「【ファイア・ランス】――【アイス・ハンマー】――【濁流】」
無人の市街地に、間髪入れず三つの異なる属性魔法が吠えた。
ティオナの掲げた杖の先から、空気を焼き焦がす紅蓮の槍が放たれ、直後に空間を凍てつかせる巨大な氷の槌が生成される。さらに、それらが着弾するよりも早く、足元からはすべてを押し流す濁った水の奔流が溢れ出した。
属性の相反する魔法を同時に制御するという、常軌を逸した精密な魔力操作。放たれた魔法は互いの干渉を最小限に抑えつつ、一つの巨大な「暴力」となって標的へと殺到する。
「ッ……くそ!」
対峙する男子生徒は、防戦一方で反撃の糸口を掴めずにいた。飛来する炎の槍を紙一重で回避し、頭上から降り注ぐ氷の重量を剣の腹で受け流すが、そのたびに生じる衝撃波と熱風、そして足元をすくう泥水が確実に彼の体力を奪っていく。
「クソが! うっとうしいんだよ!」
男子生徒の顔に苛立ちと恐怖が混じった色が濃く滲む。
これほどまでに絶え間なく、かつ高威力の魔法を連射されれば、並の魔導士ならとうに魔力が底を突いているはずだ。
「……まあいい。どうせ、そんな出鱈目な撃ち方をしていればすぐに魔力は尽きる。それまで逃げ回ってやれば、俺の勝ちだ」
男子生徒は奥歯を噛み締め、ティオナの魔力が枯渇する瞬間を待つ持久戦へと完全に切り替えた。
彼は剣を防御に徹し、瓦礫の陰やビルの隙間を縫うように移動する。どんなに強力な魔法も、当たらなければ意味はない。
しかし、ティオナの手は止まらない。
四発目、五発目。属性を自在に入れ替え、環境を塗り替えるような砲撃は、むしろ勢いを増していく。
「チッ……どんな魔力量してんだよ。本当に底なしか!?」
男子生徒は、爆炎で熱せられた酸素の薄い空気を吸い込みながら毒突いた。回避し続けるだけでも、針の穴を通すような精神的な集中が必要だ。一瞬の油断が即、脱落を意味する極限状態。
その時、不意に、あれほど苛烈だったティオナの魔法がピタリと止んだ。
周囲に漂っていた魔力の残滓が霧散し、不気味なほどの静寂が戦場を支配する。
「お? ……ははっ、ようやく魔力が切れたか!」
沈黙。男子生徒はここが唯一二の勝機とばかりに、歓喜の声を上げて地を強く蹴った。
だが、ティオナは動じない。彼女は静かに瞳を細め、手にした杖を逆手に持ち直した。
「……属性付加――【雷】」
瞬間、彼女の身体をパチパチと青白い電光が駆け巡り、大気がオゾンの匂いに満たされた。
ティオナは魔法を放つのをやめ、自ら弾丸のような速度で接近戦を仕掛けた。
「な!? 魔力、切れてねぇのかよ!」
驚愕する男子生徒の眼前まで、雷速の踏み込みで肉薄する。魔力による身体強化――それも、高度な「属性」を伴う強化は、遠距離魔法とは比較にならないほどの負荷を術者に強いるはずだ。
――カキンッ!!
ティオナの硬質な杖と、男子生徒の白刃が激しくぶつかり合い、周囲のアスファルトに鋭い亀裂を走らせた。
「まあいいぜ! 近づいてきたなら、こっちの土俵だ。反撃させてもらうぞ!」
男子生徒は剣を旋回させ、鋭い斬撃の連弾を繰り出す。ティオナもまた、雷の強化による超反応でそれらを最小限の動きで弾き、時に杖を突き立てて打撃を叩き込んでいく。
火花と電光が交錯するたび、周囲の廃屋には剣の切っ先が走り、電撃で焦げた痕が刻まれていった。
だが、戦況は徐々に、しかし確実にティオナへと傾いていく。
「くそ、流石に属性付加相手にやり合うのは厳しいか……!」
剣を合わせるたびに腕を伝って内臓を揺らすような衝撃が走り、男子生徒はたまらずバックステップで大きく距離をとった。
「……さっきも言ったはず。あなたじゃ、私には勝てない」
ティオナが無機質な声で告げる。男子生徒が離れるや否や、彼女は再び、逃がさないと言わんばかりの追撃魔法を放ち始めた。その切り替えの速さ、澱みのなさは、熟練の騎士ですら舌を巻くレベルだ。
「……かといって、ここで諦めるわけねぇだろ!」
男子生徒は飛来する火球を、剣筋を一点に集中させて強引に切り裂き、爆風を盾にしながら再びティオナへと接近を試みる。
一筋縄ではいかない。彼の勝利への執念もまた、本物だった。
(……なかなか諦めてくれない。これじゃあ、不必要に時間がかかる。……次で、終わらせる)
ティオナは冷静に、かつ冷徹に状況を判断した。周囲の市街地はすでに彼女の魔法で瓦礫の山と化し、戦場としての足場は最悪だ。彼女は次の攻撃で、完全に勝負をつける覚悟を決めた。
「……」
再び、ティオナが魔法を放つのを止めた。
「魔法を止めたか……また、属性付加をする気か?」
男子生徒は、先ほどの雷の速度を警戒し、身体を低く構えて防御の姿勢を極限まで強める。
だが、ティオナに属性付加をする気配はない。彼女は杖を構えたまま、まるで魂が抜けたかのように立ち尽くしている。
「ん? ……ふ、ふふっ、ハハハ! どうやら今度こそ、本当に魔力が底を突いたみたいだな!」
男子生徒は、彼女の微動だにしない姿を見て、確信に近い快感を得た。
「属性付加もできなくなったお前に、負ける気はしねぇ! 終わりだ!」
彼は残された全魔力を脚部と剣に集中させた。限界を超えた筋肉が悲鳴を上げるが、それすらも心地よい。彼は一気に間合いを詰めた。
ティオナは微動だにせず、ただ真っ向から迫り来る刃を見据えている。
男子生徒は、彼女が掲げた杖で辛うじて防御の体勢をとろうとするのを見て、さらに攻撃の勢いを増した。
「粘った甲斐があったぜ!」
剣撃の嵐がティオナを襲う。彼女の脆弱な防御を強引にこじ開けようとする剣先が、徐々に彼女の白い頬や肩をかすめ、制服に鮮やかな赤い線を刻んでいく。
一撃、二撃。ティオナの身体が衝撃に揺れる。
「これで終わりだ! 喰らえぇ!」
男子生徒は完全な勝利を確信した。彼はトドメの一撃のために、身体を大きく開き、剣を頭上高く、最大まで振りかぶった。
その瞬間――ティオナの瞳に、獲物を捕らえる猛禽のような冷徹な光が宿った。
「……【インフェルノ・フレイム】」
杖を振るう動作すらない。呼吸の合間に、ただ言葉が紡がれた。
「な!?」
男子生徒が反応するよりも早く、彼の眼前、わずか数十センチの空間そのものが、太陽のような白熱と共に爆発した。
零距離で放たれた超高密度の極大火炎。大きく振りかぶった姿勢で空中に身を晒した男子生徒に、それを避ける術など、最初から残されていなかった。
ドォォォォォンッ!!
鼓膜を破壊するような衝撃音が市街地を震わせ、視界が白熱の炎によって真っ白に塗り潰される。
男子生徒の身体は、爆風の圧力に翻弄される紙屑のように後方へと吹き飛ばされ、激しい衝撃と共に数十メートル先のコンクリート壁に叩きつけられた。
「がッ……あ……っ」
炎の余韻が空気を不規則に揺らす中、男子生徒は力なく地面に崩れ落ちた。
――パキィン!
静寂が戻り始めた市街地に、乾いた、しかし決定的な音が響く。彼の左腕の腕時計が、致命的なダメージを検知して粉々に砕け散っていた。
「……ふぅ。……終わった」
ティオナは杖を支えにして、肺に残った熱い空気を吐き出しながら、その場にどさりと座り込んだ。
維持していた集中力が解けた瞬間、全身を支配する倦怠感が泥のように押し寄せてくる。
「……ッ、ごほっ、ごほっ……。最上級魔法の詠唱破棄、出来たのかよ……」
仰向けに倒れたまま、男子生徒が掠れた声で呟いた。
「……出来ないなんて、一度も言ってない」
ティオナは乱れた前髪を無造作にかき上げ、少しだけ肩をすくめて答えた。
「……はは、それもそうだな。……完敗だ。……強すぎるぜ、あんた」
男子生徒は空を仰ぎ、力なく笑った。その顔に滲むのは悔しさではなく、圧倒的な実力差を見せつけられた者特有の諦観だった。
やがて彼の身体は淡い光の粒子に包まれ始め、世界の境界に溶けるようにして転移していった。
「ハァ……。疲れた。少しだけ、休憩……」
戦火の熱を帯びた廃墟の中、吹き抜ける微かな風が、彼女の火照った頬をゆっくりと冷やしていった。
無人の市街地に、間髪入れず三つの異なる属性魔法が吠えた。
ティオナの掲げた杖の先から、空気を焼き焦がす紅蓮の槍が放たれ、直後に空間を凍てつかせる巨大な氷の槌が生成される。さらに、それらが着弾するよりも早く、足元からはすべてを押し流す濁った水の奔流が溢れ出した。
属性の相反する魔法を同時に制御するという、常軌を逸した精密な魔力操作。放たれた魔法は互いの干渉を最小限に抑えつつ、一つの巨大な「暴力」となって標的へと殺到する。
「ッ……くそ!」
対峙する男子生徒は、防戦一方で反撃の糸口を掴めずにいた。飛来する炎の槍を紙一重で回避し、頭上から降り注ぐ氷の重量を剣の腹で受け流すが、そのたびに生じる衝撃波と熱風、そして足元をすくう泥水が確実に彼の体力を奪っていく。
「クソが! うっとうしいんだよ!」
男子生徒の顔に苛立ちと恐怖が混じった色が濃く滲む。
これほどまでに絶え間なく、かつ高威力の魔法を連射されれば、並の魔導士ならとうに魔力が底を突いているはずだ。
「……まあいい。どうせ、そんな出鱈目な撃ち方をしていればすぐに魔力は尽きる。それまで逃げ回ってやれば、俺の勝ちだ」
男子生徒は奥歯を噛み締め、ティオナの魔力が枯渇する瞬間を待つ持久戦へと完全に切り替えた。
彼は剣を防御に徹し、瓦礫の陰やビルの隙間を縫うように移動する。どんなに強力な魔法も、当たらなければ意味はない。
しかし、ティオナの手は止まらない。
四発目、五発目。属性を自在に入れ替え、環境を塗り替えるような砲撃は、むしろ勢いを増していく。
「チッ……どんな魔力量してんだよ。本当に底なしか!?」
男子生徒は、爆炎で熱せられた酸素の薄い空気を吸い込みながら毒突いた。回避し続けるだけでも、針の穴を通すような精神的な集中が必要だ。一瞬の油断が即、脱落を意味する極限状態。
その時、不意に、あれほど苛烈だったティオナの魔法がピタリと止んだ。
周囲に漂っていた魔力の残滓が霧散し、不気味なほどの静寂が戦場を支配する。
「お? ……ははっ、ようやく魔力が切れたか!」
沈黙。男子生徒はここが唯一二の勝機とばかりに、歓喜の声を上げて地を強く蹴った。
だが、ティオナは動じない。彼女は静かに瞳を細め、手にした杖を逆手に持ち直した。
「……属性付加――【雷】」
瞬間、彼女の身体をパチパチと青白い電光が駆け巡り、大気がオゾンの匂いに満たされた。
ティオナは魔法を放つのをやめ、自ら弾丸のような速度で接近戦を仕掛けた。
「な!? 魔力、切れてねぇのかよ!」
驚愕する男子生徒の眼前まで、雷速の踏み込みで肉薄する。魔力による身体強化――それも、高度な「属性」を伴う強化は、遠距離魔法とは比較にならないほどの負荷を術者に強いるはずだ。
――カキンッ!!
ティオナの硬質な杖と、男子生徒の白刃が激しくぶつかり合い、周囲のアスファルトに鋭い亀裂を走らせた。
「まあいいぜ! 近づいてきたなら、こっちの土俵だ。反撃させてもらうぞ!」
男子生徒は剣を旋回させ、鋭い斬撃の連弾を繰り出す。ティオナもまた、雷の強化による超反応でそれらを最小限の動きで弾き、時に杖を突き立てて打撃を叩き込んでいく。
火花と電光が交錯するたび、周囲の廃屋には剣の切っ先が走り、電撃で焦げた痕が刻まれていった。
だが、戦況は徐々に、しかし確実にティオナへと傾いていく。
「くそ、流石に属性付加相手にやり合うのは厳しいか……!」
剣を合わせるたびに腕を伝って内臓を揺らすような衝撃が走り、男子生徒はたまらずバックステップで大きく距離をとった。
「……さっきも言ったはず。あなたじゃ、私には勝てない」
ティオナが無機質な声で告げる。男子生徒が離れるや否や、彼女は再び、逃がさないと言わんばかりの追撃魔法を放ち始めた。その切り替えの速さ、澱みのなさは、熟練の騎士ですら舌を巻くレベルだ。
「……かといって、ここで諦めるわけねぇだろ!」
男子生徒は飛来する火球を、剣筋を一点に集中させて強引に切り裂き、爆風を盾にしながら再びティオナへと接近を試みる。
一筋縄ではいかない。彼の勝利への執念もまた、本物だった。
(……なかなか諦めてくれない。これじゃあ、不必要に時間がかかる。……次で、終わらせる)
ティオナは冷静に、かつ冷徹に状況を判断した。周囲の市街地はすでに彼女の魔法で瓦礫の山と化し、戦場としての足場は最悪だ。彼女は次の攻撃で、完全に勝負をつける覚悟を決めた。
「……」
再び、ティオナが魔法を放つのを止めた。
「魔法を止めたか……また、属性付加をする気か?」
男子生徒は、先ほどの雷の速度を警戒し、身体を低く構えて防御の姿勢を極限まで強める。
だが、ティオナに属性付加をする気配はない。彼女は杖を構えたまま、まるで魂が抜けたかのように立ち尽くしている。
「ん? ……ふ、ふふっ、ハハハ! どうやら今度こそ、本当に魔力が底を突いたみたいだな!」
男子生徒は、彼女の微動だにしない姿を見て、確信に近い快感を得た。
「属性付加もできなくなったお前に、負ける気はしねぇ! 終わりだ!」
彼は残された全魔力を脚部と剣に集中させた。限界を超えた筋肉が悲鳴を上げるが、それすらも心地よい。彼は一気に間合いを詰めた。
ティオナは微動だにせず、ただ真っ向から迫り来る刃を見据えている。
男子生徒は、彼女が掲げた杖で辛うじて防御の体勢をとろうとするのを見て、さらに攻撃の勢いを増した。
「粘った甲斐があったぜ!」
剣撃の嵐がティオナを襲う。彼女の脆弱な防御を強引にこじ開けようとする剣先が、徐々に彼女の白い頬や肩をかすめ、制服に鮮やかな赤い線を刻んでいく。
一撃、二撃。ティオナの身体が衝撃に揺れる。
「これで終わりだ! 喰らえぇ!」
男子生徒は完全な勝利を確信した。彼はトドメの一撃のために、身体を大きく開き、剣を頭上高く、最大まで振りかぶった。
その瞬間――ティオナの瞳に、獲物を捕らえる猛禽のような冷徹な光が宿った。
「……【インフェルノ・フレイム】」
杖を振るう動作すらない。呼吸の合間に、ただ言葉が紡がれた。
「な!?」
男子生徒が反応するよりも早く、彼の眼前、わずか数十センチの空間そのものが、太陽のような白熱と共に爆発した。
零距離で放たれた超高密度の極大火炎。大きく振りかぶった姿勢で空中に身を晒した男子生徒に、それを避ける術など、最初から残されていなかった。
ドォォォォォンッ!!
鼓膜を破壊するような衝撃音が市街地を震わせ、視界が白熱の炎によって真っ白に塗り潰される。
男子生徒の身体は、爆風の圧力に翻弄される紙屑のように後方へと吹き飛ばされ、激しい衝撃と共に数十メートル先のコンクリート壁に叩きつけられた。
「がッ……あ……っ」
炎の余韻が空気を不規則に揺らす中、男子生徒は力なく地面に崩れ落ちた。
――パキィン!
静寂が戻り始めた市街地に、乾いた、しかし決定的な音が響く。彼の左腕の腕時計が、致命的なダメージを検知して粉々に砕け散っていた。
「……ふぅ。……終わった」
ティオナは杖を支えにして、肺に残った熱い空気を吐き出しながら、その場にどさりと座り込んだ。
維持していた集中力が解けた瞬間、全身を支配する倦怠感が泥のように押し寄せてくる。
「……ッ、ごほっ、ごほっ……。最上級魔法の詠唱破棄、出来たのかよ……」
仰向けに倒れたまま、男子生徒が掠れた声で呟いた。
「……出来ないなんて、一度も言ってない」
ティオナは乱れた前髪を無造作にかき上げ、少しだけ肩をすくめて答えた。
「……はは、それもそうだな。……完敗だ。……強すぎるぜ、あんた」
男子生徒は空を仰ぎ、力なく笑った。その顔に滲むのは悔しさではなく、圧倒的な実力差を見せつけられた者特有の諦観だった。
やがて彼の身体は淡い光の粒子に包まれ始め、世界の境界に溶けるようにして転移していった。
「ハァ……。疲れた。少しだけ、休憩……」
戦火の熱を帯びた廃墟の中、吹き抜ける微かな風が、彼女の火照った頬をゆっくりと冷やしていった。
