魔力の少ない魔法使い

「う~ん、今のところ敵もいないし、このままスス~ッとリーダーの所まで行けちゃったりして!」
 瓦礫の隙間に咲く名もなき花を眺めながら、五十嵐は能天気な声を上げた。
 彼女の隣を歩くのは、赤髪を微かに揺らすティオナ。二人は今、ビル群の奥へと足を進めていた。
「…………」
「……ん? ティオナ、どうかした? なんだか元気ないね?」
 五十嵐が顔を覗き込むと、ティオナは視線を泳がせ、小さく首を横に振った。
「……そんなこと、ない」
「えー、そうかなぁ? いつも以上に口数が少ないっていうか、空気がピリピリしてるっていうか。隠しても無駄だよー、私の鼻は誤魔化せないんだから!」
 五十嵐がふざけてクンクンと鼻を鳴らすと、ティオナは観念したように俯いた。長い睫毛が震えている。
「……あ! もしかして、緊張してる?」
「…………」
 ティオナは無言のまま、消え入りそうな動作で一度だけ頷いた。
「やっぱり! ティオナでも緊張することあるんだ! なんだか意外で可愛いかも!」
「……緊張しないの?」
「えっ? 私? するよ! もちろん! 今だって心臓がバックバクで、放っておいたら口から飛び出しそうなくらい!」
「……とても、そうは見えない」
「あはは! 見えないように明るくしてるの! 落ち込んでたら、勝てる戦いも勝てなくなっちゃうでしょ?」
 五十嵐は「えっへん」と胸を張り、眩しいほどの笑顔を見せた。その明るさに救われたのか、ティオナの表情から僅かに硬さが取れる。だが、次の瞬間、ティオナの瞳が鋭く細められた。
「……敵」
 ティオナが足を止めた。
「えっ!?」
「……約百メートル先。建物の角を曲がった開けた場所に、二人」
 ティオナが指差す先は、崩れたビルの影で見通しが悪い。五十嵐が目を凝らしても何も見えないが、ティオナの魔力感知能力を疑う余地はなかった。
「えっ……うそ、ほんと? 全然気配が分からなかったよ」
ティオナが無言で頷く。
「よく分かるね、すごいや。やっぱりティオナは頼りになるね!」
「……そんなこと、ない。……奇襲する」
 ティオナは静かに歩き出した。音もなく、影に溶け込むような足取り。五十嵐も慌てて声を潜め、彼女の後に続いた。
「私はどうしたらいい?」
「……もし奇襲が失敗したら、すぐにフォローをお願い」
「了解! 任せといて!」
 二人は物陰を伝い、標的が視認できる距離まで肉薄した。
車両の影に身を伏せ、ティオナはそっと広場を覗き込む。五十嵐も息を潜め、敵の様子を観察した。
前方の広場には、手持ち無沙汰に周囲を警戒している男子生徒が二人。どうやらこちらには全く気付いていない様子だ。
「……じゃあ、ティオナ。頼んだよ」
「……導いて――〈ケルキオン〉」
「私も一応、準備しなきゃね。切り裂け――〈猫又〉!」
 二人は同時に武具召喚を行った。
 五十嵐の両手には、鋭い爪を備えた手甲。そしてティオナの手には、大杖〈ケルキオン〉が握られる。
 ティオナが杖を構えると、周囲の空気が一変した。大気が震え、熱を帯びた魔力が彼女を中心に渦を巻く。
「……万物の力の源にして、全てを燃やし尽くす灼熱の焔たる炎よ」
 超高密度の火球が生成される。それは太陽の欠片を切り取ったかのような、直視できないほどの輝きを放っていた。
「ちょ、ちょっとティオナ!? その魔法って、まさか最上級魔法……!?」
 五十嵐が驚愕に目を見開く中、ティオナは冷徹に詠唱を完遂させた。
「我が心に集いて来たれ。その紅蓮の業火により、全てを滅せ――【インフェルノ・フレイム】!」
 轟音と共に、紅蓮の炎柱が二人のいた地点を直撃した。
爆ぜる炎が地面を焼き、周囲の瓦礫を弾き飛ばす。
熱風が広場を吹き抜け、窓ガラスがビリビリと震えた。
「や、やったの……?」
「……だめ。避けられた」
 炎が揺らめく中から、苦々しい声が響いた。
「っつー……! あっつ! あぶねぇ、死ぬかと思ったぜ今のは!」
「くそ! もっと早く気付けよ、バカ!」
 炎の中から姿を現したのは、無傷の男子生徒一人と、左腕を抑えて顔を歪めるもう一人。かすり傷とはいえ、最上級魔法の余波に焼かれた肌は痛々しく赤変し、制服の袖がボロボロに焦げ落ちている。
「……今の、避けたの!?」
 五十嵐が信じられないといった声を出す。
「こいつは避けきれなかったみたいだけどな。……にしても、最上級魔法か。そんなもんを挨拶代わりにぶっ放す奴が相手とは、運が良いのか悪いのか」
 傷のない方の男子生徒が、不敵な笑みを浮かべてティオナを指差した。
「……無視かよ。まぁいい、その杖の女は俺が相手する。文句ねぇよな?」
「はぁ? なに勝手に決めてんだよ」
「避けれなかった奴が何言ってんだ。大人しく、そっちの大人しそうな方の相手でもしてろよ」
「……チッ、まぁいいよ。そっちはお前に譲るわ。……見たところ、こっちの女の子は俺と同じ系統の武器みたいだしな」
 男子生徒が不敵な笑みを浮かべ、五十嵐の前に立ちふさがる。
「……一緒?」
「ああ。俺の武器も鉤爪なんだよ。……来い、〈虎豹(こひょう)〉!」
 男子生徒が叫ぶと、彼の両手に黒光りする禍々しい鉤爪が装着された。虎の牙を思わせる太く鋭利な三本の刃。それが激しく打ち鳴らされると、コンクリートを切り裂くような金属音が響いた。

「俺のは『虎』と『豹』の力を宿した猛獣の爪だ。速度と破壊力、その両方を兼ね備えてる。お前のはなんだ? まさか、その細い腕で俺と競り合うつもりか?」
「……猫よ」
「……プッハハハ! 猫ぉ!? 猫かよ! 随分とかわいらしいじゃねぇか! 悪いことは言わない、怪我する前にペットショップにでも帰るんだな!」
「……馬鹿にするんじゃないわよ! 猫を舐めたら、痛い目を見るんだから!」
 五十嵐は地面を蹴った。その動きはまるで猫だった。
低く、素早く、そして柔らかい。
一直線に突っ込むのではなく、左右に小刻みに跳ねながら距離を詰め、敵の喉元を狙って鋭い一閃が走った。
「お? 向こうはもう始まったみたいだな。さて、こっちもやるか」
「…………」
 残された男子生徒がティオナに語りかけるが、彼女は相変わらずの石像のような無言を貫く。
「無視すんなよ。寂しいだろ?」
「…………」
「んだよ、そういう『喋ったら死ぬ呪い』でもかかってるキャラか?……まあいい。始めるか。……いいだろ?」
 ティオナは杖を握る手に力を込め、黙ったまま、深く頷いた。
「返事はするんだな。……よし、来い。〈牙狼(がろう)〉!」
 彼の手に召喚されたのは、銀色に光り輝く片手剣。だがその刃の片側は、狼の牙を並べたような無数のギザギザが刻まれている。一度食い込めば肉を抉り取る、残虐な形状の武具だった。
「お前の武器は杖。つまり遠距離タイプだ。そして俺の武器は剣。つまり近距離タイプ。……ふふ、相性抜群だろ?」
 男子生徒はそう言い放つと、獣のような勢いでティオナとの間合いを詰めにかかった。