜しみをしている余裕はない。
「だったら、魔力が切れる前に倒すだけ!」
 サラはアスファルトを砕くほどの力で地面を蹴り、女子生徒へと突進した。
 ――ガァンッ!
 女子生徒は漆黒の大剣を盾にして攻撃を防ぐ。鋼と鋼が激突する轟音が響き渡る。だが、身体強化と属性付加を全開にしたサラの膂力が、大剣の重さを上回る。
「……ッ」
 押し負け、女子生徒は思わず後方へ弾き飛ばされる。靴底を擦りながら数メートル後退した。
「逃がさないよ!」
 サラは空中の相手を追い、渾身の力で大鎌を振り抜いた。
 女子生徒は再び剣で受けたが、先ほどよりもさらに重い衝撃に体勢を崩し、地面を滑るように着地した。その腕が微かに痺れているのが、サラの目にも分かった。
「……終わらせるよ!」
 サラがトドメとばかりに踏み込む。
「【鎌鼬(かまいたち)】」
 女子生徒が虚空を蹴り、無数の真空の刃を放った。風の刃が、地面を削りながらサラへと殺到する。
 が、サラは立ち止まらない。迫り来る風の魔法を、〈三日月〉の刃で真っ向から斬り裂いた。風の刃は大鎌に触れた瞬間、パキンと甲高い音を立てて砕け散り、黒い刀身に吸い込まれるように消えていく。
「忘れたの、魔法が効かないって! ……!?」
 言い放ち、前を見たサラの視界から、女子生徒の姿が完全に消えていた。
「……こっち」
 声は、右側から。
 女子生徒は魔法を純粋な目くらましとして使い、死角に回り込んでいた。大剣が横薙ぎに振り抜かれる。
「……ッ!」
 サラは咄嗟に体を捻ったが、躱しきれずに刃が服を掠め、脇腹に浅い傷を負う。血が滲むが、痛みにかまっている暇はない。
 サラは止まらない。魔力をさらに引き上げ、猛然と反撃に出た。
「……ッ」
 再び剣で打ち合った女子生徒の表情に、初めて明確な焦りが浮かぶ。重いはずの大剣が、サラの一撃ごとに押し戻されていく。
(……おかしい。さっきよりも刃が重い。魔力が増えている? どうして?)
 女子生徒は、鍔迫り合いの中でサラの異常に気づいていた。尽きるはずの魔力が、底上げされている。いや、増幅しているのだ。
(どこにそんな魔力が……まさか、さっきの)
「……魔力の、吸収?」
 女子生徒が絞り出すように問いかけた。その常に冷静だった灰色の瞳が、驚きに大きく見開かれる。
「……バレちゃったら仕方ないか。そうだよ、私の武器の能力は魔力の吸収。さっきからの魔法、全部この刃で吸い取らせてもらったの」
 サラはニヤリと笑みを浮かべる。
(気づくのが遅かったね。吸い取った魔力は、そのまま身体強化の維持に回してた。だから外からは、私の魔力残量が減っていないように見えたはず)
 サラの〈三日月〉は、ただ斬るだけの武器ではない。敵の放つ魔力そのものを喰らい、己の力へと還元する特性を持っている。女子生徒が牽制のために放っていた魔法は、すべてサラのスタミナタンクを潤すだけの結果に終わっていたのだ。
「くっ……」
 無口な剣士の顔に、明確な悔恨の色が浮かぶ。自分の取っていた『待つ』という戦術が、完全に裏目に出ていたことを悟ったのだ。
「そう……厄介」
(魔法を撃てば、相手の魔力を回復させるだけ。となると――次で終わらせる!)
 女子生徒は覚悟を決め、地面を強く蹴って間合いを開いた。
「【ウインド・ストーム】!」
「魔法!?」
 もう魔法は使ってこないと考えていたサラは、意表を突かれた。相手の狙いは、魔力回復のリスクを背負ってでも、決定的な隙を作ること。
 猛烈な突風と巻き上げられた砂埃が、サラの視界と聴覚を完全に奪う。サラは咄嗟に大鎌を構えて風を防いだが、反応がわずかに遅れた。
(これは、さっきの囮と同じ……!)
 サラは即座に左右に視線を走らせる。
(いない。ということは前……違う、上!)
 頭上を見上げると、高く跳躍した女子生徒が、重力と全魔力を乗せた大剣を真っ直ぐに振り下ろしてくるところだった。
 極限の集中の中で、サラの体感時間が引き伸ばされる。心臓の鼓動が、やけに大きく耳に響いた。
 回避は間に合わない。普通なら、大鎌の柄で受け止める場面だ。しかし、上空からの落下の勢いと相手の全魔力が乗ったあの一撃をまともに受け止めれば、確実に武器を弾かれ、致命的な隙を晒すことになる。確実に勝つためには、相手の『武器』そのものを封じるしかない。
(ここで終わらせるんだ。覚悟を決めなきゃ!)
 ――痛いのは一瞬。勝利を繋ぐための、安い代償だ。
 サラは一瞬の思考の末、生存本能が叫ぶ回避も防御も完全に捨て去った。足の裏でアスファルトを強く踏みしめ、全身の筋肉を硬直させる。
 大剣の軌道を見極め、自らの右肩に魔力を集中させる。
 ――ズバァンッ!
「ッ…………捕まえたッ!」
凄まじい激痛。目の前が真っ白になるほどの衝撃に顔を歪めながらも、サラは大剣の刃を肩で完全にロックした。鮮血が空中に舞い散る。
「!?」
 武器を固定され、女子生徒が息を呑む。まさか自らの肉体を犠牲にして止めに来るとは予想していなかったのだ。
「逃がさないよ……【月衝牙(げっしょうが)】!」
 サラは痛覚を強靭な意志でねじ伏せ、残された左腕と全身のバネを使い、至近距離から〈三日月〉を振り抜いた。
「ッ……!」
魔力を一点に集束させた衝撃の牙が、月光の如き鋭さで敵の懐を貫く。ゼロ距離からの凶刃。躱す術などあるはずもなく、漆黒の大鎌の腹が女子生徒の胴体に直撃する。
 ――パキッ。
 小気味良い音と共に、女子生徒の腕に巻かれた腕時計が砕け散った。致命傷判定だ。
「ハァ……ハァ……勝った……」
 サラは大鎌を杖のように突き立て、膝に手をついて辛うじて立っていた。右肩からは血が流れ、全身の魔力もほとんど残っていない。視界が明滅し、立っているのがやっとの状態だった。
「……強かった」
 敗退が決まった女子生徒が、静かにサラを称えた。その声には悔しさよりも、純粋な賞賛が混じっていた。
「……あなたも、強かったよ」
「……じゃあ、また」
 無口な剣士はそれだけ言い残し、転移の光に包まれてフィールドから退場していった。
 後に残されたのは、血の匂いと、乾いた風の音だけ。
 アドレナリンが切れ始め、痺れていた右肩から焼け付くような鈍痛が全身へと駆け巡る。少しでも動かせば意識が飛びそうになるほどの激痛だ。〈三日月〉を維持する魔力すらとうに尽き、漆黒の大鎌は光の粒子となって空中に溶けて消えていった。
「ッ……いくら身体強化と属性付加をしてても、これは痛いね……もう動けそうにないや。それに、魔力も残ってないし」
 サラは激痛に顔をしかめ、自分の左腕を見る。
 これ以上フィールドに残っても、満足に戦えない自分が味方の足を引っ張るだけだと、理解していた。自分の役目は、強力な敵を一人確実に道連れにすることだったのだ。
 ――パキッ。
 彼女は躊躇いなく、自らの腕時計を壊した。
「みんな、ごめんね……隼人君、頑張って。信じてるから」
 託すような勝者の笑みを浮かべたまま、サラの体もまた転移の光に包まれ、学校へと帰還していった。