魔力の少ない魔法使い

旅館の窓辺に肘をつき、烏廻は夜空を見上げていた。
遠くで花火が咲く。
遅れて届く重低音が、静かな部屋の空気をわずかに震わせた。
「……派手にやってんな」
缶ビールを口に運びながら、小さく呟く。
生徒たちの姿はここからは見えない。だが、騒いでいる声くらいは想像できた。
泥だらけになりながら食らいついてきた数日間。一発も当てられず、それでも何度も立ち上がってきたあいつらを思い出す。
「……若ぇな」
ふっと息が漏れる。昔は、自分もあちら側にいた。
だが今は違う。守る側だ。
「……ま、悪くねえか」
ぽつりと零し、再び夜空を見上げる。
次の瞬間、大輪の光が夜を染めた。その輝きが、ほんの一瞬だけ――男の表情を柔らかく照らした。
その余韻に浸っていた時、背後の扉が静かに開いた。
圧倒的な魔力の威圧感。烏廻は振り返ることなく、不遜な笑みを浮かべた。
「……合宿の全行程、終了しましたよ。学園長」
「お疲れ様でした、烏廻先生。……それで、『あの子』の様子はどうでしたか?」
学園長の問いに、烏廻は空き缶を揺らして答える。
「成長速度は早いですね。ただ、あれは『成長』というより、中にある何かが外に漏れ出しているような感覚に近い。……本人は相変わらず、自分の魔力の無さを嘆いていますがね」
烏廻の言葉に、学園長は微かに目を伏せ、夜の闇を見つめた。
「……あの子にはまだ早い真実を知ることも、その身に宿る重圧に気づくことも」
 
「ええ、分かっていますよ。俺だって、あいつに教えるにはまだ早すぎると思ってます。……ですが、今回の魔闘祭は危険ですよ。激戦になれば、本人の意志に関係なく、『あいつ』が出てくるかも知れない」
「だからこそ、あの指輪を渡してもらいました」
烏廻は、少年の指に嵌められた指輪を思い出した。
「……あれは、単に力を助けるだけの道具ではありません」
その声はいつも通り冷徹なほど丁寧だったが、重なった指先は微かに震えているように見えた。
「指輪が耐えられるうちは良いでしょう。けれど、その許容量すら超えてしまった時……。私は学園長として、下さなければならない決断があります。……できることなら、あの子には何も背負わせたくなかった」
彼女の漏らした微かな本音。それを受け止めるように、烏廻は少しだけ真剣な声で言葉を繋いだ。
「……まあ、大丈夫ですよ。なんせ、あの人と貴方の息子なんですから。それに、この合宿を見て確信しましたよ。あいつにはもう、一人で背負い込まなくていいだけの、頼れる仲間がいます」
「……そう、ですね。そうであることを、願っています」
 それに、と烏廻は心の中で続けた。もし本当にその時がやってきたなら、恨まれ役は自分が引き受ける。それがあの人との約束だった。
烏廻は残りのビールを喉に流し込み、夜空の最後に残った火花を見つめた。
学園長はただ静かに、若者たちが笑い合っているであろう方角を見つめ続けていた。