「早くしろよ坊ちゃん! ノロノロしてると獲物を全部持っていかれちまうぜ!」
無機質なコンクリートの迷宮に、紘弥の野太い声が反響した。一刻も早く敵を見つけ出し、その拳で叩き伏せたいという焦燥感が、アスファルトを蹴る彼の足取りを荒くさせている。肺に吸い込む空気は冷たく、コンクリートの匂いが鼻腔を突く。
「君は本当に馬鹿だね。これだけ死角の多い場所だ。敵が待ち伏せしている可能性を、少しは脳裏に浮かべたらどうだい?」
数歩遅れて歩く帝が、冷静というよりは冷淡な声で応じる。整った眉を不快げに寄せ、周囲にそびえ立つビルの窓一枚一枚、さらには路地裏の暗がりに至るまで、針を通すような鋭い視線を走らせていた。
「待ち伏せされてたら、その瞬間に片っ端から倒せばいいんだよ。正面からぶっ飛ばす、それが一番早いだろ!」
「はぁ……。全く、君には呆れるよ。筋肉で構築された思考回路というのは、これほどまでに単純なのか」
帝が深く、心の底から軽蔑を込めてため息をついた、その瞬間だった。
彼の研ぎ澄まされた感覚が、周囲の重苦しい静寂の中に混じった、わずかな「殺気」の揺らぎを捉えた。上階、斜め右。遮蔽物の裏から、物理法則を無視した熱量が放たれる。
「は! このビビり坊ちゃ――」
「伏せたまえッ!」
「……は?」
帝の叫びは、物理的な衝撃を伴って紘弥の意識を叩いた。
反射的に身を屈めた紘弥の頭上を、空気を引き裂く鋭い音が通り過ぎる。
直後、どこからか放たれた鋭い魔法の礫が、彼らが先ほどまで立っていたアスファルトを容赦なく撃ち抜いた。激しい爆砕音とともに石礫が飛び散り、路面が粘土のように抉れる。もし回避がコンマ一秒遅れていれば、紘弥の頭部はザクロのように弾けていただろう。
「おわっ! ……ぶ、ぶねぇ!」
地面を転がりながら、紘弥が即座に身を起こす。その瞳には、一瞬にして猛獣のような怒りが宿った。
「くそッ! 姿も見せねぇで待ち伏せとか、卑怯なことしやがって!」
「……それが普通だ。ここをどこだと思っている。実戦において、フェアプレイなどという幻想を抱いているのは君だけだ」
帝は服についた土埃を払うことすらなく、冷ややかにそう言った。彼の視線は、既に特定の位置に固定されている。
「……あそこか。――【暴君の風】」
帝が手のひらを突き出す。
彼の魔力に応じ、大気が一瞬で超圧縮され、不可視の衝撃波となって解き放たれた。唸りを上げる旋風が空を駆け、標的の潜むビルの壁面が大きく抉れた。
「……避けられたか。なかなかの身のこなしだ」
崩れたビルの隙間から、一人の男子生徒が重力を無視したような動きで地面に降り立った。
A組の制服を崩して着こなし、どこか軽薄な笑みを浮かべている。その瞳には、隠しきれない狡猾さと、確かな実力者の色が宿っていた。
「……うっひゃ〜、あっぶないあっぶない。挨拶代わりの一撃にしては重すぎるぜ、天才様。ビル一棟壊す気か?」
「……お前か〜! 鼠みたいにコソコソ隠れて撃ってきた野郎は!」
紘弥が拳を固めて一歩前に出る。その背中からは、煮え繰り返るような熱気が立ち上っている。
「……だからなんだよ。勝てば官軍、負ければ賊軍だろ? 効率的に敵を排除する。それがA組のやり方なんだよ」
「卑怯なことしやがって! 正面から来いよ!」
「卑怯、ねぇ……。それが普通じゃないのか? 戦術の教科書にも載ってるぜ? 『敵の隙を突け』ってな」
挑発的な言葉に紘弥が激昂しかけるが、帝がその前に立ちふさがった。
「すまないね。こいつは馬鹿なんだよ。戦術という概念が欠けていてね。本能でしか動けない獣と話しても時間の無駄だよ」
「あ〜、なるほど。納得したわ。筋肉ダルマに戦法を説く方が無駄だったな。話のわかる奴が相手で助かるぜ」
「……馬鹿じゃねぇ! それに勝手に納得してんじゃねぇぞ、てめぇら!」
紘弥の怒号が響くが、A組の男子生徒は頭の後ろに手を回し、気楽そうに肩をすくめた。
「……さて、話すのもここまでだね」
帝は言葉を切り、男子生徒を射抜くような視線で睨みつけた。
「俺はもうちょっと話しててもよかったんだけどな〜。お貴族様のプライドを拝める機会なんてそうそうないし」
帝はわずかに目を細め、静かに、だが決然と告げた。
「……ここは僕が引き受けさせてもらうよ。君は先に行きたまえ」
「……なんだよ。珍しいな、お前がそんなこと言うなんて。一人で手柄を独占するつもりか?」
紘弥が意外そうに眉を上げる。
「勘違いするな。君のような騒がしい男と一緒に戦うと、僕の緻密な術式が乱れる。……ま、そういうことにしておきたまえ」
「……は! ま、そういうことにしておいてやるよ。貸し一つだぜ、坊ちゃん!」
「……君の方こそ珍しいね。僕の言うことに素直に従うなんて」
「てめぇの言うことなんて聞いてねぇ! 勝負は1対1じゃねぇとフェアじゃねぇからな。そいつはお前の獲物だ。……きっちりケリつけろよ!」
「……フッ」
その言葉を聞いて、帝の口元にわずかな笑みが浮かぶ。それは紛れもなく、衝突を繰り返しながらも育まれた、対等な戦友に寄せる信頼の証だった。
「……絶対勝てよ! 負けたら承知しねぇからな!」
紘弥はそう言い残すと、爆風のような勢いで、敵の男子生徒の脇を通り抜け、敵陣の奥へと走り去っていった。その足取りに迷いはない。
「……君もね」
帝は小さく呟き、残された広場で男子生徒と対峙する。
「……フェアじゃないねぇ。そんなこと言わないで、二人でかかってくればいいのによ。友情ごっこか?」
「……あの馬鹿と一緒にいると疲れるのでね。それに、君ごときを片付けるのに、二人も必要ないということだよ」
帝が告げた瞬間、男子生徒の表情から余裕が消え、瞳に鋭い、猛禽類のような光が宿った。周囲の空気が、ピリピリと静電気を帯びたように変質する。
「……余裕だな。やっぱり貴族様ってのは、どうにも鼻につく。その高慢な顔をアスファルトに叩きつけるのが、今から楽しみで仕方ないぜ」
「……君のクラスにもいるじゃないか。名門の連中が」
「……あいつらは俺たちのことを見下してないからな。同じ勝利を目指す『仲間』として接してくれる。お前みたいな、ただの『上から目線』とは違うんだよ」
「……そうか。ならば、その傲慢がどちらのものか、身を以て知るがいい。――断て、〈天ノ叢雲〉」
帝が右手を虚空に差し伸べると、空間がガラスのようにひび割れ、眩い光とともに一振りの刀が顕現した。その刃が顕現した瞬間、周囲の空気が一変する。圧倒的な圧力が場を支配し、肌を刺すような鋭い気流が巻き起こった。
「……話は終わりってことか」
「……そういうことだよ。早く君も武具召喚をしたまえ。待ってあげるよ」
「へぇ〜、わざわざ待ってくれるのかよ。どこまでも余裕だねぇ」
「……フェアじゃないからね。万全の君を、正面から叩き潰してこそ意味がある」
男子生徒は鼻で笑うと、帝の最も深い傷跡を抉るように、残酷な言葉を放った。
「そうやって舐めてたから、格下の桐宮 隼人にも負けるんだよ」
帝の顔が、一瞬にして凍りついたように強張った。血管を流れる魔力が逆流し、周囲のコンクリートに亀裂が入るほどの静圧が場を支配する。
「図星だろ? 才能にあぐらをかいて、無能だと見下していた相手に、公衆の面前で泥を塗られた」
「…………」
沈黙。
だが、その静寂は怒りによるものではなかった。
帝は静かに目を伏せ、そしてゆっくりと見開いた。その瞳には、かつての慢心ではなく、冷徹なまでの自己省察と、新たなる覚悟が宿っていた。
「……確かに、僕は彼を舐めていた。それは否定しない。……だが、君は一つ、致命的な勘違いをしているよ」
「……あ?」
「彼……桐宮隼人は、君のような有象無象が語っていいほど弱くない。僕を倒した男を、安易な物差しで測るのはやめたまえ。それは、彼に対する侮辱であると同時に、僕に対する冒涜だ」
帝の踏み込みは、目にも止まらぬ速さだった。
アスファルトを砕き、一筋の烈風となった彼が、敵の懐へと肉薄する。
「その言葉の代償……高くつくよ!」
刀が空を切り、今、二つの魔力が激突した。
無機質なコンクリートの迷宮に、紘弥の野太い声が反響した。一刻も早く敵を見つけ出し、その拳で叩き伏せたいという焦燥感が、アスファルトを蹴る彼の足取りを荒くさせている。肺に吸い込む空気は冷たく、コンクリートの匂いが鼻腔を突く。
「君は本当に馬鹿だね。これだけ死角の多い場所だ。敵が待ち伏せしている可能性を、少しは脳裏に浮かべたらどうだい?」
数歩遅れて歩く帝が、冷静というよりは冷淡な声で応じる。整った眉を不快げに寄せ、周囲にそびえ立つビルの窓一枚一枚、さらには路地裏の暗がりに至るまで、針を通すような鋭い視線を走らせていた。
「待ち伏せされてたら、その瞬間に片っ端から倒せばいいんだよ。正面からぶっ飛ばす、それが一番早いだろ!」
「はぁ……。全く、君には呆れるよ。筋肉で構築された思考回路というのは、これほどまでに単純なのか」
帝が深く、心の底から軽蔑を込めてため息をついた、その瞬間だった。
彼の研ぎ澄まされた感覚が、周囲の重苦しい静寂の中に混じった、わずかな「殺気」の揺らぎを捉えた。上階、斜め右。遮蔽物の裏から、物理法則を無視した熱量が放たれる。
「は! このビビり坊ちゃ――」
「伏せたまえッ!」
「……は?」
帝の叫びは、物理的な衝撃を伴って紘弥の意識を叩いた。
反射的に身を屈めた紘弥の頭上を、空気を引き裂く鋭い音が通り過ぎる。
直後、どこからか放たれた鋭い魔法の礫が、彼らが先ほどまで立っていたアスファルトを容赦なく撃ち抜いた。激しい爆砕音とともに石礫が飛び散り、路面が粘土のように抉れる。もし回避がコンマ一秒遅れていれば、紘弥の頭部はザクロのように弾けていただろう。
「おわっ! ……ぶ、ぶねぇ!」
地面を転がりながら、紘弥が即座に身を起こす。その瞳には、一瞬にして猛獣のような怒りが宿った。
「くそッ! 姿も見せねぇで待ち伏せとか、卑怯なことしやがって!」
「……それが普通だ。ここをどこだと思っている。実戦において、フェアプレイなどという幻想を抱いているのは君だけだ」
帝は服についた土埃を払うことすらなく、冷ややかにそう言った。彼の視線は、既に特定の位置に固定されている。
「……あそこか。――【暴君の風】」
帝が手のひらを突き出す。
彼の魔力に応じ、大気が一瞬で超圧縮され、不可視の衝撃波となって解き放たれた。唸りを上げる旋風が空を駆け、標的の潜むビルの壁面が大きく抉れた。
「……避けられたか。なかなかの身のこなしだ」
崩れたビルの隙間から、一人の男子生徒が重力を無視したような動きで地面に降り立った。
A組の制服を崩して着こなし、どこか軽薄な笑みを浮かべている。その瞳には、隠しきれない狡猾さと、確かな実力者の色が宿っていた。
「……うっひゃ〜、あっぶないあっぶない。挨拶代わりの一撃にしては重すぎるぜ、天才様。ビル一棟壊す気か?」
「……お前か〜! 鼠みたいにコソコソ隠れて撃ってきた野郎は!」
紘弥が拳を固めて一歩前に出る。その背中からは、煮え繰り返るような熱気が立ち上っている。
「……だからなんだよ。勝てば官軍、負ければ賊軍だろ? 効率的に敵を排除する。それがA組のやり方なんだよ」
「卑怯なことしやがって! 正面から来いよ!」
「卑怯、ねぇ……。それが普通じゃないのか? 戦術の教科書にも載ってるぜ? 『敵の隙を突け』ってな」
挑発的な言葉に紘弥が激昂しかけるが、帝がその前に立ちふさがった。
「すまないね。こいつは馬鹿なんだよ。戦術という概念が欠けていてね。本能でしか動けない獣と話しても時間の無駄だよ」
「あ〜、なるほど。納得したわ。筋肉ダルマに戦法を説く方が無駄だったな。話のわかる奴が相手で助かるぜ」
「……馬鹿じゃねぇ! それに勝手に納得してんじゃねぇぞ、てめぇら!」
紘弥の怒号が響くが、A組の男子生徒は頭の後ろに手を回し、気楽そうに肩をすくめた。
「……さて、話すのもここまでだね」
帝は言葉を切り、男子生徒を射抜くような視線で睨みつけた。
「俺はもうちょっと話しててもよかったんだけどな〜。お貴族様のプライドを拝める機会なんてそうそうないし」
帝はわずかに目を細め、静かに、だが決然と告げた。
「……ここは僕が引き受けさせてもらうよ。君は先に行きたまえ」
「……なんだよ。珍しいな、お前がそんなこと言うなんて。一人で手柄を独占するつもりか?」
紘弥が意外そうに眉を上げる。
「勘違いするな。君のような騒がしい男と一緒に戦うと、僕の緻密な術式が乱れる。……ま、そういうことにしておきたまえ」
「……は! ま、そういうことにしておいてやるよ。貸し一つだぜ、坊ちゃん!」
「……君の方こそ珍しいね。僕の言うことに素直に従うなんて」
「てめぇの言うことなんて聞いてねぇ! 勝負は1対1じゃねぇとフェアじゃねぇからな。そいつはお前の獲物だ。……きっちりケリつけろよ!」
「……フッ」
その言葉を聞いて、帝の口元にわずかな笑みが浮かぶ。それは紛れもなく、衝突を繰り返しながらも育まれた、対等な戦友に寄せる信頼の証だった。
「……絶対勝てよ! 負けたら承知しねぇからな!」
紘弥はそう言い残すと、爆風のような勢いで、敵の男子生徒の脇を通り抜け、敵陣の奥へと走り去っていった。その足取りに迷いはない。
「……君もね」
帝は小さく呟き、残された広場で男子生徒と対峙する。
「……フェアじゃないねぇ。そんなこと言わないで、二人でかかってくればいいのによ。友情ごっこか?」
「……あの馬鹿と一緒にいると疲れるのでね。それに、君ごときを片付けるのに、二人も必要ないということだよ」
帝が告げた瞬間、男子生徒の表情から余裕が消え、瞳に鋭い、猛禽類のような光が宿った。周囲の空気が、ピリピリと静電気を帯びたように変質する。
「……余裕だな。やっぱり貴族様ってのは、どうにも鼻につく。その高慢な顔をアスファルトに叩きつけるのが、今から楽しみで仕方ないぜ」
「……君のクラスにもいるじゃないか。名門の連中が」
「……あいつらは俺たちのことを見下してないからな。同じ勝利を目指す『仲間』として接してくれる。お前みたいな、ただの『上から目線』とは違うんだよ」
「……そうか。ならば、その傲慢がどちらのものか、身を以て知るがいい。――断て、〈天ノ叢雲〉」
帝が右手を虚空に差し伸べると、空間がガラスのようにひび割れ、眩い光とともに一振りの刀が顕現した。その刃が顕現した瞬間、周囲の空気が一変する。圧倒的な圧力が場を支配し、肌を刺すような鋭い気流が巻き起こった。
「……話は終わりってことか」
「……そういうことだよ。早く君も武具召喚をしたまえ。待ってあげるよ」
「へぇ〜、わざわざ待ってくれるのかよ。どこまでも余裕だねぇ」
「……フェアじゃないからね。万全の君を、正面から叩き潰してこそ意味がある」
男子生徒は鼻で笑うと、帝の最も深い傷跡を抉るように、残酷な言葉を放った。
「そうやって舐めてたから、格下の桐宮 隼人にも負けるんだよ」
帝の顔が、一瞬にして凍りついたように強張った。血管を流れる魔力が逆流し、周囲のコンクリートに亀裂が入るほどの静圧が場を支配する。
「図星だろ? 才能にあぐらをかいて、無能だと見下していた相手に、公衆の面前で泥を塗られた」
「…………」
沈黙。
だが、その静寂は怒りによるものではなかった。
帝は静かに目を伏せ、そしてゆっくりと見開いた。その瞳には、かつての慢心ではなく、冷徹なまでの自己省察と、新たなる覚悟が宿っていた。
「……確かに、僕は彼を舐めていた。それは否定しない。……だが、君は一つ、致命的な勘違いをしているよ」
「……あ?」
「彼……桐宮隼人は、君のような有象無象が語っていいほど弱くない。僕を倒した男を、安易な物差しで測るのはやめたまえ。それは、彼に対する侮辱であると同時に、僕に対する冒涜だ」
帝の踏み込みは、目にも止まらぬ速さだった。
アスファルトを砕き、一筋の烈風となった彼が、敵の懐へと肉薄する。
「その言葉の代償……高くつくよ!」
刀が空を切り、今、二つの魔力が激突した。
