魔力の少ない魔法使い

グラウンドでは、インヴィが地面に倒れていた。
 全身には無数の傷が刻まれ、そこかしこから血が流れている。
 対する烏廻には、目立った傷一つない。
「ハァ……ハァ……ッ」
 インヴィは荒い呼吸を繰り返しながら、どうにか立ち上がった。
 一方の烏廻は、双剣を下げたまま静かに立っている。
 二人の実力差は、誰の目にも明らかだった。
「そろそろ終わりにするか」
 烏廻が一歩踏み出す。
「くそっ……!」
 インヴィは接近を阻止するように腕を振るった。
 だが、烏廻は僅かに身体をずらして躱し、そのまま間合いへ入る。
 剣が振り抜かれた。
「ッ!」
 インヴィは慌てて後方へ跳ぶ。
 直撃こそ避けたものの、刃が肩を浅く切り裂き、鮮血が飛んだ。
 烏廻は剣についた血を軽く振り払い、再び歩み寄る。
「……ッ!」
 インヴィは距離を取ろうとする。
 しかし、烏廻の方が速い。
 すぐさま追いつかれ、再び刃が迫った。
「くっ!」
 紙一重で躱す。
 だが、無理な回避で体勢が崩れた。
「甘い」
 そこへ烏廻の蹴りが飛ぶ。
 インヴィは咄嗟に腕を上げて防御したものの、衝撃を殺し切れず後方へ弾き飛ばされた。
「ハァ……ハァ……クソが! 調子に乗りやがって……!」
 ボロボロになりながらも、インヴィの瞳から戦意は消えていない。
「もう分かっただろ」
 烏廻が冷静に告げる。
「お前じゃ俺には勝てない」
「うるさい!」
 叫ぶと同時に、インヴィが地面を蹴った。
「……まだやるか」
 烏廻は周囲へ意識を向ける。
 直後――。
「そこだ!」
 死角からインヴィが飛び込み、首を狙って鋭い鉤爪を振るった。
 だが。
「遅い」
「なっ――」
 烏廻は軽く身を引いて回避する。
 返す動きで剣を振るうと、インヴィは慌てて後方へ跳んだ。
「――ッ、だったらこれならどうだ!」
 距離を取ったインヴィが両腕を広げる。
「我、万雷を欲す。神の怒りにより降り注ぐ稲妻よ、雷轟となりて我が敵を穿つ矛と化して顕現せよ――」
 頭上に巨大な魔法陣が展開される。
「【雷神の怒号《らいじんのどごう》】!!」
 魔法陣が輝いた。
 次の瞬間、幾筋もの雷が烏廻目掛けて降り注ぐ。
「ハハッ!」
 インヴィの口元に笑みが浮かぶ。
 だが――。
「……」
 烏廻は動かない。
 双剣を構え、ただ頭上を見上げていた。
 雷撃が襲いかかる。
 轟音。
 眩い閃光が辺りを包み込んだ。
「……やったか?」
 しかし。
「……な」
 光が収まった先に立っていたのは、変わらぬ姿の烏廻だった。
「なんで……」
「簡単だ」
 烏廻が双剣を構える。
「斬ればいい」
「ふざけるなッ!」
 インヴィが再び雷撃を落とす。
「四神流・玄武ノ型――」
 烏廻の右手が横へ。
 左手が縦へ。
 二振りの刃が十字を描く。
「【羅生門】」
 降り注いだ雷撃が、双剣の軌道に触れた瞬間、次々と切り裂かれて霧散した。
「……嘘だろ」
 インヴィが言葉を失う。
 烏廻はそんな彼へ、ゆっくりと歩み寄った。
「……ハハ」
「?」
「ハハハハッ!」
 突然、インヴィが笑い始める。
「アンタの強さはよく分かったよ!」
 顔を上げる。
「仕方ない。後のことなんて知ったこっちゃない!」
「……」
 インヴィの全身から、どす黒い魔力が溢れ始めた。
「【大罪魔法――嫉妬ノ魔王《レヴィアタン》】!!」
 瞬間。
 インヴィを包む魔力が一気に膨れ上がる。
「……来るか」
 烏廻が双剣を構え直した。
 インヴィが踏み込む。
「……!」
 背後から殺気。
 烏廻が振り返ると、すでにインヴィが鉤爪を振り抜いていた。
 だが、烏廻は冷静に身を逸らす。
 そのまま反撃へ転じるが――。
「遅いよ!」
「……」
 今度はインヴィがそれを躱した。
 二人が同時に距離を取る。
 インヴィの口元には笑み。
 烏廻は無表情のまま、相手の変化を見つめていた。
「行くよ!」
 インヴィが仕掛ける。
 先ほどまでとは明らかに違う速度で距離を詰め、鉤爪を振るった。
 烏廻は剣で受け流す。
 だが、その直後。
「ッ!」
 インヴィが背後へ回り込み、蹴りを放った。
 烏廻は防御へ移ろうとするが、僅かに間に合わない。
「ぐっ……!」
 蹴りが脇腹を捉える。
「ハハハッ!」
 さらにインヴィが連撃を仕掛けた。
 烏廻も双剣で捌くが、先ほどまでとは違い、簡単には主導権を握れない。
「どうしたぁ!」
 インヴィの蹴りが剣を弾く。
 その隙へ、もう一発。
「……ッ」
 烏廻のみぞおちへ蹴りが入った。
 烏廻はその勢いを利用して後方へ跳び、距離を取る。
(……なるほど)
 烏廻の目が僅かに細められた。
(速さも力も、さっきまでとはまるで違う)
 インヴィが間髪入れずに迫る。
 烏廻も踏み込んだ。
 双剣と鉤爪が激突する。
「ッ!」
 互いに一撃を弾き、再び距離が開いた。
「……お前、一体何をした?」
「知りたい?」
 インヴィが得意げに笑う。
「いいよ。特別に教えてあげる」
「……」
「僕は今――アンタと同等の力を得た」
「なに?」
「簡単な話さ。この魔法は、対象が持っている力を僕に与える」
 インヴィが両腕を広げる。
「魔力も、身体能力もね」
(俺の力を……?)
「だから――」
 インヴィの鉤爪が構えられる。
「こんなことだってできる」
「……?」
「四神流・白虎ノ型――【蓮牙】」
「ッ!?」
 インヴィが一気に踏み込む。
 右の爪が左から。
 左の爪が右から。
 二つの斬撃が水平に交差した。
 烏廻が先ほどまで使っていた技を、鉤爪によって再現している。
「……ッ!」
 烏廻は咄嗟に後方へ下がる。
 直撃は避けたものの、腹部を爪が掠めた。
 服が裂け、その下から血が滲む。
「アハハハッ!」
 インヴィが嬉しそうに笑う。
「さっきまでの余裕そうな顔はどこにいったの?」
「……」
 烏廻は腹部の傷へ一瞬だけ視線を落とし、再びインヴィを見る。
「言っておくけど」
 インヴィの笑みがさらに深くなる。
「アンタと同じ強さに“なった”わけじゃないからね」
「……」
「僕が元々持っていた力に、アンタの力を“得た”んだ」
「なるほど」
 烏廻は納得したように呟いた。
「つまり、お前自身の力に俺の能力を上乗せしたわけか」
「そういうこと」
 インヴィが腰を落とす。
「理解したところで――もう遅いけどね!」
 再び接近。
 インヴィが右脚を振り下ろす。
 烏廻は双剣を重ね、下から斬り上げた。
 剣と脚がぶつかり、インヴィの身体が宙へ浮く。
「……!」
 烏廻が追撃する。
 しかし、インヴィは空中で身体を捻って着地すると、すぐに反撃へ転じた。
 激しい連撃。
 先ほどまでとは逆に、今度は烏廻が防御へ回る。
(……さすがに、このままじゃ面倒だな)
 烏廻は小さく息を吐いた。
「仕方ない」
「……?」
「一つ、外すか」
 烏廻が静かに告げる。
「【人封印・解】」
「……ッ!?」
 インヴィが反射的に一歩下がった。
 だが――。
「……」
 見た目に大きな変化はない。
(なんだ……? 何も変わってない)
 インヴィはすぐに笑みを取り戻した。
(大丈夫だ。何をしようが、今の僕の方が――)
「遅い」
「なっ!?」
 振り下ろされた鉤爪。
 烏廻は余裕を持って身体をずらした。
「くっ!」
 二撃目。
 避けられる。
 三撃目。
 また避けられる。
「なんで……!」
「どうした?」
 烏廻はほとんどその場から動かず、僅かな体捌きだけで攻撃を躱していく。
「さっきまでの勢いはどこへ行った?」
「くそぉぉぉッ!!」
 インヴィが怒りに任せて爪を振るう。
 だが、一撃も届かない。
「ハァ……ハァ……ッ」
 ついにインヴィが距離を取った。
「クソ……なんで当たらないんだ……」
「どうやら」
 烏廻は双剣を下ろす。
「お前の魔法は、発動した時点での対象の力を基準にするらしいな」
「……何?」
「今のお前が持っているのは、さっきまでの俺の力だ」
「ふ、ふざけるな! 一体何をした!」
「大したことじゃない」
 烏廻が淡々と答える。
「俺は普段、自分の身体にいくつか枷を掛けている」
「枷……?」
「今外したのは、その一つだ」
 烏廻は軽く首を回した。
「身体のリミッターを一段階解除した。それだけだ」
「……そんな……」
 インヴィが再び踏み込む。
「うるさいッ!」
 鉤爪が何度も振るわれる。
 烏廻は全てを躱す。
 そして――。
「遅い」
「がっ……!」
 蹴り上げがインヴィの顎を捉えた。
 身体が浮く。
「四神流・白虎ノ型――【蓮牙】」
 左右の双剣が水平に振り抜かれた。
「ぐぁッ!」
 インヴィが後方へ弾き飛ばされる。
「グッ……ハァ……ハァ……」
 地面へ手をつきながら、インヴィが烏廻を睨み上げた。
「な、なんで……僕の攻撃は当たらないのに……アンタの攻撃は当たるんだよ……!」
「分からないか?」
「……」
「一つ」
 烏廻が人差し指を立てる。
「お前の攻撃は単調だ。速いだけで、軌道が読みやすい」
 二本目。
「二つ。殺気を出しすぎだ。どこを狙っているのか、自分から教えているようなものだ」
「……ッ」
「そして三つ」
 烏廻がインヴィの荒い呼吸へ視線を落とす。
「お前、もう限界だろ?」
「な……何を……」
 そこで初めて、インヴィ自身も異変を自覚した。
「ハァ……ハァ……ッ」
 呼吸が戻らない。
 全身が軋むように痛む。
 手足も僅かに震えている。
(なんで……?)
 こんな感覚は知らない。
(なんで、身体が……)
「過ぎた力は身を滅ぼす」
 烏廻が静かに告げた。
「俺と同等の力を得たのはいい。だが、それを扱うお前自身の身体が、その出力に耐えられてねぇ」
「……」
「それに、その魔法自体も長時間維持できるようなものじゃないんだろ?」
 インヴィは答えない。
 荒い呼吸を繰り返しながら、烏廻を睨むことしかできなかった。
「これで終わりだ」
 烏廻が双剣を交差させる。
「お前の敗因は一つ」
 刃へ魔力が集まっていく。
「相手が俺だったことだ」
 双剣が振り抜かれた。
「四神流・朱雀ノ型――【郝翼之刃《かくよくのじん》】」
 交差する二筋の斬撃が飛ぶ。
「――ッ!」
 インヴィは防御しようとする。
 だが、身体がついてこない。
 斬撃が真正面から炸裂した。
「ぐぁぁッ!」
 インヴィの身体が地面へ叩きつけられる。
 やがて、周囲を覆っていた魔力が消え、悪魔融合も解けていった。
「……」
 烏廻がゆっくりと近づく。
 傍らへしゃがみ込んだ。
「……意識はあるな」
「……クソッ……僕は、まだ負けてない……」
「……」
「まだ……戦える……!」
「いや」
 烏廻は淡々と答える。
「お前の負けだ」
「ふざけるな! まだ――」
「……ッ!?」
 インヴィが起き上がろうとする。
 だが、身体は動かない。
 烏廻が魔法陣を展開すると、そこから鎖が伸び、インヴィの身体を拘束した。
「……アンタに、一ついいこと教えてあげるよ」
「……?」
 拘束されたまま、インヴィが不敵に笑った。
「アンタたち、僕らのことをヴァニタスから聞いたんだろ?」
「……ああ」
「でもさ」
 インヴィが口角を上げる。
「僕は会ったことないんだよね。そいつに」
「……何?」
「ヴァニタスから、僕らが何人だって聞いた?」
 烏廻の表情が僅かに変わった。
「……六人」
「ハハッ!」
 インヴィが嬉しそうに笑う。
「やっぱり!」
「……」
「僕らは全部で七人だよ」
「――ッ」
 烏廻の目が見開かれる。
 ルイ――ヴァニタスが組織を離れた時点で把握していた残りの構成員は六人。
 そして、今回学園内で確認された魔力反応も六つだった。
 だからこそ、誰も疑わなかった。
(……待て)
 烏廻の表情が険しくなる。
(なら、もう一人は――)
「気づいた?」
 インヴィが楽しそうに笑う。
「アンタたちが気づいてない奴が、もう一人いるってこと」
「……チッ!」
 烏廻は立ち上がった。
(魔力反応が六人だったから、完全に見落としてた……!)
 つまり最後の一人は、何らかの方法で魔力反応を隠している。
 あるいは――最初から、通常の方法では感知できない。
「ハハハッ! 今頃気づいたって遅いんじゃない?」
「……黙ってろ」
 烏廻は拘束したインヴィへ手を伸ばす。
 そして――急いでその場から転移した。