魔力の少ない魔法使い

「おー! すっげぇー、いろんな店があるぞ!」
「おい! あっちに面白そうな出し物があるぞ! 行ってみようぜ!」
「あっちに魔法ケーキがあるんだって~、いってみよ~!」
遂に魔闘祭が開催された。校内には結界を解かれた門をくぐり、一般の人たちが大勢押し寄せている。空には案内用の魔法文字が浮かび、至る所で魔力の火花が祭りを彩っていた。
「……すっげぇな、何人ぐらいいるんだよ、これ」
「こらそこ! 感心してないで、ちゃんと仕事してよ!」
背後から飛んできた鋭い声に振り返ると、そこにはフリルをなびかせたサラがいた。
「ああ、悪いサラ……。お前、なんか楽しそうだな」
「……なんで?」
「いやだって、さっきからずっとニコニコしてるし。なあ?」
俺が同意を求めると、隣で同じく執事服に着替えさせられた紘弥が深く頷いた。
「うんうん。実はやりたかったのか、メイドさん?」
「……えへへ。実はこのメイド服、魔法でデザインが変わる特注品なんだよね。可愛いから、ちょっとテンション上がっちゃって!」
サラはスカートの裾を軽く持ち上げて見せた。テレビで見るような普通のメイド服と形は同じだが、生地が淡い光を帯びている。
「……って、そんなことじゃなくって! 早く二人とも準備してよ! 私たち午前組なんだから!」
はぁ、やっぱり着ないといけないのか。マジで嫌だな。
俺は更衣室の鏡に映った自分の姿を見て、深い溜息をついた。
「……はぁ、恥ずかしい」
何で執事服なんて着なきゃいけないんだ。烏廻さんが余計な一票を入れなきゃ、今頃は普通の服で焼きそばでも焼いていただろうに。
あの後、烏廻さんは結局「真面目モード」に耐えきれず、元のだらしない教師に戻ってしまった。真面目すぎると正直気持ち悪かったから、それはそれでいいんだけど。
烏廻さんに「真面目じゃなくていいのか」って聞いたら、「あ、姉貴にビビってられるかよ!」と豪語していた。……膝が思いっきり笑ってたけどな。
「……桐宮君、何してるの?」
「へ? あ、いや、なんでもない」
「……? ならいいんだけど。できるだけ早く準備してね」
声をかけてきたのは橘だ。彼女もまた、よく似合ったメイド服に身を包んでいる。
「……おう、悪いな橘」
「おせぇぞ隼人ー!」
「……ああ、悪い悪い」
接客の持ち場に向かうと、そこにはクラスの面々が集まっていた。しかし、みんなよくこの服を着たもんだ。特に、玲奈がメイド服を着ているのには驚愕した。
「……なによ?」
「……いや、お前がメイド服着るなんてな~、って思ってよ」
「べ、別にいいでしょ! 馬鹿にしてんじゃないわよ!」
いや、誰も馬鹿にはしてないんだけどな。むしろ――。
「……まあ、似合ってるし、いいんじゃねぇのか?」
「なっ! ……う、うるさいわよ!」
「わ、悪い悪い」
別にそんなに怒らなくてもいいだろ。照れ隠しだとわかっていても、彼女の周りの温度が数度下がった気がする。
「二人とも~、喧嘩はいいけどそろそろ持ち場に行ってもらいたいんだけど」
「……悪い、五十嵐」
……なんかさっきからずっと謝ってる気がするな。まあいいか。
早く持ち場に行くか。ちなみに俺と玲奈の担当は「調理」だ。こう見えて料理は得意な方だし、何よりこの格好で人前に出なくて済むのが最大のメリットだ。
料理を作っている間なら、執事服の上からエプロンをすれば人目は気にならない。他の料理担当も手際が良さそうだし、案外楽に終わるかもな。
「……」
そう、一人を除いて。
「……な、なによ?」
「……いや、玲奈。お前、本当に料理担当でよかったのか?」
「……当たり前じゃない」
……なんだその、五秒くらいあった「間」は。
「お前、料理できねぇだろ」
「なっ……で、できるわよ!」
「うそつけ!」
「私の作った料理、食べたことあるでしょ! 美味しかったじゃない!」
確かに味はうまかった。そこは認めよう。だがな……。
「……見た目が料理じゃないだろあれは! どす黒い沼の底を煮詰めたような物体、誰が料理だと思うんだよ!」
「う……」
「大体、あんなに禍々しい見た目なのになんで美味いんだよ! お前の魔力のせいか!?」
「し、知らないわよ……。勝手にああなるんだから……」
見た目が普通なら、高級レストランでもやっていける料理人だと思うんだけどな。
「……そ、そこまで言わなくてもいいじゃない」
玲奈はそう言うと、しゅんとして下を向いて黙ってしまった。
……ああ、くそ、ちょっと言い過ぎたか。
「……はぁ。分かった。メインは俺が作るから、お前は下準備とか、皆の手伝いをしてくれ。それなら大丈夫だろ?」
「……い、いいの?」
「ああ。手伝いくらいなら事故も起きないだろ」
「……よーし、やるわよ!」
復活早いな。
「おーい! オムライスできたか~!」
「……できたぞ、ほら!」
ふぅ……思ってた以上に忙しいな。
魔法学園のメイド喫茶にこんなに客が入ってくるなんて。
「おーい、隼人ー」
「……ん? 紘弥、次は何の注文だ?」
「あー、いや。そうじゃなくてだな……指名だ」
「あー、了解りょ……はい?」
「指名だ」
「いやいやいや、意味わかんねぇよ! 俺は裏方の調理班だぞ!」
「……お前が作ったオムライスの『完璧すぎる卵の形』を見た女子グループがな、是非作った執事に会いたいって言ってるんだよ」
「なんでだよ! 絶対無理!」
恥ずかしいだろ、この格好で「お嬢様」なんて呼ぶのは!
「……指名されちまったもんは仕方ねぇだろ。客が待ってるんだ、諦めろ」
「第一、俺が抜けたら料理はどうすんだよ! 一人いるのといないのとじゃ回転が変わるぞ!」
「私がいるじゃない」
「……だから心配なんだよ!」
玲奈の自信に満ちた笑顔が、逆に不安を煽る。
「あ、西園寺も指名されてるぞ。男子の集団に」
「な、なんでよ!」
「『あの不機嫌そうなメイドに叱られたい』んだとよ……。っと、俺も行かなきゃならないから早く来いよ!」
紘弥はそう言い残し、嵐のように去っていった。
「「……なんでこうなるんだ(のよ)」」

「「……はぁ~~~、疲れた……」」
午前の営業終了後、俺と玲奈は控室の椅子に崩れ落ち、全く同じ台詞を吐き出した。
「二人とも、お疲れ様」
「……ああ、ありがとう橘。嫌じゃないのか、その格好」
「え? うーん、大変だけど、皆が頑張ってるから私も頑張らないと」
いい子だ。このクラスで一番の聖人かもしれない。
「……本当に大丈夫、二人とも? 灰になってるよ?」
「……まあ、なんとかな」

「……二人とも料理と接客してて、すごい大変そうだったもんね」
「ほんと、勘弁してほしいよ……」
「あ! いたいた! そろそろ行かないといけないよー!」
五十嵐が俺たちを見つけて叫んだ。もう時間かよ。
「ん? おお、もうそんな時間か……。うし、行くか」
「……だってさ、二人とも」
「「……はぁ~~……」」 

♦︎

アリーナの巨大なモニターには、開会式の様子が映し出されている。
生徒会副会長である姉ちゃんが、テキパキと大会の説明をこなしていた。
「……どうしたのですか、お二人共。魂が口から漏れていますよ」
そんな俺たちを見て、ルイが涼しい顔で言った。
「メイド喫茶が想定外に疲れたんだとよ」
紘弥が横から説明する。
「……そうでしたか。しかし、この後すぐに試合が始まります。このままでは十全な力が出せませんね」
「……困ったと言ってもな~。一瞬で疲れでも取れたらいいんだけどな……」
俺がぼやくと、ルイが「おや」と何かを思い出したように目を細めた。
「……それでしたら……この薬、飲みますか?」
ルイは内ポケットから、液体が入った小さな瓶を取り出した。
「「…………」」
こいつ、一体何者だ? なんで常に怪しい薬を常備してるんだ。
「……ル、ルイ君。それって……大丈夫なやつ?」
「大丈夫ですよ。一瞬で疲れが取れる特効薬ですから」
ルイはいつもの笑顔で言った。
怖い! その笑顔が、今は不安しか煽らない!
「安心してください。……本当に『一瞬』ですから」
何が一瞬なんだ! 疲れが取れるのが一瞬なのか、それとも意識が飛ぶのが一瞬なのか!
「なにビビってんだよ……。なんなら俺が試しに飲んでやるよ!」
こういう時の紘弥の行動力(バカさ)は助かる。
紘弥が瓶をひったくると、ルイが補足した。
「……ああ、よく振ってから飲んでくださいね」
紘弥が言われた通りに瓶をシェイクする。
すると、中の無色透明だった液体が、見る間に禍々しい紫色に変色した。
「「「…………」」」
「……え?」
「……さあ、飲めよ」
「いやいやいや! おかしいだろ! 明らかに毒物の色じゃん! 振る前より悪化してんじゃん!」
紘弥が悲鳴を上げるが、ルイは動じない。
「諦めて飲んでください。死にはしませんから」
ルイは嫌がる紘弥の口に、強引にその薬を流し込んだ。
「…………」
「ど、どうだ……?」
紘弥がカッと目を見開いた。
「……疲れが、完全に消えた」
「「「う、うそ……」」」
「いや、マジで。さっきまでのダルさが嘘みたいだ。むしろ、今までより魔力が漲ってる感じだ!」
こいつがこれ以上元気になったら、騒がしくて敵わないな。
「隼人と西園寺も飲んでみろよ。大丈夫だぜ」
「……そう言われてもな」
「……あんた、先に飲みなさいよ」
「……い、いや、レディーファーストだろ?」
「こういう時にレディーを盾にするんじゃないわよ!」
「……わ、わかったよ。飲むよ……。なぁ、これ振らないと駄目なのか?」
「大丈夫ですよ。振らなくても効果は同じです」
「え? いいの?」
「はい」
……じゃあ、なんで紘弥には振らせたんだ?
「ちょっと待て! なんで俺には振らせたんだ!」
「その方が面白いかと思いまして」
「お前……!!」
やっぱりルイはおそろしい男だ。
俺は覚悟を決め、奇妙な薬を一気に飲み干した。
「……ど、どうだ?」
「……すげぇ。身体が軽い。指先の痺れまでなくなったぞ」
「う、うそ……」
マジで疲れが取れた。ルイ、すごすぎる。これ、万能薬なんじゃないか?
「玲奈も飲んでみろよ。マジで効く」
「……わかったわよ」
玲奈も顔を引き攣らせながら、薬を少しずつ飲み干した。
「……疲れが、なくなったわ……」
「だろ! ルイ、お前これ量産したら世界征服できるぞ!」
「……ええ。他にも、笑いが止まらなくなる薬とかもありますが、いかがですか?」
「いらねぇよ!」
「他には拷問用の自白薬とか……」
やっぱり、こいつは敵に回しちゃいけないタイプの危ない奴だった。