「この辺でいいだろ」
そびえ立つビル群の合間。日が落ち始め、巨大な影が落ちる無機質な空間で、雨宮は足を止めると無造作に振り返った。ビル風が吹き抜け、彼の眼鏡のレンズが冷たく光を反射させる。
「……」
「……心配すんなって。罠なんて小細工、仕掛けちゃいねぇからよ」
「……いや、別にそんなのは疑ってない。ただ……」
俺が本気で心配しているのは、こいつ相手に今の俺が本当に勝てるかどうかだ。帝に勝った時は、あいつの慢心に救われた部分が大きかった。だが、目の前の男に油断の二文字はない。
「そうか? ……よし、なら始めるぞ」
「……ああ」
俺がサラマンダーを召喚しようと、意識を集中させたその瞬間だった。
「――深淵へ沈め、〈リヴァイアサン〉!」
雨宮の鋭い解号と共に、彼の手元に深海のように蒼い剣が顕現する。
「させるかよ!」
雨宮は言葉を言い切る前に地を蹴っていた。一瞬で間合いを詰め、水の尾を引く蒼い刃が鋭い弧を描いて振り下ろされる。
俺は咄嗟に召喚を中断し、レーヴァテインを顕現させてそれを受け止めた。凄まじい水圧の衝撃が両腕を突き抜ける。
「……いきなりかよ」
「卑怯とは思わないでくれよ。……帝の奴はなめてたからお前に負けた。俺は同じ過ちを繰り返すほどお人好しじゃないんでね」
「……別におもわねぇよ。当然の判断だ」
勝つためには最善を尽くす。俺が雨宮の立場なら、召喚の隙を狙うのは当然だ。簡単に主導権を握らせてくれるとは思っていなかった。
「そんじゃあ、いくぞ……本番だ!」
雨宮が再び踏み込み、鋭い連撃を繰り出す。
――カキンッ! ギギィッ!
俺はレーヴァテインでその猛攻を凌ぐ。打ち合うたびに火花と水飛沫が散り、普通の剣とは思えない異常な重さに奥歯を噛みしめる。
(……こいつ、やっぱり強いな。一撃一撃が重いだけじゃない、無駄が全くねぇ)
「……帝に勝ったのは、単なるラッキーじゃねぇみたいだな。その剣の筋、悪くない」
「そりゃあ、どうも!」
俺は雨宮の重い剣を力任せに弾き飛ばし、無理やり隙を作り出す。
「……チッ」
雨宮が軽く舌打ちをする。その一瞬の隙に、俺は左手の指輪に意識を叩きつけた。
「……【ファイア・ランス】!」
「……!?」
至近距離から放たれた炎の槍。雨宮は驚愕に目を見開きながら、首を横に振るってギリギリでその熱線をかわした。俺はそのまま畳みかけようとしたが、雨宮は後ろへ大きく跳躍し、距離を離す。
「……お前、魔法は使わねぇんじゃなかったのかよ」
雨宮は頬をかすめた熱に驚いたような顔をし、中指でズレた眼鏡を押し上げながら俺を値踏みするように睨みつけてくる。
「……誰もそんなこと言ってねぇだろ」
使えるには使えたが、魔力が少ないから実用性がなかったってだけだ。だが、優斗さんから貰ったこの指輪のおかげで、俺の「少しの魔力」は形を成すことができるようになった。
「ふーん。ま、いいか」
雨宮はそれ以上追及せず、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、剣を構え直した。
「よし、続きだ。来いよ」
今度はこっちから行く。俺は地面を爆破するように蹴り出し、剣に魔力を集束させる。
「炎剣弐ノ型――【火燕】!」
真っ赤に燃え上がる斬撃が、燕のような軌道を描いて雨宮に襲い掛かる。
「こんなもん……!」
しかし、雨宮はその炎の刃を、重厚な水の剣で正面から一刀両断してみせた。
「!?」
「……チッ」
簡単に当たるとは思ってねぇ。俺は炎を切り裂いた勢いそのままに突っ込み、上段から剣を振り下ろした。
――カキンッ!
剣と剣が正面から衝突し、押し合いになる。魔法で劣っていても、叩き上げられた剣の腕前で負けるわけにはいかない。
呼吸を荒くし、ひたすらに剣を振るう。徐々に雨宮の受けが遅れ始め、防御が崩れていく。渾身の力で雨宮の重い刃を弾き上げ、無防備になった胴体へと刃を振り抜いた。
「ぐッ……!」
決まった――そう思ったが、雨宮はあり得ない角度まで上体をそらし、直撃を紙一重で回避した。
(くそ、あの体勢から避けるか。……流石だな、本当に)
「……っぶねぇ。……どうやら剣術じゃ分が悪そうだな。……こうなりゃ、【アクア・ランス】!」
雨宮が右手を高く掲げた。直後、彼の真上の空間が歪み、視界を埋め尽くすほどの大量の水の槍が出現した。
「なんて量だよ……」
「悪いが、こっちもなりふり構っていられなくてな。遠距離から沈ませてもらうぜ」
雨宮の号令と共に、水の槍が一斉に射出される。逃げ場のない水の弾幕。俺は向かってくる魔法をレーヴァテインで弾き、時に転がりながら必死にかわした。
「……やるな。だったらこれでどうだ、【アクア・ブレット】!」
雨宮は休む暇を与えず、今度は空いている左手から無数の水の弾丸を放つ。
(くそ! 片方を防ぐだけで精一杯だってのに、二重詠唱かよ!)
「……【ファイア・ウォール】!」
俺は咄嗟に炎の壁を生成し、水の雨を蒸発させて強引に盾にした。その蒸気のカーテンを抜け、一気に横へ走り抜けて射線から逃れる。
「今のもかわすのか……。お前、本当に簡単に終わらせてくれないな」
雨宮は肩を上下させながら、小さくため息をついた。
「……そりゃあこっちのセリフだ。……お前こそ、化け物かよ」
焦りが募る。指輪に溜めた魔力は残り少ない。長引けば、俺から魔法という手札が消える。
となれば、もうこれしかない。身体が軋む感覚があるが、出し惜しみは死に直結する。
「……よし!」
「?? ……何する気だ」
「いくぞ……属性付加――【火】!」
ボォォォッ!!
俺の咆哮と共に、身体の芯から灼熱の魔力が噴き出した。それは霧散することなく俺の四肢を包み込み、燃え盛る炎の衣となって定着する。
「属性付加か……。やっぱり使えたんだな」
レンズ越しの雨宮の瞳が僅かに細められる。これを使っている間は、一秒も無駄にできない。俺は炎を纏ったまま爆発的に加速し、雨宮の懐へと飛び込んで斬りつけた。
「……ッ、流石に速いな!」
「まだだ! 炎剣壱ノ型――【火柱】!」
至近距離で叩きつけられた炎の奔流。雨宮を巨大な火柱が包み込む。
「……ぐッ」
だが、雨宮は火傷を負いながらも、すぐさまその火柱から飛び出して離脱した。
「これで終わりだ! 炎剣弐ノ型――【火燕】!」
追撃。属性付加によって極限まで強化された炎の斬撃が、雨宮の胴体を捉えた。
ドォォォォン!!
激しい爆発音が響き、周囲に砂煙が舞い上がる。
……よし、今のは確かに手応えがあった。これで決着がついたはずだ。
だが、砂煙が晴れていくにつれ、俺の心臓は冷たく凍りついた。
「……っぶね〜。……なんとか、間に合った」
砂煙の向こう側。そこには、直撃を受けたはずの雨宮が無傷で立っていた。
「!? ……嘘だろ、確かに当たったはずだ!」
倒せていないならまだしも、カスり傷一つないなんて、あり得ない。
「……ああ、確かに当たったぞ。……けどな、防いだんだよ」
防いだ? 属性付加まで使った一撃を、無傷で?
「……分からないか? 自分だけが特別だなんて、思うなよ」
雨宮が静かに告げる。よく見ると、彼の周囲の光が、ゆらゆらと陽炎のように歪んで見えた。……いや、違う。それは熱による歪みではなく、水の被膜による「屈折」だ。
雨宮の眼鏡のフレームからも、細い水滴がポタポタと滴り落ちている。
「まさか……お前も、属性付加を」
「ああ、その通りだ。属性付加――【水】。……俺に触れるには、この水の衣を突破する必要があるぜ」
予想外、いや、想定すべき最悪の事態だった。雨宮もまた、属性付加の使い手だったのだ。
(……でも、そんなこと思ってる場合じゃない。立ち止まったら、その瞬間に斬られる!)
「……早めに決着をつけるってのは、変わりねぇ!」
「……来いよ。……全力で、相手してやる」
俺は再び地面を強く蹴り、青い水の衣を纏う雨宮に向かって、灼熱の影となって突っ込んでいく。
そびえ立つビル群の合間。日が落ち始め、巨大な影が落ちる無機質な空間で、雨宮は足を止めると無造作に振り返った。ビル風が吹き抜け、彼の眼鏡のレンズが冷たく光を反射させる。
「……」
「……心配すんなって。罠なんて小細工、仕掛けちゃいねぇからよ」
「……いや、別にそんなのは疑ってない。ただ……」
俺が本気で心配しているのは、こいつ相手に今の俺が本当に勝てるかどうかだ。帝に勝った時は、あいつの慢心に救われた部分が大きかった。だが、目の前の男に油断の二文字はない。
「そうか? ……よし、なら始めるぞ」
「……ああ」
俺がサラマンダーを召喚しようと、意識を集中させたその瞬間だった。
「――深淵へ沈め、〈リヴァイアサン〉!」
雨宮の鋭い解号と共に、彼の手元に深海のように蒼い剣が顕現する。
「させるかよ!」
雨宮は言葉を言い切る前に地を蹴っていた。一瞬で間合いを詰め、水の尾を引く蒼い刃が鋭い弧を描いて振り下ろされる。
俺は咄嗟に召喚を中断し、レーヴァテインを顕現させてそれを受け止めた。凄まじい水圧の衝撃が両腕を突き抜ける。
「……いきなりかよ」
「卑怯とは思わないでくれよ。……帝の奴はなめてたからお前に負けた。俺は同じ過ちを繰り返すほどお人好しじゃないんでね」
「……別におもわねぇよ。当然の判断だ」
勝つためには最善を尽くす。俺が雨宮の立場なら、召喚の隙を狙うのは当然だ。簡単に主導権を握らせてくれるとは思っていなかった。
「そんじゃあ、いくぞ……本番だ!」
雨宮が再び踏み込み、鋭い連撃を繰り出す。
――カキンッ! ギギィッ!
俺はレーヴァテインでその猛攻を凌ぐ。打ち合うたびに火花と水飛沫が散り、普通の剣とは思えない異常な重さに奥歯を噛みしめる。
(……こいつ、やっぱり強いな。一撃一撃が重いだけじゃない、無駄が全くねぇ)
「……帝に勝ったのは、単なるラッキーじゃねぇみたいだな。その剣の筋、悪くない」
「そりゃあ、どうも!」
俺は雨宮の重い剣を力任せに弾き飛ばし、無理やり隙を作り出す。
「……チッ」
雨宮が軽く舌打ちをする。その一瞬の隙に、俺は左手の指輪に意識を叩きつけた。
「……【ファイア・ランス】!」
「……!?」
至近距離から放たれた炎の槍。雨宮は驚愕に目を見開きながら、首を横に振るってギリギリでその熱線をかわした。俺はそのまま畳みかけようとしたが、雨宮は後ろへ大きく跳躍し、距離を離す。
「……お前、魔法は使わねぇんじゃなかったのかよ」
雨宮は頬をかすめた熱に驚いたような顔をし、中指でズレた眼鏡を押し上げながら俺を値踏みするように睨みつけてくる。
「……誰もそんなこと言ってねぇだろ」
使えるには使えたが、魔力が少ないから実用性がなかったってだけだ。だが、優斗さんから貰ったこの指輪のおかげで、俺の「少しの魔力」は形を成すことができるようになった。
「ふーん。ま、いいか」
雨宮はそれ以上追及せず、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、剣を構え直した。
「よし、続きだ。来いよ」
今度はこっちから行く。俺は地面を爆破するように蹴り出し、剣に魔力を集束させる。
「炎剣弐ノ型――【火燕】!」
真っ赤に燃え上がる斬撃が、燕のような軌道を描いて雨宮に襲い掛かる。
「こんなもん……!」
しかし、雨宮はその炎の刃を、重厚な水の剣で正面から一刀両断してみせた。
「!?」
「……チッ」
簡単に当たるとは思ってねぇ。俺は炎を切り裂いた勢いそのままに突っ込み、上段から剣を振り下ろした。
――カキンッ!
剣と剣が正面から衝突し、押し合いになる。魔法で劣っていても、叩き上げられた剣の腕前で負けるわけにはいかない。
呼吸を荒くし、ひたすらに剣を振るう。徐々に雨宮の受けが遅れ始め、防御が崩れていく。渾身の力で雨宮の重い刃を弾き上げ、無防備になった胴体へと刃を振り抜いた。
「ぐッ……!」
決まった――そう思ったが、雨宮はあり得ない角度まで上体をそらし、直撃を紙一重で回避した。
(くそ、あの体勢から避けるか。……流石だな、本当に)
「……っぶねぇ。……どうやら剣術じゃ分が悪そうだな。……こうなりゃ、【アクア・ランス】!」
雨宮が右手を高く掲げた。直後、彼の真上の空間が歪み、視界を埋め尽くすほどの大量の水の槍が出現した。
「なんて量だよ……」
「悪いが、こっちもなりふり構っていられなくてな。遠距離から沈ませてもらうぜ」
雨宮の号令と共に、水の槍が一斉に射出される。逃げ場のない水の弾幕。俺は向かってくる魔法をレーヴァテインで弾き、時に転がりながら必死にかわした。
「……やるな。だったらこれでどうだ、【アクア・ブレット】!」
雨宮は休む暇を与えず、今度は空いている左手から無数の水の弾丸を放つ。
(くそ! 片方を防ぐだけで精一杯だってのに、二重詠唱かよ!)
「……【ファイア・ウォール】!」
俺は咄嗟に炎の壁を生成し、水の雨を蒸発させて強引に盾にした。その蒸気のカーテンを抜け、一気に横へ走り抜けて射線から逃れる。
「今のもかわすのか……。お前、本当に簡単に終わらせてくれないな」
雨宮は肩を上下させながら、小さくため息をついた。
「……そりゃあこっちのセリフだ。……お前こそ、化け物かよ」
焦りが募る。指輪に溜めた魔力は残り少ない。長引けば、俺から魔法という手札が消える。
となれば、もうこれしかない。身体が軋む感覚があるが、出し惜しみは死に直結する。
「……よし!」
「?? ……何する気だ」
「いくぞ……属性付加――【火】!」
ボォォォッ!!
俺の咆哮と共に、身体の芯から灼熱の魔力が噴き出した。それは霧散することなく俺の四肢を包み込み、燃え盛る炎の衣となって定着する。
「属性付加か……。やっぱり使えたんだな」
レンズ越しの雨宮の瞳が僅かに細められる。これを使っている間は、一秒も無駄にできない。俺は炎を纏ったまま爆発的に加速し、雨宮の懐へと飛び込んで斬りつけた。
「……ッ、流石に速いな!」
「まだだ! 炎剣壱ノ型――【火柱】!」
至近距離で叩きつけられた炎の奔流。雨宮を巨大な火柱が包み込む。
「……ぐッ」
だが、雨宮は火傷を負いながらも、すぐさまその火柱から飛び出して離脱した。
「これで終わりだ! 炎剣弐ノ型――【火燕】!」
追撃。属性付加によって極限まで強化された炎の斬撃が、雨宮の胴体を捉えた。
ドォォォォン!!
激しい爆発音が響き、周囲に砂煙が舞い上がる。
……よし、今のは確かに手応えがあった。これで決着がついたはずだ。
だが、砂煙が晴れていくにつれ、俺の心臓は冷たく凍りついた。
「……っぶね〜。……なんとか、間に合った」
砂煙の向こう側。そこには、直撃を受けたはずの雨宮が無傷で立っていた。
「!? ……嘘だろ、確かに当たったはずだ!」
倒せていないならまだしも、カスり傷一つないなんて、あり得ない。
「……ああ、確かに当たったぞ。……けどな、防いだんだよ」
防いだ? 属性付加まで使った一撃を、無傷で?
「……分からないか? 自分だけが特別だなんて、思うなよ」
雨宮が静かに告げる。よく見ると、彼の周囲の光が、ゆらゆらと陽炎のように歪んで見えた。……いや、違う。それは熱による歪みではなく、水の被膜による「屈折」だ。
雨宮の眼鏡のフレームからも、細い水滴がポタポタと滴り落ちている。
「まさか……お前も、属性付加を」
「ああ、その通りだ。属性付加――【水】。……俺に触れるには、この水の衣を突破する必要があるぜ」
予想外、いや、想定すべき最悪の事態だった。雨宮もまた、属性付加の使い手だったのだ。
(……でも、そんなこと思ってる場合じゃない。立ち止まったら、その瞬間に斬られる!)
「……早めに決着をつけるってのは、変わりねぇ!」
「……来いよ。……全力で、相手してやる」
俺は再び地面を強く蹴り、青い水の衣を纏う雨宮に向かって、灼熱の影となって突っ込んでいく。
