「しかし、あいつがあんなこと言うとはな……。明日は槍か雨でも降るんじゃねぇか?」
帝を背後に残し、ビル風が吹き抜ける大通りを駆け抜けながら、紘弥は独りごちた。
あのプライドを煮詰めたような男が、「先に行け」などと言い出した。その光景を思い出すたびに、紘弥の胸のうちは得も言われぬ熱さと、むず痒いような気恥ずかしさで満たされる。
「ま、あいつが負けるなんて万に一つもねぇだろ。俺はとっとと『大将』を見つけて終わらせるか!」
加速する。アスファルトを力強く蹴り上げる振動が、無機質なビルの壁に反響し、重低音となって周囲に響く。窓ガラスの破片が道端でチリチリと鳴り、自分が立てる足音以外は何一つ聞こえない――はずだった。
(帝の言う通りにするのは癪だが、さっきの二の舞にならないよう警戒しといた方が良いか……。あいつ、意外と鼻が利くからな)
意識を周囲の路地やビルの影に向ける。すると、紘弥の野生的な勘が、背後の死角から異質な気配を即座に捉えた。だが、紘弥は足を止めない。反射的に研ぎ澄まされた耳が拾ったのは、鈴を転がすような、凛とした少女の声だった。
「行かせないよ」
(げっ、女子かよ。……ちっ、面倒くせぇ! 女子相手にマジになるのは俺の信条じゃねぇんだ。よし、ここは一つ、気付かないふりをして撒いちまうか!)
紘弥は内心で舌打ちをすると、あえて一度も振り返ることなく、さらに足の回転を早めた。
「行かせないってば!」
背後から、さらに寄った制止の声。だが、紘弥は「何も聞こえていない」という顔を鉄面皮で貫き通した。
「しかし、どこにいやがるんだあの野郎。A組の大将ってのは、随分と恥ずかしがり屋らしいなー!」
わざとらしいほど大きな独り言を口にしながら、紘弥はさらに足音を派手に鳴らして突き進む。
「……ちょっと、行かせないってば!」
(……俺は今、敵の探索に集中しすぎて周りの音が一切聞こえてねぇ、そういうことにしとけ。俺は馬鹿なんだ、不器用なんだ。そうだ、それでいい)
自分自身に言い聞かせるように、紘弥は加速を緩めない。必死についてくる軽やかな足音が、背後数メートルの位置で響いている。彼女も相当な実力者なのだろう。この速度についてくるとは驚きだが、紘弥はあくまで「孤独な捜索者」を演じ続けた。
「適当に進んでたらそのうち見つけられるか。おーい! 大将、出てこいよー!」
「……無視するなッ!」
直後、空気を引き裂く魔力の波動が、紘弥の背後を狙って解き放たれた。
鋭い熱量。本気でこちらを止めに来る一撃。
紘弥は「うわっ、なんだ!?」という大仰なリアクションをとりながら、間一髪で前方へダイブした。
ドォォォン! と、彼が先ほどまでいた場所の路面が魔法の礫によって粉砕される。
「うぉっ! ……あ、あっぶねぇ~! な、なんだ今の!? 奇襲か!?」
地面を二、三度転がりながら立ち上がった紘弥は、大げさに驚いて見せた。
「無視するから悪いんだよ! 女の子がせっかく話しかけてあげてるのに、失礼すぎるでしょ!」
土煙を割り、一人の女子生徒が怒りに肩を震わせて立っていた。A組の制服を凛々しく着こなし、その手にはまだ魔力の残滓が揺らめいている。
「一体どこから飛んできやがったんだ! 全然気付かなかったぜ!」
紘弥はキョロキョロと周囲を、わざとらしく見回した。そのあまりに白々しい態度に、女子生徒の額に青筋が浮かぶ。
「……ここだよ、ここ! さっきからずっと後ろを走ってたんだけど!」
「いつの間に後ろに!?」
「……いい加減にして。それ、わざとやってるでしょ。私の『気配』には気付いてたくせに!」
「なんのことだか分からねぇな。俺はいつでも真面目に捜索中だ」
「絶対わざとだ! わざとに決まってる! 乙女のプライドを傷つけた罪は重いんだからね!」
女子生徒は無視された屈辱に、拳を振り上げながら叫んだ。
こうなれば、もう「気付かないふり」を続けるのは限界だった。紘弥は観念したように後頭部をガシガシと掻きむしり、バツの悪そうな顔を隠さない。ふと、視線をさりげなく足元に落とすと、そこにはさっきの一撃でえぐれた路面が転がっていた。直径にして優に一メートルを超える抉れ跡が、アスファルトに生々しく刻まれていた。
(……あれが直撃してたら、笑えなかったな)
ガードしていても、ただでは済まなかっただろう。女子だからと油断していたわけではないが、あの一撃の純粋な破壊力は、紘弥の想定を軽く超えていた。
こいつ、相当やる。
「……ちっ、バレたか」
「やっぱり! なんでそんな酷いことするのさ!」
「酷いって言われてもな……。まあ確かに、女の子がせっかく可愛い声で話しかけてくれてんのに、それを無視する男は酷いか」
「……え、あ、可愛い?まぁ……それはそうかもしれないけど……」
突然の言葉に、女子生徒の頬がわずかに赤らむ。
「……って、誤魔化されないよ! 私と君は敵同士なんだから!」
「……マジかよ。やっぱり戦わなきゃならねぇのか」
「……当たり前でしょ。やっぱり君、相当な馬鹿だね。阿呆だね」
女子生徒は呆れたように吐き捨てた。
紘弥は溜息をつき、困ったように視線を逸らす。
「ちげぇよ。そういう意味じゃなくて……。俺の信条に関わる問題なんだよ」
「??」
女子生徒は不思議そうに首を傾げる。
紘弥は真剣な眼差しを彼女に向け、真っ向から告げた。
「戦う相手が女子だからだ。なんというか……俺は、女を殴るような奴にはなりたくねぇんだよ。例え魔闘祭だろうとな」
その言葉に、女子生徒は一瞬呆気にとられたように口を半開きにした。一陣の風が彼女の髪を揺らす。
「へぇ~……。意外と紳士なんだね、君」
「……まぁな。それが『男』ってヤツだろ」
「って、そこ自分で認めちゃうんだ。自称紳士とか、一番怪しいんだけど」
「いいだろ別に! 実際俺は、女子相手に本気を出したくねぇんだ。な? そういう男って、紳士的だろ?」
紘弥はどこか誇らしげに、自分を肯定するように頷いた。
だが、女子生徒の瞳から色が消えた。先ほどまでのコミカルな怒りではなく、戦士としての「静かな怒り」が、彼女の周囲の空気をピリつかせる。
「……ふーん。考え方は確かに紳士的かもしれないけど……それって、私のこと舐めてるってことでしょ!」
彼女がそう言い切った瞬間、周囲の温度が急激に下がったように感じられた。それは物理的な冷気ではなく、彼女の殺気が放つプレッシャーだった。
「本気を出さない? 女だから戦いたくない? ……ふざけないで。性別で勝敗が決まるほど、この戦いは甘くないよ。私は、一人の魔法使いとしてここに立ってるんだから」
「おい、待て……そんな怖い顔すんなよ」
「問答無用! その余裕、骨の髄まで後悔させてあげる!」
女子生徒は鋭く、重厚な音を立てて地面を蹴り上げた。
風をも置き去りにするような神速の踏み込み。一瞬で間合いを詰めた彼女の小さな拳が、紘弥の顔面へと容赦なく、そして真っ直ぐに突き出される。
「おっと……!」
紘弥は咄嗟に両腕を交差させてガードするが、その瞬間に腕を伝わってきたのは「衝撃」ではなく「破壊」に近い重みだった。
「……っ! 重っ!?」
女子の細い腕から放たれたとは思えない破壊力。紘弥の巨体が、アスファルトごと後方へ十メートル近く滑っていく。ガードした腕の骨がミシリと鳴る。
「紳士なんだよね? だったら、最後まで私の攻撃を全部受けてよね。……一歩でも引いたら、承知しないから!」
女子生徒は追撃の手を緩めず、再び弾丸のように跳躍した。
帝を背後に残し、ビル風が吹き抜ける大通りを駆け抜けながら、紘弥は独りごちた。
あのプライドを煮詰めたような男が、「先に行け」などと言い出した。その光景を思い出すたびに、紘弥の胸のうちは得も言われぬ熱さと、むず痒いような気恥ずかしさで満たされる。
「ま、あいつが負けるなんて万に一つもねぇだろ。俺はとっとと『大将』を見つけて終わらせるか!」
加速する。アスファルトを力強く蹴り上げる振動が、無機質なビルの壁に反響し、重低音となって周囲に響く。窓ガラスの破片が道端でチリチリと鳴り、自分が立てる足音以外は何一つ聞こえない――はずだった。
(帝の言う通りにするのは癪だが、さっきの二の舞にならないよう警戒しといた方が良いか……。あいつ、意外と鼻が利くからな)
意識を周囲の路地やビルの影に向ける。すると、紘弥の野生的な勘が、背後の死角から異質な気配を即座に捉えた。だが、紘弥は足を止めない。反射的に研ぎ澄まされた耳が拾ったのは、鈴を転がすような、凛とした少女の声だった。
「行かせないよ」
(げっ、女子かよ。……ちっ、面倒くせぇ! 女子相手にマジになるのは俺の信条じゃねぇんだ。よし、ここは一つ、気付かないふりをして撒いちまうか!)
紘弥は内心で舌打ちをすると、あえて一度も振り返ることなく、さらに足の回転を早めた。
「行かせないってば!」
背後から、さらに寄った制止の声。だが、紘弥は「何も聞こえていない」という顔を鉄面皮で貫き通した。
「しかし、どこにいやがるんだあの野郎。A組の大将ってのは、随分と恥ずかしがり屋らしいなー!」
わざとらしいほど大きな独り言を口にしながら、紘弥はさらに足音を派手に鳴らして突き進む。
「……ちょっと、行かせないってば!」
(……俺は今、敵の探索に集中しすぎて周りの音が一切聞こえてねぇ、そういうことにしとけ。俺は馬鹿なんだ、不器用なんだ。そうだ、それでいい)
自分自身に言い聞かせるように、紘弥は加速を緩めない。必死についてくる軽やかな足音が、背後数メートルの位置で響いている。彼女も相当な実力者なのだろう。この速度についてくるとは驚きだが、紘弥はあくまで「孤独な捜索者」を演じ続けた。
「適当に進んでたらそのうち見つけられるか。おーい! 大将、出てこいよー!」
「……無視するなッ!」
直後、空気を引き裂く魔力の波動が、紘弥の背後を狙って解き放たれた。
鋭い熱量。本気でこちらを止めに来る一撃。
紘弥は「うわっ、なんだ!?」という大仰なリアクションをとりながら、間一髪で前方へダイブした。
ドォォォン! と、彼が先ほどまでいた場所の路面が魔法の礫によって粉砕される。
「うぉっ! ……あ、あっぶねぇ~! な、なんだ今の!? 奇襲か!?」
地面を二、三度転がりながら立ち上がった紘弥は、大げさに驚いて見せた。
「無視するから悪いんだよ! 女の子がせっかく話しかけてあげてるのに、失礼すぎるでしょ!」
土煙を割り、一人の女子生徒が怒りに肩を震わせて立っていた。A組の制服を凛々しく着こなし、その手にはまだ魔力の残滓が揺らめいている。
「一体どこから飛んできやがったんだ! 全然気付かなかったぜ!」
紘弥はキョロキョロと周囲を、わざとらしく見回した。そのあまりに白々しい態度に、女子生徒の額に青筋が浮かぶ。
「……ここだよ、ここ! さっきからずっと後ろを走ってたんだけど!」
「いつの間に後ろに!?」
「……いい加減にして。それ、わざとやってるでしょ。私の『気配』には気付いてたくせに!」
「なんのことだか分からねぇな。俺はいつでも真面目に捜索中だ」
「絶対わざとだ! わざとに決まってる! 乙女のプライドを傷つけた罪は重いんだからね!」
女子生徒は無視された屈辱に、拳を振り上げながら叫んだ。
こうなれば、もう「気付かないふり」を続けるのは限界だった。紘弥は観念したように後頭部をガシガシと掻きむしり、バツの悪そうな顔を隠さない。ふと、視線をさりげなく足元に落とすと、そこにはさっきの一撃でえぐれた路面が転がっていた。直径にして優に一メートルを超える抉れ跡が、アスファルトに生々しく刻まれていた。
(……あれが直撃してたら、笑えなかったな)
ガードしていても、ただでは済まなかっただろう。女子だからと油断していたわけではないが、あの一撃の純粋な破壊力は、紘弥の想定を軽く超えていた。
こいつ、相当やる。
「……ちっ、バレたか」
「やっぱり! なんでそんな酷いことするのさ!」
「酷いって言われてもな……。まあ確かに、女の子がせっかく可愛い声で話しかけてくれてんのに、それを無視する男は酷いか」
「……え、あ、可愛い?まぁ……それはそうかもしれないけど……」
突然の言葉に、女子生徒の頬がわずかに赤らむ。
「……って、誤魔化されないよ! 私と君は敵同士なんだから!」
「……マジかよ。やっぱり戦わなきゃならねぇのか」
「……当たり前でしょ。やっぱり君、相当な馬鹿だね。阿呆だね」
女子生徒は呆れたように吐き捨てた。
紘弥は溜息をつき、困ったように視線を逸らす。
「ちげぇよ。そういう意味じゃなくて……。俺の信条に関わる問題なんだよ」
「??」
女子生徒は不思議そうに首を傾げる。
紘弥は真剣な眼差しを彼女に向け、真っ向から告げた。
「戦う相手が女子だからだ。なんというか……俺は、女を殴るような奴にはなりたくねぇんだよ。例え魔闘祭だろうとな」
その言葉に、女子生徒は一瞬呆気にとられたように口を半開きにした。一陣の風が彼女の髪を揺らす。
「へぇ~……。意外と紳士なんだね、君」
「……まぁな。それが『男』ってヤツだろ」
「って、そこ自分で認めちゃうんだ。自称紳士とか、一番怪しいんだけど」
「いいだろ別に! 実際俺は、女子相手に本気を出したくねぇんだ。な? そういう男って、紳士的だろ?」
紘弥はどこか誇らしげに、自分を肯定するように頷いた。
だが、女子生徒の瞳から色が消えた。先ほどまでのコミカルな怒りではなく、戦士としての「静かな怒り」が、彼女の周囲の空気をピリつかせる。
「……ふーん。考え方は確かに紳士的かもしれないけど……それって、私のこと舐めてるってことでしょ!」
彼女がそう言い切った瞬間、周囲の温度が急激に下がったように感じられた。それは物理的な冷気ではなく、彼女の殺気が放つプレッシャーだった。
「本気を出さない? 女だから戦いたくない? ……ふざけないで。性別で勝敗が決まるほど、この戦いは甘くないよ。私は、一人の魔法使いとしてここに立ってるんだから」
「おい、待て……そんな怖い顔すんなよ」
「問答無用! その余裕、骨の髄まで後悔させてあげる!」
女子生徒は鋭く、重厚な音を立てて地面を蹴り上げた。
風をも置き去りにするような神速の踏み込み。一瞬で間合いを詰めた彼女の小さな拳が、紘弥の顔面へと容赦なく、そして真っ直ぐに突き出される。
「おっと……!」
紘弥は咄嗟に両腕を交差させてガードするが、その瞬間に腕を伝わってきたのは「衝撃」ではなく「破壊」に近い重みだった。
「……っ! 重っ!?」
女子の細い腕から放たれたとは思えない破壊力。紘弥の巨体が、アスファルトごと後方へ十メートル近く滑っていく。ガードした腕の骨がミシリと鳴る。
「紳士なんだよね? だったら、最後まで私の攻撃を全部受けてよね。……一歩でも引いたら、承知しないから!」
女子生徒は追撃の手を緩めず、再び弾丸のように跳躍した。
