魔力の少ない魔法使い

次の日――。
「うーし、全員集まったな~」
時刻は午前八時。俺たちは別荘の玄関の前に集まっていた。
「くぁ~~~」
俺は大きくあくびをした。昨日は紘弥が海でテンションを上げすぎたせいで、夜中まで付き合わされて寝不足だ。
「今から強化合宿の初日を始めるんだが……桐宮、お前は少し待ってろ」
「ふぁ~い……へ?」
あくび混じりに返事をしてから、俺は烏廻先生の言葉に首を傾げた。
「なんで俺だけ?」
「なんでもだ。まあ、とにかくお前はここで待ってろ。いいな? ……よし、他の奴らは俺の後について来い」
烏廻先生は理由も言わずに歩き出し、他のメンバーたちも不思議そうにしながらそれに続いていった。
数分後――。
「……いったいいつまで待てばいいんだよ」
人気のない玄関前で、俺はため息をついた。
その瞬間。
ゾクリと、背筋を凍らせるような殺気を感じ、咄嗟に横へ跳んだ。
ズガンッ!!
俺がさっきまで立っていた地面が、不可視の魔法によって大きくえぐり取られる。
「なっ……誰だ!」
体勢を立て直し、魔法が放たれた茂みの方を睨みつける。
「フッ……いい反応だな」
木陰から姿を現したその人物を見て、俺は驚愕に目を見開いた。
金色の髪を逆立てた、誰がどう見ても圧倒的なオーラを放つイケメン。
星雲魔術師学園生徒会長にして、玲奈の兄、そして俺の師匠。
「……優斗さん!」
「よ! 久しぶりだな、隼人」
西園寺優斗(さいおんじ ゆうと)は、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべていた。

――同時刻。別荘の裏手にある広場。
「ここら辺にするか」
立ち止まった烏廻に対し、紘弥が代表して疑問をぶつけた。
「辰巳さーん、なんで隼人だけ別なんですか?」
「あー、ある奴があいつの特訓をしたいと名乗り出てきてな。お前らは気にするな。……それより、自分たちの心配をしろよ。俺は甘くねぇぞ」
烏廻の目が、普段の怠慢な教師のものから、鋭い実力者のそれへと変わった。
「合宿は二週間しかない。だから、短期間で確実に強くなる技術を叩き込む。……お前達には、“属性付加(エンチャント)”をやってもらう」
烏廻がそう言うと、彼の体の表面をチロチロと赤い炎が覆い始めた。
「身体強化の進化版みたいなもんだ。これには属性ごとに特殊な能力が付与される。自分の得意な属性でやるのが一番だな。……よし、できた奴から見せに来い。始め」
「うし、やるぞ!」
全員が一斉に魔力を練り始める中、一人だけすぐに歩み出た者がいた。
「……これでいいですか?」
ルイ・エスクードの体の周りには、すでに烏廻と同じような炎が美しく纏われていた。
「ほぉ……もうできたのか。すげぇなこいつは」
烏廻が感心したように息を吐く。
「は!? ……もうできたのかよ!」
紘弥をはじめ、他のメンバーも驚愕の表情を浮かべている。
「私は何をすればいいですか?」
「そうだな……他の奴らのアドバイスでもしてやってくれ」
烏廻に頼まれ、ルイはいつもと変わらない胡散臭い笑顔で頷いた。
「おいルイ! 俺に教えてくれ!」
「あ! あたしも!」
未だにコツが掴めない紘弥とサラがルイにすがりつく。
「やれやれ……いいですか二人とも。属性付加は身体強化の延長です。強化しながら属性を『放すようで放さない』感覚を掴んでください」
「……えーと、つまり?」
テンパる紘弥に、ルイはにっこり笑って言った。
「お二人は頭で理解するより、体で覚えるタイプ(脳筋)ですから、とにかく気合でやるしかありませんね」
「そ、そうだよな! ……って、それ馬鹿にしてないか!?」
「ほんとほんと! 紘弥君と一緒にされたくない!」
なんだかんだと騒ぎながらも、烏廻の「マトモな特訓」は着実に進んでいった。

――一方、隼人は。
「聞いてねぇのか。……俺がお前の特訓をするんだよ」
「全く聞いてないですよ、あの怠慢教師……」
俺は目の前の優斗さんに恨み言をこぼした。
「俺が頼んだんだよ。お前の成長ぶりが見たかったからな。……お前には強くなってもらわねぇと」
後半の言葉は風に掻き消されてよく聞こえなかった。
「お前、魔力は増えたか?」
「え? ……いや、変わんないっすけど」
「そうか。なら、魔法は捨ててひたすら剣術を極めてもらう。さっそくやるぞ、剣を出せ」
優斗さんの言葉に、俺はサラマンダーを召喚した。
「久しぶりだな。サラマンダー、頼むわ」
『へいへい』
気怠げな声と共に、炎の剣が顕現する。
「いや、〈レーヴァテイン〉も出せ」
「えっ? ……でもあれは」
「全力で来ないと死ぬぞ」
優斗さんの目がマジだ。俺は息を呑み、もう一本の剣を武具召喚した。
「……灰燼と化せ――〈レーヴァテイン〉」
「万象を与え、万物を断て――〈イザナミ〉〈イザナギ〉」
優斗さんが静かに手を掲げる。
次の瞬間、空間が揺らいだ。
左手に顕れたのは純白の刀〈イザナミ〉。
右手に顕れたのは漆黒の刀〈イザナギ〉。
対極の力が、同時に顕現する。
「隼人……本気で来いよ」
「分かってますよ!!」
俺は地面を爆発的に蹴り出し、優斗さんの懐へと飛び込んだ。
二振りの炎剣を交差させて叩き込むが、優斗さんは〈イザナギ〉一本でそれを軽々と受け止める。
「重さが足りねぇな!」
「くっ……!」

弾き返された反動を利用し、さらに連撃を叩き込む。だが、優斗さんの刀はまるで流れる水のように俺の攻撃をすべて受け流し、逆に鋭い一撃を俺の死角へと打ち込んできた。
「ぐあぁっ!?」
 腹部に重い衝撃。一瞬、何が起きたか分からなかった。〈イザナミ〉の(みね)が俺の脇腹を正確に捉えていた。

 ――全身に魔力を流せば一撃は強くなる。でも、すぐに体力も魔力も枯渇する。
俺はいつも通り――部分強化で戦っている。腕や脚、腰の必要な部位だけを瞬間的に強化し、魔力を集中させる。長時間の戦闘でも魔力を温存できる戦法だ。

「ちゃんと部分強化出来ているようだが、まだまだ精度が甘い。無駄な魔力を使わず、最小限にするにどうすれば良いか考えろ。思考を途切らせるな」
息をつく暇もなく、白と黒の閃光が俺の視界を埋め尽くした。

18:30――。
「ハァ、ハァ……疲れたぁ……」
日が落ちた頃、俺は全身ボロボロの状態で別荘へと帰り着いた。
優斗さんとの特訓は、まさに地獄だった。これが二週間続くとなると、本気で命の危険を感じる。
別荘の大広間に入ると、すでに他のメンバーたちはくつろいでいた。
「お! 隼人〜! 大丈夫かよ……」
ソファーに寝転がっていた紘弥が、俺の惨状を見て苦笑いする。
「……なんとかな。逆になんでお前らはそんなに元気なんだよ」
「俺たちは魔力のコントロール練習(属性付加)だったからな。精神的には疲れたけど、体はピンピンしてるぜ」
「……はぁ、羨ましい限りだ」
俺は深い絶望と共にため息をついた。
21:00ーー。
「お前らこそ何してんだ?」
俺は自販機で飲み物を買いながら質問する。
「ふっ……禁忌(フロンティア)を侵しに行くのさ」
紘弥が、これまでにないほど爽やかな笑みを浮かべて言い放った。
「は? 禁忌?」
「ああ。この別荘、二階の奥は『完全男子禁制』の女子エリアになってるだろ? そこに、ある『贈り物』を設置しに行こうと思ってな」
「贈り物……?」
俺が嫌な予感を覚えていると、紘弥は手にした『大量のクラッカー』を自慢げに見せびらかした。
「明日も早い女子たちのために、景気よく景気づけの爆音をプレゼントしてやるんだよ!」
「……ただの嫌がらせじゃねーか。見つかったら玲奈に殺されるぞ」
「ふふ、見つからなければどうということはありませんよ」
ルイがいつもの胡龍のような笑顔で、きっぱりと答えた。
「ルイ、お前まで行くのかよ。止めてくれよ……」
「おやおや。彼女たちの『防衛魔法』がどれほどのものか、データのサンプルを採る絶好の機会ですからね」
ルイは笑顔のまま、一切の良心の呵責を感じていないようだ。
「お前も来るか? 勇者になれるぜ?」
「……絶対行かねぇよ。俺は安眠したいんだ」
嫌な予感しかしない俺は、バカ二人を見捨てて部屋へと戻った。
部屋には、本を読んでいる黒崎と帝しかいなかった。
(気まずい……)
黒崎とは一度も喋ったことがないし、帝も自分から話しかけてくるタイプではない。静寂だけが部屋を支配している。
その時だった。
「ぎゃああああああああっ!!」
突然、廊下の奥――女子エリアの方角から、すさまじい断末魔が轟いた。
「……なんだ今の」
帝が顔をしかめる。
「……たぶん紘弥だ」
「なんだ、あのバカか」
帝は興味を失ったように本へ視線を戻した。やっぱり見つかったか。あいつの合宿生活、初日の夜で幕を閉じたな。
……あれ? しかし、悲鳴は一つしか聞こえなかったような?
俺が疑問に思った直後、部屋のドアがガチャリと開いた。
「……ル、ルイ!?」
そこには、怪我ひとつない無傷のルイが平然と立っていた。
「お前、無事だったのか? 紘弥は!?」
「おや? 何のことですか?」
「いや、何のことって……女子部屋に……」
俺が言いかけた瞬間、ルイの細められた目から、チリッと肌を刺すような鋭い殺気が放たれた。
「……そうですか。私はずっと廊下の生け花を鑑賞していました。何も見ていません」
「はい、なにも」
ルイはにっこりと笑い、自分のベッドへと向かった。
(こいつ……玲奈か烏廻先生が出てきた瞬間に、紘弥に全責任を押し付けて音もなく逃げやがったな……!?)
これから先、絶対にルイを怒らせてはいけないと、俺は心に固く誓った。
23:00――。
結局、紘弥は部屋に帰ってこなかった。
翌朝、女子エリアの入り口に仕掛けられていた「自動迎撃・電撃魔法」の餌食になり、アフロヘアーになって気絶している紘弥が発見されたのは、また別の話である。