魔力の少ない魔法使い

俺は地面を蹴り、男に向かって駆け出す。対する男もこちらへ走り出した。
 互いの距離が縮まる。
 あと一メートルというところで、俺は急ブレーキをかけて足を止める。
 男は勢いのまま斬りかかってくる。俺はそれを剣で受け流し、体勢を崩した男の隙を狙って剣を振るう。
 しかし、男は倒れそうになる体を無理やり捻り、剣を横にして俺の攻撃を防いだ。
 さらにそこから、俺の腹部へ強烈な膝蹴りを叩き込んでくる。
 予想外の反撃に思わず怯んだ隙を逃さず、男は再び剣を振るってきた。俺は咄嗟に剣を盾にして防ぐ。
 男は剣を振り抜くと、すぐに後方へ飛び退いて構え直した。俺も体勢を立て直し、剣を構える。
(やっぱレーヴァテインだけじゃ厳しいか……どうにかしてサラマンダーを召喚できるか?)
 男の様子を窺いながら思考を巡らせる。
 すると、男の方から一気に距離を詰めて仕掛けてきた。俺は咄嗟に後退しながら攻撃を受け止める。
 しかし勢いを殺しきれず、そのまま壁際まで押し込まれてしまう。
(まずいな、このままだとジリ貧だ)
 一旦距離を取ろうと壁から離れようとした瞬間、男が俺の腕を掴み、そのまま壁へ激しく叩きつけた。
「がっ……!?」
 背中に強烈な衝撃が走る。
 痛みに耐えて立ち上がろうとするが、肩を強く踏みつけられ動きを封じられた。
「君は強い。だが、それでも私の方が上のようだ」
「……俺はまだ、負けちゃいねぇ」
 俺は踏みつけられていない方の手に魔力を集中させる。
「【焔渦】!」
 手に集めた魔力を地面へと解き放つ。
「なに?」
 不意の行動に男が驚き、一瞬だけ拘束が緩む。
 その隙を突いて男の下から抜け出す。俺がいた場所を中心に激しい炎の渦が巻き起こる。
 俺は懐から召喚印の描かれた札を取り出した。
「我は汝の力を欲する者なり。我が声に応えよ」
 召喚印から炎が立ち昇り始める。
「来たれ、《サラマンダー》」
 召喚印から爆炎が噴き上がり、炎を纏う人型のドラゴンが姿を現した。
「……久しぶりだな、隼人」
「ああ、早速頼めるか?」
 俺はいつも通り、サラマンダーに剣へ変化するよう頼む。
「今回の相手はあいつか……相当な手練れだな」
 炎の渦から無傷で抜け出してきた男を見据え、サラマンダーが呟く。
「ああ、かなり強い」
「……それにしても隼人。お前、その様子だとついに契約したのか?」
「……え? お前、知ってたのか!」
 どうやらサラマンダーは、アースが俺の中に封印されていることを知っていたらしい。
「まあな。……さて、とりあえず死ぬんじゃないぞ。《形態変化》」
 サラマンダーの身体が眩く光り、炎を纏う剣へと姿を変えた。それを握りしめ、俺は男へと駆ける。対する男も剣を構えて迎え撃つ。
「双炎剣壱ノ型――【陽炎】!」
 走りながら双剣を振り抜き、炎の斬撃を飛ばす。男はそれを難なく避ける。
「はぁあ!!」
 避けられる前提で振り下ろした追撃。男は予測していたのか、俺の剣を弾き返す。
 だが俺は剣を引き戻さず、その勢いのまま横薙ぎに一閃した。
「くっ……」
 男は完全に反応できず、剣で受けるのが精一杯だった。そのまま大きく後退する。
「まだだ! 双炎剣参ノ型――【灼炎閃】!」
 右下から左上、左下から右上へと、双剣を斜めに猛烈な勢いで振り上げる。男は剣を交差して受け止める。
 俺はそこからさらに剣を押し込んだ。徐々に男の足が後退していく。
「……はぁああ!!!」
「――ッ!?」
 突然、男が雄叫びを上げ、凄まじい膂力で俺の剣を弾き返した。剣こそ手放さなかったが、完全に体勢を崩してしまう。
 その隙に男が斬りかかってきた。なんとか剣で受け止めるものの、勢いを殺せず再び壁まで吹き飛ばされる。
「ぐっ……」
 すぐさま立ち上がり、男を睨みつける。
「ふぅ。今ので決めるつもりだったのだがな」
 男は少し息を切らしながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。
『……戦い方がなっちゃいねぇな』
 突然、脳内にアースの声が響いた。
『……お前の今までの戦い方は全て忘れろ』
(今までのって……)
『魔力の温存なんざする必要はねぇんだ。分かるだろ?』
 確かにアースの言う通りだ。これまでの戦いで無意識に魔力をセーブする癖がついていた。
 だが、今の俺にはアースと契約して得た膨大な魔力がある。俺はそれを全身に巡らせ、男を見据えて双剣を構え直した。
 互いに視線を交わし、同時に動く。俺は地面を爆発的に蹴り、一気に間合いをゼロにした。
 男が反応して剣を振るう。俺はそれを紙一重で躱し、男の懐へ潜り込んで双剣を振るう。
 しかし、それも容易く防がれる。
「ふん。その程度かね?」
 男は余裕の表情を崩さない。俺はそれを無視して、狂ったように剣を振り続ける。
「どうした? 先程までの威勢の良さはどこにいったのだね?」
「うるせえよッ!」
 煽る男へ叫びながら、渾身の一撃を叩き込む。
「……ッ!?」
 男が受けきれず、肩口から鮮血が舞った。
「ほう。なかなかやるではないか」
「まだまだ行くぞ!」
 俺はさらに速度を上げ、怒涛の連続攻撃を浴びせる。男は防戦一方に追い込まれていく。
「おらぁ!」
 渾身の力で振り抜いた一撃に耐えきれず、男が大きく後退した。
「双炎剣壱ノ型――【陽炎】!」
 双剣を交差させて振り抜く。放たれた炎の十字斬撃が男に直撃し、そのまま壁まで吹き飛ばした。
 やったか、と思ったが、男はすぐに立ち上がる。やはり一筋縄じゃいかない。
「……なるほど。少々甘くみていたようだ」
 男はそう呟くと、懐から青色の小さな水晶を取り出した。
 何をするつもりだ? 警戒する俺の前で水晶が輝き出し、男の周囲に魔法陣が展開される。
「私も本気で相手をしようではないか……汝、我が声に応えよ。闇より生まれ、来たりし大いなる罪よ」
『あれはマズい、さっさと止めろ!』
 アースの忠告を聞いた瞬間、俺は地面を蹴って突進した。
「……これはッ!」
 だが、先程の魔法陣の壁に阻まれて刃が弾かれる。
「先程の石は結界石と言ってね。私を守ってくれるものだ。……憤り尽くす、大罪が一つ、憤怒の罪」
 必死に双剣で結界を叩くが、ビクともしない。
「怒れ、サタン」
 男の全身を黒い光が包み込む。
「〈悪魔融合〉」
 黒い光が徐々に弱まると、そこには異形の姿があった。背中には漆黒の翼、頭部には二本の角。真紅に染まった瞳と、全身に浮かび上がる禍々しい赤い紋様。
「……悪魔融合」
『そうだ。悪魔の力を身に宿す禁術魔法だ』
 俺は目の前の圧倒的なプレッシャーを感じながら考える。
(……かなり厳しくなったな)
『死ぬ気でやるんだな。そうすりゃ勝てる可能性は十分ある』
 アースの言う通りだ。ここで諦めたら全てが終わる。絶対に負けられない。
 俺は双剣を握る手に力を込め、深く息を吸い込んだ。
 目の前の男――いや、もはや人ならざる何かは、纏う気配だけで空気を凍りつかせるほどの威圧感を放っている。全身から立ち上る禍々しい魔力が肌を刺し、呼吸をするだけで喉の奥が焼けるようだった。
 それでも、足は震えない。震えている暇などないのだ。
 背中を焼くようなアースの気配が、確かな熱を帯びて力を貸してくれる。力が脈打つ感覚に、不思議と恐怖は薄れていった。
 ――やるしかない。
 俺は剣を構え直し、目の前の異形へと再び踏み込んだ。
「はぁあ!」
 全力の双剣を振るうが、男は軽々と受け止めた。
「どうした? この程度か?」
 男は余裕の笑みを浮かべている。
「まだだ!」
 さらに速度を上げ、幾度となく斬りかかるが、その全てが完璧に防がれる。
「ふむ、では次はこちらから行こう」
 男が剣を薙ぎ払う。咄嗟に双剣で受け止めるが、桁違いの威力に殺しきれず、吹き飛ばされた。
 壁に激突する寸前で空中で体勢を整え、着地する。だが、既に目の前には高圧縮の水魔法が迫っていた。俺は大きく横へ飛び退いてなんとか躱す。
「ほう。今のを避けるとは」
 感心したような男に向かって、俺は再び突撃する。
 迎え撃つように振るわれた剣を双剣で弾き、そのまま押し込もうとするが、男は巧みに力を流して回避し、横から鋭い突きを放ってきた。
 俺はそれを弾き返し、男の腹部へ膝蹴りを叩き込む。
 しかし、それすらも容易く受け止められた。
 男はニヤリと笑うと、俺の体を軽々と投げ飛ばした。俺は空中で回転し、なんとか着地する。
「ふぅー……」
 息を整えろ。集中しろ。一瞬でも隙を見せたら死ぬ。自分に強く言い聞かせ、地面を蹴り出す。
 男の振るう剣をギリギリまで引きつけ、最小限の動きで回避して斬り返す。
「甘い!」
 だが防がれ、強烈な反撃が来る。受け止めるものの、勢いを殺せず大きく後退してしまう。
 そこへ追撃の凶刃が迫る。俺は双剣を交差して受け止めた。
「ふん!」
 男が力で押し込んでくる。俺の剣が徐々に押し返されていく。
 歯を食いしばって耐え凌ぐ。
「はぁ!」
 俺は強引に剣を弾き返し、すかさず蹴りを放つ。男は腕でそれをガードした。
「……やるじゃないか」
 口元に笑みを浮かべる男。俺はそれを無視して、ひたすらに剣を振り続ける。
 男は剣で受け流しながら、時折鋭いカウンターを仕掛けてくる。俺はそれを紙一重で躱し、猛攻を継続する。
 互いに一歩も引かない極限の攻防。だが、徐々に男のスピードが上回り始めた。
(このままじゃマズイな……)
 考えながら手を動かすが、着実に追い詰められていく。
「これで終わりだ」
 男が先程までとは比べ物にならない重い一撃を放つ。俺は咄嗟に双剣をクロスさせて受け止めた。
 が、衝撃に耐えきれず大きく弾き飛ばされる。すぐに立ち上がり構え直す。
「……ッ!?」
 だが、既に視界に男の姿はない。背後の気配に振り返ると、男は俺のすぐ後ろに立っていた。
「……私の勝ちだ」
 宣告と共に、凶刃が振り下ろされる。
「――ッ!」
 全力で剣を動かし受け止めようとするが間に合わず、右肩を深く斬り裂かれた。
 激痛に耐えながら振り返り、男へ剣を振るう。
「無駄だ」
 容易く躱され、がら空きの腹部に強烈な蹴りを食らう。防御すらできず、俺は壁際まで吹き飛んだ。
「がはぁ!」
 血を吐き、地面に崩れ落ちる。
「……終わりだな」
 男がゆっくりと近づいてくる。
 立ち上がろうとするが、右肩からとめどなく流れる血を見て絶望が過る。くそ、この傷じゃあもう……。
 心が折れかけたその時だった。
『諦めんのか?』
 アースの声が響く。
(……)
『俺がお前との契約を決めたのは、お前がどんな絶望的な状況でも諦めなかったからだ。……ダチとの約束、守るんだろ?』
(……そうだな)
 あいつらとの約束を守るんだ。俺は生きて帰る。だから、絶対に諦めねえ! 限界を超えて、自分の全てを懸けて戦う!
 その瞬間、熱を帯びたように右肩の傷が急速に塞がっていった。
「なに?」
 男が驚きの声を上げる。俺自身も、完全に傷が消え去ったことに驚きを隠せなかった。
「これは一体……」
『いつ、俺の力が“魔”だけだと言った?』
(まさか、傷も治るのか?)
『それくらいの傷ならすぐに治る。なんなら毒とかそういうのも効かねぇよ。……まあ、魔力が切れたら治らねぇがな』
(……マジかよ)
 もしかして、契約したことで俺、人間じゃなくなってる? いや、考えるのは後にしよう。とにかく、まだ戦えるってことだ。
 大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。さっきよりも研ぎ澄まされている。いける。
 俺は再び男へと疾走する。男も剣を構えて迎え撃つ。
 渾身の力で双剣を振り下ろす。
「なるほど、それがあの化け物の力という訳か」
 男は双剣を剣で受け止める。俺はさらに魔力を込める。
 しかし男はビクともせず、ニヤリと笑って剣を押し返してきた。俺の体がズルズルと後退していく。
「その程度の力で私に勝てると思っているのか?」
 余裕の表情を浮かべる男。俺は全身のバネを使い、さらに力を込めて押し返す。
 一瞬、男の表情が歪んだ。俺は力任せに男の剣を弾き飛ばした。
 体勢を崩した男の腹部へ蹴りを叩き込む。
 弾き飛ばされた勢いを利用して、男は空中で体勢を立て直すと、漆黒の翼を大きく羽ばたかせて急降下してきた。
 俺はそれを迎え撃つべく、双剣にサラマンダーの炎を限界まで纏わせる。
 激突する両者の刃が、強烈な火花と黒い魔力の飛沫を周囲に撒き散らす。
『動きが単調になってるぞ、力に振り回されるな、相手の魔力の流れを感じ取れ!』
 脳内に響くアースの檄に呼応するように、俺は力任せの斬撃から、相手の力を利用する動きへと切り替える。男の重い一撃を双剣で受け流し、空いた僅かな隙間を縫って炎の刃を滑り込ませた。
「チッ……!」
 男が忌々しげに舌打ちをし、咄嗟に翼で防御する。炎が黒い羽根を数枚焼き焦がすが、決定打には至らない。
 そのまま互いに弾き飛び、再び地面を爆発的に蹴って激突する。
 剣戟のスピードは先程までとは完全に次元が違っていた。一秒の間に数十回の斬撃が交錯し、周囲の壁や床が余波だけで次々と抉れていく。悪魔の力によってリミッターを外した男の圧倒的な身体能力。だが、アースの膨大な魔力で底上げされた今の俺なら、その理不尽な暴力にすら完全に互角に打ち合える。
(いける、このまま一気に押し切る!)
 男は後退して体勢を立て直そうとするが、俺は息をつかせぬ猛烈な連撃を見舞う。全て防がれはするものの、俺は止まらない。
 何度も何度も剣を振るう。男の顔から余裕の笑みが消えた。
 背後へ回り込み剣を振るうが、それも受け止められる。構わず双剣で怒涛の連撃を叩き込む。
 だが、男はその全てを正確に捌ききってみせた。くそ、全然当たらねえな。俺は一旦距離を取る。
「徐々にスピードとパワーが上がっているようだな……では、これはどうする?」
 男が不敵に笑い、手を前にかざす。
「【トニトルス・ルギト】」
 次の瞬間、男の手から極太の雷撃が放たれる。俺は咄嗟に双剣でガードするが、桁違いの威力に吹き飛ばされ、建物の壁を突き破って外へと弾き出されてしまった。
「……なんて威力だ。防御が間に合わなかったら死んでたかも――ッ!?」
 男が漆黒の翼を広げて空から追い討ちをかけ、急降下しながら剣を振り下ろしてきた。
 ――ガキンッ!
 なんとか双剣で受け止めるが、威力に押し負けてそのまま地面に激しく叩きつけられる。
 くそ、油断した。俺が睨み上げると、男は空中からこちらを冷酷に見下ろしていた。
 俺は立ち上がり、双剣を構え直す。
「……ここはグラウンドか」
 これだけ広ければ戦いやすくなるか? いや、それは向こうも同じことだ。
 男がゆっくりと地上へ降り立つ。俺と男の間に、張り詰めた沈黙が流れた。
悪魔融合を果たしてなお、その立ち振る舞いにはどこか人間めいた重苦しい執念が感じられた。俺は双剣を構えたまま尋ねる。
「……そういえば、アンタの名前聞いてなかったな」
「名前か……。二十年程前に捨てた。今は、イーラと名乗っている」
「なるほど……」
 20年前――何かがあった過去を匂わせる答えに、俺は奥歯を噛み締めた。余計なことを探るつもりはない。目の前の敵を倒す、それだけだ。
 呟きと共に、双剣を握る手に限界まで力を込める。