俺は地面を蹴り、男に向かって駆け出す。対する男も同時にこちらへ走り出した。
互いの距離が一気に縮まる。
あと一メートルというところで、俺は急ブレーキをかけて足を止めた。
男は勢いのまま斬りかかってくる。
俺は剣で受け流し、体勢を崩した男の隙を狙って剣を振るった。
しかし、男は倒れかけた身体を無理やり捻り、剣を横にして俺の一撃を防ぐ。
さらにそのまま、俺の腹部へ強烈な膝蹴りを叩き込んできた。
「ぐっ……!」
予想外の反撃に怯んだ隙を逃さず、男が再び剣を振るう。
俺は咄嗟に剣を盾にして受け止めた。
男は深追いせず、すぐに後方へ跳んで構え直す。
俺も息を整え、剣を構えた。
(やっぱりレーヴァテイン一本じゃ厳しいか……どうにかしてサラマンダーを呼べないか?)
男の様子を窺いながら思考を巡らせる。
その瞬間、男の方から距離を詰めてきた。
「っ!」
俺は後退しながら攻撃を受け止める。
だが勢いを殺しきれず、そのまま壁際まで押し込まれた。
(まずい。このままだとジリ貧だ)
壁から離れようとした瞬間、男が俺の腕を掴む。
「なっ――」
そのまま身体を壁へ叩きつけられた。
「がっ……!」
背中に強烈な衝撃が走る。
痛みに耐えて立ち上がろうとするが、肩を踏みつけられて動きを封じられた。
「君は強い。だが、それでも私の方が上のようだ」
「……俺はまだ、負けちゃいねぇ」
俺は自由になっている方の手へ魔力を集中させる。
「【焔渦】!」
掌から魔力を地面へ流し込む。
「何?」
男が僅かに視線を落とした。
次の瞬間、俺を中心に炎の渦が巻き起こる。
男の拘束が緩んだ一瞬を逃さず、その下から抜け出した。
距離を取りながら懐へ手を伸ばし、召喚印の描かれた札を取り出す。
「我は汝の力を欲する者なり。我が声に応えよ」
召喚印から炎が立ち昇る。
「来たれ、《サラマンダー》」
爆炎が噴き上がり、その中から炎を纏う人型のドラゴンが姿を現した。
「……久しぶりだな、隼人」
「ああ。悪いけど、早速頼めるか?」
炎の向こうから男が無傷で姿を現す。
サラマンダーはその男を見据え、僅かに目を細めた。
「今回の相手はあいつか……相当な手練れだな」
「ああ。かなり強い」
「……それにしても隼人」
「ん?」
「お前、その様子だと……ついに契約したのか?」
「……え? お前、知ってたのか?」
どうやらサラマンダーは、アースが俺の中に封印されていたことを知っていたらしい。
「まあな。詳しい話は後だ」
サラマンダーが男へ視線を戻す。
「とりあえず死ぬんじゃないぞ。《形態変化》」
身体が眩い光に包まれ、炎を纏った剣へと姿を変える。
俺はそれを左手に握った。
二本の剣を構え、そのまま男へ駆ける。
「双炎剣壱ノ型――【陽炎】!」
双剣を振り抜き、炎の斬撃を放つ。
男は横へ動いて難なくかわした。
「はぁあっ!」
避けられることは分かっていた。
俺はそのまま懐へ踏み込み、剣を振り下ろす。
男も読んでいたのか、剣で受け止めた。
だが、俺は剣を引かない。
弾かれた勢いをそのまま利用し、もう一方の剣を横薙ぎに振るう。
「くっ……!」
男は辛うじて剣で受け、そのまま数歩後退した。
「まだだ! 双炎剣参ノ型――【灼炎閃】!」
右下から左上。
続けて左下から右上。
二本の剣で斜め十字を描くように斬り上げる。
男は剣を横にして受け止めた。
「ぐっ……」
そのまま押し込む。
僅かずつ、男の足が後ろへ下がる。
「……はぁああっ!」
「――ッ!」
突然、男が力を込めた。
一気に剣を押し返され、俺の体勢が崩れる。
そこへ男の斬撃が迫った。
「くっ!」
双剣で受け止める。
だが、踏ん張りきれず、そのまま後方へ押し戻された。
「ふぅ……今ので決めるつもりだったのだがな」
男が僅かに息を乱しながら歩み寄ってくる。
『……戦い方がなっちゃいねぇな』
突然、脳内にアースの声が響いた。
(いきなり何だよ)
『今までと同じように魔力をケチってんじゃねぇ』
(……)
『お前はずっと、少ない魔力をどう残すか考えながら戦ってきた。その癖が抜けてねぇんだよ』
言われて気づく。
確かに俺は、無意識のうちに魔力を抑えながら戦っていた。
『今のお前の魔力は前とは違う。それに、質も変わってる。必要なところではもっと使え』
(分かった)
全身へ意識を向ける。
今までとは明らかに違う感覚。
体内を巡る魔力が、以前より濃く、力強く感じられる。
俺はそれを全身へ巡らせ、双剣を構え直した。
男と視線が交わる。
次の瞬間、同時に踏み込んだ。
男の剣が迫る。
俺は紙一重で外し、その懐へ潜り込む。
二本の剣を振るう。
「ふん。その程度かね?」
男は難なく受け止めた。
俺は止まらない。
右。
左。
切り返し。
今までより多くの魔力を込め、次々と斬撃を重ねていく。
「どうした? 先ほどまでの威勢の良さはどこへいった?」
「うるせぇよッ!」
煽る男へ渾身の一撃を振り抜く。
「……ッ!」
受けきれなかった男の肩口を刃が掠め、鮮血が散った。
「ほう……」
「まだまだ行くぞ!」
さらに踏み込む。
今度は男の剣ごと押し込むように連撃を重ねた。
徐々に、男の防御が増えていく。
「おらぁ!」
強く踏み込み、剣を振り抜く。
男が後方へ下がった。
「双炎剣壱ノ型――【陽炎】!」
双剣を交差させて振るう。
十字を描く二筋の炎の斬撃が男へ迫った。
男は剣で防御するが、勢いを殺しきれず、そのまま後方へ吹き飛ばされる。
壁へ背中を打ちつけた男は、すぐに立ち上がった。
「……なるほど。少々甘く見ていたようだ」
そう言うと、男は懐から青色の小さな水晶を取り出した。
(何だ、あれ……)
警戒する俺の前で、水晶が淡く輝く。
男の周囲に魔法陣が展開された。
「私も本気で相手をしようではないか」
男が静かに詠唱を始める。
「汝、我が声に応えよ。闇より生まれ、来たりし大いなる罪よ――」
『止めろ!』
アースの鋭い声が響いた。
俺は即座に駆け出す。
「はぁっ!」
双剣を叩き込む。
だが、男を囲う結界に阻まれ、刃が弾かれた。
「これは結界石と言ってね。短時間ではあるが、外からの攻撃を防いでくれる」
「くそっ……!」
何度も双剣を振るう。
だが結界は破れない。
「万物を憤らせ尽くす、大罪が一つ――憤怒の罪」
黒い魔力が男の身体から溢れ始める。
「――怒れ、サタン」
禍々しい魔力が全身を覆う。
「〈悪魔融合〉」
やがて黒い光が薄れ、その姿が露わになった。
背には漆黒の翼。
頭部には二本の角。
真紅に染まった瞳。
さらに全身には赤黒い紋様が浮かび上がっている。
「……悪魔融合」
『そうだ。悪魔の力をその身に宿す魔法だ』
男から放たれる魔力は、先ほどとは明らかに違っていた。
(……かなり厳しくなったな)
『だろうな』
(勝てると思うか?)
『勝てねぇ相手じゃない』
アースは短く答えた。
『ただし、今までみたいな戦い方してたら負けるぞ』
(……分かった)
俺は双剣を握り直した。
目の前の男――いや、イーラから放たれる魔力が肌を刺す。
明らかに身体能力も魔力も上がっている。
それでも、足は止めない。
俺は深く息を吸い込み、再び踏み込んだ。
「はぁあっ!」
双剣を振るう。
イーラはそれを剣一本で受け止めた。
「どうした? この程度か?」
「まだだ!」
連続で斬りかかる。
だが、先ほどとは違う。
一撃、一撃を正確に受け流される。
「では、次はこちらから行こう」
イーラが剣を薙ぎ払った。
「っ!」
双剣で受け止める。
重い。
完全には殺しきれず、数メートル押し戻された。
そこへ高密度の水弾が迫る。
「くっ!」
大きく横へ跳んで回避。
「ほう。今のを避けるか」
イーラが感心したように言う。
俺はすぐに踏み込んだ。
迎え撃つ剣を双剣で弾き、そのまま身体を近づける。
腹部へ膝を打ち込もうとする。
だが、片手で止められた。
「甘いな」
「なっ――」
そのまま身体を崩され、投げ飛ばされる。
空中で身体を捻り、なんとか着地した。
「ふぅー……」
息を整える。
集中しろ。
一瞬でも気を抜けば持っていかれる。
再び地面を蹴る。
イーラの剣をぎりぎりまで引きつけ、最小限の動きでかわす。
すれ違いざまに斬り返す。
「甘い!」
剣で防がれ、即座に反撃が飛んでくる。
双剣で受け止めるが、また押し戻された。
続けて追撃。
俺は剣を交差させて防ぐ。
「ふん!」
じわじわと押し込まれる。
「ぐっ……!」
歯を食いしばる。
「はぁっ!」
強引に剣を弾き、蹴りを放つ。
イーラは腕で受け止めた。
「……やるじゃないか」
口元に笑みを浮かべる。
俺は構わず攻め続けた。
だが、徐々にイーラの方が先に動くようになる。
一つ先を読まれ、反撃を受ける回数が増えていく。
(このままじゃマズい……)
「これで終わりだ」
イーラが大きく踏み込んだ。
先ほどまでよりも重い一撃。
俺は双剣を交差させて受ける。
「ぐっ!」
耐えきれず、大きく後退した。
体勢を立て直す。
その直後――背後から気配。
「――ッ!」
振り返る。
既にイーラが回り込んでいた。
「私の勝ちだ」
剣が振り下ろされる。
防御が間に合わない。
「ぐあっ!」
右肩を深く斬り裂かれた。
激痛に耐えながら反撃する。
だが、簡単にかわされる。
「無駄だ」
次の瞬間、腹部へ蹴りを叩き込まれた。
「がはっ……!」
身体が吹き飛び、壁際へ転がる。
口の中に鉄の味が広がった。
「……終わりだな」
イーラがゆっくりと近づいてくる。
立ち上がろうとする。
だが右肩から血が流れ、腕に力が入りづらい。
(くそ……この傷じゃ……)
『諦めんのか?』
アースの声が響いた。
(……)
『俺がお前と契約したのは、お前がどれだけ追い詰められても立ち上がったからだ』
俺は歯を食いしばる。
『ダチとの約束、守るんだろ?』
(……ああ)
そうだ。
玲奈たちと約束した。
俺は生きて帰る。
(まだ終われねぇ)
立ち上がろうとした、その時だった。
「……?」
右肩が熱い。
傷口へ集まるように魔力が流れ込み、出血が急速に収まっていく。
「なに?」
イーラが僅かに目を見開いた。
俺自身も驚いていた。
(アース、これは……)
『お前の身体に俺の力が馴染み始めてんだよ』
(傷が治るのか?)
『ある程度ならな』
肩の傷が徐々に塞がっていく。
『勘違いすんなよ。何でも一瞬で元通りになるわけじゃねぇ。傷が深けりゃ時間も魔力も食う』
(……なるほど)
『毒やらも多少は効きにくくなる。だが無敵になったわけじゃねぇ』
(十分だ)
右腕を動かす。
完全に痛みが消えたわけではない。
それでも、剣を握るには問題ない。
(まだ戦える)
深く息を吸う。
再び双剣を構えた。
「なるほど。それがあの化け物の力という訳か」
イーラが目を細める。
「だったら、見せてやるよ」
俺は地面を蹴った。
双剣を振り下ろす。
イーラは剣で受け止める。
俺はさらに魔力を込める。
だが、押し切れない。
「その程度の力で私に勝てると思っているのか?」
「まだだ!」
重心を落とし、さらに踏み込む。
一瞬、イーラの剣が浮いた。
その隙に弾き上げる。
「っ!」
体勢を崩した腹部へ蹴りを叩き込む。
イーラは後方へ飛び、空中で翼を広げた。
そのまま体勢を整え、こちらへ急降下してくる。
俺は双剣へ炎を纏わせ、迎え撃った。
刃と刃が激突する。
火花と黒い魔力が弾けた。
『力任せになってるぞ』
アースの声が飛ぶ。
『相手の動きだけ見るな。魔力の流れを感じろ』
(魔力の流れ……)
イーラの剣へ意識を集中する。
振り下ろされる直前、腕から刃へ魔力が集まる。
(ここか!)
正面から受けず、双剣で力を横へ流す。
「何?」
イーラの体勢が僅かに崩れた。
そこへ炎を纏った刃を滑り込ませる。
「チッ……!」
イーラは咄嗟に翼を前へ出した。
炎が黒い羽根を数枚焼く。
浅い。
だが、確かに届いた。
互いに距離を取る。
「……面白い」
イーラの表情から、先ほどまでの余裕が少しずつ消えていく。
再び踏み込む。
剣と双剣がぶつかる。
数合。
さらに数合。
攻防の速度は上がっている。
だが、俺はもう闇雲に剣を振ってはいない。
イーラが魔力を集める瞬間を読み、攻撃を外し、その隙を狙う。
それでも決定打には届かない。
イーラもまた、こちらの変化に合わせて攻撃の間合いと角度を変えてくる。
(やっぱり強い……)
それでも、先ほどまで一方的に押されていた状況ではない。
「徐々に動きが良くなっているな……では、これはどうする?」
イーラが距離を取り、片手を前へ向けた。
「【トニトルス・ルギト】」
魔力が一点へ集束する。
「っ!」
直後、太い雷撃が放たれた。
俺は双剣を交差させて受け止める。
「ぐっ……!」
衝撃を殺しきれない。
そのまま後方へ吹き飛ばされ、壁を突き破って建物の外へ放り出された。
「痛ってぇ……」
地面を転がりながら、なんとか起き上がる。
(なんて威力だ……まともに食らったらヤバいな)
「――ッ!」
上空から気配を感じる。
イーラが漆黒の翼を広げ、急降下してきていた。
剣が振り下ろされる。
――ガキンッ!
双剣で受け止める。
だが、落下の勢いまで加わった一撃に押し込まれ、膝が地面へ沈んだ。
「くそっ……!」
剣を弾き返し、距離を取る。
イーラは翼を羽ばたかせ、少し離れた場所へ着地した。
周囲を見回す。
「……グラウンドか」
建物の外まで押し出されたらしい。
広い。
これなら動きやすい。
だが、それは相手も同じだ。
イーラがゆっくりとこちらへ歩いてくる。
俺は双剣を構え直した。
悪魔融合を果たしたその姿は、人間だった頃とは大きく変わっている。
それでも、剣の構えやこちらを見る目には、どこか人間らしい執念が残っていた。
「……そういえば」
「何だ?」
「アンタの名前、まだ聞いてなかったな」
イーラが僅かに目を細める。
「名前か……二十年ほど前に捨てた」
「……」
「今は、イーラと名乗っている」
「イーラ……」
二十年前。
何かがあったのだろう。
だが、今それを聞くつもりはない。
目の前の敵を倒す。
それだけだ。
俺は双剣を握る手へ力を込めた。
互いの距離が一気に縮まる。
あと一メートルというところで、俺は急ブレーキをかけて足を止めた。
男は勢いのまま斬りかかってくる。
俺は剣で受け流し、体勢を崩した男の隙を狙って剣を振るった。
しかし、男は倒れかけた身体を無理やり捻り、剣を横にして俺の一撃を防ぐ。
さらにそのまま、俺の腹部へ強烈な膝蹴りを叩き込んできた。
「ぐっ……!」
予想外の反撃に怯んだ隙を逃さず、男が再び剣を振るう。
俺は咄嗟に剣を盾にして受け止めた。
男は深追いせず、すぐに後方へ跳んで構え直す。
俺も息を整え、剣を構えた。
(やっぱりレーヴァテイン一本じゃ厳しいか……どうにかしてサラマンダーを呼べないか?)
男の様子を窺いながら思考を巡らせる。
その瞬間、男の方から距離を詰めてきた。
「っ!」
俺は後退しながら攻撃を受け止める。
だが勢いを殺しきれず、そのまま壁際まで押し込まれた。
(まずい。このままだとジリ貧だ)
壁から離れようとした瞬間、男が俺の腕を掴む。
「なっ――」
そのまま身体を壁へ叩きつけられた。
「がっ……!」
背中に強烈な衝撃が走る。
痛みに耐えて立ち上がろうとするが、肩を踏みつけられて動きを封じられた。
「君は強い。だが、それでも私の方が上のようだ」
「……俺はまだ、負けちゃいねぇ」
俺は自由になっている方の手へ魔力を集中させる。
「【焔渦】!」
掌から魔力を地面へ流し込む。
「何?」
男が僅かに視線を落とした。
次の瞬間、俺を中心に炎の渦が巻き起こる。
男の拘束が緩んだ一瞬を逃さず、その下から抜け出した。
距離を取りながら懐へ手を伸ばし、召喚印の描かれた札を取り出す。
「我は汝の力を欲する者なり。我が声に応えよ」
召喚印から炎が立ち昇る。
「来たれ、《サラマンダー》」
爆炎が噴き上がり、その中から炎を纏う人型のドラゴンが姿を現した。
「……久しぶりだな、隼人」
「ああ。悪いけど、早速頼めるか?」
炎の向こうから男が無傷で姿を現す。
サラマンダーはその男を見据え、僅かに目を細めた。
「今回の相手はあいつか……相当な手練れだな」
「ああ。かなり強い」
「……それにしても隼人」
「ん?」
「お前、その様子だと……ついに契約したのか?」
「……え? お前、知ってたのか?」
どうやらサラマンダーは、アースが俺の中に封印されていたことを知っていたらしい。
「まあな。詳しい話は後だ」
サラマンダーが男へ視線を戻す。
「とりあえず死ぬんじゃないぞ。《形態変化》」
身体が眩い光に包まれ、炎を纏った剣へと姿を変える。
俺はそれを左手に握った。
二本の剣を構え、そのまま男へ駆ける。
「双炎剣壱ノ型――【陽炎】!」
双剣を振り抜き、炎の斬撃を放つ。
男は横へ動いて難なくかわした。
「はぁあっ!」
避けられることは分かっていた。
俺はそのまま懐へ踏み込み、剣を振り下ろす。
男も読んでいたのか、剣で受け止めた。
だが、俺は剣を引かない。
弾かれた勢いをそのまま利用し、もう一方の剣を横薙ぎに振るう。
「くっ……!」
男は辛うじて剣で受け、そのまま数歩後退した。
「まだだ! 双炎剣参ノ型――【灼炎閃】!」
右下から左上。
続けて左下から右上。
二本の剣で斜め十字を描くように斬り上げる。
男は剣を横にして受け止めた。
「ぐっ……」
そのまま押し込む。
僅かずつ、男の足が後ろへ下がる。
「……はぁああっ!」
「――ッ!」
突然、男が力を込めた。
一気に剣を押し返され、俺の体勢が崩れる。
そこへ男の斬撃が迫った。
「くっ!」
双剣で受け止める。
だが、踏ん張りきれず、そのまま後方へ押し戻された。
「ふぅ……今ので決めるつもりだったのだがな」
男が僅かに息を乱しながら歩み寄ってくる。
『……戦い方がなっちゃいねぇな』
突然、脳内にアースの声が響いた。
(いきなり何だよ)
『今までと同じように魔力をケチってんじゃねぇ』
(……)
『お前はずっと、少ない魔力をどう残すか考えながら戦ってきた。その癖が抜けてねぇんだよ』
言われて気づく。
確かに俺は、無意識のうちに魔力を抑えながら戦っていた。
『今のお前の魔力は前とは違う。それに、質も変わってる。必要なところではもっと使え』
(分かった)
全身へ意識を向ける。
今までとは明らかに違う感覚。
体内を巡る魔力が、以前より濃く、力強く感じられる。
俺はそれを全身へ巡らせ、双剣を構え直した。
男と視線が交わる。
次の瞬間、同時に踏み込んだ。
男の剣が迫る。
俺は紙一重で外し、その懐へ潜り込む。
二本の剣を振るう。
「ふん。その程度かね?」
男は難なく受け止めた。
俺は止まらない。
右。
左。
切り返し。
今までより多くの魔力を込め、次々と斬撃を重ねていく。
「どうした? 先ほどまでの威勢の良さはどこへいった?」
「うるせぇよッ!」
煽る男へ渾身の一撃を振り抜く。
「……ッ!」
受けきれなかった男の肩口を刃が掠め、鮮血が散った。
「ほう……」
「まだまだ行くぞ!」
さらに踏み込む。
今度は男の剣ごと押し込むように連撃を重ねた。
徐々に、男の防御が増えていく。
「おらぁ!」
強く踏み込み、剣を振り抜く。
男が後方へ下がった。
「双炎剣壱ノ型――【陽炎】!」
双剣を交差させて振るう。
十字を描く二筋の炎の斬撃が男へ迫った。
男は剣で防御するが、勢いを殺しきれず、そのまま後方へ吹き飛ばされる。
壁へ背中を打ちつけた男は、すぐに立ち上がった。
「……なるほど。少々甘く見ていたようだ」
そう言うと、男は懐から青色の小さな水晶を取り出した。
(何だ、あれ……)
警戒する俺の前で、水晶が淡く輝く。
男の周囲に魔法陣が展開された。
「私も本気で相手をしようではないか」
男が静かに詠唱を始める。
「汝、我が声に応えよ。闇より生まれ、来たりし大いなる罪よ――」
『止めろ!』
アースの鋭い声が響いた。
俺は即座に駆け出す。
「はぁっ!」
双剣を叩き込む。
だが、男を囲う結界に阻まれ、刃が弾かれた。
「これは結界石と言ってね。短時間ではあるが、外からの攻撃を防いでくれる」
「くそっ……!」
何度も双剣を振るう。
だが結界は破れない。
「万物を憤らせ尽くす、大罪が一つ――憤怒の罪」
黒い魔力が男の身体から溢れ始める。
「――怒れ、サタン」
禍々しい魔力が全身を覆う。
「〈悪魔融合〉」
やがて黒い光が薄れ、その姿が露わになった。
背には漆黒の翼。
頭部には二本の角。
真紅に染まった瞳。
さらに全身には赤黒い紋様が浮かび上がっている。
「……悪魔融合」
『そうだ。悪魔の力をその身に宿す魔法だ』
男から放たれる魔力は、先ほどとは明らかに違っていた。
(……かなり厳しくなったな)
『だろうな』
(勝てると思うか?)
『勝てねぇ相手じゃない』
アースは短く答えた。
『ただし、今までみたいな戦い方してたら負けるぞ』
(……分かった)
俺は双剣を握り直した。
目の前の男――いや、イーラから放たれる魔力が肌を刺す。
明らかに身体能力も魔力も上がっている。
それでも、足は止めない。
俺は深く息を吸い込み、再び踏み込んだ。
「はぁあっ!」
双剣を振るう。
イーラはそれを剣一本で受け止めた。
「どうした? この程度か?」
「まだだ!」
連続で斬りかかる。
だが、先ほどとは違う。
一撃、一撃を正確に受け流される。
「では、次はこちらから行こう」
イーラが剣を薙ぎ払った。
「っ!」
双剣で受け止める。
重い。
完全には殺しきれず、数メートル押し戻された。
そこへ高密度の水弾が迫る。
「くっ!」
大きく横へ跳んで回避。
「ほう。今のを避けるか」
イーラが感心したように言う。
俺はすぐに踏み込んだ。
迎え撃つ剣を双剣で弾き、そのまま身体を近づける。
腹部へ膝を打ち込もうとする。
だが、片手で止められた。
「甘いな」
「なっ――」
そのまま身体を崩され、投げ飛ばされる。
空中で身体を捻り、なんとか着地した。
「ふぅー……」
息を整える。
集中しろ。
一瞬でも気を抜けば持っていかれる。
再び地面を蹴る。
イーラの剣をぎりぎりまで引きつけ、最小限の動きでかわす。
すれ違いざまに斬り返す。
「甘い!」
剣で防がれ、即座に反撃が飛んでくる。
双剣で受け止めるが、また押し戻された。
続けて追撃。
俺は剣を交差させて防ぐ。
「ふん!」
じわじわと押し込まれる。
「ぐっ……!」
歯を食いしばる。
「はぁっ!」
強引に剣を弾き、蹴りを放つ。
イーラは腕で受け止めた。
「……やるじゃないか」
口元に笑みを浮かべる。
俺は構わず攻め続けた。
だが、徐々にイーラの方が先に動くようになる。
一つ先を読まれ、反撃を受ける回数が増えていく。
(このままじゃマズい……)
「これで終わりだ」
イーラが大きく踏み込んだ。
先ほどまでよりも重い一撃。
俺は双剣を交差させて受ける。
「ぐっ!」
耐えきれず、大きく後退した。
体勢を立て直す。
その直後――背後から気配。
「――ッ!」
振り返る。
既にイーラが回り込んでいた。
「私の勝ちだ」
剣が振り下ろされる。
防御が間に合わない。
「ぐあっ!」
右肩を深く斬り裂かれた。
激痛に耐えながら反撃する。
だが、簡単にかわされる。
「無駄だ」
次の瞬間、腹部へ蹴りを叩き込まれた。
「がはっ……!」
身体が吹き飛び、壁際へ転がる。
口の中に鉄の味が広がった。
「……終わりだな」
イーラがゆっくりと近づいてくる。
立ち上がろうとする。
だが右肩から血が流れ、腕に力が入りづらい。
(くそ……この傷じゃ……)
『諦めんのか?』
アースの声が響いた。
(……)
『俺がお前と契約したのは、お前がどれだけ追い詰められても立ち上がったからだ』
俺は歯を食いしばる。
『ダチとの約束、守るんだろ?』
(……ああ)
そうだ。
玲奈たちと約束した。
俺は生きて帰る。
(まだ終われねぇ)
立ち上がろうとした、その時だった。
「……?」
右肩が熱い。
傷口へ集まるように魔力が流れ込み、出血が急速に収まっていく。
「なに?」
イーラが僅かに目を見開いた。
俺自身も驚いていた。
(アース、これは……)
『お前の身体に俺の力が馴染み始めてんだよ』
(傷が治るのか?)
『ある程度ならな』
肩の傷が徐々に塞がっていく。
『勘違いすんなよ。何でも一瞬で元通りになるわけじゃねぇ。傷が深けりゃ時間も魔力も食う』
(……なるほど)
『毒やらも多少は効きにくくなる。だが無敵になったわけじゃねぇ』
(十分だ)
右腕を動かす。
完全に痛みが消えたわけではない。
それでも、剣を握るには問題ない。
(まだ戦える)
深く息を吸う。
再び双剣を構えた。
「なるほど。それがあの化け物の力という訳か」
イーラが目を細める。
「だったら、見せてやるよ」
俺は地面を蹴った。
双剣を振り下ろす。
イーラは剣で受け止める。
俺はさらに魔力を込める。
だが、押し切れない。
「その程度の力で私に勝てると思っているのか?」
「まだだ!」
重心を落とし、さらに踏み込む。
一瞬、イーラの剣が浮いた。
その隙に弾き上げる。
「っ!」
体勢を崩した腹部へ蹴りを叩き込む。
イーラは後方へ飛び、空中で翼を広げた。
そのまま体勢を整え、こちらへ急降下してくる。
俺は双剣へ炎を纏わせ、迎え撃った。
刃と刃が激突する。
火花と黒い魔力が弾けた。
『力任せになってるぞ』
アースの声が飛ぶ。
『相手の動きだけ見るな。魔力の流れを感じろ』
(魔力の流れ……)
イーラの剣へ意識を集中する。
振り下ろされる直前、腕から刃へ魔力が集まる。
(ここか!)
正面から受けず、双剣で力を横へ流す。
「何?」
イーラの体勢が僅かに崩れた。
そこへ炎を纏った刃を滑り込ませる。
「チッ……!」
イーラは咄嗟に翼を前へ出した。
炎が黒い羽根を数枚焼く。
浅い。
だが、確かに届いた。
互いに距離を取る。
「……面白い」
イーラの表情から、先ほどまでの余裕が少しずつ消えていく。
再び踏み込む。
剣と双剣がぶつかる。
数合。
さらに数合。
攻防の速度は上がっている。
だが、俺はもう闇雲に剣を振ってはいない。
イーラが魔力を集める瞬間を読み、攻撃を外し、その隙を狙う。
それでも決定打には届かない。
イーラもまた、こちらの変化に合わせて攻撃の間合いと角度を変えてくる。
(やっぱり強い……)
それでも、先ほどまで一方的に押されていた状況ではない。
「徐々に動きが良くなっているな……では、これはどうする?」
イーラが距離を取り、片手を前へ向けた。
「【トニトルス・ルギト】」
魔力が一点へ集束する。
「っ!」
直後、太い雷撃が放たれた。
俺は双剣を交差させて受け止める。
「ぐっ……!」
衝撃を殺しきれない。
そのまま後方へ吹き飛ばされ、壁を突き破って建物の外へ放り出された。
「痛ってぇ……」
地面を転がりながら、なんとか起き上がる。
(なんて威力だ……まともに食らったらヤバいな)
「――ッ!」
上空から気配を感じる。
イーラが漆黒の翼を広げ、急降下してきていた。
剣が振り下ろされる。
――ガキンッ!
双剣で受け止める。
だが、落下の勢いまで加わった一撃に押し込まれ、膝が地面へ沈んだ。
「くそっ……!」
剣を弾き返し、距離を取る。
イーラは翼を羽ばたかせ、少し離れた場所へ着地した。
周囲を見回す。
「……グラウンドか」
建物の外まで押し出されたらしい。
広い。
これなら動きやすい。
だが、それは相手も同じだ。
イーラがゆっくりとこちらへ歩いてくる。
俺は双剣を構え直した。
悪魔融合を果たしたその姿は、人間だった頃とは大きく変わっている。
それでも、剣の構えやこちらを見る目には、どこか人間らしい執念が残っていた。
「……そういえば」
「何だ?」
「アンタの名前、まだ聞いてなかったな」
イーラが僅かに目を細める。
「名前か……二十年ほど前に捨てた」
「……」
「今は、イーラと名乗っている」
「イーラ……」
二十年前。
何かがあったのだろう。
だが、今それを聞くつもりはない。
目の前の敵を倒す。
それだけだ。
俺は双剣を握る手へ力を込めた。

