静寂の破られた校舎の廊下で、桜はケディアに向けて絶え間なく魔法の弾幕を放っていた。ケディアは襲い来る魔法をあるものは剣で弾き落とし、あるものは間一髪で回避して対処していく。
しかし、多層的に展開される高階級魔法の連撃を完全に捌ききることはできず、着実にその身体へとダメージが蓄積されていた。
それを見定めた桜の唇に、薄くニヤリと笑みが浮かぶ。
桜が優雅に手を振り下ろすと、頭上に展開された極大の魔法陣から、唸りを上げる炎の槍が激射された。
ケディアは即座に身を翻したが、完全に交わしきることはできず、鋭い炎の槍が右肩を深々と穿つ。そのまま消えることなく肉を焼き続ける炎に対し、ケディアは瞬時に冷水を生み出して消火した。
間髪入れず、桜は次の陣を展開する。放たれたのは数十本もの凍てつく氷の矢だ。
ケディアは目の前を埋め尽くす氷の群れを最小限の動きでかい潜り、力ずくで突破しながら桜へと肉薄する。だが、桜は眉一つ動かさず、次々と魔法陣を生成して撃ち続け、遠距離からの圧倒的な弾幕で間合いを詰ませない。
それでも執念で距離を潰し、ケディアがついに桜の間合いへと踏み込んだ。桜はすぐさま至近距離で迎撃魔法を発動しようとするが、ケディアの踏み込みの方が一瞬早かった。
ケディアの手が桜の細い首元を力強く掴み上げ、そのまま凄まじい力で石造りの地面へと叩きつける。衝撃で激しく転がる桜。
「……これで終わりだ」
ケディアはトドメを刺すべく、冷徹に剣を構えて歩み寄る。
――しかし、その足元で異変が起きた。踏み替えた足元に、禍々しい輝きを放つ魔法陣が突如として浮かび上がったのだ。
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」
倒れていた桜が静かに告げると同時に、地表の魔法陣から天を突くほどの巨大な炎の柱が爆発的に立ち上り、ケディアの全身を飲み込んだ。
ケディアは絶大な熱量に押されながらも、間一髪で後方へと躍り出て距離を取る。
炎が収まった後に現れたのは、ボロボロになったケディアの姿だった。衣装は各所で焼きちぎれ、全身に凄惨な火傷を負っている。それでもなお、その鋭い眼光は死んでおらず、不屈の闘志で立ち続けていた。
「……まさか、これ程強いとはな」
「伊達にこの学園の学園長を務めていませんよ」
立ち上がった桜の周囲に、無数の多重魔法陣が一斉に展開されていく。そこから火の玉、風の刃、土石の槍といった多属性の魔法が嵐のように吐き出され始めた。
ケディアは身を削りながらも致命傷となる攻撃だけを的確に剣で叩き落として耐えるが、圧倒的な数の暴力に押し切られ、廊下の窓ガラスを叩き割って外の広場へと飛び出した。
逃がさぬとばかりに、桜も割れた窓から空中へ飛び出る。
空中で体勢を整えて着地したケディアは、桜が降り立つ直前の着地隙を狙い、即座に剣を構えて突進した。桜が着地と同時に魔法を放つよりも速く、一閃が走る。
バツッ!と音を立てて桜の肌が切り裂かれ、血が舞う。しかし、その傷は桜が纏う『天ノ羽衣』の幻想的な輝きによって、瞬時に何事もなかったかのように塞がっていった。
それを見たケディアは焦りを見せず、再び無慈悲に剣を振るう。一度、二度、三度――。
桜は首や心臓といった死命を制する攻撃だけを最低限の体捌きで避け、天ノ羽衣の自動回復に任せながら反撃の機を冷たく伺う。
(……とはいえ、このまま打ち合いを続けていてはジリ貧ですね)
冷静に分析した桜は、ケディアの頭上高くに巨大な雷の魔法陣を展開させた。
直後、鼓膜を裂く雷鳴とともに白銀の雷撃が降り注ぐ。
「くっ……!?」
耐えきったものの、電流によって一瞬だけケディアの動きが完全に止まる。
桜はその決定的な隙を見逃さず、展開させた全魔法陣から一斉に高威力魔法を連続で撃ち込んだ。
流石にこの密度の破壊を捌ききることは不可能と判断し、ケディアはその場から離脱しようと地を蹴る。だが、既に遅かった。広域を覆い尽くす魔法の嵐に呑み込まれ、ケディアは地面へと激しく叩きつけられた。
「……私の勝ちのようですね」
煙が立ち込める中、桜は確かな手応えを感じて勝利を確信する。
しかし――叩きつけられたはずのケディアが、ギチギチと関節を鳴らしながらゆっくりと立ち上がった。
「まだ……終わりではない……!【大罪魔法:怠惰ノ魔王】……!」
ケディアが低く呪文を唱えると、その全身から不気味で重苦しい粘質状の魔力が溢れ出し、渦を巻いて彼を包み込んだ。周囲の空気そのものが重力に押し潰されるように沈み込む。
「なるほど……それが貴方の切り札ですか……」
「そうだ……俺の全てを貴様にぶつけてやる」
「では、私も相応の敬意を以て応えましょう」
桜は自身の周囲に幾重もの魔法陣を円状に浮かび上がらせた。そこから高密度の炎の槍が無数に射出される。
ケディアは前進しながらそれらを剣で強引に弾き飛ばし、一直線に迫る。桜も魔法の威力をさらに引き上げて応戦し、互いに一歩も引かない極限の攻防が繰り広げられた。
しかし、打ち合うにつれて、ケディアの剣速と反応速度が異常な伸びを見せ始める。
「どうした? さっきまでの勢いが無くなって来ているぞ?」
「そうかもしれませんね……」
(先程の魔法で、身体能力が大幅に引き上げられているようですね……)
桜は即座に状況を再評価し、牽制のために水の槍を数本解き放つ。しかしケディアはそれらを紙一重で回避し、一瞬で桜の懐へと侵入した。
上段からの力強い振り下ろし。桜は間一髪で身を引いたものの、右腕の皮膚を浅く切り裂かれた。
「――ッ!」
有利を確信したケディアが絶え間なく剣を振るい続ける。桜はそれを必死の回避で凌ぐが、じわじわと間合いを詰められ、完全に後退を余儀なくされていく。
「これで終わりだッ!」
ケディアが全てを乗せた渾身の薙ぎ払いを繰り出す。桜は危機一髪のところで後ろへ跳んで距離を取り、追撃を阻むために再び攻撃魔法を射出する。
(……おかしい。傷が治らない……?)
ふと自身の腕に目をやった桜は、天ノ羽衣による自動修復が極端に遅れていることに気づいた。
(これは一体……?)
疑問が頭をよぎるが、思考に割く時間はない。桜は炎の槍と風の刃を矢継ぎ早に放つが、ケディアの研ぎ澄まされた剣撃によって全て容易く叩き落とされてしまう。
一旦大きく距離を取ろうとする桜だったが、いつの間にか背後に回り込んでいたケディアによって退路を塞がれた。
「これで終わりだ」
ケディアが死の閃光を放つ。桜はギリギリのところで腕を土魔法で硬化させて受け止めたが、殺しきれなかった凄まじい衝撃に弾かれ、そのまま石壁へと激しく激突した。
(……彼の動きが上がったのではない。私自身の反応と動きが鈍くなっている……?)
激痛に耐えながら自分の傷口を確認するが、完全には塞がっておらず、赤い血がダラダラと流れ続けている。桜は急ぎ直接治癒魔法をかけて傷を塞いだ。
(治癒魔法自体は正常に機能する……となると、治らない傷というわけではない。天ノ羽衣の効果そのものが低下している……それに、身体全体が鉛のように重いのも気になります……一体なぜ)
桜は冷静に分析を巡らせる。
(あの大罪魔法……相手の身体能力を底上げするだけではなく、周囲の者の動きを著しく阻害し、装着している武具や概念的効果すら低下させる魔法……? だとしたら極めて厄介ですね)
桜は口元の血を拭い、気品を失わずに立ち上がる。
(とにかく、長引けばこちらの魔力と体力がジリ貧になるのは目に見えています。このままでは拙いですね)
桜は即座に魔法陣を展開し、圧縮した暴風の塊を叩きつけるが、ケディアの剣によって容易く切り裂かれて消滅した。
(この程度の単発魔法では時間稼ぎにしかならない……仕方ありません、少し賭けになりますが)
「我、万雷を欲す……」
桜が本格的な高階級詠唱を開始すると、それを阻止せんとケディアが容赦なく斬りかかってきた。
「させると思うか!」
「――ッ、雷神の怒りによって降り注ぎし稲妻よ!」
桜は迫る剣撃を最小限の動作で回避しながら、途切れさせることなく詠唱を紡ぐ。
「雷轟となりて我が敵を穿つ……ッ!?」
直後、ケディアの強烈な膝蹴りが桜の腹部にめり込み、そのまま壁際まで吹き飛ばされた。
「ぐっ……! 矛となりて顕現せよ!」
肺の空気を吐き出しながらも、桜は痛みに耐えて詠唱を完成させ、上空に巨大な魔法陣を展開する。
ケディアは上空の異変に警戒の視線を向ける。
「煉獄の業火よ、灼熱の焔よ、その紅蓮たる炎をもって……」
しかし、桜の詠唱はそこで終わらなかった。二重の術式を重ね合わせるように、更なる呪文を紡ぎ出していく。
「何を……二重詠唱だと!?」
ケディアは桜の真の狙いに気付き、顔色を変えて慌ててその場から離脱しようと地を蹴る。だが、既に術式は完成していた。
「我が敵を燃やし尽くせ――【灼雷神の爆号】!!」
桜が魔法を発動させた瞬間、天より雷光を纏った巨大な火柱が降臨し、ケディアの頭上から突刺さった。
「――ッ!?」
ケディアは咄嗟にガードを試みるが、属性を融合させた規格外の破壊力に飲み込まれていく。
周囲一面に直視できないほどの眩い閃光が広がり、遅れて空気を激震させる凄まじい爆発音が響き渡った。
もうもうと立ち込める煙と熱気の中、桜は油断なく魔法陣を構えたまま静かに様子を見守る。
やがて風が煙を吹き払い、そこには全身を激しく焦がし、地面に仰向けとなって倒れ伏すケディアの姿があった。
よく見ると大罪魔法の黒いオーラも完全に消失しており、悪魔融合が解除されて元の姿へと戻っている。
桜はゆっくりと呼吸を整えながら、ケディアの傍らへと歩み寄った。
「……最後のは、複合魔法か……」
ケディアが途切れ途切れの声で呟く。
「ご名答。よくご存知で」
「見たのは……初めてだがな……ッ、ゲホッ、ゴホッ!」
「……さてと」
桜は足元に魔法陣を展開し、そこから這い出た漆黒の鎖でケディアの全身を拘束していく。
「貴方には色々と聞きたいことが……っと、気絶してしまいましたか。仕方ありませんね、とりあえず運びましょうか」
桜は気絶したケディアを優しく抱え上げ、静かな足取りで崩れかけた校舎の方へと歩き出した。
しかし、多層的に展開される高階級魔法の連撃を完全に捌ききることはできず、着実にその身体へとダメージが蓄積されていた。
それを見定めた桜の唇に、薄くニヤリと笑みが浮かぶ。
桜が優雅に手を振り下ろすと、頭上に展開された極大の魔法陣から、唸りを上げる炎の槍が激射された。
ケディアは即座に身を翻したが、完全に交わしきることはできず、鋭い炎の槍が右肩を深々と穿つ。そのまま消えることなく肉を焼き続ける炎に対し、ケディアは瞬時に冷水を生み出して消火した。
間髪入れず、桜は次の陣を展開する。放たれたのは数十本もの凍てつく氷の矢だ。
ケディアは目の前を埋め尽くす氷の群れを最小限の動きでかい潜り、力ずくで突破しながら桜へと肉薄する。だが、桜は眉一つ動かさず、次々と魔法陣を生成して撃ち続け、遠距離からの圧倒的な弾幕で間合いを詰ませない。
それでも執念で距離を潰し、ケディアがついに桜の間合いへと踏み込んだ。桜はすぐさま至近距離で迎撃魔法を発動しようとするが、ケディアの踏み込みの方が一瞬早かった。
ケディアの手が桜の細い首元を力強く掴み上げ、そのまま凄まじい力で石造りの地面へと叩きつける。衝撃で激しく転がる桜。
「……これで終わりだ」
ケディアはトドメを刺すべく、冷徹に剣を構えて歩み寄る。
――しかし、その足元で異変が起きた。踏み替えた足元に、禍々しい輝きを放つ魔法陣が突如として浮かび上がったのだ。
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」
倒れていた桜が静かに告げると同時に、地表の魔法陣から天を突くほどの巨大な炎の柱が爆発的に立ち上り、ケディアの全身を飲み込んだ。
ケディアは絶大な熱量に押されながらも、間一髪で後方へと躍り出て距離を取る。
炎が収まった後に現れたのは、ボロボロになったケディアの姿だった。衣装は各所で焼きちぎれ、全身に凄惨な火傷を負っている。それでもなお、その鋭い眼光は死んでおらず、不屈の闘志で立ち続けていた。
「……まさか、これ程強いとはな」
「伊達にこの学園の学園長を務めていませんよ」
立ち上がった桜の周囲に、無数の多重魔法陣が一斉に展開されていく。そこから火の玉、風の刃、土石の槍といった多属性の魔法が嵐のように吐き出され始めた。
ケディアは身を削りながらも致命傷となる攻撃だけを的確に剣で叩き落として耐えるが、圧倒的な数の暴力に押し切られ、廊下の窓ガラスを叩き割って外の広場へと飛び出した。
逃がさぬとばかりに、桜も割れた窓から空中へ飛び出る。
空中で体勢を整えて着地したケディアは、桜が降り立つ直前の着地隙を狙い、即座に剣を構えて突進した。桜が着地と同時に魔法を放つよりも速く、一閃が走る。
バツッ!と音を立てて桜の肌が切り裂かれ、血が舞う。しかし、その傷は桜が纏う『天ノ羽衣』の幻想的な輝きによって、瞬時に何事もなかったかのように塞がっていった。
それを見たケディアは焦りを見せず、再び無慈悲に剣を振るう。一度、二度、三度――。
桜は首や心臓といった死命を制する攻撃だけを最低限の体捌きで避け、天ノ羽衣の自動回復に任せながら反撃の機を冷たく伺う。
(……とはいえ、このまま打ち合いを続けていてはジリ貧ですね)
冷静に分析した桜は、ケディアの頭上高くに巨大な雷の魔法陣を展開させた。
直後、鼓膜を裂く雷鳴とともに白銀の雷撃が降り注ぐ。
「くっ……!?」
耐えきったものの、電流によって一瞬だけケディアの動きが完全に止まる。
桜はその決定的な隙を見逃さず、展開させた全魔法陣から一斉に高威力魔法を連続で撃ち込んだ。
流石にこの密度の破壊を捌ききることは不可能と判断し、ケディアはその場から離脱しようと地を蹴る。だが、既に遅かった。広域を覆い尽くす魔法の嵐に呑み込まれ、ケディアは地面へと激しく叩きつけられた。
「……私の勝ちのようですね」
煙が立ち込める中、桜は確かな手応えを感じて勝利を確信する。
しかし――叩きつけられたはずのケディアが、ギチギチと関節を鳴らしながらゆっくりと立ち上がった。
「まだ……終わりではない……!【大罪魔法:怠惰ノ魔王】……!」
ケディアが低く呪文を唱えると、その全身から不気味で重苦しい粘質状の魔力が溢れ出し、渦を巻いて彼を包み込んだ。周囲の空気そのものが重力に押し潰されるように沈み込む。
「なるほど……それが貴方の切り札ですか……」
「そうだ……俺の全てを貴様にぶつけてやる」
「では、私も相応の敬意を以て応えましょう」
桜は自身の周囲に幾重もの魔法陣を円状に浮かび上がらせた。そこから高密度の炎の槍が無数に射出される。
ケディアは前進しながらそれらを剣で強引に弾き飛ばし、一直線に迫る。桜も魔法の威力をさらに引き上げて応戦し、互いに一歩も引かない極限の攻防が繰り広げられた。
しかし、打ち合うにつれて、ケディアの剣速と反応速度が異常な伸びを見せ始める。
「どうした? さっきまでの勢いが無くなって来ているぞ?」
「そうかもしれませんね……」
(先程の魔法で、身体能力が大幅に引き上げられているようですね……)
桜は即座に状況を再評価し、牽制のために水の槍を数本解き放つ。しかしケディアはそれらを紙一重で回避し、一瞬で桜の懐へと侵入した。
上段からの力強い振り下ろし。桜は間一髪で身を引いたものの、右腕の皮膚を浅く切り裂かれた。
「――ッ!」
有利を確信したケディアが絶え間なく剣を振るい続ける。桜はそれを必死の回避で凌ぐが、じわじわと間合いを詰められ、完全に後退を余儀なくされていく。
「これで終わりだッ!」
ケディアが全てを乗せた渾身の薙ぎ払いを繰り出す。桜は危機一髪のところで後ろへ跳んで距離を取り、追撃を阻むために再び攻撃魔法を射出する。
(……おかしい。傷が治らない……?)
ふと自身の腕に目をやった桜は、天ノ羽衣による自動修復が極端に遅れていることに気づいた。
(これは一体……?)
疑問が頭をよぎるが、思考に割く時間はない。桜は炎の槍と風の刃を矢継ぎ早に放つが、ケディアの研ぎ澄まされた剣撃によって全て容易く叩き落とされてしまう。
一旦大きく距離を取ろうとする桜だったが、いつの間にか背後に回り込んでいたケディアによって退路を塞がれた。
「これで終わりだ」
ケディアが死の閃光を放つ。桜はギリギリのところで腕を土魔法で硬化させて受け止めたが、殺しきれなかった凄まじい衝撃に弾かれ、そのまま石壁へと激しく激突した。
(……彼の動きが上がったのではない。私自身の反応と動きが鈍くなっている……?)
激痛に耐えながら自分の傷口を確認するが、完全には塞がっておらず、赤い血がダラダラと流れ続けている。桜は急ぎ直接治癒魔法をかけて傷を塞いだ。
(治癒魔法自体は正常に機能する……となると、治らない傷というわけではない。天ノ羽衣の効果そのものが低下している……それに、身体全体が鉛のように重いのも気になります……一体なぜ)
桜は冷静に分析を巡らせる。
(あの大罪魔法……相手の身体能力を底上げするだけではなく、周囲の者の動きを著しく阻害し、装着している武具や概念的効果すら低下させる魔法……? だとしたら極めて厄介ですね)
桜は口元の血を拭い、気品を失わずに立ち上がる。
(とにかく、長引けばこちらの魔力と体力がジリ貧になるのは目に見えています。このままでは拙いですね)
桜は即座に魔法陣を展開し、圧縮した暴風の塊を叩きつけるが、ケディアの剣によって容易く切り裂かれて消滅した。
(この程度の単発魔法では時間稼ぎにしかならない……仕方ありません、少し賭けになりますが)
「我、万雷を欲す……」
桜が本格的な高階級詠唱を開始すると、それを阻止せんとケディアが容赦なく斬りかかってきた。
「させると思うか!」
「――ッ、雷神の怒りによって降り注ぎし稲妻よ!」
桜は迫る剣撃を最小限の動作で回避しながら、途切れさせることなく詠唱を紡ぐ。
「雷轟となりて我が敵を穿つ……ッ!?」
直後、ケディアの強烈な膝蹴りが桜の腹部にめり込み、そのまま壁際まで吹き飛ばされた。
「ぐっ……! 矛となりて顕現せよ!」
肺の空気を吐き出しながらも、桜は痛みに耐えて詠唱を完成させ、上空に巨大な魔法陣を展開する。
ケディアは上空の異変に警戒の視線を向ける。
「煉獄の業火よ、灼熱の焔よ、その紅蓮たる炎をもって……」
しかし、桜の詠唱はそこで終わらなかった。二重の術式を重ね合わせるように、更なる呪文を紡ぎ出していく。
「何を……二重詠唱だと!?」
ケディアは桜の真の狙いに気付き、顔色を変えて慌ててその場から離脱しようと地を蹴る。だが、既に術式は完成していた。
「我が敵を燃やし尽くせ――【灼雷神の爆号】!!」
桜が魔法を発動させた瞬間、天より雷光を纏った巨大な火柱が降臨し、ケディアの頭上から突刺さった。
「――ッ!?」
ケディアは咄嗟にガードを試みるが、属性を融合させた規格外の破壊力に飲み込まれていく。
周囲一面に直視できないほどの眩い閃光が広がり、遅れて空気を激震させる凄まじい爆発音が響き渡った。
もうもうと立ち込める煙と熱気の中、桜は油断なく魔法陣を構えたまま静かに様子を見守る。
やがて風が煙を吹き払い、そこには全身を激しく焦がし、地面に仰向けとなって倒れ伏すケディアの姿があった。
よく見ると大罪魔法の黒いオーラも完全に消失しており、悪魔融合が解除されて元の姿へと戻っている。
桜はゆっくりと呼吸を整えながら、ケディアの傍らへと歩み寄った。
「……最後のは、複合魔法か……」
ケディアが途切れ途切れの声で呟く。
「ご名答。よくご存知で」
「見たのは……初めてだがな……ッ、ゲホッ、ゴホッ!」
「……さてと」
桜は足元に魔法陣を展開し、そこから這い出た漆黒の鎖でケディアの全身を拘束していく。
「貴方には色々と聞きたいことが……っと、気絶してしまいましたか。仕方ありませんね、とりあえず運びましょうか」
桜は気絶したケディアを優しく抱え上げ、静かな足取りで崩れかけた校舎の方へと歩き出した。
