魔力の少ない魔法使い

「へぇ~、なかなかやるね~」
 黒崎と対峙している男子生徒は、手にしたサバイバルナイフをクルクルと器用に弄びながら、心底嬉しそうに言った。
「……」
 黒崎はというと、相変わらずの無言である。身の丈ほどもある重厚なスナイパーライフルを両手でしっかりと構え、その銃口ではなく、硬い銃床(ストック)の側を相手に向けていた。
「弾を撃つだけがライフルじゃないとはね。まさか普通に、棍棒みたいに振り回してくるとは思わなかったよ」
 この男子生徒の言う通り、黒崎は自身のメイン武器であるライフルを、本来の「狙撃」という方法とは全く違う、純粋な質量兵器(鈍器)として使って戦っているのだ。
「それに、なかなか接近戦も強いし。いっそ武器変えてみたらいいのに。剣とか、槍とかさ」
 あとは〜、と指を折りながら、男子生徒は次々と近接武器の名前を並べ立てていく。
「……」
 それに対し、黒崎は無言で冷たい視線を向け、睨みつけるだけだ。
「そんなに睨まないでよ、怖いな〜。あとなんで無言なの? 僕、独り言言ってるんじゃないんだけど」
「……喋る必要も無いだろう」
 黒崎は、鬱陶しそうに短くそれだけを答えた。
「……やっと答えてくれた。……質問されたら答えるのが礼儀なんじゃないの?」
「……そうか、質問だったか。それは悪かったな」
「……はぁ、やりにくいね君」
 男子生徒は大袈裟に肩をすくめ、深々とため息をついた。
「……他の質問には、勝負が終わったら答える」
「……今欲しいんだけど。……まあいいか、楽しければなんでも!」
 男子生徒の目が、猛禽類のように鋭く細められた。満面の笑みを浮かべたかと思うと、手首のスナップだけで、持っていたナイフを黒崎の顔面に向かって鋭く投擲した。
 空気を裂く音。黒崎はそれに瞬時に反応し、首をわずかに傾けて避ける。

「まだまだ!」

男子生徒の手が制服の内側へ滑り込む。

次の瞬間――

まるで手品のように、何本ものナイフが指の間に現れた。

 シュッ!
 シュシュッ!

連続して放たれる銀色の刃。ナイフは弧を描きながら、黒崎へ雨のように降り注ぐ。

 だが黒崎の動きは静かだった。最小限のステップ、わずかな上体の傾き。それだけで刃の軌道をすべて外していく。

(……投げ方が一定だな)

黒崎の目がわずかに細くなる。

 男子生徒のナイフは速い。だが完全な無秩序ではない。右肩が沈んだ瞬間、必ず同じ角度で刃が飛んでくる。その癖を黒崎は瞬時に見抜いていた。そして避けながら、一気に距離を詰める。

――ガキンッ!!
 
 黒崎はライフルの硬い銃床をフルスイングで叩きつけた。重戦車のような一撃。しかし、男子生徒はそれを二本のナイフを交差させて、衝撃を受け流すように防いでみせた。
「……いいね~、いいね〜! 勝負はやっぱり、強い奴と闘わないと面白くないからね!」
 金属同士が軋む中、黒崎はライフルの下から鋭い前蹴りを男子生徒の腹部へと放つ。
 だが、男子生徒はそれすらも予測していたかのように、空いている方の手でナイフの腹を使い、的確にガードした。
「……」
「今度は僕の番だ」
 男子生徒は蹴りの反動を利用して軽やかに後方に飛び退き、黒崎から距離をとりながら、再びナイフを矢継ぎ早に投擲していく。
 黒崎は銃身を盾にしつつ、飛来する刃を冷静に対処し、全て弾き落とすか躱していく。
「よっと!」
 ナイフの雨を囮にし、男子生徒は再び黒崎の死角へと入り込み、両手のナイフで切りかかる。
 黒崎はライフルでそれを受け流し、そのまま銃床で顎を砕きに反撃しようとした。
 が、男子生徒は黒崎に反撃の暇を与えないよう、目にも留まらぬ速さで連続攻撃を叩き込んでくる。右、左、斬り上げ、刺突。怒涛の連撃。
「……」
 黒崎はその猛攻を、ライフルの柄と銃身を巧みに使い分け、完全に防ぎきっている。
「【鎌鼬(かまいたち)】」
 男子生徒はナイフによる物理攻撃の合間に、唐突に風の魔法を織り交ぜた。不可視の刃が、黒崎の足元を切り裂きにかかる。

「……【エア・ウォール】」
しかし、黒崎はその不意打ちの魔法にも極めて冷静に対処した。 目の前に高密度の風の壁が生まれ、相手の風の刃を完全に相殺する。
「へぇ、やるね。こうも僕の攻撃が完璧に防がれるなんて……。だったら、少しギアあげるよ」
 男子生徒は無邪気な笑顔でそう宣言すると、先ほどとは比べ物にならないほど速く、そして重い踏み込みで斬りかかってきた。
「……」
 黒崎は顔色を変えずに攻撃を防ぎ続けるが、先ほどまでとは違い、明らかに手数が間に合っておらず、防御の姿勢がやや危なげになってきている。
「いつまで無表情でいれるかな? まだまだいくよ!」
 男子生徒は接近戦を維持しながら、至近距離でナイフを投擲する量も劇的に増やした。物理攻撃と投擲の織り成す、逃げ場のない弾幕。
「……ッ……」
 これまで鉄面皮を貫いていた黒崎の顔が、ほんのわずかに、だが確かに険しく歪んだ。
「フフッ……まだまだこんなもんじゃないよ!」
 男子生徒の攻撃は疲労で衰えるどころか、さらに速度と重さを増してきた。金属同士がぶつかる甲高い音が絶え間なく響き渡る。
「……くッ」
「ほらほらどうしたの? 防ぎきれていないよ?」
 男子生徒の言う通り、絶対防御を誇っていた黒崎の動きが遅れ始めた。かわしきれなかったナイフの切っ先が、だんだんと黒崎の制服や頬を掠め、赤い血を滲ませ始める。
「よっと!」
 連撃で黒崎の体勢を崩した直後、男子生徒の重い回し蹴りが黒崎の顔面を捉えた。
 黒崎は咄嗟に太い腕をクロスさせて防いだが、殺しきれなかった衝撃によって身体が宙に浮き、数メートル後方へとぶっ飛んで地面を転がった。
「……こんなもん? もっと強いと思ってたんだけど」
 男子生徒はナイフを弄びながら、少しだけつまらなそうに見下ろした。
(……このままじゃ、押し切られて負けるか。……なら、使うしかないな)
 黒崎は擦りむいた口元を手の甲で拭い、ゆっくりと立ち上がった。その瞳には、焦りではなく、冷たい闘志が静かに燃え上がっている。
「……属性付加――【風】」
 シュゴォォォッ!
 黒崎が低く呟いた瞬間、突風が巻き起こり、彼の身体の周囲を、可視化された薄緑色の風のオーラが激しく纏い始めた。
「おっ?」
 黒崎は爆発的な勢いで地面を蹴り、男子生徒に向かって一直線に攻撃を仕掛けた。
 属性付加による恩恵。風が空気抵抗をゼロにし、さらに追い風となって背中を押すことで、先程までの防戦一方の姿が嘘のように、その身体能力と移動速度が劇的に跳ね上がっていた。
「速っ……!」
 男子生徒は黒崎を近づかせないため、迎撃のナイフを何本も同時に投げ放った。
 しかし、黒崎は自身の周囲に纏う風の力と向上した反応速度で、それらすべてを紙一重で、かつ簡単にかわしていく。
 そして一瞬で懐に潜り込むと、黒崎は無慈悲な銃床のストライクを放った。男子生徒は慌ててナイフをクロスさせてそれを防ぐが、その瞬間にガラ空きとなった腹部へ、黒崎は暴風のような重い蹴りを容赦なく叩き込んだ。
「……ッ、がっ……!」
 男子生徒の身体がボールのように弾き飛ばされる。だが、彼は空中で器用に身体を捻って体勢を立て直し、両足で滑るように着地してみせた。
 ダメージは確実に入っているはずだ。しかし、腹を押さえながら顔を上げた男子生徒の表情は、痛みに歪むどころか、さらに狂気じみた笑みに満ちていた。
「……やっぱ勝負は、こうじゃないと面白くないね!」
 強烈な攻撃を受けたというのに、彼はこの死闘を心底楽しんでいた。
「行くよ!」
 男子生徒は歓喜の叫びを上げ、爆発的な風を纏う黒崎へと再び飛びかかっていった。