「ふぅ……どうやったら一発でも当てられるんだ」
滴る汗を拭い、俺は荒い息を整えた。
強化合宿が始まって、今日でちょうど一週間。俺は巨木の影に身を潜め、数メートル先に立つ優斗さんの隙をじっと窺っていた。
この七日間、俺の攻撃はただの一度として彼にかすってすらいない。
(普通に仕掛けても、あの反応速度は超えられない。なら…あれ、試してみるか)
俺は意識を極限まで集中させ、優斗さんが僅かに視線を外した刹那、爆発的な踏み込みで木陰から飛び出した。
「……双炎剣壱ノ型【陽炎】(かげろう)!」
陽炎のように揺らめく太刀筋が、優斗さんの首筋を狙う。
「いい踏み込みだ。……だが、まだ遅い」
優斗さんは最小限の動きで上体を逸らし、俺の剣を紙一重で回避する。だが、空を切る感覚さえも俺の計算内だ。
「まだだ! ――“属性付加”!」
ザシュッ、と微かな音が響いた。
着地して振り返ると、優斗さんは自分の肩のあたりを押さえていた。服の生地が僅かに裂けている。
「かすっただけ、か……」
俺が悔しさに顔を歪めると、優斗さんは不敵な笑みを浮かべた。
「ハハハッ……見事だ。隼人、これで俺との修行は終わりだ」
「え? でも、予定より一時間も早いですよ」
「時間が来たからじゃない。俺が教えたいことは、全部教えきったからだ」
優斗さんは剣を収め、俺に歩み寄る。
「それと、お前には言ってなかったが、俺が教えるのは最初から一週間だけの予定だったんだ。色々と忙しくてな」
「……そうだったんですか。お忙しいのに、わざわざすいません」
西園寺家の跡継ぎであり、生徒会長。そんな超多忙な人が、俺なんかのために一週間も割いてくれたのだ。
「気にするな。お前の成長を特等席で見られて、俺も楽しかったよ」
優斗さんはポンと俺の頭に手を置いた。
「明日からは烏廻先生の修行に合流か……。あっちがどんな特訓をしてるか知らないんですけど、大丈夫ですかね」
「ああ、そこは問題ない。何せ、最後にお前が見せた『属性付加』こそが、向こうのメインメニューだからな。まさか独学で習得してるとは思わなかったが」
「あ、そうだったんですね。……でも、俺は魔力が少ないから、あんな風に一瞬しか維持できません。燃費が悪すぎて、実戦じゃ使いどころが……」
「そんなことはない。さっきのように『ここぞ』という場面で不意を突けば、それは一発逆転の切り札になる。……あと、これお前にやるよ」
優斗さんはそう言うと、ポケットから何かを取り出し、俺に向かって放り投げた。
「……指輪? まさか優斗さん、そっちの趣味が……」
受け取ったのは、装飾のない銀色の指輪だった。
「バカ言え。それは『魔力増幅指輪』だ。そこに自分の魔力をあらかじめ貯めておけば、いざという時に引き出して使える」
「えっ!? つまり、魔力の予備タンクみたいな……!?」
そんな便利な魔道具、ただで手に入るような代物じゃないはずだ。
「……これ、相当高いんじゃ……」
「気にするな。試作品だし、俺からの前祝いだ。……その代わり、魔闘祭では必ず優勝しろよ」
優斗さんの真っ直ぐな瞳に、俺は指輪を強く握りしめた。
「……はい! ありがとうございます!」
指輪には、上級魔法一発と中級魔法二発分に相当するキャパシティがあるという。俺はその重みを指に感じながら、改めて決意を固めた。
◆
「――と言うわけで、今日から桐宮は俺たちと合流だ」
烏廻先生のやる気のない宣言に、真っ先に紘弥が声を上げた。
「いや、どういうわけですか! 昨日まであんなに特別扱いだったのに!」
「……俺からも説明するわ。優斗さんが用事で帰ったから、今日からこっちのメニューに混ざることになったんだ」
「なるほどな。それ、昨日教えてくれても良かったじゃねえか。冷たいなー」
「……サプライズ的な演出だよ」
「嘘つけ。お前、ただ説明するのが面倒くさかっただけだろ?」
紘弥の鋭い指摘に、俺は思わず視線を逸らした。……正解だ。
「そんなことはどうでもいいのよ。それより先生、これから何をするの?」
玲奈が腕を組み、退屈そうに烏廻先生を促した。いつの間にか先生に対してタメ口になっている。
「ん? ああ、そういやお前ら、一応全員が『属性付加』を形にできたんだっけか」
そういや、って。あんたが指導してたんじゃねぇのかよ。
「そうそう。……あ、でも隼人はまだっすよ。今から教えるんですか?」
勝ち誇った顔で「教えてやろうか?」と俺を見たが、俺は無言で身体に意識を向けた。
シュン、と小さな音を立てて、俺の身体を紅い炎が纏う。
「ほら辰巳さん、やっぱでき……は? なんでできんだよ!」
いや、なんでって言われても。紘弥だけでなく、他の奴らも驚いた顔でこちらを見ている。
「前からできたけど……」
「う、嘘だろ……あんなにできるようになるまで苦労したのに……」
「そうか、桐宮もできんのか……」
烏廻先生は無精髭の生えた顎をさすり、ニヤリと口角を上げた。その笑顔を見た瞬間、俺の背筋に嫌な汗が流れる。
「……よし。残りの一週間は、ひたすら実戦といこうか」
「よっしゃー! やっと戦えるぜ!」
紘弥は拳を突き上げて喜んでいる。どこの戦闘民族だよ。俺はずっと優斗さんと戦いっぱなしだったから、少し休みたい気分なんだけど。
「烏廻さん! 俺、隼人と戦いたいんすけどダメっすか!」
「なんで俺なんだよ!」
「俺は一回、お前と本気で戦ってみたかったんだよ」
紘弥は満面の笑みでそう言ってきた。
「んー、ダメだな」
「……え!? なんでっすか!」
しかし、烏廻さんにあっさりと却下されてしまった。
「いや、それも良いんだけどさ。それやるとほら、俺暇じゃん?」
「……へ?」
教師とは思えない発言に、全員が呆気に取られる。
「つーわけで、今から『俺 対 お前ら全員』でやる」
「……は? 先生一人と、俺たち十人全員で、ですか?」
「そうだ。一対一で回すより手っ取り早いだろ。お前ら全員で、死ぬ気で俺を獲りに来い。……あ、一応これ着けとけよ」
先生が放り投げたのは、腕時計型の魔力測定器だった。
「これが壊れたらリタイアだ。……じゃ、準備運動しとけよ」
そう言って屈伸を始める先生を見て、俺は「小学生かよ」と心の中で突っ込んだ。
「あ! おい桐宮、今失礼なこと考えただろ」
「へ? いえ、何も……」
なんでこの人たちは、俺の思考をこうも正確に読み取るんだ。
「う~し、そろそろ準備はできたか」
烏廻さんはポケットから一枚のコインを取り出した。
「このコインが地面に落ちたらスタートな。お前ら、武具召喚しろよ」
その合図と共に、グラウンドに極彩色の魔力が弾けた。
「轟け――〈麒麟〉!」
「凍てつけ――〈ニヴルヘイム〉」
絋弥の両手に雷を纏った双銃が現れ、玲奈の手元には氷の細剣が鋭い光を放つ。
「穿て――〈グングニル〉」
「刈り取れ――〈三日月〉!」
ルイが掲げた赤黒い不吉な槍が空間を圧し、サラは身の丈を超える漆黒の大鎌を構える。
「咲き誇れ――〈天ノ桜〉」
「断て――〈天ノ叢雲〉」
橘が引き絞った桜色の弓が魔力を充填し、帝の持つ一振りの刀が凛とした空気を纏う。
「切り裂け――〈猫又〉!……導いて――〈ケルキオン〉」
五十嵐の拳に鋭利な鉤爪が装着され、ティオナが掲げた大杖が神聖な光を放つ。
「……撃ち抜け――〈フライクーゲル〉」
最後尾では黒崎が重厚なスナイパーライフルを静かに構えた。
「灰燼と化せ――〈レーヴァテイン〉!」
灼熱の炎を纏った炎剣を握りしめる。十人の殺気が、ただ一人へと集中した。
「……準備できたみてぇだな。じゃあ始めるぞ」
烏廻さんはそう言うと、親指でコインを高く弾き飛ばした。
「……天を満たし、地を滅せよ――〈インドラ〉〈ヴリトラ〉」
ニヤリと笑った烏廻さんの両手に、純白の剣と漆黒の剣が吸い込まれるように顕現する。
弾き飛ばされたコインが放物線を描き、地面に落ちて甲高い音を立てた。
チャリン、と。
その音が鼓膜を揺らした瞬間――烏廻さんから放たれる殺気が爆発的に膨れ上がり、一瞬にして俺の目の前まで肉薄していた。
(なッ! 間に合わねぇ!)
あまりの速度に脳の処理が追いつかない。烏廻さんの双剣が、俺の首元へ容赦なく振り抜かれる。
――ガキンッ!!
火花と共に、重い金属音がグラウンドに響き渡った。
「ほう、防ぐか」
「くッ……!」
すんでのところで俺の前に割り込み、烏廻さんの剣を〈グングニル〉で受け止めていたのはルイだった。
「流石はエスクードだ。……だがッ!」
「がはッ……!」
烏廻さんは剣を弾き返された反動をそのまま利用し、強烈な回し蹴りをルイの腹部に叩き込んだ。
「……ルイ! 大丈夫か!」
後方へ吹き飛ばされたルイの顔に、いつもの余裕ある笑顔はない。あのルイが、いとも簡単に手玉に取られた。俺を含め、全員がその圧倒的な暴力の前に息を呑んだ。
「……は、速すぎて何も見えなかったぞ」
紘弥の呟きに、全員が顔を引きつらせて同意する。
「……どうするよ、ルイ。勝てると思うか?」
「いえ、全く思いませんね」
ルイは痛む腹部を押さえながら、少し自嘲気味に笑った。
「……はっきり言うなよ」
俺は苦笑いした。だが、ルイの言う通りだ。全員で束になっても、今の烏廻さんには傷一つつけられないだろう。
「だったらどうすんだよ……! やられるのを待つのか?」
紘弥が焦燥感を滲ませて叫ぶ。
「……いや、全力でやる。やれるだけのことをやって、負けても成長の糧にはなるだろ」
「やれるだけのことはやるって……そんなんでいいのかよ」
不満そうに口を尖らせる紘弥に、俺は剣を構え直して言った。
「ああ、そうだ。これは別に、烏廻さんに勝つためだけの戦いじゃない。俺たちが強くなるための特訓だろ」
「……チッ、そうだな。だったら、せめて一発ぐらい当ててやるぜ!」
「そうだね! やれるだけのことはやらないと!」
サラも巨大な鎌を構え直し、ニッと笑った。……なんかその笑顔、妙な迫力があって少し怖いんだけど。
「そんじゃ、いっちょやりますか!」
俺の掛け声と共に、十人の武器が再び烏廻さんへと向けられた。
◆
「あーっ! 無理! 強すぎるだろあの人!」
結果から言うと、俺たちは烏廻さんに一発の攻撃も当てることができず、文字通り全滅した。
最後まで粘っていたルイも惜しいところまでいったが、結局は力尽きた。あのルイが手も足も出ないなんて。
優斗さんと同等……いや、底が見えない分、それ以上かもしれない。いつも遅刻ばかりで教師らしいところなんて微塵もないのに、実力だけは間違いなく本物だった。
「しょうがないよ、あれでも一応教師なんだし!」
「確かに、あれで一応はプロだもんな」
大の字で寝転がった紘弥が、息を切らしながら笑う。
「それに、まだ合宿は一週間あるんだ。一発くらい……いや、最後には勝てるかもしんねぇしな!」
紘弥の前向きな言葉に、重く沈んでいた空気が少しだけ和らいだ。烏廻さんの理不尽な強さを目の当たりにして、みんな心が折れかけていたのだ。
特にプライドの高い玲奈や帝は、地面を睨みつけ、ひどく悔しそうな顔をしている。
「……次は絶対、一矢報いるわよ」
滴る汗を拭い、俺は荒い息を整えた。
強化合宿が始まって、今日でちょうど一週間。俺は巨木の影に身を潜め、数メートル先に立つ優斗さんの隙をじっと窺っていた。
この七日間、俺の攻撃はただの一度として彼にかすってすらいない。
(普通に仕掛けても、あの反応速度は超えられない。なら…あれ、試してみるか)
俺は意識を極限まで集中させ、優斗さんが僅かに視線を外した刹那、爆発的な踏み込みで木陰から飛び出した。
「……双炎剣壱ノ型【陽炎】(かげろう)!」
陽炎のように揺らめく太刀筋が、優斗さんの首筋を狙う。
「いい踏み込みだ。……だが、まだ遅い」
優斗さんは最小限の動きで上体を逸らし、俺の剣を紙一重で回避する。だが、空を切る感覚さえも俺の計算内だ。
「まだだ! ――“属性付加”!」
ザシュッ、と微かな音が響いた。
着地して振り返ると、優斗さんは自分の肩のあたりを押さえていた。服の生地が僅かに裂けている。
「かすっただけ、か……」
俺が悔しさに顔を歪めると、優斗さんは不敵な笑みを浮かべた。
「ハハハッ……見事だ。隼人、これで俺との修行は終わりだ」
「え? でも、予定より一時間も早いですよ」
「時間が来たからじゃない。俺が教えたいことは、全部教えきったからだ」
優斗さんは剣を収め、俺に歩み寄る。
「それと、お前には言ってなかったが、俺が教えるのは最初から一週間だけの予定だったんだ。色々と忙しくてな」
「……そうだったんですか。お忙しいのに、わざわざすいません」
西園寺家の跡継ぎであり、生徒会長。そんな超多忙な人が、俺なんかのために一週間も割いてくれたのだ。
「気にするな。お前の成長を特等席で見られて、俺も楽しかったよ」
優斗さんはポンと俺の頭に手を置いた。
「明日からは烏廻先生の修行に合流か……。あっちがどんな特訓をしてるか知らないんですけど、大丈夫ですかね」
「ああ、そこは問題ない。何せ、最後にお前が見せた『属性付加』こそが、向こうのメインメニューだからな。まさか独学で習得してるとは思わなかったが」
「あ、そうだったんですね。……でも、俺は魔力が少ないから、あんな風に一瞬しか維持できません。燃費が悪すぎて、実戦じゃ使いどころが……」
「そんなことはない。さっきのように『ここぞ』という場面で不意を突けば、それは一発逆転の切り札になる。……あと、これお前にやるよ」
優斗さんはそう言うと、ポケットから何かを取り出し、俺に向かって放り投げた。
「……指輪? まさか優斗さん、そっちの趣味が……」
受け取ったのは、装飾のない銀色の指輪だった。
「バカ言え。それは『魔力増幅指輪』だ。そこに自分の魔力をあらかじめ貯めておけば、いざという時に引き出して使える」
「えっ!? つまり、魔力の予備タンクみたいな……!?」
そんな便利な魔道具、ただで手に入るような代物じゃないはずだ。
「……これ、相当高いんじゃ……」
「気にするな。試作品だし、俺からの前祝いだ。……その代わり、魔闘祭では必ず優勝しろよ」
優斗さんの真っ直ぐな瞳に、俺は指輪を強く握りしめた。
「……はい! ありがとうございます!」
指輪には、上級魔法一発と中級魔法二発分に相当するキャパシティがあるという。俺はその重みを指に感じながら、改めて決意を固めた。
◆
「――と言うわけで、今日から桐宮は俺たちと合流だ」
烏廻先生のやる気のない宣言に、真っ先に紘弥が声を上げた。
「いや、どういうわけですか! 昨日まであんなに特別扱いだったのに!」
「……俺からも説明するわ。優斗さんが用事で帰ったから、今日からこっちのメニューに混ざることになったんだ」
「なるほどな。それ、昨日教えてくれても良かったじゃねえか。冷たいなー」
「……サプライズ的な演出だよ」
「嘘つけ。お前、ただ説明するのが面倒くさかっただけだろ?」
紘弥の鋭い指摘に、俺は思わず視線を逸らした。……正解だ。
「そんなことはどうでもいいのよ。それより先生、これから何をするの?」
玲奈が腕を組み、退屈そうに烏廻先生を促した。いつの間にか先生に対してタメ口になっている。
「ん? ああ、そういやお前ら、一応全員が『属性付加』を形にできたんだっけか」
そういや、って。あんたが指導してたんじゃねぇのかよ。
「そうそう。……あ、でも隼人はまだっすよ。今から教えるんですか?」
勝ち誇った顔で「教えてやろうか?」と俺を見たが、俺は無言で身体に意識を向けた。
シュン、と小さな音を立てて、俺の身体を紅い炎が纏う。
「ほら辰巳さん、やっぱでき……は? なんでできんだよ!」
いや、なんでって言われても。紘弥だけでなく、他の奴らも驚いた顔でこちらを見ている。
「前からできたけど……」
「う、嘘だろ……あんなにできるようになるまで苦労したのに……」
「そうか、桐宮もできんのか……」
烏廻先生は無精髭の生えた顎をさすり、ニヤリと口角を上げた。その笑顔を見た瞬間、俺の背筋に嫌な汗が流れる。
「……よし。残りの一週間は、ひたすら実戦といこうか」
「よっしゃー! やっと戦えるぜ!」
紘弥は拳を突き上げて喜んでいる。どこの戦闘民族だよ。俺はずっと優斗さんと戦いっぱなしだったから、少し休みたい気分なんだけど。
「烏廻さん! 俺、隼人と戦いたいんすけどダメっすか!」
「なんで俺なんだよ!」
「俺は一回、お前と本気で戦ってみたかったんだよ」
紘弥は満面の笑みでそう言ってきた。
「んー、ダメだな」
「……え!? なんでっすか!」
しかし、烏廻さんにあっさりと却下されてしまった。
「いや、それも良いんだけどさ。それやるとほら、俺暇じゃん?」
「……へ?」
教師とは思えない発言に、全員が呆気に取られる。
「つーわけで、今から『俺 対 お前ら全員』でやる」
「……は? 先生一人と、俺たち十人全員で、ですか?」
「そうだ。一対一で回すより手っ取り早いだろ。お前ら全員で、死ぬ気で俺を獲りに来い。……あ、一応これ着けとけよ」
先生が放り投げたのは、腕時計型の魔力測定器だった。
「これが壊れたらリタイアだ。……じゃ、準備運動しとけよ」
そう言って屈伸を始める先生を見て、俺は「小学生かよ」と心の中で突っ込んだ。
「あ! おい桐宮、今失礼なこと考えただろ」
「へ? いえ、何も……」
なんでこの人たちは、俺の思考をこうも正確に読み取るんだ。
「う~し、そろそろ準備はできたか」
烏廻さんはポケットから一枚のコインを取り出した。
「このコインが地面に落ちたらスタートな。お前ら、武具召喚しろよ」
その合図と共に、グラウンドに極彩色の魔力が弾けた。
「轟け――〈麒麟〉!」
「凍てつけ――〈ニヴルヘイム〉」
絋弥の両手に雷を纏った双銃が現れ、玲奈の手元には氷の細剣が鋭い光を放つ。
「穿て――〈グングニル〉」
「刈り取れ――〈三日月〉!」
ルイが掲げた赤黒い不吉な槍が空間を圧し、サラは身の丈を超える漆黒の大鎌を構える。
「咲き誇れ――〈天ノ桜〉」
「断て――〈天ノ叢雲〉」
橘が引き絞った桜色の弓が魔力を充填し、帝の持つ一振りの刀が凛とした空気を纏う。
「切り裂け――〈猫又〉!……導いて――〈ケルキオン〉」
五十嵐の拳に鋭利な鉤爪が装着され、ティオナが掲げた大杖が神聖な光を放つ。
「……撃ち抜け――〈フライクーゲル〉」
最後尾では黒崎が重厚なスナイパーライフルを静かに構えた。
「灰燼と化せ――〈レーヴァテイン〉!」
灼熱の炎を纏った炎剣を握りしめる。十人の殺気が、ただ一人へと集中した。
「……準備できたみてぇだな。じゃあ始めるぞ」
烏廻さんはそう言うと、親指でコインを高く弾き飛ばした。
「……天を満たし、地を滅せよ――〈インドラ〉〈ヴリトラ〉」
ニヤリと笑った烏廻さんの両手に、純白の剣と漆黒の剣が吸い込まれるように顕現する。
弾き飛ばされたコインが放物線を描き、地面に落ちて甲高い音を立てた。
チャリン、と。
その音が鼓膜を揺らした瞬間――烏廻さんから放たれる殺気が爆発的に膨れ上がり、一瞬にして俺の目の前まで肉薄していた。
(なッ! 間に合わねぇ!)
あまりの速度に脳の処理が追いつかない。烏廻さんの双剣が、俺の首元へ容赦なく振り抜かれる。
――ガキンッ!!
火花と共に、重い金属音がグラウンドに響き渡った。
「ほう、防ぐか」
「くッ……!」
すんでのところで俺の前に割り込み、烏廻さんの剣を〈グングニル〉で受け止めていたのはルイだった。
「流石はエスクードだ。……だがッ!」
「がはッ……!」
烏廻さんは剣を弾き返された反動をそのまま利用し、強烈な回し蹴りをルイの腹部に叩き込んだ。
「……ルイ! 大丈夫か!」
後方へ吹き飛ばされたルイの顔に、いつもの余裕ある笑顔はない。あのルイが、いとも簡単に手玉に取られた。俺を含め、全員がその圧倒的な暴力の前に息を呑んだ。
「……は、速すぎて何も見えなかったぞ」
紘弥の呟きに、全員が顔を引きつらせて同意する。
「……どうするよ、ルイ。勝てると思うか?」
「いえ、全く思いませんね」
ルイは痛む腹部を押さえながら、少し自嘲気味に笑った。
「……はっきり言うなよ」
俺は苦笑いした。だが、ルイの言う通りだ。全員で束になっても、今の烏廻さんには傷一つつけられないだろう。
「だったらどうすんだよ……! やられるのを待つのか?」
紘弥が焦燥感を滲ませて叫ぶ。
「……いや、全力でやる。やれるだけのことをやって、負けても成長の糧にはなるだろ」
「やれるだけのことはやるって……そんなんでいいのかよ」
不満そうに口を尖らせる紘弥に、俺は剣を構え直して言った。
「ああ、そうだ。これは別に、烏廻さんに勝つためだけの戦いじゃない。俺たちが強くなるための特訓だろ」
「……チッ、そうだな。だったら、せめて一発ぐらい当ててやるぜ!」
「そうだね! やれるだけのことはやらないと!」
サラも巨大な鎌を構え直し、ニッと笑った。……なんかその笑顔、妙な迫力があって少し怖いんだけど。
「そんじゃ、いっちょやりますか!」
俺の掛け声と共に、十人の武器が再び烏廻さんへと向けられた。
◆
「あーっ! 無理! 強すぎるだろあの人!」
結果から言うと、俺たちは烏廻さんに一発の攻撃も当てることができず、文字通り全滅した。
最後まで粘っていたルイも惜しいところまでいったが、結局は力尽きた。あのルイが手も足も出ないなんて。
優斗さんと同等……いや、底が見えない分、それ以上かもしれない。いつも遅刻ばかりで教師らしいところなんて微塵もないのに、実力だけは間違いなく本物だった。
「しょうがないよ、あれでも一応教師なんだし!」
「確かに、あれで一応はプロだもんな」
大の字で寝転がった紘弥が、息を切らしながら笑う。
「それに、まだ合宿は一週間あるんだ。一発くらい……いや、最後には勝てるかもしんねぇしな!」
紘弥の前向きな言葉に、重く沈んでいた空気が少しだけ和らいだ。烏廻さんの理不尽な強さを目の当たりにして、みんな心が折れかけていたのだ。
特にプライドの高い玲奈や帝は、地面を睨みつけ、ひどく悔しそうな顔をしている。
「……次は絶対、一矢報いるわよ」
