「「ハァ……ハァ……ッ」」
静まり返った戦場に、二人の荒い呼吸音だけが激しく交錯していた。
互いにじっと相手を見据え、鋭い視線を叩きつけ合う。
優斗の右腕からは赤黒い血が流れ落ち、指先を伝って床へとポタポタと絶え間なく雫を垂らしていた。
対するヴァリも無傷ではない。両腕の皮膚が激しく引き裂かれ、皮肉にも優斗と同じように鮮血を滴らせている。
だが、双方ともに激痛に顔を歪めながらも、その口元には狂気を含んだ笑みが浮かんでいた。
「ハハッ! やっぱ強ぇ奴と本気でやり合うのは最高に楽しいなぁ!」
ヴァリが愉悦に満ちた声を上げて咆哮する。
次の瞬間、ヴァリの全身から禍々しい黒紫色の魔力が爆発的に吹き出した。周囲の空気が重く跳ね上がり、視界が歪む。そして――瞬き一つの隙に、ヴァリの巨躯が掻き消えるように視界から消え去った。
(――後ろッ!)
背後から肌を刺すような刺すような激しい殺気。優斗は反射的に身を護るべく身体を捻った。
直後、真空を切り裂く爪の一閃が優斗の残像を切り裂く。間一髪で直撃こそ免れたものの、左腕を掠める。
息つく暇もない。ギアを一段引き上げたヴァリの動きは、先ほどまでとは別次元の領域に達していた。
残像すら残さぬ縦横無尽の超高速移動。優斗は鋭い動体視力を以てしても捉えきれず、完全に防戦一方へと追い込まれる。胴体、足、肩――閃光のような爪撃がかすめるたび、優斗の身体に刻まれる傷が加速度的に増えていった。
「どうしたどうしたぁ! 防ぐのが精一杯かよッ!」
高笑いを上げながら狂乱のラッシュを叩き込むヴァリ。優斗も必死に刀を振るって応戦するが、反撃の糸口を掴むどころか、威力を殺しきれなかった打撃がじわじわと体力を削っていく。
そしてついに、ガードの隙を突いたヴァリの凶暴な前蹴りが優斗の腹部を深々と抉り抜いた。
「ぐはっ……!?」
大砲で撃たれたような衝撃を受け、優斗の身体が後方へと激しく吹き飛ばされる。だが、地面に叩きつけられる直前、優斗は間一髪で受身を取り、凄まじい摩擦音を立てて床を滑りながら即座に刀を構え直した。
「……さらにスピードを上げてきやがったか」
優斗は苦悶の表情を浮かべ、膝の震えを抑え込みながらヴァリを睨み据える。そこには、これまで以上に凶暴な殺意と愉悦を瞳に宿したヴァリの姿があった。
(……この後に備えて、少しでも魔力を残しておく、なんて生ぬるい考えは捨てた方が良さそうだな)
優斗は覚悟を決めるように深く、長く深呼吸をした。
その隙を見逃すヴァリではない。黒いオーラを爆発させ、再びその姿を空間から消失させる。
優斗は即座に背後へ振り向く。――しかし、そこには誰もいない。
(上だッ!!)
気付いた時には、すでに頭上から死の影が覆いかぶさっていた。
ヴァリは空中から落下の勢いも乗せ、無慈悲な爪を優斗の脳天目がけて振り下ろしていたのだ。
直撃すれば一気に首が飛ぶ――その刹那、優斗の刀が冴え渡る月光のように一瞬だけ煌めいた。
ガキィィィンッ!
優斗は絶妙な角度で刀を滑り込ませ、死の爪撃をかろうじて受け止めた。しかし、ヴァリの残忍な鋭爪の先が優斗の頬を薄く掠める。
鮮血が舞い、宙で赤く煌めいた。
ヴァリはニヤリと歪んだ笑みを浮かべ、すかさずもう片方の空いた爪を優斗の喉元へ突き出そうとする。
だが――。
「甘いッ!」
優斗は腕の力を爆発させ、ヴァリの爪を強引に斜め上方へと弾き飛ばした。
「なっ!?」
完璧な体制から体勢を崩されたヴァリの顔に、初めて明確な驚愕の色が走る。
その僅かな隙を、優斗が見逃すはずもなかった。一瞬の硬直を突いて、今度は優斗の方から踏み込む。
「一刀流・風の太刀――【風切】ッ!」
空気を力強く切り裂く横一文字の暴風の斬撃。
ヴァリは反射的に腕を交差させてガードに入ったが、凝縮された風圧の威力を完全に殺しきることはできず、悲鳴を上げるように後方へと吹き飛ばされた。
「まだだ……終わらせないッ!」
床を蹴り、弾丸のような速度で追撃に突っ込む優斗。
「舐めんじゃねぇぞ、小僧ッ!」
吹き飛ばされたヴァリは空中で器用に体勢を整えると、両足で壁を強く蹴って着地する。そして瞬時に凶悪な魔法陣を展開させた。
「【水竜の爆撃】ッ!!」
ヴァリの叫びとともに、莫大な水流がとぐろを巻き、巨大な龍の形を成して牙を剥いた。部屋全体を飲み込まんとする激流が、突進する優斗に向かって牙を剥く。
「一刀流・雷の太刀――【雷轟】!!」
迫り来る暴威に対し、優斗は刀を上段へと掲げ、雷光を纏わせた刃を直線的に振り下ろした。
放たれた紫電の衝撃波は巨龍の喉元を真っ二つに引き裂き、蒸気と激しい水しぶきに変えて霧散させる。
水煙を突き破り、優斗は間髪入れずに加速。一瞬でヴァリの眼前に肉薄した。
「――ッ!?」
迎え撃つべく身構えたヴァリだったが、優斗の踏み込みは想像を遥かに超えていた。
至近距離から叩き込まれた刀の柄頭がヴァリの胸板にめり込み、そのあまりの威勢にヴァリは勢いを殺せず、無様に床を転がっていった。
「……クッソ……。やりやがるじゃねえか……」
頭から血を流しながら、ヴァリはゆっくりと起き上がる。その瞳からは余裕が消え失せ、冷徹な殺気が宿っていた。
「なら……次は俺の番だなぁッ!!」
咆哮と共に、ヴァリの身体にまとわりついていた黒い魔力が、一点に集束するように凝縮されていく。その密度は高まり、空間そのものが軋むような不快な重圧を放ち始めた。
「……これは流石に、ちょっとヤバいか……?」
優斗の額を冷や汗が伝う。直感的に理解した。次に来るのは、生半可な防御では魂ごと削り取られる絶技だと。
ヴァリは天を仰ぎ、高らかにその名を解き放った。
「【大罪魔法:強欲ノ魔王】!!」
絶叫と同時に、ヴァリの体内から底なしの魔力が津波のように溢れ出た。
その瞬間――ヴァリの姿が世界から消えた。
(――後ろだッ!)
危険信号を鳴らす本能に従い、優斗は咄嗟に体を捻る。だが、先ほどとは比べ物にならない速度の連撃は完全には回避しきれず、左腕を深く切り裂かれた。
「ハハハハハッ!!」
影のように空間を跳ね回るヴァリの猛攻。
ガキンッ! バキッ! と激しい金属音と肉を裂く嫌な音が響き渡る。優斗は刀を振るって必死に受け流そうとするが、防ぎきれない爪撃が確実に体を刻んでいく。ついに右腕の激痛からガードが破れ、傷が一段と深くなった。
「まだまだ行くぜぇぇッ!」
ヴァリは再び姿を消し、死角から優斗の隙を狙って飛びかかる。
ギリギリで気付いた優斗は身を引いたが、刃のような爪が脇腹の肉を深々と削り取っていった。
(さっきよりも……さらに速くなりやがったッ!)
ダラダラと傷口から血を流しながら、優斗は高速移動を続けるヴァリの軌跡を目で追う。
(……チッ。とんでもない隠し球を抱え込んでやがったな)
激痛に耐え、優斗は苦虫を噛み潰したような顔で相手のからくりを見破った。
あの魔法は、大気中に漂う魔力を限界を超えて強引に吸収し、己の身体能力と攻撃力を短時間で爆発的に跳ね上げる極悪な術式だ。
(……だが、これほどの負荷がかかる技を今まで使わなかったってことは……)
「その魔法……そう長くは維持できないんだろ?」
死闘の渦中、優斗が冷静に告げた言葉を聞き、ヴァリは獰猛な笑みを深くした。
「ハッ! 正解だ! これが俺の、正真正銘最後の切り札ってやつだからなぁ!」
会話の瞬間すら、ヴァリは足を止めない。
「もう終わりにしてやんよおぉぉッ!!」
大気を切り裂き、ヴァリが一気に最速の踏み込みを見せる。
(……速い……ッ!)
間一髪で体を半身にする優斗だったが、それでも完全に交わしきることはできず、肩の肉が大きく抉られた。
「まだまだぁッ! 死ねぇッ!」
怒涛の連続攻撃が優斗を襲う。優斗は激痛を耐え忍び、足元を滑らせながら攻撃を回避し続ける。
(このまま魔法が切れるまで時間を稼ぐか……? ……いや、違うな)
優斗の瞳に、静かな決意の灯火が宿る。
相手が全精力を注ぎ込んで叩きつけてきている以上、逃げに回れば一瞬の集中切れが死に繋がる。ここはこちらも全てを賭けて打ち破るべきだ。
グッと足裏に力を込め、床の石畳を砕く勢いで踏み込む。
ヴァリもまた、この一激で全てを決すべく、全身の魔力を両の爪に凝縮させて躍り出た。
「これで終いだああぁぁッ!!」
空中から交差させた凶爪を突き出し、ヴァリが死の突撃を敢行する。
「この一撃で……終わらせる。――一刀流・闇の太刀」
優斗の握る刀の身から、一切の光を吸い込むような漆黒の魔力が溢れ出した。
「【覇黒】――ッ!!」
迫り来る交差爪の必殺の一撃に合わせ、優斗は刃を振り抜いた。
――ズバァァァァンッ!!
漆黒の刃がヴァリの爪を紙切れのように叩き折り、そのままその胴体へと吸い込まれるように深く侵入していく。
「なん……だとぉ……っ!?」
信じられないといった驚愕に目を見開くヴァリ。だが、優斗の渾身の刃は止まらない。
黒い閃光が、ヴァリの巨躯を真っ二つに切り裂く勢いで一閃した。
「……がはっ……!!」
ヴァリの口から大量の鮮血が吐き出され、その身体は凄まじい勢いで床へと倒れ伏した。
狂暴に荒れ狂っていた黒い魔力が雲散霧消していき、ヴァリの身体から悪魔融合の形相が解けて元の姿へと戻っていく。
優斗は油断なく刀を構えたまま、荒い息を吐いてゆっくりとヴァリへ近づき、声をかけた。
「……おい。生きてるか?」
「……ハッ。自分で斬っといて……よく言うぜ……っ」
ヴァリは胸を大きく上下させ、苦しそうに吐血しながらも、どこか吹っ切れたような笑みを浮かべて答えた。
「返事ができるなら大丈夫そうだな」
「……チッ。俺の負けかよ……」
「ああ、俺の勝ちだ。だが……お前も相当強かった。正直、かなり危なかったよ」
「よく言うぜ……。まだ余力がありそうじゃねぇか……。俺はもう、指一本動かせねえよ……」
ヴァリは敗北を受け入れたように天を仰ぎ、力なく息を吐く。
確かに優斗にはまだ立ち上がる余力はあったが、ヴァリとの死闘で全身傷だらけであり、魔力も底をつきかけていた。
(……正直、これ以上このレベルの化け物と連戦するのは勘弁願いたいところだな)
激痛に耐えながら、優斗は深く溜息をつく。
「……さてと。動けないとはいえ、お前みたいな危険人物を野放しにしていくわけにはいかないからな。ちょっと拘束させてもらうぞ」
優斗が指先を向けると、足元に小さな魔法陣が展開され、そこから漆黒の鎖がスルスルと伸びてヴァリの全身を隙間なくグルグル巻きに縛り上げた。
「……おい。ちょっとキツく巻きすぎじゃねえか……? 血が止まるぞ」
「当たり前だろ。お前、自分がどういう立場か分かって言ってんのか?」
優斗が心底呆れた声を出すと、ヴァリは少しだけ考え込むような仕草を見せた後、観念したように苦笑いを漏らした。
「……そういやよ。戦う初めに言ってた……俺に腹が立ってることの『三つ目』って、一体何だったんだ?」
死闘の嵐が過ぎ去った静寂の中、ヴァリがふと思い出したように尋ねてきた。
「ん? ああ、あれか。……お前に『4番目』って呼ばれたのが、地味に腹立ってな」
「……やっぱ気にしてたのかよ」
自嘲混じりのヴァリの静かなツッコミが、静まり返った戦場にポツリと響くのだった。
静まり返った戦場に、二人の荒い呼吸音だけが激しく交錯していた。
互いにじっと相手を見据え、鋭い視線を叩きつけ合う。
優斗の右腕からは赤黒い血が流れ落ち、指先を伝って床へとポタポタと絶え間なく雫を垂らしていた。
対するヴァリも無傷ではない。両腕の皮膚が激しく引き裂かれ、皮肉にも優斗と同じように鮮血を滴らせている。
だが、双方ともに激痛に顔を歪めながらも、その口元には狂気を含んだ笑みが浮かんでいた。
「ハハッ! やっぱ強ぇ奴と本気でやり合うのは最高に楽しいなぁ!」
ヴァリが愉悦に満ちた声を上げて咆哮する。
次の瞬間、ヴァリの全身から禍々しい黒紫色の魔力が爆発的に吹き出した。周囲の空気が重く跳ね上がり、視界が歪む。そして――瞬き一つの隙に、ヴァリの巨躯が掻き消えるように視界から消え去った。
(――後ろッ!)
背後から肌を刺すような刺すような激しい殺気。優斗は反射的に身を護るべく身体を捻った。
直後、真空を切り裂く爪の一閃が優斗の残像を切り裂く。間一髪で直撃こそ免れたものの、左腕を掠める。
息つく暇もない。ギアを一段引き上げたヴァリの動きは、先ほどまでとは別次元の領域に達していた。
残像すら残さぬ縦横無尽の超高速移動。優斗は鋭い動体視力を以てしても捉えきれず、完全に防戦一方へと追い込まれる。胴体、足、肩――閃光のような爪撃がかすめるたび、優斗の身体に刻まれる傷が加速度的に増えていった。
「どうしたどうしたぁ! 防ぐのが精一杯かよッ!」
高笑いを上げながら狂乱のラッシュを叩き込むヴァリ。優斗も必死に刀を振るって応戦するが、反撃の糸口を掴むどころか、威力を殺しきれなかった打撃がじわじわと体力を削っていく。
そしてついに、ガードの隙を突いたヴァリの凶暴な前蹴りが優斗の腹部を深々と抉り抜いた。
「ぐはっ……!?」
大砲で撃たれたような衝撃を受け、優斗の身体が後方へと激しく吹き飛ばされる。だが、地面に叩きつけられる直前、優斗は間一髪で受身を取り、凄まじい摩擦音を立てて床を滑りながら即座に刀を構え直した。
「……さらにスピードを上げてきやがったか」
優斗は苦悶の表情を浮かべ、膝の震えを抑え込みながらヴァリを睨み据える。そこには、これまで以上に凶暴な殺意と愉悦を瞳に宿したヴァリの姿があった。
(……この後に備えて、少しでも魔力を残しておく、なんて生ぬるい考えは捨てた方が良さそうだな)
優斗は覚悟を決めるように深く、長く深呼吸をした。
その隙を見逃すヴァリではない。黒いオーラを爆発させ、再びその姿を空間から消失させる。
優斗は即座に背後へ振り向く。――しかし、そこには誰もいない。
(上だッ!!)
気付いた時には、すでに頭上から死の影が覆いかぶさっていた。
ヴァリは空中から落下の勢いも乗せ、無慈悲な爪を優斗の脳天目がけて振り下ろしていたのだ。
直撃すれば一気に首が飛ぶ――その刹那、優斗の刀が冴え渡る月光のように一瞬だけ煌めいた。
ガキィィィンッ!
優斗は絶妙な角度で刀を滑り込ませ、死の爪撃をかろうじて受け止めた。しかし、ヴァリの残忍な鋭爪の先が優斗の頬を薄く掠める。
鮮血が舞い、宙で赤く煌めいた。
ヴァリはニヤリと歪んだ笑みを浮かべ、すかさずもう片方の空いた爪を優斗の喉元へ突き出そうとする。
だが――。
「甘いッ!」
優斗は腕の力を爆発させ、ヴァリの爪を強引に斜め上方へと弾き飛ばした。
「なっ!?」
完璧な体制から体勢を崩されたヴァリの顔に、初めて明確な驚愕の色が走る。
その僅かな隙を、優斗が見逃すはずもなかった。一瞬の硬直を突いて、今度は優斗の方から踏み込む。
「一刀流・風の太刀――【風切】ッ!」
空気を力強く切り裂く横一文字の暴風の斬撃。
ヴァリは反射的に腕を交差させてガードに入ったが、凝縮された風圧の威力を完全に殺しきることはできず、悲鳴を上げるように後方へと吹き飛ばされた。
「まだだ……終わらせないッ!」
床を蹴り、弾丸のような速度で追撃に突っ込む優斗。
「舐めんじゃねぇぞ、小僧ッ!」
吹き飛ばされたヴァリは空中で器用に体勢を整えると、両足で壁を強く蹴って着地する。そして瞬時に凶悪な魔法陣を展開させた。
「【水竜の爆撃】ッ!!」
ヴァリの叫びとともに、莫大な水流がとぐろを巻き、巨大な龍の形を成して牙を剥いた。部屋全体を飲み込まんとする激流が、突進する優斗に向かって牙を剥く。
「一刀流・雷の太刀――【雷轟】!!」
迫り来る暴威に対し、優斗は刀を上段へと掲げ、雷光を纏わせた刃を直線的に振り下ろした。
放たれた紫電の衝撃波は巨龍の喉元を真っ二つに引き裂き、蒸気と激しい水しぶきに変えて霧散させる。
水煙を突き破り、優斗は間髪入れずに加速。一瞬でヴァリの眼前に肉薄した。
「――ッ!?」
迎え撃つべく身構えたヴァリだったが、優斗の踏み込みは想像を遥かに超えていた。
至近距離から叩き込まれた刀の柄頭がヴァリの胸板にめり込み、そのあまりの威勢にヴァリは勢いを殺せず、無様に床を転がっていった。
「……クッソ……。やりやがるじゃねえか……」
頭から血を流しながら、ヴァリはゆっくりと起き上がる。その瞳からは余裕が消え失せ、冷徹な殺気が宿っていた。
「なら……次は俺の番だなぁッ!!」
咆哮と共に、ヴァリの身体にまとわりついていた黒い魔力が、一点に集束するように凝縮されていく。その密度は高まり、空間そのものが軋むような不快な重圧を放ち始めた。
「……これは流石に、ちょっとヤバいか……?」
優斗の額を冷や汗が伝う。直感的に理解した。次に来るのは、生半可な防御では魂ごと削り取られる絶技だと。
ヴァリは天を仰ぎ、高らかにその名を解き放った。
「【大罪魔法:強欲ノ魔王】!!」
絶叫と同時に、ヴァリの体内から底なしの魔力が津波のように溢れ出た。
その瞬間――ヴァリの姿が世界から消えた。
(――後ろだッ!)
危険信号を鳴らす本能に従い、優斗は咄嗟に体を捻る。だが、先ほどとは比べ物にならない速度の連撃は完全には回避しきれず、左腕を深く切り裂かれた。
「ハハハハハッ!!」
影のように空間を跳ね回るヴァリの猛攻。
ガキンッ! バキッ! と激しい金属音と肉を裂く嫌な音が響き渡る。優斗は刀を振るって必死に受け流そうとするが、防ぎきれない爪撃が確実に体を刻んでいく。ついに右腕の激痛からガードが破れ、傷が一段と深くなった。
「まだまだ行くぜぇぇッ!」
ヴァリは再び姿を消し、死角から優斗の隙を狙って飛びかかる。
ギリギリで気付いた優斗は身を引いたが、刃のような爪が脇腹の肉を深々と削り取っていった。
(さっきよりも……さらに速くなりやがったッ!)
ダラダラと傷口から血を流しながら、優斗は高速移動を続けるヴァリの軌跡を目で追う。
(……チッ。とんでもない隠し球を抱え込んでやがったな)
激痛に耐え、優斗は苦虫を噛み潰したような顔で相手のからくりを見破った。
あの魔法は、大気中に漂う魔力を限界を超えて強引に吸収し、己の身体能力と攻撃力を短時間で爆発的に跳ね上げる極悪な術式だ。
(……だが、これほどの負荷がかかる技を今まで使わなかったってことは……)
「その魔法……そう長くは維持できないんだろ?」
死闘の渦中、優斗が冷静に告げた言葉を聞き、ヴァリは獰猛な笑みを深くした。
「ハッ! 正解だ! これが俺の、正真正銘最後の切り札ってやつだからなぁ!」
会話の瞬間すら、ヴァリは足を止めない。
「もう終わりにしてやんよおぉぉッ!!」
大気を切り裂き、ヴァリが一気に最速の踏み込みを見せる。
(……速い……ッ!)
間一髪で体を半身にする優斗だったが、それでも完全に交わしきることはできず、肩の肉が大きく抉られた。
「まだまだぁッ! 死ねぇッ!」
怒涛の連続攻撃が優斗を襲う。優斗は激痛を耐え忍び、足元を滑らせながら攻撃を回避し続ける。
(このまま魔法が切れるまで時間を稼ぐか……? ……いや、違うな)
優斗の瞳に、静かな決意の灯火が宿る。
相手が全精力を注ぎ込んで叩きつけてきている以上、逃げに回れば一瞬の集中切れが死に繋がる。ここはこちらも全てを賭けて打ち破るべきだ。
グッと足裏に力を込め、床の石畳を砕く勢いで踏み込む。
ヴァリもまた、この一激で全てを決すべく、全身の魔力を両の爪に凝縮させて躍り出た。
「これで終いだああぁぁッ!!」
空中から交差させた凶爪を突き出し、ヴァリが死の突撃を敢行する。
「この一撃で……終わらせる。――一刀流・闇の太刀」
優斗の握る刀の身から、一切の光を吸い込むような漆黒の魔力が溢れ出した。
「【覇黒】――ッ!!」
迫り来る交差爪の必殺の一撃に合わせ、優斗は刃を振り抜いた。
――ズバァァァァンッ!!
漆黒の刃がヴァリの爪を紙切れのように叩き折り、そのままその胴体へと吸い込まれるように深く侵入していく。
「なん……だとぉ……っ!?」
信じられないといった驚愕に目を見開くヴァリ。だが、優斗の渾身の刃は止まらない。
黒い閃光が、ヴァリの巨躯を真っ二つに切り裂く勢いで一閃した。
「……がはっ……!!」
ヴァリの口から大量の鮮血が吐き出され、その身体は凄まじい勢いで床へと倒れ伏した。
狂暴に荒れ狂っていた黒い魔力が雲散霧消していき、ヴァリの身体から悪魔融合の形相が解けて元の姿へと戻っていく。
優斗は油断なく刀を構えたまま、荒い息を吐いてゆっくりとヴァリへ近づき、声をかけた。
「……おい。生きてるか?」
「……ハッ。自分で斬っといて……よく言うぜ……っ」
ヴァリは胸を大きく上下させ、苦しそうに吐血しながらも、どこか吹っ切れたような笑みを浮かべて答えた。
「返事ができるなら大丈夫そうだな」
「……チッ。俺の負けかよ……」
「ああ、俺の勝ちだ。だが……お前も相当強かった。正直、かなり危なかったよ」
「よく言うぜ……。まだ余力がありそうじゃねぇか……。俺はもう、指一本動かせねえよ……」
ヴァリは敗北を受け入れたように天を仰ぎ、力なく息を吐く。
確かに優斗にはまだ立ち上がる余力はあったが、ヴァリとの死闘で全身傷だらけであり、魔力も底をつきかけていた。
(……正直、これ以上このレベルの化け物と連戦するのは勘弁願いたいところだな)
激痛に耐えながら、優斗は深く溜息をつく。
「……さてと。動けないとはいえ、お前みたいな危険人物を野放しにしていくわけにはいかないからな。ちょっと拘束させてもらうぞ」
優斗が指先を向けると、足元に小さな魔法陣が展開され、そこから漆黒の鎖がスルスルと伸びてヴァリの全身を隙間なくグルグル巻きに縛り上げた。
「……おい。ちょっとキツく巻きすぎじゃねえか……? 血が止まるぞ」
「当たり前だろ。お前、自分がどういう立場か分かって言ってんのか?」
優斗が心底呆れた声を出すと、ヴァリは少しだけ考え込むような仕草を見せた後、観念したように苦笑いを漏らした。
「……そういやよ。戦う初めに言ってた……俺に腹が立ってることの『三つ目』って、一体何だったんだ?」
死闘の嵐が過ぎ去った静寂の中、ヴァリがふと思い出したように尋ねてきた。
「ん? ああ、あれか。……お前に『4番目』って呼ばれたのが、地味に腹立ってな」
「……やっぱ気にしてたのかよ」
自嘲混じりのヴァリの静かなツッコミが、静まり返った戦場にポツリと響くのだった。
