「あら、あなた達が相手かしら?」
ビルの隙間に挟まれた、少しばかり開けた広場。砂埃が舞うその中央で、一人の女子生徒が余裕を含んだ笑みを浮かべて声をかけてきた。
サラと橘の前には、A組の二人の女子生徒が立ちはだかっている。一人は腰に手を当てて不敵に笑い、もう一人は灰色の瞳でこちらを冷たく射抜いていた。
「見れば分かる。相手は二人しかいない。余計な確認は時間の無駄」
隣に立つ、ぶっきらぼうな印象の女子生徒が、吐き捨てるように言い返した。
「ちょ、ちょっと! いちいち突っかからないでちょうだい! 私が場を和ませてあげてるんじゃない!」
「和ませる必要はない。戦うだけ。あんたのそういう甘さが、作戦を台無しにする」
「な、なんですって!? あんたのその可愛げのない性格のせいで、どれだけチームの空気が悪くなってると思ってるのよ!」
どうやらこの二人、コンビを組んではいるものの、仲の良さは壊滅的であるらしい。目の前で始まった激しい言い合いに、サラと橘は顔を見合わせ、困惑の視線を交わした。
「……仲、悪いのかな?」
「みたいだね。連携とか、大丈夫なのかな?」
橘は苦笑いを浮かべ、困ったように眉を下げた。殺伐とした魔闘祭の最中とは思えない光景だ。
サラは冷静に、そして極めて現実的な視線で相手を観察する。
――隙だらけだ。言い合いに意識を割かれ、足元がお留守になっている。
サラは無意識に指先を動かし、最短距離で彼女たちの喉元を突くルートを脳内でシミュレートした。魔闘祭というルールがある以上、勝てば官軍。情けをかける必要などどこにもない。
「瑞希、どうしよ?」
「え?」
「今、言い合ってる間に攻撃しちゃう? 隙だらけだし、勝たなきゃいけないし」
サラは小声で、真面目に提案した。その瞳に邪悪な意図はなく、あくまで効率的に勝利を掴もうとする戦士の目だった。
橘は思わず目を丸くし、慌ててサラを宥める。
「サラちゃん、さすがにそれは……。ちょっと不意打ちが過ぎるというか、心が痛むかな」
「そう? でも、戦場だし……」
「確かにそうなんだけどね。あ、ほら、終わったみたいだよ」
「って、こんなことやってる場合じゃないじゃない!」
女子生徒の一人が急に叫び、こちらを指差した。言い合いに終止符が打たれたようだ。
「ふぅ。お待たせ。ちょっとした身内の意見交換よ、気にしないで」
「え、あ、はい。大丈夫ですよ。こちらも準備はできていますから」
橘が反射的に、いつもの癖で丁寧な敬語で答える。すると、女子生徒は意外そうな顔をして眉をひそめた。
「なんで敬語? 私たち、同学年でしょ?」
「あ、すいません。私、初対面の方にはどうしても癖で使ってしまうんです」
橘は少し困ったように笑いながら、頭を下げた。
「なんか、同級生にそんな風に敬語を使われると、調子狂っちゃうわね。できればやめてもらいたいんだけど」
「善処します。……頑張ります」
橘は真剣な表情で頷いた。その律儀すぎる態度に、敵の女子生徒は呆れたように肩をすくめる。
「今の『頑張ります』も、なんか違うのよね。もっとこう、『叩き潰してやるわ』とか言えないわけ?」
女子生徒が眉間のしわを深くする。戦う前から戦意を削がれるような、不思議な空気感。橘の天然気味な律儀さは、時にどんな挑発よりも相手のペースを乱す毒になり得た。
「……まあ、いいわ。それじゃあ始めるわよ? 文句はないわね」
女子生徒は軽く肩を回し、好戦的な瞳を輝かせた。瞬間、広場の温度が数度下がったかのような錯覚を覚える。空気が一変し、肌を刺すような緊張感が膨れ上がった。
「うん。いいよ、いつでも」
サラが短く答え、重心を落とした。
女子生徒は二人を見比べ、人差し指で橘を指し示した。
「あー……じゃあ私は、あの敬語を使う子とやるわ。あんたはこっちの無口な子ね」
「勝手に決めるな。……まあいい。私はそっちの『鎌使い』に興味があった」
ぶっきらぼうな方の女子生徒が、サラを見据えて呟き、その指先が虚空をなぞる。
武具召喚。
重厚な魔力が渦を巻き、彼女の手に巨大な剣が具現化した。あらゆる光を飲み込むような漆黒の大剣。幅広の刀身は彼女の身長ほどもあり、ただそこにあるだけで周囲の空気を圧迫するような重量感を放っていた。
「刈り取れ――〈三日月〉!」
サラも負けじと声を上げ、武具を呼び出す。
淡い光の粒子が収束し、彼女の手に現れたのは巨大な漆黒の大鎌。美しい曲線を描く刃は、死神の得物を彷彿とさせる優美な立ち姿を見せた。
橘と相対する女子生徒が、サラの大鎌を一瞥して呟く。
「物騒な武器。女の子が持つようなものじゃないわね」
「あの人の武器も、十分に物騒だと思いますけど」
橘が小さく苦笑しながら言い返した。
「で、あなたの武器は? まさか素手ってわけじゃないでしょ?」
「違います。私の武器は、これです」
橘が静かに手を上げると、彼女の周囲に淡い桜色の光が舞った。
「咲き誇れ――〈天ノ桜〉」
光が形を成し、彼女の手の中に一本の和弓が現れる。桜の木目が美しく走り、弦を引くたびに花弁が舞い散るような、幻想的で優美な姿。
「へぇ、弓か~……。それじゃあ、私とは相性最悪ね」
女子生徒は不敵に笑うと、左右の手に魔力を集中させた。
「――来なさい!」
具現化したのは、鋭利な双剣。
左右それぞれに握られた刃が、陽光を反射して冷たく光った。弓使いにとって、距離を詰めようとする双剣使いは、まさに天敵とも言える相手だ。
「瑞希、私と代わる?」
サラが小声で問いかけた。
「ううん、大丈夫」
橘は力強く首を振る。
「気をつけてね、サラちゃん」
「それは瑞希も同じ。その双剣の人、すごく速そう」
二人は短く視線を交わし、小さく笑い合う。その信頼に満ちた空気は、先ほどまで言い合っていたA組の二人とは対照的だった。
その様子を冷ややかに見届けていた大剣使いの女子生徒が、重厚な刀身をゆっくりと持ち上げた。
ただの構えではない。彼女を中心に、広場の砂埃が円を描くように外側へと弾き飛ばされる。
「……そろそろ、始める」
低く、重い宣告。
それを合図に、サラは大鎌を横一文字に構えて低く身構えた。漆黒の刃がアスファルトの表面をかすり、火花が激しく散る。
「覚悟してね、敬語の女の子。一気に詰めさせてもらうわよ!」
双剣の女子生徒が腰を落とし、爆発的な踏み込みを見せた。その瞬間、広場を支配していた静寂は、アスファルトを砕くような衝撃音へと塗り替えられる。
「行くよ!」
サラが地面を蹴る。
爆発的な加速と共に大鎌を振り上げ、正面から迫る大剣使いへと一直線に肉薄した。
一方で、橘は蝶のように軽やかなステップでさらに後方へと飛び退く。弓使いにとって、距離こそが命。
サラの背後、その頭上をかすめるように放たれた桜の矢が空を切り、二つの戦いが、同時に火蓋を切った。
ビルの隙間に挟まれた、少しばかり開けた広場。砂埃が舞うその中央で、一人の女子生徒が余裕を含んだ笑みを浮かべて声をかけてきた。
サラと橘の前には、A組の二人の女子生徒が立ちはだかっている。一人は腰に手を当てて不敵に笑い、もう一人は灰色の瞳でこちらを冷たく射抜いていた。
「見れば分かる。相手は二人しかいない。余計な確認は時間の無駄」
隣に立つ、ぶっきらぼうな印象の女子生徒が、吐き捨てるように言い返した。
「ちょ、ちょっと! いちいち突っかからないでちょうだい! 私が場を和ませてあげてるんじゃない!」
「和ませる必要はない。戦うだけ。あんたのそういう甘さが、作戦を台無しにする」
「な、なんですって!? あんたのその可愛げのない性格のせいで、どれだけチームの空気が悪くなってると思ってるのよ!」
どうやらこの二人、コンビを組んではいるものの、仲の良さは壊滅的であるらしい。目の前で始まった激しい言い合いに、サラと橘は顔を見合わせ、困惑の視線を交わした。
「……仲、悪いのかな?」
「みたいだね。連携とか、大丈夫なのかな?」
橘は苦笑いを浮かべ、困ったように眉を下げた。殺伐とした魔闘祭の最中とは思えない光景だ。
サラは冷静に、そして極めて現実的な視線で相手を観察する。
――隙だらけだ。言い合いに意識を割かれ、足元がお留守になっている。
サラは無意識に指先を動かし、最短距離で彼女たちの喉元を突くルートを脳内でシミュレートした。魔闘祭というルールがある以上、勝てば官軍。情けをかける必要などどこにもない。
「瑞希、どうしよ?」
「え?」
「今、言い合ってる間に攻撃しちゃう? 隙だらけだし、勝たなきゃいけないし」
サラは小声で、真面目に提案した。その瞳に邪悪な意図はなく、あくまで効率的に勝利を掴もうとする戦士の目だった。
橘は思わず目を丸くし、慌ててサラを宥める。
「サラちゃん、さすがにそれは……。ちょっと不意打ちが過ぎるというか、心が痛むかな」
「そう? でも、戦場だし……」
「確かにそうなんだけどね。あ、ほら、終わったみたいだよ」
「って、こんなことやってる場合じゃないじゃない!」
女子生徒の一人が急に叫び、こちらを指差した。言い合いに終止符が打たれたようだ。
「ふぅ。お待たせ。ちょっとした身内の意見交換よ、気にしないで」
「え、あ、はい。大丈夫ですよ。こちらも準備はできていますから」
橘が反射的に、いつもの癖で丁寧な敬語で答える。すると、女子生徒は意外そうな顔をして眉をひそめた。
「なんで敬語? 私たち、同学年でしょ?」
「あ、すいません。私、初対面の方にはどうしても癖で使ってしまうんです」
橘は少し困ったように笑いながら、頭を下げた。
「なんか、同級生にそんな風に敬語を使われると、調子狂っちゃうわね。できればやめてもらいたいんだけど」
「善処します。……頑張ります」
橘は真剣な表情で頷いた。その律儀すぎる態度に、敵の女子生徒は呆れたように肩をすくめる。
「今の『頑張ります』も、なんか違うのよね。もっとこう、『叩き潰してやるわ』とか言えないわけ?」
女子生徒が眉間のしわを深くする。戦う前から戦意を削がれるような、不思議な空気感。橘の天然気味な律儀さは、時にどんな挑発よりも相手のペースを乱す毒になり得た。
「……まあ、いいわ。それじゃあ始めるわよ? 文句はないわね」
女子生徒は軽く肩を回し、好戦的な瞳を輝かせた。瞬間、広場の温度が数度下がったかのような錯覚を覚える。空気が一変し、肌を刺すような緊張感が膨れ上がった。
「うん。いいよ、いつでも」
サラが短く答え、重心を落とした。
女子生徒は二人を見比べ、人差し指で橘を指し示した。
「あー……じゃあ私は、あの敬語を使う子とやるわ。あんたはこっちの無口な子ね」
「勝手に決めるな。……まあいい。私はそっちの『鎌使い』に興味があった」
ぶっきらぼうな方の女子生徒が、サラを見据えて呟き、その指先が虚空をなぞる。
武具召喚。
重厚な魔力が渦を巻き、彼女の手に巨大な剣が具現化した。あらゆる光を飲み込むような漆黒の大剣。幅広の刀身は彼女の身長ほどもあり、ただそこにあるだけで周囲の空気を圧迫するような重量感を放っていた。
「刈り取れ――〈三日月〉!」
サラも負けじと声を上げ、武具を呼び出す。
淡い光の粒子が収束し、彼女の手に現れたのは巨大な漆黒の大鎌。美しい曲線を描く刃は、死神の得物を彷彿とさせる優美な立ち姿を見せた。
橘と相対する女子生徒が、サラの大鎌を一瞥して呟く。
「物騒な武器。女の子が持つようなものじゃないわね」
「あの人の武器も、十分に物騒だと思いますけど」
橘が小さく苦笑しながら言い返した。
「で、あなたの武器は? まさか素手ってわけじゃないでしょ?」
「違います。私の武器は、これです」
橘が静かに手を上げると、彼女の周囲に淡い桜色の光が舞った。
「咲き誇れ――〈天ノ桜〉」
光が形を成し、彼女の手の中に一本の和弓が現れる。桜の木目が美しく走り、弦を引くたびに花弁が舞い散るような、幻想的で優美な姿。
「へぇ、弓か~……。それじゃあ、私とは相性最悪ね」
女子生徒は不敵に笑うと、左右の手に魔力を集中させた。
「――来なさい!」
具現化したのは、鋭利な双剣。
左右それぞれに握られた刃が、陽光を反射して冷たく光った。弓使いにとって、距離を詰めようとする双剣使いは、まさに天敵とも言える相手だ。
「瑞希、私と代わる?」
サラが小声で問いかけた。
「ううん、大丈夫」
橘は力強く首を振る。
「気をつけてね、サラちゃん」
「それは瑞希も同じ。その双剣の人、すごく速そう」
二人は短く視線を交わし、小さく笑い合う。その信頼に満ちた空気は、先ほどまで言い合っていたA組の二人とは対照的だった。
その様子を冷ややかに見届けていた大剣使いの女子生徒が、重厚な刀身をゆっくりと持ち上げた。
ただの構えではない。彼女を中心に、広場の砂埃が円を描くように外側へと弾き飛ばされる。
「……そろそろ、始める」
低く、重い宣告。
それを合図に、サラは大鎌を横一文字に構えて低く身構えた。漆黒の刃がアスファルトの表面をかすり、火花が激しく散る。
「覚悟してね、敬語の女の子。一気に詰めさせてもらうわよ!」
双剣の女子生徒が腰を落とし、爆発的な踏み込みを見せた。その瞬間、広場を支配していた静寂は、アスファルトを砕くような衝撃音へと塗り替えられる。
「行くよ!」
サラが地面を蹴る。
爆発的な加速と共に大鎌を振り上げ、正面から迫る大剣使いへと一直線に肉薄した。
一方で、橘は蝶のように軽やかなステップでさらに後方へと飛び退く。弓使いにとって、距離こそが命。
サラの背後、その頭上をかすめるように放たれた桜の矢が空を切り、二つの戦いが、同時に火蓋を切った。
