魔力の少ない魔法使い

転移の光が収まると、肌を刺すような冷たいビル風が吹き抜けた。
「……ビル、か?」
目の前には、天を衝くような高層ビルが幾重にも建ち並んでいた。窓ガラスは鈍く光を反射し、無機質なコンクリートの壁が延々と続いている。人っ子一人いないゴーストタウン――その異様な静寂が、かえって鼓動の音を強調させる。
「な、なんだよここ。街を丸ごと一つ持ってきたのか?」
紘弥が呆然とした声を漏らす。無理もない、ついさっきまでアリーナの熱狂の中にいたのだ。それが一瞬にして、この廃墟じみた巨大なコンクリートの迷宮に放り出された。
『試合開始まで、残り五分。各自、準備を開始してください』
突如、左腕の黒い時計から無機質な音声が流れた。
「うおっ……!」
思わず腕を振る。
「こんな機能あったのかよ……。便利っていうか、監視されてるみたいで気色悪いな」
「……それにしても、どこなんだろここ、人の気配もしないし。窓の中に誰かいたりしないよね?」
サラが不安げに周囲を見渡す。その視線に合わせ、俺も周囲のビルを仰ぎ見た。どのビルもカーテンすらなく、空虚な空間が広がっている。
「恐らく、学園の所有地でしょう。外部からの干渉を遮断した演習用の疑似市街地なのではないでしょうか」
ルイが手近なビルの壁面に触れながら、冷静に分析する。
(所有地って……。どんだけ金を持ってれば、こんな場所を維持できるんだよ)
学園長である母の、底知れない支配力の一端を見せつけられた気がして、背筋に冷たいものが走る。
「……よし、作戦を決めよう。時間がねぇ」
俺は全員の顔を見渡した。
「とりあえず、桐宮君を守ればいいよね?」
五十嵐が確認するように言う。
「ああ。リーダーの俺が落とされたら終わりだ。……本当は隠れていたいところだが、そんな消極的な作戦じゃ、A組(あいつら)には勝てない」
「……そうだ! 隼人、リーダーはお前だ。お前が決めてくれよ!」
紘弥がニカッと笑い、俺の背中を叩いた。
「俺かよ……。いいけど、後から文句言うなよ?」
「誰も文句は言わねぇ。お前の指示で、俺たちが暴れてやる」

仲間の視線が俺に集まる。迷っている暇はない。俺は短く息を吐き、思考を切り替えた。



 
「ルイと考えた結果、基本は二人一組(ツーマンセル)で動く。……いいか?」
俺の言葉に、全員が真剣な表情で頷く。
「俺と玲奈はこの場に残り、ここを本陣とする。黒崎、お前は背後のビルからスナイパーとして援護を頼む。いいか?」
「……了解。死角は作らない」
黒崎が短く応じ、愛銃を担ぎ直した。
「一人の例外はルイだ。お前は単独で遊撃に回れ。お前なら、一人でもA組の連携を崩せるはずだ」
「フフ、光栄ですね。期待に応えましょう」
「残りの二人組は、近接と遠距離のバランス、そして相性を考慮した。――五十嵐とティオナ、橘とサラ。そして……」
俺は一呼吸置いてから、一番の問題児たちを見た。
「紘弥と帝。お前らだ」
「ちょっと待てぇ! なんで俺が、こんな『スカした坊ちゃん』と組まなきゃならねぇんだ! ペースが合わねぇよ!」
「奇遇だね。僕も『思考停止した野蛮人』の介護をするなんて、反吐が出る気分だよ」
瞬時に火花が散る二人。だが、俺はあえて厳しい口調で言葉を被せた。
「……お前ら二人は、このクラスで間違いなく一、二を争う攻撃力を持ってる。紘弥の爆発力と、帝の精密な魔法。お前らが組めば、最強だと思ってる。……変えるか?」
「……っ。ま、まあ、お前がそこまで言うなら、仕方ねぇけどよ。負けるのは一番嫌いだからな」
「ふん、僕も大人だからね。戦略的な最適解というのなら従おう。あくまで、勝ちを優先してのことだよ」
(扱いやすいな、こいつら……。要は『最強』って言葉に弱いんだな)
『試合開始まで、残り三十秒』
「よし。気合入れろよ、お前ら!」
「お前こそ、空回りしてリーダーの自覚を忘れるなよ」
紘弥の言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
『三、二、一――魔闘祭、一回戦第一試合。開始!』
「しゃあ! 行くぜ坊ちゃん! じゃあな隼人、きっちり守ってやるから安心しろ!」
紘弥が弾かれたように駆け出す。帝が坊ちゃんならお前も坊ちゃんだろ。
「待ちたまえ、この馬鹿!」
帝も文句を言いながら、驚異的な速さでその後を追った。
「私たちも行くわよ、ティオナ!」
「……ん」
五十嵐とティオナが、阿吽の呼吸で別のビル影へと滑り込んでいく。
「隼人君、頑張ってね!」
「……ああ。そっちこそ、頼んだぞ」
橘とサラも、互いを守り合うようにして前線へ向かった。
最後に、ルイが優雅に一礼する。
「それでは」
仲間たちが次々と戦場へ散っていく。静まり返った広場で、残されたのは、俺と玲奈だけ。
静寂。
風がビルの谷間を抜ける。
「……来なかったらどうするのよ」
玲奈が退屈そうに言う。
「その時は俺たちの勝ちだ」
ここまで敵が辿り着かないということは、仲間が制圧した証拠だ。
だが。
「それは嫌よ」
玲奈は唇を吊り上げる。
「あの馬鹿姉妹、直接叩き潰したいもの」
物騒だな、本当に。
「……じゃあ祈れ。ここまで来ることを」
灰色の都市に、再び静寂が落ちる。
戦いの気配だけが、確実に近づいていた。