魔力の少ない魔法使い

あれから一週間がたった。
烏廻さんは相変わらず、ネクタイをきっちり締めて真面目に教師をやっている。
まあ、それが普通なんだけどな。
「……そういやお前ら、魔闘祭の出し物きめたのか?」
終わりのHRで、烏廻さんがふと思い出したように言った。
「決めてないっすよー」
「……だったら悪いけど今から決めてくれ。早めに決めたほうが準備もしやすいからな」
魔闘祭まで一ヶ月もきったところだ。確かに早めに越したことはないか。
「部活とかある奴はそっちに行ってくれてかまわねぇぞ」
この学校には色々と部活がある。運動部から文化部まで様々だ。
まあ、俺らのクラスは部活に入ってる奴は少ないけどな。
「……なんだ、あんまり部活入ってる奴いねぇのか……よし、じゃあ誰でもいいから仕切って決めてくれ」
「じゃあ俺が仕切る!」
そう言ってバッ!と勢いよく手を挙げたのは、我がクラスのムードメーカー兼馬鹿代表の紘弥である。
「……九条か、あともう一人、できれば女子の方がいいんだが」
「はいはい! やります!」
元気よく手を挙げたのは、女子のムードメーカー的存在のサラだ。
「クロイツか……まあ、大丈夫だろ」
「先生、さっきの間は何ですか、間は!」
「……なんでもない。ほら早く決めろ」
烏廻さんも心配なんだな。この二人に任せるのは危なそうだからな。
「……まあいっか。よーし、決めよう!」
「んじゃ、まず何かやりたいもんがあったら言ってくれ」
紘弥とサラが教壇に立ち、黒板にチョークを構える。


 
「……こんくらいか」
黒板には色々と出し物の名前が書いてある。
焼きそばやたこ焼き、お化け屋敷等々、いろんなものが書かれてある。
「……ん~、な~んかパッとしないな」
まあ、確かに珍しい出し物は書かれてないけど、無難だろ。
「……じゃあ紘弥君、何か案だしてよー!」
サラが紘弥に話を振る。
「よくぞ聞いてくれた」
待ってましたと言わんばかりの絋弥。そういや、何か考えがあるとか言っていたな。あいつが考えるもんとか、ろくなものがなさそうだけど。
「……ずばり、メイド喫茶!!」
「「「…………」」」
やっぱりろくなもんじゃなかった。女子全員が、親の仇でも見るような冷たい目で紘弥を見ているぞ。
「「「……それいい!!」」」
おい! 男子、それはダメだろ!
「メイド喫茶で決まりだ!」
「ちょっと男子なに言ってんのよ!」
当然のように、男子と女子で激しい言い合いが始まった。
「……おい静かになれ! ……だったら多数決で決めようぜ?」
紘弥がニヤリと笑った。
多数決って……このクラス確か男子の方が人数多いから、男子の勝ちじゃねぇのか?
あいつ、これ狙ってたな。
「誰も文句はないな? よし……メイド喫茶に賛成の奴、手を挙げろ!」
紘弥が勝ち誇った顔をして言うと、バサッ! と勢いよく男子の手が挙がった。
「……な、なんだと……」
だが、その数を見た紘弥は驚愕したように目を見開いた。
「……何で、十五人しか手が挙がってないんだ」
男子の中に手を挙げていない奴がいるみたいだ。俺と、帝と、黒崎だ。
「……隼人、裏切ったな!」
「裏切ってねぇよ。最初から乗ってない」
「……くそ、俺の計画は完璧だったのに……」
やっぱり狙ってたのか。てか、堂々と自白していいのかよ。
「……紘弥諦めろって。絶対女子がメイド服着るわけねぇだろ」俺がため息混じりに言うと、
「…………」
紘弥は黙って下を向いている。諦めたのか?
「……そうだ! ……男子は執事服を着るってのはどうだ!」
諦めてねぇのな!
というより、そんなこと言っても意味ないだろ。
「……ほら、イケメンが執事服着るんだぜ! お帰りなさいませお嬢様って言うんだぜ!」
「何言ってんだよ、そんなんで変わらねぇだろ」
「……いや、そうでもないぞ」
俺は周りを見ると、何人かの女子が顔を赤くしてスッ、スッと手を挙げ始めた。
ちょっ! え!? なに手挙げてんの!?
お前らそんなに執事服見たいの!? このクラス大丈夫なのか!
「……よし、これで俺らの勝ちだ!」
いや、そうでもないぞ?
今度は「執事服を着たくない」のか、数人の男子がサッと手をおろしたみたいだ。
「……半々だな」
数えてみれば、賛成反対ちょうど同じ数でどうしようもない。
「……お前ら、まだ決まってないのか? 時間もいいとこだぞ」
様子を見にきた烏廻さんが、呆れたようにそう言った。
「……今多数決とってて、半々なんすよ」
「半々? 何の多数決とってんだ?」
「メイド喫茶っす!」
紘弥がやけくそ気味に答えた。
「やるに決まってんだろ!!」
はや!! え? めちゃくちゃ即答じゃねぇか! しかもやるってあんた、それでいいのか!
せっかく真面目になってきたと思ったのに、すぐこれだ。
「……あ、え? いいんすか?」
さすがの紘弥も、教師のいきなりの対応に困っている。
「当たり前だ。俺が賛成に一票で賛成の勝ちだろ?」
烏廻さんはネクタイを少し緩め、ニヤリと悪い大人の笑みを浮かべた。
「……はい、そうっす」
「よし、だったら決まりだ!」
「え、えー……というわけで、俺らの出し物は『メイド&執事喫茶』で決まりということになった。」
……まじか。
俺の初めての魔闘祭は、とんでもない方向へ走り出そうとしていた。
教室中が騒然とする中、一番に正気に戻ったのは、やはり彼女だった。
「……先生。正気ですか?」
 玲奈の声が、いつも以上に低い。彼女の周りだけ、物理的に温度が数度下がっている気がする。視線の先には、さっきまでネクタイを締めて「良き教師」を演じていたはずの烏廻さんがいる。
「……正気だ。俺は常に正気だぞ、西園寺」
 烏廻さんはわざとらしく咳払いをし、再びネクタイを締め直した。だが、その目は全く笑っていない。
「いいか、魔闘祭は他校からの視察も多い。そこで我がC組が圧倒的な『もてなし』を見せることは、学園の評価、ひいては俺のボーナス……いや、お前たちの将来にも関わる重要なことなんだ」
「今、ボーナスって言おうとしましたよね?」
 玲奈の氷のようなツッコミを無視して、烏廻さんは「解散!」と叫んで逃げるように教卓を離れた。
 後に残されたのは、歓喜に沸く男子軍団と、複雑な表情を浮かべる女子たち、そして「執事服」という単語に妙な熱気を帯び始めた一部の女子グループだ。
「やったぜ隼人! 勝利だ! 完全なる勝利だ!」
 紘弥が俺の肩をバシバシと叩いてくる。
「何が勝利だよ。お前、玲奈の顔見たか? あれ、本気で誰かを氷漬けにする時の目だぞ」
「ふっ、それもまた一興……。それに見てみろよ、あの女子たちの様子を」
 紘弥が指差した先では、数人の女子がサラを囲んで盛り上がっていた。
「ねえ、執事服ってことは……ルイくんとか黒崎くんも眼鏡かけたりするのかな?」
「帝くんに『お嬢様、お茶が入りました』って言われるなら、メイド服くらい我慢できるかも……」
「サラ、衣装担当は私たちがやるから! 徹底的にディティールにこだわるわよ!」
 ……どうやら、女子たちは女子たちで、別の方向へと舵を切り始めたらしい。
 俺と帝、それに黒崎の三人は、無言で顔を見合わせた。
 黒崎は相変わらず無表情だが、わずかに眉根が寄っている。帝は「……面倒だ」とだけ呟いて視線を逸らした。
「ふふ、楽しそうですねぇ」
 背後から、ルイが忍び寄ってきた。
「おいルイ、お前はいいのかよ。執事服だぞ?」
「私は構いませんよ」
にこやかに微笑みながら、ルイはさらりと言った。
「似合う服を着るのは楽しいですし。……それに、隼人様の隣に立つ役なら、なおさら」
「その呼び方やめろって!」
「まあまあ照れないでください」
どこが照れてるんだ。
「よーし! じゃあ役割分担決めるぞ!」
紘弥が黒板を叩く。
「男子は執事班、女子はメイド班でいいな!?」
「勝手に決めないで!」
「いやちょっと待て、それだと男子全員執事服確定なのか?」
「当たり前だろ!」
「嫌だ!」
教室が再びカオスになる。
「静かにしろ! まずは接客班と調理班で分けるぞ!」
サラが仕切り直す。
「料理できる人ー!」
ぱらぱらと手が挙がる。
「隼人、できるよな?」
「まあ、多少は」
「よし調理班な」
「待て待て待て、勝手に決めるな」
「だって執事服で包丁持ってるのお前似合いそうだし」
「どういう理屈だ」
「ほら、“お嬢様、オムライスにお名前をお書きしますか?”とか」
「絶対言わねぇ」
「えー、聞きたい」
 女子の誰かがぽつりと呟いた。
 ……なんだよその空気。なんでちょっと期待してるんだ。
「衣装どうする?」
「既製品レンタル?」
「いや、アレンジ入れたいよね」
「デザインできるやつ」
「任せて!」
なんか本気になってきてないか?
「……なあ紘弥」
「なんだ」
「お前、軽いノリで言っただけだよな?」
「最初はな」
「今は?」
「……ちょっと楽しみになってきた」
こいつ。
教室の空気は完全に祭り前だ。
笑い声が絶えない。
黒板には「メイド&執事喫茶」と大きく書かれ、その横にやたら装飾が足されている。
「テーマどうする?」
「王道系?」
「貴族風?」
「近代ヨーロッパ風とか?」
「なんでそんな詳しいんだよ」
「調べたことあるから!」
「何をだよ!」
玲奈は腕を組みながらため息をついているが、完全に拒否しているわけでもない。
「……やるからには、手を抜かないわよ」
ぼそりと呟いたその一言に、女子たちがざわつく。
「あ、やるんだ玲奈」
「やるのか」
「やるわよ。どうせなら一番売り上げ出してやるわ」
目が本気だ。
「おおおお!」
なぜか男子まで盛り上がる。
「目標売上設定しようぜ!」
「何でだよ!」
「勝負事だろこういうのは!」
「文化祭だぞ!?」
いや、魔闘祭だけど。
気づけば俺まで笑っていた。
くだらなくて、騒がしくて、どうでもいいことで本気になって。
「隼人ー! ポーズ練習しようぜ!」
「何のだよ!」
「ほら、“お帰りなさいませ、お嬢様”!」
「やらねぇって!」
「やれやれー!」
教室中が囃し立てる。
俺は仕方なく咳払いを一つして、
「……お、お帰りなさいませ……」
爆笑が起きた。
「棒読み!」
「感情込めろ!」
「イケメンがもったいない!」
「うるさい!」
笑い声が止まらない。
たぶん、きっと。
これが今の俺たちの全力なんだろう。
戦いでもなく、魔力でもなく。
ただ、馬鹿みたいに騒いでいるこの時間。
教室の隅では、もう簡単なシフト表が作られ始めていた。
「午前接客、午後調理でローテな!」
「誰が会計やる?」
「黒崎、計算得意だろ」
「……まあな」
淡々と頷く黒崎。
「帝は?」
「接客はやらない」
「なんでだよ!」
「面倒だ」
「却下!」
騒ぎながらも、ちゃんと形になっていく。
サラが手際よくまとめ、玲奈が無駄を削り、紘弥が勢いで押し切る。
気づけば、黒板の半分は予定表で埋まっていた。
「……なんか、本気だな」
俺が呟くと、帝が肩をすくめる。
「どうせやるなら、ってやつだろ」
「お前もやる気あるのか?」
「ない」
即答かよ。
「……だが、負けるのは癪だね」
それだけ言って、視線を逸らす。
なるほどな。
「隼人様は、接客で確定ですね」
「だからその呼び方やめろ」
「えー絶対接客だよー」
「だよね」
女子たちが勝手に決めていく。
おい待て。
「俺は料理が得意だから料理班でいいだろ!」
笑いがまた広がる。
騒がしくて、まとまりがなくて、でもどこか噛み合っている。
合宿の時とは違う。
戦うためじゃなく、楽しむためにまとまっている感じだ。
でも。
こういう時間があるから、きっと俺たちは戦える。
……いや、今は戦いとかどうでもいいか。
「隼人! もう一回やれ!」
「やらねぇって!」
「今度は感情込めろ!」
「お嬢様を想像しろ!」
「誰をだよ!」
教室が再び爆笑に包まれる。
「隼人、顔真っ赤だぞー!」
「うるさい!」
また笑いが起きる。本当にくだらない。
でも――
こんなふうに、何も考えずに笑っていられる時間が、
どれだけ貴重かなんて、今は考えなくていい。
今はただ。
この騒がしさの中にいられることが、少しだけ誇らしい。
ふと、もう一度だけ教室の入口を見る。
烏廻さんは、相変わらず腕を組んで俺たちを眺めていた。
その表情はいつもの飄々とした教師の顔だ。
けれど、ほんの一瞬だけ。
どこか安心したような目をしていた気がした。
――ちゃんと、守られている。
そんな根拠のない感覚が、胸の奥に残る。
 「隼人ー! 次はウインク付きな!」
「やらねぇ!」
俺の初めての魔闘祭は――
どうやら、想像以上に騒がしくなりそうだった。
……まあ、悪くはないか。