魔力の少ない魔法使い

「……君たち、ちゃんと説明を聞いているのかい?」
俺たちがルイの怪しい(と、その犠牲になった紘弥)で騒いでいると、帝が呆れたような声で割り込んできた。
あ、やべ。完全に聞き流してた。
「――以上をもちまして、魔闘祭の開会式を終了します!」
ステージ上のアナウンスが響く。え、終わっちまった。
「……どんな説明だったんだ?」
「やはり聞いていなかったのか。これだから君というやつは……」
帝が溜息をつきながら、聞き逃したルールを簡潔にまとめてくれた。
【魔闘祭:トーナメント公式ルール】
1. 試合間隔:連戦による疲労を考慮し、中一日以上の間隔を空ける。
2. 対戦相手:毎回くじ引きで決定。
3. 形式:10対10のチーム戦。戦いの舞台は転移魔法によるランダムフィールド。
4. 勝敗条件:全員に配布される腕時計型の魔導具が破壊されると失格。チームに一人のリーダー(黒色の時計)が破壊された時点で勝負あり。
5. 制限時間:無制限。ただし、作戦タイムとして開始直前の5分間が与えられる。
6. 反則:運営が不正を認めた時点で即、敗北。
「……色々と厄介だな。特に場所がランダムで、直前まで相手も分からないってのがキツい」
「えー? そう? 暴れればいいだけじゃない?」
サラは楽観的だが、ルイは冷静に分析を続ける。
「確かに厄介ですね。事前に相手を研究して作戦を立てる猶予がありません。フィールドへの適応力と、5分間の判断力が勝敗を分けるでしょう」
「……うーん、難しそうだよー!」
五十嵐が頭を抱え、少し暗い雰囲気が漂う。だが、ここで空気を変えたのは、やはりあの「馬鹿」だった。
「……そんなの、相手も同じだろ! だったら実力で勝てばいいんだよ! 俺らだったらどんな相手にだって勝てる!」
紘弥の根拠のない自信。だが、今の俺たちにはそれが一番の薬だった。
「……馬鹿も、たまにはいいこと言うわね」
「……フッ、全く。馬鹿に元気づけられるなんて」
「なにを! 馬鹿って言うな……って、何笑ってんだよお前ら!」
みんなの活気が戻った。さすがムードメーカー(?)だ。
「……一回戦のくじ引きは、いつするんだ?」
「桐宮、そろそろ行ったほうがいい。今あそこの人だかりでやっている」
帝が指差す先には、各クラスの代表が集まっていた。
「……って、なんで俺なんだよ!」
「特に理由はないね」
「いいじゃない、あんた昔からくじ運だけは最強なんだし」
玲奈にまで背中を押され、俺は渋々人だかりへと向かった。他のクラスが次々と引いていき、俺の番は最後になった。
「……次のクラスの人。なんだ、隼人じゃない。はい、これ最後よ」
運営席にいた姉ちゃんが、呆れたように紙を渡してきた。
「姉ちゃんも忙しそうだな……。てか、最後なら俺が引くまでもなく決まってるだろ」
「いいじゃない、気分よ。当然、一番になるんでしょうね?」
姉ちゃんの鋭い視線に、俺は無言で頷いた。
「最初の試合よ。頑張りなさい」
姉ちゃんが去った後、俺は引いた紙を確認して、みんなの元へ戻った。
「隼人、どうだった?」
「……相手は今から発表されるけど、俺たちは第一試合らしい」
「一試合目か! 楽しみだな!」
その時、アリーナの巨大モニターに文字が浮かび上がった。
【第一試合:C組 vs A組】
「……A組。優勝候補の一角か」
「確か、水無(みずなし)姉妹が率いているクラスですね」
「ふーん、あのバカ姉妹ねぇ」
玲奈が吐き捨てるように言った。貴族同士、以前から面識があるんだろうか。
水無家。八大貴族には及ばないが、それでも名の通った大貴族だ。弱いはずがない。
「これはこれは、西園寺さんではございませんか。相変わらず、野暮ったい連中とつるんでいらっしゃること」
高慢な声と共に、三人の生徒がこちらへ歩いてきた。
制服姿の女子が二人。

一人は、水色の髪を高い位置で結い上げたポニーテール。歩みとともに長い尾が弧を描き、ぴんと張り詰めた気配を周囲に撒き散らしている。勝ち気な瞳が、まっすぐこちらを射抜いた。結び目には、水無家の家紋を象った銀の髪飾り。揺れるたびに淡く光を弾いた。

もう一人は、同じ水色の髪を優雅な縦ロールに巻き、顎をわずかに上げて立っていた。
完璧に巻かれた縦ロールを揺らし、その鋭い瞳で俺たちの実力を品定めするように、挑発的な微笑を浮かべている。
胸元には家紋のブローチ。立っているだけで、周囲の空気が少し張り詰める。
その少し後ろに、もう一人立っていた。
青髪を整え、制服をきちんと着こなしただけの男子生徒。
だが――眼鏡の奥の瞳が、静かにこちらを捉えた瞬間、胸の奥がざわつく。
静かだ。なのに、妙に重い。
 
「……あら、バカ姉妹じゃない」
「「誰がバカ姉妹よ!!」」
見事なハモリ。さすが双子だ。
「わたくしには、涼子(りょうこ)という気品ある名前がありますわよ!」
「私は京子(きょうこ)よ! 覚えなさい!」
涼子がお嬢様言葉で、京子が少し砕けた口調。性格の違いが分かりやすい。
「はいはい……それで、何をしに来たのかしら?」
「軽く流すんじゃありませんわ!」
ギャーギャーと騒ぎ立てる姉妹の横で、後ろに控えていた男子生徒が深いため息をついた。
「……涼子お嬢様、京子お嬢様。もう少し気品を持ってください。見苦しいですよ」
「あなたは黙ってなさい!」
「……はぁ~あ」
男子生徒は肩をすくめて黙り込んだ。……大変そうだな、あいつ。
「……話っていうのは、一回戦の相手が私たちだから、挨拶に来てあげたのよ!」
「京子! わたくしの台詞を取らないでください!」
言い合いを続ける姉妹を横目に、俺はその男子生徒と目が合った。

「……お前が、桐宮隼人か?」
男子生徒がいきなりそう言ってきた。
「そうだけど。何で俺を知ってる?」
「何でかって……そりゃあ、帝に勝ったんだろう? 有名にもなるさ」
帝の方をチラッと見ながら小声で話しかけてくる。幸い、帝には聞こえていないようだ。
「あ、そういやまだ名乗ってなかったな。……俺の名前は雨宮 (あまみや しゅん)。水無家に代々仕えてる」
やっぱり執事みたいな役回りか。だが、こいつから感じるプレッシャーは尋常じゃない。大貴族の護衛を任されるだけのことはある。
「……さて。止めるか。……お嬢様方、もう時間ですよ」
「ええ、分かってますわ。西園寺さん、あなたごとき、わたくしたちが本気を出さずとも片付けて差し上げますわ」
「そうそう、後悔しても遅いわよ!」
捨て台詞を吐き続ける二人を、雨宮は無造作に、襟首を掴んで引きずり始めた。
「な、何をしますの! 離しなさい!」
「お前ら二人が悪いんだ! 時間だってのに言うこと聞かねえから!」
雨宮は容赦なく怒鳴り返した。主従関係というより、猛獣使いの苦労人に見える。
「……桐宮、試合楽しみにしてるぜ」
雨宮は最後に俺を見てニヤリと笑うと、バタつく双子を連れて去っていった。
「……あ~~! もう! ムカつくわねあの二人!」
玲奈の背後から、目に見えるような鬼のオーラが立ち昇っている。
「絶対ボッコボコにしてやるわ! あんたもやるのよ、隼人!」
「……はいはい。分かってるよ」
「みんな、そろそろ準備を始めた方が良いんじゃないかな、試合は二時からみたいだし」
橘が時計を指差す。現在、一時過ぎ。残り一時間を切った。
「第一試合、第一闘技場だ。行くぞ、みんな!」
俺たちは、戦いの舞台へと歩き出した。
メイド喫茶の疲れはルイの薬で消えたが、別の緊張感が胸の中に広がっていく。
優勝候補のA組。そして、あの雨宮という男。
「魔闘祭」初戦は、波乱の幕開けになりそうだった。