魔力の少ない魔法使い

「おおー、いるいる! こんなに人がいるなんてな!」
控室から一歩外へ出ると、そこにはアリーナを埋め尽くさんばかりの観客がいた。
紘弥が興奮した様子で声を上げる。確かに、校内行事という枠組みを遥かに超えた熱気だ。
「それだけ注目されてるってことだって! ほら、テレビカメラみたいなのもあるよ!」
サラが指差す先には、浮遊する魔導録画機がいくつも飛び交っている。
注目されるのは悪くないが、これだけの数の前で無様に負けるのだけは勘弁してほしい。
俺がそんなことを考えていると、サラがふと思い出したように口を開いた。
「……あ、そういえば誰がリーダーやるの?」
その言葉に、クラスメイトたちの動きが止まった。
今回のルールでは、黒い時計を巻いた「リーダー」が倒された時点でチームの負けが決まる。
「俺がやるぜ! リーダーって響き、かっこいいしな!」
紘弥が元気よく立候補したが、一秒も経たずに全員から無言の首振りが返ってきた。こいつがリーダーだと、開始5秒で敵陣に突っ込んで自爆するのが目に見えている。
「……隼人、あんたがやりなさいよ」
玲奈が当然のように俺を指差した。
「は!? なんでだよ!!俺じゃなくても帝とかルイでいいだろ! とくに帝、お前がリーダーっぽい顔してるし!」
「僕は自由に動きたいからね。それに、君は僕に勝ったんだ。その『責任』は取ってもらうよ」
「どんな理屈だよ!」
リーダーは狙われる。だったら、圧倒的な実力者がその座について返り討ちにするのが一番効率がいいはずだ。
「だからこそ、あんたがやるのよ」
「……は?」
玲奈の理屈がさっぱり見えない。俺が困惑していると、隣で腕を組んでいた橘が静かに口を開いた。
「……リーダーになると、負けたら終わりだから、あまり積極的に戦いには出られない。つまり、エスクード君達とかには戦いに出れた方がいい……そういうこと?」
「正解よ、瑞希。分かってるじゃない」
玲奈がニヤリと笑う。
「ああー! なるほど、それなら隼人でいいんじゃねぇのか。俺たちが暴れてる間、後ろでじっとしててくれればいいんだしな!」
紘弥が手を叩いて納得する。……待て、つまり俺は「戦力外」として後ろにしろってことか? それはいくらなんでもひどくないか。
「……安心しなさい。あんたが本当に弱かったら、リーダーなんて大役、最初から頼まないわよ」
玲奈がふいっと視線を逸らしながら、呟くように言った。
……。
「…………」
「……な、なによ。黙り込んじゃって」
「……玲奈。お前、熱でもあるのか?」
「ないわよ! 殺すわよ!?」
だって、あの高飛車な玲奈が、こんな風に俺を認めるようなことを言うなんて、天変地異の前触れか何かだろ。
「そりゃあ確かに、熱でもなかったら西園寺があんなこと言わないよな!」
「……九条。あんたから先に消してあげようかしら?」
「う、うそうそ! 冗談だって、玲奈様!」
半泣きで謝る紘弥を冷たくあしらい、玲奈は改めて俺を見据えた。
「……それで、やってくれるの?」
「……はぁ。わかったよ、引き受ける。その代わり、俺が戦う必要がないくらい圧倒してくれよ」
「まあ、安心しろって! お前が戦う前に、全員俺がぶっ飛ばしてやるよ!」
「……いや、お前一人は無理だろ」
「そこは『頼んだぞ!』とか言うところだろ!」
紘弥の空回りな気合に、クラスに少しだけ和やかな空気が流れる。
「まあ、そこの馬鹿の言うとおりだね。君は戦わなくて構わないよ。君の出番が来る前に、僕がすべてを終わらせてあげるから」
「帝……。何を偉そうに言ってんだよ、俺に負けたくせに」
「なっ! ……あれは油断していただけだ。もう一度戦ったら、僕が勝つ」
相変わらずプライドの高いやつだが、その言葉には確かな実力が伴っている。
前回の勝利は、帝の慢心と俺の泥臭い執念、それと突然湧き出した謎の魔力。あれがなんだったのかは未だに分かっていない。
そんな様々な要因が噛み合った結果の「奇跡」に近い。冷静に実力を比べれば、間違いなくあいつの方が上だ。次にもう一回戦えば、今度は一瞬で完封されて、俺の負けは確実だろう。
そんな化け物じみた実力を持つ奴が、不本意ながらも俺の背中を守ると言っている。
「……ま、頼りにしてるよ」
俺が黒い腕時計を左手首に巻くと、カチリ、と重苦しい音が響く。
その瞬間、ただの腕時計が“責任”に変わった気がした。左腕にかかるわずかな重量が、これほどまでにプレッシャーになるとは思わなかった。
逃げ場はない。――守りきる。
「もう時間だよ。行こう」
橘の合図で、俺たちはアリーナへの長いゲートをくぐった。薄暗い通路を抜けるたびに、外の歓声が地鳴りのように体に響いてくる。
「おー……。中から見たら、さっきよりもすげぇ人数に見えるな」
フィールドのど真ん中に立つと、周囲を囲む観客席からの圧力が凄まじい。
数万人の視線が、自分たち一点に注がれている。
「何だよ隼人、緊張してんのか?」
「……お前と違って馬鹿じゃないからな。この状況で緊張しない方がおかしいだろ」
「馬鹿とはひでぇな! まあ、俺もさすがにちょっとはドキドキしてるけどよ」
紘弥が豪快に笑いながら、俺の背中をバシッと叩いた。
「ま、そんなに緊張すんなよ。俺らが倒してやっからさ。……それに、もし仮に俺たちが倒せなくても、お前だったら充分倒せるって、なんだかんだ言って皆お前の強さを知ってるからさ。リーダーなんて気負わず、どっしり構えてろよ」
「……サンキュー」
「気にすんな、なんか照れるわ」
紘弥の言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。そうだ。俺が不安な顔をしてちゃ、チーム全体の士気に関わる。俺はリーダーとして、こいつらの期待に応えなきゃならない。
「お? 相手さんも来たみたいだぜ」
俺たちの向かいにある扉が開き、A組のメンバーが入場してきた。
先頭を歩く水無姉妹の視線は、まっすぐに玲奈を射抜いている。そこに嘲りや油断はない。あるのは、西園寺の名を冠する玲奈という強敵を、自分たちが公衆の面前で叩き伏せてみせるという、純粋で苛烈なまでの「勝ちへの執着」だ。
格付けを済ませ、自分たちが頂点に立つ。その強い意志が、彼女たちの凛とした歩みに滲み出ていた。
ふと、その背後に視線を移すと、雨宮がこちらを見ていた。
奴は先ほどまでの苦労人のような雰囲気を完全に消し去り、どこか捉えどころのない、不気味なほどの余裕を纏っている。
雨宮は俺と目が合うと、フランクに、ひらひらと手を振ってきた。
だが――その振られた左手首には、俺のものと同じ黒い腕時計が巻かれていた。
(……あいつが、リーダーか)
背筋に冷たいものが走る。A組のリーダーは水無姉妹のどちらかだと思い込んでいたが、実質的な舵取りはあの男が担っているということか。
雨宮はニヤリと笑うと、獲物の急所を見定めるような鋭い眼光を、一瞬だけ俺の時計に向けた。
『さぁ! 両チームが入場しました!』
突如、競技場全体に響き渡る巨大な声。
「な、なんだ? アナウンスか?」
「魔闘祭では、放送部が実況してくれるらしいよ。ほら、あそこの実況席」
『おっと、申し遅れました。私の名前は、法曹 史益(ほうそう します)と言います! 皆さんに最高の熱狂を放送します!』
「ほうそう します!? めちゃくちゃ放送してくれそうな名前だな!」
『というのは嘘で、本当は木戸 慎司(きど しんじ)と言います。よろしくお願いします』
「嘘かよ!!」
あまりのくだらなさに、俺は思わず膝から崩れ落ちそうになった。
「……なんの嘘だったんだよ、今の」
紘弥にいたっては、本当にズッコケて地面に手をついている。
『ん? 何故かこけている人がいるみたいですが、緊張のせいでしょうか? 何故でしょうね?』
(あんたのせいだよ!)
と、心の中で全員が同時に突っ込んだはずだ。だが、不思議なことに、全力でツッコミを入れた拍子に、全身にガチガチに入っていた余計な力がふっと抜けるのを感じた。
「……ふふっ。なんだか、馬鹿馬鹿しくなっちゃったね」
隣で立花が、口元を押さえて小さく笑っている。
「全くだ。あんなのが実況なら、世界が滅びるような決戦に挑むつもりで緊張してたのがアホらしくなってくるぜ」
俺は軽く肩を回し、深く息を吐き出した。
バクバクと暴れていた心臓の音が、今は心地よいリズムに変わっている。あのアナウンサー、わざとふざけて空気を緩めたのか? だとしたら相当な手練れだ。
「……ふん、あんな低俗なジョークで笑うなんて。でも、まあ……少しはマシな顔になったわね、隼人」
玲奈が相変わらずの毒舌を吐きながらも、どこか満足そうに俺を見た。クラスメイトたちの表情を見渡せば、みんなの顔からも悲壮感が消え、いい意味で「いつも通り」の顔つきになっている。
『まあ、それは置いておきましょう。さあ、いよいよ魔闘祭、1年生の部、一回戦第一試合です!』
実況の木戸が、一転して真剣なトーンで叫ぶ。
『第一試合は、A組対C組! 試合の場所は、目の前の魔法陣から転移して決定されます! どのようなフィールドが選ばれるのか、運も実力のうち!』
俺たちの目の前には、巨大で複雑な幾何学模様を描く魔法陣が蒼白い光を放ち始めていた。
『なお、試合の様子は大画面モニターで見れます! それでは両チーム、魔法陣の上に立ってください!』
俺たちはA組と対峙するように、円状に広がる魔法陣の縁に立った。
目の前にいる雨宮が、眼鏡の奥で「お手並み拝見」とでも言うように目を細める。
さっきまでの震えるようなプレッシャーはない。
今はただ、この左腕に巻かれた「責任」をどう守り抜くか。それだけがクリアに頭に浮かんでいた。
『それでは――魔闘祭、一回戦第一試合。開始ッ! 頑張ってください!』
その声を聞くと同時に、魔法陣が爆発的な光を放った。
視界が真っ白に染まり、身体が浮遊感に包まれる。
鼓膜を揺らす歓声が遠のき、代わりに知らない風の音が耳元をかすめる。
数秒ののち、足が地面を叩く感触。
瞼を開けた瞬間、目の前の風景はアリーナではなく、全く別の「戦場」へと塗り替えられていた。