魔力の少ない魔法使い

「なんだよ! 貴族も所詮はこんなもんか!」
 荒々しい怒声と共に、長剣使いの男子生徒が鋭い踏み込みから連続攻撃を繰り出す。
 金属と金属がぶつかり合う甲高い音が、無人の市街地に幾度も響き渡った。
 だが、猛攻を仕掛けているはずの男子生徒の顔には焦りがあり、逆に防戦に回っているはずの帝は、涼しい顔をしていた。
 男子生徒の斬撃は決して遅くない。むしろ学園でも上位に入るほどの速度だ。
 だが、そのすべてを帝は紙一重でいなしている。
 刀がわずかに動く。
 それだけで斬撃の軌道が逸らされる。
 まるで最初から結果が決まっているかのような、圧倒的な技量差だった。
「……そんなに喋っていると、舌を噛むよ」
 帝は手にした刀を最小限の動きで返し、敵の斬撃を軽々と逸らしていく。
「……相変わらず舐めやがって!」
「別に舐めているわけではないよ。君の攻撃が単調なだけだ」
「……それが舐めてるって言ってんだよ! くらえ、【鎌鼬(かまいたち)】!」
 男子生徒が大きく後ろへ飛び退きながら、魔法を放つ。
 瞬間――風の魔力が爆ぜた。
 不可視の刃が四方八方から帝へ襲い掛かる。
 アスファルトが裂け、周囲の瓦礫が風圧で弾き飛ばされた。
「……なかなか良い魔法だ。……だが、僕に風属性の魔法が通用すると思うのかい?」
 帝はわずかに身を沈めると、流れるような足捌きで不可視の刃をすべて躱した。
 風の軌道を読むように身体を傾け、最小限の動きで斬撃をすり抜けていく。
 刀の軌道すら変えず、髪の毛一本すら切らせない完璧な見切りだった。
「チッ……やっぱ当たらねぇか」
 男子生徒の額を冷たい汗が流れる。
(クソ……なんだこいつ)
 確かに当てたはずの軌道だった。
 それを、まるで見えているかのようにすべて避けられている。
「もう攻撃は終わりかい? だったら、今度は僕の番だ」
「……ハッ! なんだよその言い方。今までわざと攻撃を受けてたってか!」
「そうだね」
「やっぱり舐めてやがるな!」
「……いくよ」
 帝が地面を蹴った。
 その瞬間、彼の姿がブレたように見えた。
 風を味方につけた圧倒的な初速。
「な!?」
 気付けば、帝は男子生徒の懐に潜り込んでいた。
 左から右へと、滑らかで美しい刀の軌跡が宙を裂く。
 男子生徒は咄嗟に長剣を盾にしてそれを防いだが、帝の攻撃は一撃では終わらなかった。
 右から左、袈裟斬り、逆袈裟。
 流麗にして苛烈な連撃が、暴風雨のように降り注ぐ。
 火花が散り、金属音が連続して鳴り響いた。
「……っんのやろっ!」
 次第に剣速についていけなくなった男子生徒が、肩口を浅く斬られながらも一気に後退し、距離を取る。
「……風が当たらねぇんだったら、他の魔法を使うまでだ!」
「……僕がそんな隙を与えると思うかい?」
 帝は刀を上段に構え、刀身に魔力を集中させた。
 空気が鳴動する。
 周囲の風が刀へ吸い寄せられ、渦を巻き始める。
 まるで刀そのものが暴風を飼い慣らしているかのようだった。
「……なんだよそれ!」
「……【真空の刃】」
 帝が刀を思い切り下へと振り抜く。
 放たれたのは、先程の【鎌鼬】とは次元の違う、巨大な竜巻を圧縮したかのような風の斬撃だった。
「しまっ――!」
 男子生徒は顔を引き攣らせ、地面を転がるようにして横へ飛んだ。
 直後――轟音が響き渡った。
 帝の斬撃が男子生徒の背後にあった高層ビルに直撃する。
 魔闘祭用に強力な硬化魔法が施されているはずのビルの壁面に、ピキピキと深いヒビが走った。
 亀裂は蜘蛛の巣のように広がり、コンクリート片がバラバラと崩れ落ちる。
 衝撃波が市街地を駆け抜け、周囲の窓ガラスが一斉に震えた。
「……あんなもん、まともにくらったらやばいぞ」
「……かなり硬くコーティングされているみたいだね。まさか倒壊しないなんて。……それに、よく避けたね。もう少し強くしてみるか」
「……まだ強くできるのかよ」
「ああ、もう少しだけね。さっきのは六割ぐらいだから」
「……今ので六割か……」
 男子生徒は何やら考え込むように視線を落とした。
(……やっぱりか)
 先程の一撃。
 あれを避けられたのは、ほとんど勘だった。
 もし直撃していれば――間違いなく終わっていた。
「何を考えているんだい?」
「いや、本気でやったらどれくらいの強さか考えてるだけだ。……と言うより、本気でやってこないってことは、手を抜いてるってことだろ」
「別にそんなことはないよ。さっきの大技は魔力の消費も激しいしね。……それより、君の方こそ本気でやらないのかい?」
「……俺は最初から本気だっての」
「……まあ、君がそういう嘘を通したいならそれでいいよ。……ただ、早く本気になった方がいい」
 帝の纏う空気が一変した。
 貴族の優雅な微笑みが消え、冷徹な剣士の瞳で男子生徒を射抜く。
「――一瞬で終わってしまうからね」
 帝の姿が掻き消えた。
 先程よりもさらに速い、視認すら困難な踏み込み。
「グッ……!」
 男子生徒は勘だけで身を捩ったが、帝の刀が右肩を掠め、鮮血が舞う。
「逃がさないよ」
 帝は間髪入れずに追撃を掛ける。
 男子生徒は血を流しながらも、必死に急所だけを逸らして致命傷を避けていた。
「グッ……【アイス・ランス】!」
 至近距離から、男子生徒が氷の槍を放つ。属性を変えた意表を突く反撃。
「フッ……」
 だが、帝は最小限の首の動きだけで氷の槍を躱すと、さらに懐へと踏み込んだ。
 ――カキンッ!
 男子生徒は咄嗟に長剣を横に構え、帝の凶刃をなんとか受け止める。
「甘いよ。……【暴君の風】」
「な!?」
 剣を打ち合わせたゼロ距離で、帝は空いた左手から魔法を放った。
 圧縮された暴風が男子生徒の腹部へ直撃し、その身体を情け容赦なく弾き飛ばす。
「……これで終わりだ。【真空の刃】」
 吹き飛んだ男子生徒に対し、帝は容赦のない追撃の斬撃を放った。
 轟音と共に着弾し、もうもうと土煙が舞い上がる。
「…………」
 帝が静かに刀を下ろした、その時。
「……なるほど。それが君の本気ってわけだね」
「……っぶね~」
 砂煙を切り裂き、男子生徒が現れた。
 その身体は、先程までとは違う異質な魔力――高密度の風のオーラに包まれている。
「ギリ間に合ったぜ」
「……それは、風の『属性付加』だね」
 男子生徒の身体の周りで、風がヒュンヒュンと音を立てて渦巻いていた。
「今の段階で本気を出すくらいなら、最初から本気で来れば良かったんじゃないのかい?」
「……そういう訳にもいかねぇんだわ。魔力の消費がバカにならねぇからな」
 男子生徒はポリポリと頭を掻きながら言った。
「確かに燃費は悪いからね」
 帝は男子生徒の纏う魔力を冷静に分析する。
「……そういうあんたも、まだ本気出してないんじゃないのか?」
「僕かい? そうだね、出してあげてもいいよ」
 帝が刀を構え直す。
「君がそれで、どれだけ強くなったかを見てからね」
 帝の姿が掻き消えた。
 次の瞬間には、男子生徒の眼前に現れて刀を振り抜く。
 しかし――今度は違った。
 男子生徒はそれを最小限の動きで軽々と避けると、逆に鋭いカウンターの斬撃を放ってきた。
 帝はそれを刀で弾き返す。
「……フッ、なかなかやるようになったね」
「あんたも知ってんだろ? 風の属性付加は、術者のすべてのスピードを底上げする」
「ああ、よく知っているとも」
「どうだ? これで本気でやってくれるのか?」
「……いいよ。本気を出してあげる」
 帝は不敵な笑みを浮かべた。
「……属性付加【風】」
 帝が静かに言葉を紡ぐと、彼自身の身体からも、男子生徒を凌駕するほどに澄んだ、美しくも凶暴な風のオーラが立ち昇り始めた。
「あんたもそれ、使えるのかよ……」
「……さて。ここからは手加減なしだよ」
「……望むところだ!」
 極限まで加速した二つの風が、再び激突した。