魔力の少ない魔法使い

「ハァ……ハァ……」
(くそ……やっぱり、一発も当てられねぇ……)
「もう終わりか?」
「ハァ……まだまだっすよ!」
俺は持てる最後の力を振り絞り、優斗さんに斬りかかった。
「……甘ぇ」
俺の渾身の一撃はあっさりと受け流され、優斗さんの鋭い蹴りが俺の胴を捉える。
「グッ……!」
地面を転がり、視界が火花を散らす。……クソ、もう指一本動かす力が残ってねぇ。
「……今日はこれで終わりだ」
「!! ……俺は、まだ……!」
泥にまみれた顔を上げ、なんとか立ち上がろうとする。
「しっかり休むのも修行の内だ。そんな状態で続けても、変な癖がつくだけだぞ」
「……はい」
「まあ、焦るな。俺が直々に教えてんだ、お前は確実に強くなってる。……俺が保証してやるよ」
優斗さんはそう言って、俺の肩をポンと叩くと、先に別荘の方へ歩いていった。
「……俺も、帰るか」
重い体を引きずるようにして、俺も後に続いた。

別荘に戻ると、食堂にはすでに全員が揃っていた。
「……遅かったね」
帝が俺を見るなり、鼻で笑うように言ってきた。
(くそ、こいつ……俺が動ける状態だったら言い返してやるのに)
俺は怒りを飲み込み、自分の席に座った。
「「「いただきます」」」

――その頃。
隼人たちが食事をしている間、別荘の外では烏廻と優斗が言葉を交わしていた。
「そっちはどうです?代表メンバーの仕上がりは」
「あー……。まあ、エスクードとかいう化け物じみた奴が一人混じってるおかげで、他の連中も引っ張られてる感じだな」
優斗に視線を向けた。

「いや〜、まいりましたよ。これ、見てください」
優斗が苦笑いしながら自分の脇腹をめくってみせる。そこには、赤々とした新しいかすり傷が走っていた。
「……おい。まさか、お前が攻撃を食らったのか」
「ええ。ちょっとした『暴走』ですかね。隼人自身に意識はなさそうでしたが……」
烏廻の目が鋭く細まる。「大丈夫なのか。……その傷も、桐宮の体も」
「俺の方は問題ないですよ。単に、治癒魔法が苦手なだけですから。……それより、先生の言う通り『封印』は確実に弱まってきていますね」
優斗は傷口を軽く指でなぞり、真剣な表情に戻った。
「そろそろ、隼人本人にも事実を教えた方がいいんじゃないですか?」
「分かっている。……だがあいつはまだ、事実を受け止めるには弱すぎる」
「そりゃあ、今はまだひよっこですけどね。……でも、あいつは強くなりますよ。俺が保証します」
「フッ……。お前がそこまで言うなら、安心だな」
烏廻がわずかに口角を上げると、優斗は肩をすくめて笑った。
「ま、俺が教えられるのは一週間だけですからね。後半の一週間は先生の仕事ですよ」
「ったく、やるなら全部やれっての……」
「俺も忙しいんですよ。こう見えて生徒会長ですから」
「お前が生徒会長なんて信じられんな」
「俺は、先生が教師をやってる方が信じられませんけどね」
二人は顔を見合わせ、小さく笑い合った。
 

「……食欲がわかねぇ」
目の前にある中食(カレーライス)を眺め、俺は溜息をついた。疲れすぎて胃が受け付けてくれない。
「……あれ? 隼人君、食べないの?」
俺の箸が止まっているのに気づいたサラが、心配そうに覗き込んできた。
「ああ、ちょっと疲れがな……」
「ダメだよー。食べないと元気出ないよ?」
そう言うサラの皿は、すでに二杯目のおかわりだ。……サラって、実は結構な大食いなのか?
周りを見渡してみると、ルイもいつも通りの優雅な手つきで、かなりの量を平らげている。
一番食べると思っていた紘弥はと言えば――。
「…………」
紘弥は、驚くほど静かに食事をしていた。
女子陣(玲奈、サラ、橘)との間には、目に見えないほど高い壁……というか、物理的な距離がある。
昨夜の「女子部屋クラッカー潜入作戦」が未遂に終わり、しかも防衛トラップでアフロになったのが、相当響いているらしい。
紘弥は「ルイも一緒だったんだ!」と必死に弁解したらしいが、女子たちは誰一人信じなかった。
「ルイ君があんなおバカなことするわけないでしょ?」というのが彼女たちの言い分だ。……実際、ルイもいたんだが、誰も絋弥の言うことを信じない。
自業自得とはいえ、少し可哀想になってくる。
「ん? 隼人、全然食べてねぇな」
俺の背後から、不意に声がかかった。
「はは……優斗さん。ちょっと食欲がなくて」
「まあ、少しでも食っとけ。午後は座学も混ぜてやるから」
「はい……」
「…………えっ!?」
先ほどまで黙々と食べていた玲奈が、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
「よー、久しぶりだな、玲奈」
「どうして、お兄ち……兄さんがここに!?」
咄嗟に言い直したが、今「お兄ちゃん」って聞こえたぞ。玲奈の顔がみるみる赤くなっていく。
「あれ? 隼人、言ってなかったのか?」
「あ、はい……特に聞かれなかったので」
「こいつの修行をつけてるのが、俺なんだよ」
そう言いながら、俺の頭をくしゃくしゃと撫でる優斗さん。
「そ、そうだったのね……」
玲奈は納得したように、顔を伏せて席に座り直した。
「……ん? 何で全員固まってんだ?」
優斗さんが首を傾げる。
「え、えええええ~~~っ!? 本物の西園寺優斗さん!?」
最初に叫んだのはサラだった。
「はは、もちろん本物だよ」
サラのテンションの上がり方に、優斗さんも苦笑いしている。
なんせ、学園の英雄で超イケメンの生徒会長だ。女子だけじゃなく、男子の黒崎や帝ですら驚きを隠せない様子だ。
ルイだけは平然としていたが……あいつの驚く顔、一度でいいから見てみたい。
「…………」
相変わらず無言の紘弥。いつもなら真っ先に飛びつくはずなのに、昨夜の電撃トラップのダメージが相当深いのか、まだ呆然としている。
「ん? ……よく見たら、帝家と九条家の息子もいるじゃねぇか」
優斗さんが帝と紘弥に目を止めた。八大貴族同士、公式な場で見かけたことがあるんだろう。帝は優斗さんに向かって、隙のない完璧な礼法で一礼した。
一方の紘弥は、優斗さんの声にピクッと肩を震わせたものの、顔を上げられずにいた。
「……おい、紘弥。憧れの生徒会長様だぞ。挨拶しなくていいのか?」
俺が小声で促すと、紘弥は恐る恐る、壊れた人形のような動きで顔を上げた。
「……ん、あ…………えっ?」
目の前に立つ金髪のイケメンと視線がぶつかった瞬間、紘弥の瞳に一気に光が戻った。
「え、え、ええええええええええええ!? も、もしかして、本物の西園寺優斗さん……!?」
「ハハハ、元気だな。えーと……九条家の紘弥君だったかな?」
「ひっ、はい! じ、じじじ、実物だぁぁ! な、なんでここに……って、俺、今アフロじゃないですよね!? 髪、変じゃないですか!?」
紘弥は先ほどまでの落ち込みが嘘のように、椅子から転げ落ちそうな勢いで身を乗り出した。昨夜の失態を思い出して、慌てて自分の頭をセットし直している。
「ああ、大丈夫だよ。似合ってる……いや、普通だ。安心しろ」
優斗さんに苦笑いで宥められ、紘弥はようやく(鼻息を荒くしながら)席に座り直した。
「す、すいません! サイン下さい! ペン! ペンはどこだ! 誰か貸してくれ!」
「落ち着けよ、九条。今は持ってないから、また後でちゃんと書いてやるよ」
「本当ですか!? 絶対ですよ! 家宝にしますから!」
紘弥はまだ興奮で顔を赤くしている。俺は呆れて溜息をついた。
「優斗さんのサイン、そんなに欲しいのか?」
「当たり前だろ! 俺の憧れなんだぜ。実は……ファンクラブのゴールド会員なんだ!」
「え、お前……ファンクラブなんて入ってんのかよ」
入るにしても女の人とかじゃないのか?姉ちゃんのとか、あるかは分からないけど。
 いや、仮にあったとしても友達が実の姉のファンクラブに入っているのも複雑ではあるか。
「ああ! 優斗さんみたいに強くてカッコいい奴に憧れない男なんていねーよ! なあ隼人、お前も入れよ。一緒に限定グッズ手に入れようぜ!」
「……それは遠慮しとく」
「もったいねー。俺は将来、絶対に優斗さんみたいになるんだ!」
力説する紘弥。……昨夜、女子部屋の前で電撃を食らって気絶してた奴が言うセリフじゃないよな。
「修行もせこいぞ、隼人! 俺も優斗さんに教えてほしい!」
「は? 何言ってんだ、お前は……」
「あ! 私も! 私も優斗さんに教えてもらいたいな〜!」
サラまで便乗し始めた。
「いいだろ、隼人ー! 減るもんじゃないしー!」
「いいわけねぇだろ、優斗さんに迷惑だ!」
「……おい、それは『俺の教え方が不満だ』ということか?」
いつの間にか背後に立っていた烏廻先生が、低く凄みのある声を出す。
「……え、あ。いえ! そんなわけないじゃないですかー、あははは!」
「そうそう、冗談です、ジョーダン!」
紘弥とサラは顔を引きつらせて取り繕う。
「君たち、烏廻先生に教えてもらえるのは幸運なことだよ。この人は、俺が知る限り最高の魔術師の一人だからね」
優斗さんがフォローを入れると、烏廻先生は露骨に鼻を高くした。
「そうだぞ。俺に教えてもらえる光栄を噛み締めろよな、お前ら」
……この自信過剰なところが、生徒に尊敬されない原因なんだろうな。
「……よし、休憩は終わりだ。修行を再開するぞ」
「ええ〜、もうですか!? 早いですよー!」
不満を漏らす紘弥を、烏廻先生が引きずっていく。
「よし、俺らも行くぞ、隼人」
「あ、はい!」

「よし、今日はこれで終わりだ。先に戻ってろ」

午後の修行が終わり、俺はなんとか二日目を乗り切った。
昨日に比べれば、まだマシだ。普通に歩けるし、意識もしっかりしている。
(……少しずつだけど、優斗さんの動きが見えるようになってきた気がする)
最初は、まったく追えなかった。
剣の軌道どころか、踏み込みの瞬間すら認識できなかったのに――。
理由は分かっている。
戦闘中、無意識に目へ部分強化を回していたのだ。
視界がわずかに鮮明になり、動きの輪郭が掴める瞬間があった。
それでもまだ追いつけるレベルじゃない。だが――確実に昨日よりは見えている。
(……思考を止めるな、か)
優斗さんの言葉が頭の中で反芻される。
全身を強化する余裕はない。だからこそ、必要な部位へ最小限の魔力を流す。
それを戦闘中でも維持できるようになってきた。
別荘に戻ってみると、俺が一番乗りだった。
「……一人で待ってるのも退屈だな」
みんなが帰ってくるまで、夕食はお預けだ。
食堂のソファーでぼんやりしていると、やがて他の連中も帰ってきた。
「お、隼人。今日はお前の方が早かったのか」
先頭の紘弥が、泥だらけの顔で手を振ってくる。
「ああ。ちょうど今帰ってきたところだ」
「飯だ、飯! 腹減って死にそうだぜ!」

「ふぅ……もう食えねぇ……」
「俺もだ」
夕食を終え、俺と紘弥は食堂でぐったりとしていた。
「あ、隼人。ちょっと待ってくれ」
俺が席を立とうとすると、紘弥が俺の袖を掴んだ。
「なんだよ、まだ何かあるのか?」
「腹いっぱいで……一歩も動けねぇ……。部屋まで担いでってくれ……」
「……知るか! 自分で歩け!」
俺は紘弥を放っておいて、先に大浴場へ向かった。
「ふぅ……良い湯だった……」
風呂から上がり、廊下を歩いていると、ちょうど紘弥と出くわした。
「隼人の薄情者……。せめて背中ぐらい流してくれてもいいだろ」
「お前、どんだけ俺に甘えるんだよ」
呆れながら言い返すと、紘弥はふと女子風呂の方へ視線を向け――。
「……あ」
「おい紘弥。まさかとは思うが、今日は変なことするなよ?」
俺が釘を刺した瞬間、紘弥の肩がビクッと震えた。
「……し、しねぇよ! クラッカーはもう全部捨てたし! あの電撃、マジで死ぬかと思ったんだからな!」
紘弥は半泣きになりながら、ぶんぶんと首を振った。
どうやら、昨夜のトラップの痛みは相当体に刻み込まれているらしい。これなら今夜は静かに眠れそうだ。
「……じゃあな、ゆっくり入れよ」
俺はそんな紘弥の肩を叩いてやり、自分の部屋に戻ると、倒れ込むように眠りについた。