魔力の少ない魔法使い

――ガキンッ!
 互いの槍が激突し、鋭い衝撃が周囲へ走る。
 二人はそのまま間髪入れず、激しい槍撃を交わした。
「ハァッ!」
 ヴァニタスが上段から大きく槍を振り下ろす。
 それに合わせるように、スペルも槍を横薙ぎに振るった。
「フッ」
 スペルは小さく笑う。
 ヴァニタスがあえて大振りし、隙を見せることで自分から攻撃を誘っている――その狙いが読めていたからだ。
「甘いですよ」
 スペルは誘いには乗らず、後方へ跳んで間合いを外す。
 しかし、ヴァニタスも逃がさない。
 一気に踏み込み、その距離を詰めようとする。
 直後、スペルが片手を掲げた。
 炎が立ち昇り、二人の間を遮るように壁を形成する。
「くっ!」
 ヴァニタスは咄嗟に踏みとどまった。
「どうしました? その程度ですか?」
「まだまだこれからです!」
 ヴァニタスはそう叫ぶと、手にした〈グングニル〉を勢いよく投擲した。
「無駄なことです」
 スペルは迫るグングニルを横へかわす。
「sequere(セクエレ)」
 だが、通り過ぎたはずのグングニルが空中で急旋回した。
「だから無駄だと言っているでしょう」
 スペルは振り返りざまに槍を振るい、飛来するグングニルを弾き飛ばす。
 しかし、弾かれた槍は再び軌道を変えた。
 一度。
 二度。
 三度。
 角度を変えながら何度も襲いかかるグングニルを、スペルは的確に捌いていく。
 その時――背後に気配を感じた。
「――ッ!」
 スペルが振り向く。
 そこには、既にヴァニタスが踏み込んでいた。
 空中を飛び回っていたグングニルを直前で回収し、その勢いのまま槍を薙ぐ。
 スペルは咄嗟に防御へ移るが、僅かに間に合わない。
 穂先が脇腹を浅く斬り裂いた。
「くっ……!」
 だが、スペルもすぐさま反撃する。
 鋭い突きがヴァニタスへ迫る。
「っ!」
 ヴァニタスは身体を捻るが完全には避けきれず、左腕を浅く掠められた。
 二人は同時に距離を取る。
「流石兄さんですね。まさか、あれを全部捌くとは」
「私こそ驚きましたよ。今のはなかなか危なかった」
 互いに笑みを浮かべる。
 数秒の静寂。
 そして、二人は同時に地面を蹴った。
 スペルが踏み込み、その勢いのまま槍を振り下ろす。
 ヴァニタスは紙一重でかわし、すかさず槍を突き返した。
 スペルは身体を捻って避ける。
 そこへヴァニタスの蹴りが迫った。
「フッ!」
 スペルは腕で受け止め、その勢いを利用して後方へ跳ぶ。
 直後――
 轟音と共に、直前までスペルがいた場所へ雷が落ちた。
「相変わらず、隙がありませんね」
「あなたこそ」
 スペルは一度大きく息を吐き、槍を構え直した。
「どうやら、お互い奥の手を出すしかなさそうですね」
 その言葉に、ヴァニタスも静かに頷く。
「【大罪魔法――傲慢ノ魔王(ベリアル)】!」
「【大罪魔法――虚飾ノ魔王(ルシファー)】!」
 二人の身体から膨大な魔力が溢れ出した。
 黒い魔力がそれぞれの身体を包み、激しく渦巻く。
 やがて魔力の渦が収まる。
 スペルの外見には大きな変化はない。
 だが、その身体から放たれる魔力の圧だけは、先ほどまでとは明らかに違っていた。
 一方のヴァニタスは、背に広がる六枚の純白の翼が漆黒へと染まり、白金色だった髪も深い黒へと変化している。
「「行きます」」
 二人の声が重なった。
 同時に踏み込み、槍を振るう。
 穂先同士が正面からぶつかり、周囲の木々が大きく揺れた。
 そこから再び激しい攻防が始まる。
 突き。
 払い。
 薙ぎ。
 フェイントを交えながら、互いに僅かな隙を探り続ける。
「なかなかやりますね」
「そちらこそ……!」
 二人は同時に槍を弾き合い、一度距離を取った。
 ヴァニタスが右手を掲げる。
 その瞬間、スペルの頭上に魔法陣が展開された。
「これは……!」
 身体へ急激な重圧がかかる。
 スペルの膝が沈んだ。
「重力魔法……ですか」
「ええ。今の私は、ルシファーの力を扱える」
 ヴァニタスが右手を握る。
 重圧がさらに増した。
「ぐっ……!」
 スペルの足元が軋む。
 だが――
「この程度で……止まる私ではありませんよ!」
 スペルは歯を食いしばり、槍を地面へ突き立てた。
 全身に力を込め、重圧に抗いながらゆっくりと立ち上がっていく。
「……!」
 ヴァニタスが目を見開く。
 重力そのものが消えたわけではない。
 それでもスペルは、強化された身体能力だけで無理やり身体を動かしている。
「随分と無茶をしますね」
「弟に負けたくありませんからね」
 スペルは薄く笑った。
「しかし、重力魔法とは厄介だ。兄弟とはいえ、お互いの切り札までは明かしていませんでしたから、驚きましたよ」
 実際、二人は互いが扱う大罪魔法の詳細までは知らない。
(私の大罪魔法は、ルシファーの力をその身に宿すもの……では、兄さんの〈ベリアル〉は?)
 ヴァニタスが考えを巡らせる。
 その視線を見て、スペルは再び槍を構えた。
 ヴァニタスもすぐに構え直す。
 先に動いたのはスペルだった。
 一直線に踏み込み、槍を突き出す。
 ヴァニタスは穂先を弾く。
 だが、スペルは弾かれた勢いを利用して身体を回転させ、回し蹴りを放った。
 ヴァニタスは後方へ跳んでかわすと、空中からグングニルを投げつける。
 スペルはそれを槍で弾き、そのまま前へ出た。
「っ!」
 ヴァニタスが咄嗟に拳を突き出す。
 スペルは左手でその拳を受け止め、手首を掴んだ。
「捕まえましたよ」
 そのまま身体を入れ替え、鮮やかに投げ飛ばす。
 ヴァニタスは空中で身体を捻り、両足から着地した。
 しかし、スペルは既に目の前まで迫っている。
「くっ!」
 連続する槍撃。
 ヴァニタスは必死に捌くが、一本が脇腹へ叩き込まれた。
「グッ……!」
 身体が大きく揺れる。
 さらに追撃が迫るが、今度は槍で受け流して距離を取った。
「どうしました? 先ほどまでの余裕がありませんよ」
 スペルが挑発するように言う。
 ヴァニタスは痛む脇腹を押さえながら、槍を構え直した。
「私の大罪魔法の能力が気になりますか?」
「……」
 思考を見透かされたヴァニタスが僅かに目を細める。
「別に、特別な能力などありませんよ」
 スペルは淡々と言った。
「身体能力、魔力、感覚。戦うための力をまとめて大幅に引き上げる。ただ、それだけです」
「なるほど……傲慢らしいですね」
「そうですか?」
 スペルが小さく笑う。
 次の瞬間、三度目の突撃を仕掛けた。
 ヴァニタスも正面から迎え撃つ。
 スペルの突きを紙一重でかわし、そのまま槍の柄を掴んだ。
「なっ」
 スペルが引き戻そうとする。
 ヴァニタスは離さない。
 そのまま腹部へ前蹴りを叩き込んだ。
「――ッ!」
 スペルの身体がくの字に折れる。
 ヴァニタスはさらに足を払って体勢を崩し、そのまま地面へ投げ倒した。
 すぐさま追撃へ移る。
 だが、スペルは転がるように回避し、立ち上がりざまに槍を振るった。
 ヴァニタスもそれをグングニルで受ける。
 そこから再び、互いに譲らない攻防が続いた。
 ヴァニタスは重力でスペルの動きを鈍らせる。
 スペルは強化された身体能力でその負荷に抗い、僅かな隙を突いて踏み込む。
 決定打には至らない。
 互いに傷だけが増えていく。
「ハァ……ハァ……」
「ハァ……ハァ……」
 やがて、二人の呼吸が大きく乱れ始めた。
 スペルが槍を構え直す。
「そろそろ……決着をつけましょう」
「ええ」
 ヴァニタスは右手を前へ出した。
「重力魔法は、もう何度も見ていますよ」
 スペルが重心を落とす。
 次の瞬間――
「なっ!?」
 身体が地面へ押し付けられることはなかった。
 代わりに、強烈な引力がスペルの身体をヴァニタス側へ引き寄せる。
「重くするだけだと思いましたか?」
「ッ……!」
「【インフェルノ・フレイム】!」
 ヴァニタスが空いた左手を突き出す。
 炎が一気に噴き出し、引き寄せられたスペルへ迫る。
「くっ……【水竜の爆撃】!」
 スペルも即座に魔法を放つ。
 激流が竜の形を成し、炎へと衝突した。
 蒸気が一気に広がり、二人の視界を遮る。
 ヴァニタスは横へ跳ぶ。
 だが――
「そこです!」
 蒸気を突き破ってスペルが現れた。
 既にヴァニタスの懐へ入り込んでいる。
「これで終わりですよ!」
 槍が振り上げられる。
 しかし――
「それはどうでしょう」
 ヴァニタスは笑った。
「何を――」
 スペルが違和感に気づく。
 ヴァニタスの両手に、グングニルがない。
「槍はどこへ……?」
 その瞬間。
 背後から風を切る音がした。
「――ッ!」
 振り返ろうとする。
 だが、間に合わない。
 飛来したグングニルの穂先が、スペルの脇腹へ深く突き刺さった。
「ぐっ……!」
 スペルの身体が止まる。
 穂先は致命部位を外している。
 それでも十分な一撃だった。
「兄さん!」
 ヴァニタスがすぐさまグングニルを止める。
 スペルの足から力が抜け、その場へ崩れ落ちた。
 同時に、二人を覆っていた大罪の力も静かに薄れていく。
 ヴァニタスの漆黒の翼と髪が、元の純白と白金色へ戻る。
 スペルを覆っていた強大な魔力も消えていった。
「ぐっ……」
「兄さん!」
 ヴァニタスはすぐに駆け寄り、スペルの傷口へ手をかざした。
「グングニルの扱いが……随分と上手くなりましたね」
 苦しそうに息をしながら、それでもスペルは微笑んだ。
「今は喋らないでください」
「あなたの……勝ちです」
「兄さん」
「本当に……強くなりましたね」
 その言葉に、ヴァニタスは一瞬だけ目を伏せた。
「……ありがとうございます」
 すぐに治癒魔法へ集中する。
 ヴァニタスに高度な治療はできない。
 それでも出血を抑え、傷口を塞ぐ程度なら可能だった。
 しばらくすると、スペルの呼吸が少しずつ落ち着いていく。
「……これなら、すぐにどうこうなることはありません」
 ヴァニタスはようやく安堵の息を吐いた。
「このまま安静にしていてください」
「分かりましたよ」
 スペルが小さく笑う。
 ヴァニタスはその横に腰を下ろした。
 全身の力が抜け、そのまま地面へ座り込む。
「……疲れた」
「随分と締まらない勝者ですね」
「誰のせいだと思ってるんですか」
 そう返しながらも、ヴァニタスの表情には僅かな笑みが浮かんでいた。