魔力の少ない魔法使い

凄まじい爆発の衝撃に、俺は後方へ弾き飛ばされた。
 視界を埋め尽くす砂煙の中、空中で必死に身体を捻る。
 地面へ叩きつけられる寸前で両足をつき、そのまま数メートル滑りながら勢いを殺した。
「くっ……!」
 息を整える暇もない。
 砂煙を切り裂くように、黒い影が迫った。
 イーラだ。
 漆黒の翼を羽ばたかせ、上空から一気に剣を振り下ろしてくる。
「甘いッ!」
 俺は双剣を交差させ、頭上で受け止めた。
 ――ガギィンッ!
 刃と刃が激突し、火花が散る。
「ぐっ……!」
 両腕へ重い衝撃が走り、足が僅かに地面へ沈んだ。
 それでも耐える。
 全身へ魔力を巡らせ、身体を支える。
「まだ倒れないか」
 イーラが至近距離から睨み下ろしてくる。
「だが、その力もいつまでもつかな!」
「あいにく……まだ終わるつもりはねぇよ!」
 両腕へ力を込め、黒剣を押し返す。
 双剣の炎を一気に強めると、イーラの剣が僅かに浮いた。
「なに……!?」
 その隙を逃さず懐へ踏み込む。
 右から薙ぐ。
 左から突く。
 さらに身体を捻り、もう一度斬り込む。
 イーラは翼と黒剣を使い分けながら、連撃を次々と捌いていく。
「小賢しい……!」
 苛立ったように黒剣を振るった。
 紫電が弾け、至近距離から俺へ襲いかかる。
「っ!」
 双剣を交差させる。
 直撃は防いだものの、衝撃までは殺せず大きく押し戻された。
 俺は地面を滑りながら体勢を立て直す。
 イーラも追ってこない。
 互いに荒くなった呼吸を整えながら、睨み合う。
 その時だった。
「――そこまでだ」
「……!」
 背後から、聞き覚えのある低い声がした。
 振り返る。
 一人の男が、俺のすぐ後ろへ降り立っていた。
 少し跳ねた藍色の髪。
 緩められたネクタイに着崩したスーツ。
 いつもなら眠たげな目も、今は鋭くイーラを見据えている。
「烏廻さん……!」
 烏廻辰巳。
 烏廻さんは俺の横を抜けると、白と黒の双剣を静かに構えた。
 その瞬間だった。
「チッ……」
 イーラが明らかに表情を変えた。
 翼を広げて後方へ下がり、烏廻さんとの距離を取る。
 さっきまで俺を相手にしていた時とは違う。
 警戒している。
 それも、かなり強く。
「……厄介なのが来たものだ」
「随分と生徒相手に手こずってるみたいだな」
 烏廻さんは冷ややかに言うと、首を軽く鳴らした。
 視線はイーラから外さない。
「おい、桐宮」
「はい」
「もう十分だ。後は俺がやる」
「……」
 俺は双剣を強く握った。
 身体は重い。
 全身に痛みが残っている。
 烏廻さんに任せれば、おそらく今よりずっと勝算は高い。
 それでも――
「……すみません、烏廻さん」
「あ?」
「もう少しだけ、俺にやらせてください」
 烏廻さんの眉が僅かに動いた。
「理由を聞こうか」
 俺はイーラから目を離さないまま答える。
「玲奈も、紘弥も、サラも……あいつに負けました」
「……」
「でも三人とも生きてる。実力差を考えれば、あの時もっと酷いこともできたはずです。それでも、あいつはそうしなかった」
 もちろん、それだけで善人だなんて言うつもりはない。
 学園を襲った。
 仲間を傷つけた。
 俺の中にいるアースの力を狙っている。
 敵であることには変わりない。
「だからって許すつもりはありません。でも……あいつが何を考えてここまで来たのか、それを知った上で俺自身が決着をつけたいんです」
「……甘いな」
 烏廻さんが即座に言った。
「敵に事情があるから一騎打ちで応えてやる? 戦場でそんな理屈がいつでも通ると思うなよ」
「……はい」
「それに俺は教師だ。目の前で生徒が死にかけてるのを黙って見てる趣味もない」
 厳しい声だった。
 だが、烏廻さんは俺を一度だけ横目で見る。
「……ただ」
「?」
「今のお前が、何も考えず意地だけで残ろうとしてるわけじゃないことくらいは分かる」
 白と黒の双剣をゆっくりと下ろした。
「続けろ」
「烏廻さん……」
「勘違いすんなよ」
 鋭い目が俺へ向く。
「俺が危険だと判断した瞬間、問答無用で割って入る。お前が何を言おうが関係ない」
「……はい!」
「それと、勝手に死んだら説教じゃ済まさねぇからな」
「分かってます」
 烏廻さんが数歩下がる。
 それを見ていたイーラが、不快そうに顔を歪めた。
「……くだらんな」
 黒剣を軽く振るう。
「覚悟だの、決着だの……実にくだらない」
「イーラ?」
「法も、正義も、信念も……圧倒的な理不尽の前では何の意味も持たない」
 声に、これまでとは違う感情が混じっていた。
「どれだけ綺麗な言葉を並べようと、救えないものは存在する。理不尽な悪意の前では、人間の作った仕組みなどあまりにも脆い」
 イーラが剣の柄を強く握る。
「二十年前……」
 低く呟いた。
「私にも、守りたい家族がいた」
「……」
「妻と、まだ幼かった娘だ」
 イーラの声から、戦っている時の余裕が消えていた。
「だが、二人とも死んだ」
 黒剣を握る手が僅かに震える。
「権力を持つ家の人間が起こした事故でな」
 夕暮れのグラウンドに、イーラの声だけが響く。
「事故そのものも許せなかった。だが、それ以上に許せなかったのは、その後だ」
 ゆっくりと顔を上げる。
「圧力がかかり、都合の悪い事実は消された。証言は覆され、責任を問われるはずだった人間は裁かれなかった」
「……」
「妻と娘を奪った人間は、何事もなかったように日常へ戻った」
 歯を食いしばる音が聞こえた。
「私は何度も訴えた。警察にも、司法にも、あらゆる場所にな」
 だが――と、イーラは続ける。
「何も変わらなかった」
 その目に、強い怒りが宿る。
「私にとって法も正義も、家族を守ってくれるものではなかった。力を持つ者が、自分たちに都合のいい形へ捻じ曲げられる程度のものだった」
「だから……力が欲しいのか?」
「そうだ」
 即答だった。
「二度と、権力や理不尽によって一方的に奪われる世界にしないためにな」
「……」
「この世界の仕組みを根本から変える。そのためには、誰にも覆せないだけの力が必要だ」
 イーラが俺を見る。
 視線が俺の奥――アースへ向けられているように感じた。
「桐宮隼人。君の中に眠る力があれば、それが可能になる」
「俺からアースを奪うつもりか」
「ああ」
 イーラは否定しなかった。
「無意味に人を殺すつもりはない。私が必要としているのは殺戮ではなく、世界を変えられる力だ」
「だから俺一人なら犠牲にしていいって?」
「……そうだ」
「勝手な話だな」
 俺は双剣を構え直す。
「自分が理不尽に奪われたから、今度は自分が誰かから奪うのかよ」
「……」
「それで世界を変えたって、結局あんたの嫌ってる連中と同じじゃねぇか」
 イーラの眉が僅かに動く。
「黙れ」
「黙らねぇよ」
 一歩踏み出す。
「あんたが何を失ったのか、俺には全部分からない」
 簡単に理解したなんて言える話じゃない。
「でも、だからって俺の命も、アースも、仲間も好きにしていい理由にはならねぇ!」
 双剣の炎が強まる。
「俺は逃げない」
 イーラを真っ直ぐ見据える。
「あんたの怒りも、その覚悟も、全部受け止めた上で――ここで止める!」
「……ならば」
 イーラの身体から、黒い魔力がゆっくりと溢れ始める。
「力で証明してみせろ」
 空気が重くなる。
 先ほどまでとは明らかに違う魔力の密度。
『来るぞ、隼人』
 アースの声が響く。
(ああ)
 俺も双剣へ魔力を集中させる。
 イーラが漆黒の剣を天へ掲げた。
 その瞳に宿るのは、二十年間抱え続けてきた怒り。
 奪われた者の絶望。
 そして、自らのやり方で世界を変えるという歪んだ覚悟。
「――【大罪魔法――憤怒ノ魔王(サタン)】!」