魔力の少ない魔法使い

「「ハァ……ハァ……ッ」」
 静まり返った戦場に、二人の荒い呼吸だけが響いていた。
 互いに距離を取り、相手から視線を外さない。
 優斗の右腕からは血が流れ、指先を伝って床へ落ちている。
 対するヴァリも無傷ではなかった。両腕には幾つもの裂傷が刻まれ、赤い血が滲んでいる。
「ハハッ! やっぱ強ぇ奴と本気でやり合うのは最高だなぁ!」
 傷など気にも留めず、ヴァリが嬉しそうに笑った。
「……本当に戦うのが好きなんだな、お前は」
 優斗は呆れたように息を吐きながらも、刀を握る手を緩めない。
 その直後――。
 ヴァリの身体から黒紫色の魔力が勢いよく噴き出した。
「……来るか」
 優斗が腰を落とす。
 ヴァリが地面を蹴った。
(――後ろ!)
 強烈な気配を感じ、優斗は反射的に身体を捻る。
 直後、鋭い爪が背後から振り抜かれた。
「くっ……!」
 直撃は避けた。
 しかし、左腕の表面を爪が掠め、鮮血が飛ぶ。
「ハハハッ!」
 ヴァリはそのまま足を止めず、左右から立て続けに攻撃を仕掛けてくる。
(さらに速度を上げてきたか……!)
 先ほどまで以上の速度。
 優斗も刀を振るって迎撃するが、完全には捌き切れない。
 肩。
 脚。
 脇腹。
 爪が通り過ぎるたび、小さな傷が増えていく。
「どうしたどうしたぁ! 防ぐだけで精一杯かよッ!」
「……うるさいな」
 優斗は冷静さを保ちながら、一撃ずつ攻撃を受け流す。
 だが、その直後。
「もらったぁ!」
「……ッ!」
 ヴァリの前蹴りが腹部へ突き刺さった。
「ぐっ……!」
 優斗の身体が後方へ弾かれる。
 床へ叩きつけられる直前に受け身を取り、そのまま滑りながら刀を構え直した。
「……まだ上がるのか、その身体能力」
 腹部を押さえながら、優斗はヴァリを睨む。
「当然だろ?」
 ヴァリは楽しそうに爪を鳴らした。
(この後のことを考えて魔力を残す……なんて余裕はなさそうだな)
 優斗はゆっくりと息を吐く。
 その瞬間――ヴァリが動いた。
「……!」
 優斗は即座に背後へ振り返る。
 だが、いない。
(上か!)
 頭上から影が落ちる。
 ヴァリが落下の勢いを乗せ、その爪を振り下ろしていた。
「くっ!」
 優斗は刀を滑り込ませる。
 ガキィィンッ!
 刃と爪がぶつかり合った。
 受け止めたものの、爪先が優斗の頬を掠める。
 一筋の血が流れた。
「まだだッ!」
 ヴァリがもう片方の腕を振るう。
 だが――。
「甘い!」
 優斗は刀を押し上げ、ヴァリの腕を強引に外側へ弾いた。
「なっ!?」
 僅かにヴァリの体勢が崩れる。
 その一瞬を、優斗は逃さなかった。
「一刀流・風の太刀――【風切】!」
 横薙ぎの一閃。
 刃から放たれた風の斬撃が、真正面からヴァリを捉える。
「ぐっ……!」
 ヴァリは両腕を交差させて防御するが、勢いを殺し切れず、後方へ押し飛ばされた。
「まだだ!」
 優斗が追う。
「舐めんじゃねぇぞ、小僧ッ!」
 ヴァリは空中で体勢を整え、着地と同時に魔法陣を展開した。
「【水竜の爆撃】!!」
 大量の水が渦を巻き、巨大な龍の形を作り上げる。
 水龍が大口を開け、優斗へ迫った。
「一刀流・雷の太刀――【雷轟】!」
 優斗の刀へ雷が集まる。
 振り下ろされた刃から雷撃が走り、水龍へ真正面から激突した。
 激しい水飛沫と蒸気が辺りへ広がる。
「……!」
 優斗はその中へ踏み込んだ。
 視界を塞ぐ蒸気を抜け、一気にヴァリとの距離を詰める。
「――ッ!?」
「遅い!」
 刀の柄頭がヴァリの胸へ叩き込まれた。
「ぐっ……!」
 ヴァリの身体が床へ倒れ、そのまま数度転がる。
「……クッソ……やりやがるじゃねぇか……」
 ヴァリは口元の血を拭いながら、ゆっくりと立ち上がった。
 先ほどまで浮かべていた余裕は薄れている。
「なら……次は俺の番だなぁ」
「……?」
 ヴァリを包んでいた黒紫色の魔力が、急激にその身体へ集まり始めた。
 それだけではない。
(周囲の魔力まで……?)
 空気中に漂っていた魔力が、少しずつヴァリへ引き寄せられている。
「……これは、さすがに面倒そうだな」
 優斗の表情から余裕が消えた。
 ヴァリが両腕を広げる。
「【大罪魔法――強欲ノ魔王《マモン》】!!」
 瞬間。
 周囲から集められた魔力が、一気にヴァリの身体へ取り込まれた。
「ハハハハッ!!」
 ヴァリが踏み込む。
「……ッ!」
 先ほどより、さらに速い。
 優斗は気配を頼りに身体を捻るが、完全には躱せなかった。
「ぐっ……!」
 左腕が深く裂かれる。
「まだまだぁッ!」
 続けざまにヴァリが攻め込む。
 優斗は刀で爪を受け流し、身を翻しながら致命傷だけは避けていく。
 それでも、少しずつ傷が増えていった。
「どうしたぁ!」
「くっ……!」
 爪撃を刀で受ける。
 弾く。
 その直後、死角からもう一撃。
 優斗が身体を引いたものの、脇腹を浅く切り裂かれた。
(速い……だが)
 攻撃を捌きながら、優斗はヴァリの様子を観察する。
 膨大な魔力。
 跳ね上がった速度と力。
 そして、周囲の魔力を強引に取り込んでいるように見える現象。
(大気中の魔力を取り込み、それを身体能力に回している……?)
 もしそうなら、この爆発的な強化にも説明がつく。
 だが――。
(こんな無茶な強化を、いつまでも維持できるとは思えない)
「その魔法……長くは保たないんじゃないか?」
「ハッ!」
 ヴァリが嬉しそうに笑う。
「正解だ! これが俺の正真正銘、最後の切り札だからなぁ!」
「やっぱりか」
「だからよぉ――」
 ヴァリがさらに深く腰を落とした。
「切れる前に、てめぇをぶっ倒す!」
 踏み込む。
「……ッ!」
 優斗が身体を半身にする。
 しかし、爪先が肩を切り裂いた。
「まだまだぁッ!」
 猛攻が続く。
 優斗は刀を使って受け流しながら、最低限の動きで攻撃を避けていく。
(このまま時間切れを待つ……?)
 一瞬、そんな考えが浮かぶ。
 だが――。
(いや)
 優斗の瞳が鋭くなる。
 相手は全てを注ぎ込んでいる。
 この速度を相手に逃げ続ければ、一度のミスが致命傷になりかねない。
 それなら。
(正面から叩き潰す)
 優斗は足を止めた。
「……あ?」
「ヴァリ」
 刀を両手で握り直す。
「次で終わりにするぞ」
「ハハッ!」
 ヴァリの笑みが大きくなる。
「そう来なくちゃなぁ!!」
 両腕へ魔力が集中していく。
 漆黒の爪が、さらに鋭さを増した。
「これで終いだぁぁッ!!」
 ヴァリが正面から飛び込んでくる。
 交差させた両爪。
 そこへ――。
「一刀流・闇の太刀――」
 優斗の刀身を、漆黒の魔力が覆っていく。
「【覇黒】!!」
 迫るヴァリへ、優斗が一歩踏み込んだ。
 そして――振り抜く。
 ズバァンッ!!
「なっ……!?」
 漆黒の斬撃とヴァリの爪が真正面から衝突する。
 次の瞬間、片方の爪が大きく弾かれた。
 そのまま優斗の刃が、ヴァリの胴体を斜めに切り裂く。
「がはっ……!!」
 鮮血が飛ぶ。
 ヴァリの身体が勢いを失い、そのまま床へ倒れ込んだ。
「……」
 黒紫色の魔力が徐々に消えていく。
 やがて悪魔融合による変化も解け、ヴァリの姿が元へ戻った。
「ハァ……ハァ……」
 優斗も荒い息を吐きながら刀を構えたまま、慎重に近づいていく。
「……おい」
「……」
「生きてるか?」
「……ハッ」
 ヴァリが苦しそうに息を吐く。
「自分で斬っといて……よく言うぜ……」
「返事ができるなら大丈夫そうだな」
「……チッ」
 ヴァリは天井を見上げた。
「俺の負けかよ……」
「ああ」
 優斗はようやく刀を下ろす。
「俺の勝ちだ」
「……」
「だが、お前も相当強かった。正直、かなり危なかったよ」
「よく言うぜ……」
 ヴァリが力なく笑う。
「まだ立ってられるじゃねぇか。俺なんてもう、指一本動かせねぇぞ……」
「俺だって余裕があるわけじゃない」
 優斗も全身傷だらけだった。
 魔力もほとんど残っていない。
(……さすがに、この後もう一人同じレベルと戦えと言われたら断りたいところだな)
 小さく息を吐く。
「さて」
 優斗がヴァリへ指先を向けた。
「動けないとはいえ、お前をこのまま放置するわけにもいかないからな」
 足元に魔法陣が広がる。
 そこから黒い鎖が伸び、ヴァリの両腕と胴体、脚を拘束した。
「……おい。ちょっとキツすぎねぇか?」
「当たり前だろ」
「血止まるぞ」
「お前、自分の立場分かって言ってるか?」
「……」
 ヴァリは少し考える。
「まあ……そりゃそうか」
 苦笑しながら諦めたように身体の力を抜いた。
 しばらくして――。
「……そういやよ」
「ん?」
「戦う前に言ってただろ」
 ヴァリが思い出したように口を開く。
「俺に腹が立ってることが三つあるって」
「ああ」
「三つ目って結局なんだったんだ?」
「……ああ、それか」
 優斗は少しだけ視線を逸らす。
「お前に『四番目』って呼ばれたのが、地味に腹立ってな」
「……」
 数秒の沈黙。
「やっぱ気にしてたのかよ」
「うるさい」
 死闘の後とは思えない、ヴァリの呆れた声だけが静かな戦場に響いた。