魔力の少ない魔法使い

「……あいつら、大丈夫かな」
 整然と並ぶ高層ビルと、手入れされた街路樹。人の気配だけが消えた無機質な市街地エリアで、俺はぽつりと呟いた。
隣に立つ玲奈が、呆れたように言った。
「大丈夫よ。……皆あんたよりよっぽど強いわよ」
「ひでぇな。確かにあいつらは頼もしいけど、そこまで言わなくても良いだろ」
「事実を言ったまでよ。そんなことより、自分の心配をしたら? あんたが負けたら、その瞬間に私たちの敗北が決まるんだから」
「……確かにそうか」
 俺は苦笑し、気を引き締めた。
 ここは拠点の中枢。背後のビルには黒崎が潜んでいるし、目の前にはこのクラスで最強の一角である玲奈がいる。盤石の布陣のはずだった。
「……まあ、私はあの馬鹿姉妹が来てくれることを願ってるけどね。まとめて叩き潰してあげるわ」
「…………」
 敵リーダーである雨宮が、あの水無家の双子をどう動かしてくるか。あるいは、あいつらが勝手に突っ込んでくるか。
 そう考えていた、その時だった。
「「馬鹿姉妹ってのは誰のことかしら……!」」
「「…………!?」」
 前方の街角から同時に響いた、聞き覚えのある鋭い声。
俺たちが視線を向けた先、水無姉妹が並んで立っていた。二人の声がハモっていたのは、単なる偶然ではなく、息の合った姉妹ならではの呼吸だったのだろう。
 ポニーテールを揺らす京子が勝ち気に俺たちを睨みつけ、縦ロールを完璧に整えた涼子が優雅な仕草で、しかし額に青筋を浮かべて立っている。
「「馬鹿姉妹って言うなっ!」」

「……あら、私、嘘をつくのは嫌いなのよ。思ったことを口に出して何が悪いのかしら?」
 玲奈が不敵に口角を上げる。開会式の時と同じ、完全におちょくるつもりの挑発だ。
「相変わらず失礼な方ですわね、西園寺さん! 今日こそその不遜な態度を後悔させてあげますわ!」
 涼子が鋭い瞳で言い放つ。すると、姉妹の背後から聞き覚えのある、少し気だるげな声が響いた。
「……随分と賑やかだね。お待たせ、隼人」
「……雨宮。やっぱりお前が来たか」
 眼鏡をかけた知的な風貌の男子生徒――雨宮 俊。彼がA組のリーダーであることは事前に分かっていた。だが、こうして直面すると、開会式の時以上にその纏う空気が重く感じる。
派手な威圧感があるわけじゃない。
それなのに、自然と警戒心を引き上げられるような、静かな圧力があった。
「リーダーのくせに、こんな最前線までよく来たな。お嬢様方の護衛か?」
「……いやぁ、この二人がどうしても『西園寺お嬢様と闘いたい』って聞かなくてね。付き添いだよ、付き添い。……お嬢様方、少し落ち着いてください。見苦しいですよ」
「あなたは黙ってなさい!」
「……はぁ~あ」
 雨宮が深いため息をつきながら肩をすくめる。その「猛獣使いの苦労人」っぷりは相変わらずだが、俺は油断しなかった。三対二。人数的には圧倒的に不利だ。
(黒崎に手伝ってもらうか? いや、しかし……)
「あ、そうそう。俺らちなみに四人で来たんだわ」
「……四人?」
 雨宮の言葉に、背筋に冷たい戦慄が走った。
「その通りだよ。……あとの一人は、お前らの隠れている『仲間の所』に行ってもらったよ」
 俺は慌てて、黒崎が潜んでいる方角を振り返った。
「なんで分かったかって顔してるな……。あっちに行った仲間は魔力探知に優れててね。ここまで誰にも会わずに来れたのも、あそこに隠れているのが一人だって分かったのも、全部あいつのおかげさ」
「……魔力探知」
 絶望的な報告だった。黒崎の加勢は期待できない。それどころか、今頃あいつも別の敵と対峙しているはずだ。援護を求めることも、退路を確保することも、全部最初から封じられていたということになる。
 ここで、この三人を相手にするしかないのだ。
「いいわ、隼人。……私があの馬鹿姉妹をまとめて相手にするから、あんたはあいつとやりなさい」
 玲奈が凛とした足取りで前へ出た。
「……いいのか? いくらお前でも、二対一は……」
「あんたは自分の方を心配しなさい。あいつ、相当やるわよ」
「……そうだな」
玲奈の言葉には、確かな信頼が籠もっていた。不安がないと言えば嘘になる。けれど、この背中を見ていると、余計な心配が馬鹿らしく思えてくる。大丈夫だ、玲奈は強い。ならば、俺も目の前の敵――雨宮に集中するだけだ。

「……あなたたち二人は、私が相手をするわ。文句はないわよね?」
「どこまでも私たちを舐めてくれるじゃない……! いいわ、受けて立つわよ!」
「京子! わたくしの格好いい決め台詞を先に言わないでくださいまし! ……西園寺さん、覚悟なさいませ!」

「……となると、俺の相手はお前ってわけだ、桐宮」
 雨宮がゆっくりと歩み寄る。
「……ああ。なんか文句でもあるのか?」
「いーや、そんな訳ないじゃん。……むしろ、楽しみだよ。(みかど)に勝った実力がどんなもんか、特等席で見せてもらうぜ」
「……そういうことか。……あれは運が良かっただけなんだけどな」
(実際、今の俺に勝てる気はしねぇんだけどな……)
 内心で冷や汗をかくが、雨宮は楽しげに肩をすくめた。
「まあ、そういうわけだ。楽しくやろうぜ」
「……楽しむんじゃなくて勝つのよ! 絶対に!」
「そうですわ! あなたならできますわ、俊さん!」
 水無姉妹の叱咤に、雨宮は苦笑しながら小声で俺にささやいた。
「……分かってますってお嬢様方。……はぁ、おっかねぇ。なぁ、負けてくれないか?」
「無理に決まってんだろ。……俺にも、後ろに『おっかないの』がいるんだ」
 俺は玲奈を見た。彼女は、燃えるような瞳でこちらを射抜いていた。
「……せっかく一対一でやるんだ。邪魔しないよう移動しようぜ。ついて来い」
「……ちょっと待て。そっちに罠とか仕掛けたりしてんじゃねぇだろうな」
「そんなせこいことしねぇよ」
(まあ、こいつがそんなことをするとは思わないけど、一応な。)
「……そんなに疑うんだったら、お前が移動する場所を選んでいいぞ」
「……いや、大丈夫だ」
「いいのか……だったら黙ってついて来いよ」
 雨宮が背を向け、歩き出す。俺もそれに続こうとした時、玲奈が少しだけ視線を逸らし、独り言のように呟いた。
「……言われなくても分かってると思うけど、負けるんじゃないわよ」
「……おう」
「……私だけじゃないわよ」
「……?」
「……みんなあんたを信じてるから、あんたをリーダーに選んだのよ。……絶対に勝ちなさい」
「……ああ、分かってる」
 その言葉を胸に、俺は雨宮の後に続いた。
 人の消えたアスファルトに、二人分の足音が響く。静かで、どこまでも続くような無人の街。その静寂が、戦いの前の緊張をじわりと押し上げてくる。負けるわけにはいかない。皆が、玲奈が、俺を信じている。それだけで十分だった。