女装した後輩に告白されてから、どうも日常がバグっている。

 修学旅行3日目の今日、僕は17歳になった。
 日付が変わってすぐに、逢坂くんから長文のおめでとうのメッセージが入った。そこから続いて、神崎くんや杉村さんからもギフトチケット付きのお祝いメッセージが届いた。
 後輩からこんなふうにお祝いされるなんて思ってもみなかった。
 素直に嬉しかった。嬉しいんだけれど。
『誕生日は一緒にお祝いさせてください!』
 でも浅ましい僕は、逢坂くんの言葉を思い出して、少し落ち込んでいた。
 ベッドに寝転んでため息をつく。
「僕ってほんと嫌なやつ」
 ぼそっと呟いたのを、誠士に聞かれてしまった。
「いおりん、どしたの?」
「んーん、なんでもない」
「せっかくの誕生日なんだからもっと楽しそうにしなよ。はい、これ。おめでと」
 誠士がベッドから起き上がって小さな紙袋を差し出してきた。それは昼間参拝した松尾大社のものだった。
「どうしたの?これ」
「誕生日プレゼントだよ。現地調達した」
「え。ありがとう」
 僕は紙袋を受け取り、中を覗く。
 そこには、ころんとした可愛らしい小さなお守りが2つ入っていた。
「もう1つは誠士の分?」
「違うし。それ縁結びのお守りだから、もう1つはいおりんがあげたい人にあげなよ」
「あげたい人なんて……」
 そう言いながら、逢坂くんのことを思い出す。
「いおりん、彼女欲しがってたじゃん。まあ別に彼氏でも友達でもなんでもいいんだけどさ」
「彼氏って!」
「何慌ててんの? 例え話だし」
 誠士は僕の気持ちなんて知らないはずだ。それなのに1人で勘違いして僕はいったい何をやってるんだろう。
「ごめん、なんでもない。ありがと、このお守りを誰かに渡せるようにがんばるよ」
 僕は2つのお守りをそっと自分の枕元に置いた。
「そうしてー、じゃ、俺寝るから。電気消すよ。おやすみー」
「うん。がんばる。おやすみ」
 僕の言葉を待たずに部屋が暗くなる。
 そしてすぐにかすかな寝息が聞こえてきた。誠士はもう寝てしまったようだ。
 いつかこのお守りを逢坂くんに渡せる日がくるだろうか?僕はなかなか寝付くことができずに、目を閉じて逢坂くんのことを考えていた。



 眠い目を擦る。
 結局よく眠れずに目覚めた朝は、不思議とそんなに気分が悪くなかった。
 僕はTシャツの上にピンクのシャツを羽織り、もらったお守りをポケットに入れる。
 そしてベッドで布団にくるまる誠士を揺り動かした。
「ほら、誠士、時間だよ!」
 そろそろ起きて支度をしないと朝食に間に合わない。
「えーねむーいー。昨日いつもより遅かったから寝足りないー」
 そういえばいつも即寝の誠士が、0時過ぎまで起きていた。もしかして僕にいち早くプレゼントを渡すために、昨日は無理をして起きていてくれたのかもしれない。
 嬉しく思いながらも、僕は誠士を叩き起こして着替えを手伝う。
 そして最低限の荷物を持って部屋を飛び出した。
「寝癖すごいけど時間ないし行こう」
 見事に爆発した誠士の頭は、無造作ヘアをさらに無造作にしたような仕上がりだ。それを気にする間もなく、僕たちは足早にレストランを目指した。
「おはよー! 何その頭。誠士、実験でも失敗したん?」
「おはよう。本当だ。もはや芸術的にも見えるね」
 レストランで合流した結菜と黒崎さんにも早々に突っ込まれている。
「いいんだよ、この髪が来年のトレンドになるから」
 さらにくしゃくしゃと自分の頭を掻き回しながら誠士は言った。
「おはよ。昨日、誠士、夜更かししちゃったから」
 僕は2人に軽く挨拶してから結菜の向かいの席についた。誠士は僕の隣の席に座ると、結菜に言った。
「いおりんの誕生日だから感極まって起きてた結果、起きれんくて、こーなっただけ。お前、ちゃんとプレゼント用意してる?」
「もちろんだし。いおりん、おめでとー!」
 立ち上がった結菜から贈呈式のように手渡された紙袋は、綺麗にラッピングされている。緑のリボンがかかっていて、手触りは柔らかかった。
「ありがとう!」
「開けてみ?」
 促されて、僕はリボンを解く。そして袋の中を覗き込んだ。
「ソックス?」
 何かキャラクターがプリントされているようだけど、このままだとよく見えない。袋から取り出してみると、黄緑色をバックにネギを背負った鴨がプリントされていた。
「そう! どうせだから京都で買おうと思って、こっそり物色してたんだけど。ついに鴨川で巡り会えたわ。デザイン見てこれしかないと思って!」
「あーね」
 誠士が僕の手元を覗き込んで、納得といった様子で頷く。
「鴨とネギ。浅井くんになんか関係あるのかい?」
 黒崎さんが不思議そうに言った。
「関係あるも何も、大アリだよ」
 結菜は腕を胸の前で組んで、えらそうに頭を縦に振った。
「いや、服装がネギなだけ」
 黒崎さんの疑問に、簡潔に誠士が答える。
「ネギ素材の服なんて存在するのかい?」
「いくらなんでも天然素材すぎるだろ」
 誠士のツッコミに、僕は我慢できずに吹き出した。
「前に僕がネギっぽい色合いの服着ちゃったことあって、ネタにされてるだけ」
 僕は種明かしをしてから、ソックスを袋に戻した。
「キミたちは本当に興味深いね。青春の煌めきは尊い。さあ、結菜くん、席について食事を取ろう。自由行動の時間が迫っているよ」
 黒崎さんに言われて、僕は時計を見た。
 あと15分で食事の時間が終わってしまう。
「やば。早く食べよ」
 結菜は席につくと、慌てるように食事を始めた。
 僕は朝食をとりながら考える。
 今年の誕生日は悪くない。友達に囲まれて、プレゼントをもらって、朝から楽しい。
 だけど、少しだけ、ほんの少しだけ寂しい気がしていた。



 食事を終え部屋に戻ると、急いで誠士の髪を整える。
「誠士、女子が待ってるから急ごう」
「わかったわかった。いおりん、慌てんなよ」
 荷物を持って部屋を出る。
 自由行動2日目は清水寺を中心に、寺社仏閣をいくつか回る予定だ。
 ホテルの玄関で女子と合流した。
「待ったよね? ごめん」
「そーでもないよ」
 結菜はニヤッと笑った。なんか嫌な予感がする。
「結菜、その顔は何?」
「なんでもないし」
 僕たちがそんな話をする横で、誠士と黒崎さんが小声で話している。
「マジで?」
 急に発せられた誠士の驚声に反応して、思わず両肩が動いた。
「何? どうしたの?」
「いや、なんでもな……くはないか。詳しくは黒崎さんから聞いて」
「?」
 僕は黒崎さんの方を見た。
 人形のように整った顔は、笑顔を浮かべていた。
「浅井くん、実はボクもキミにバースデープレゼントを用意していたんだ」
「え? 本当に? ありがとう」
「でも、忘れてきてしまってね。それで、今日、京都駅に届くように手配したんだよ」
「嘘でしょ? そこまでしてくれたの?」
 これは誠士が驚くのも当然だ。
「もちろんだよ。年に一度しかない大切な日なんだから。だからコースを回る前に、一緒に京都駅へ来てくれないかい?」
 宅配ボックスにでも届くように手配したのだろうか?
「わざわざありがとう」
 僕は思いがけない言葉に、嬉しいような申し訳ないようななんとも言えない気持ちになった。
「じゃあ、駅いこ!」
 結菜の言葉に促されて、僕たちは駅に向かった。



 京都駅について、構内図を探す。宅配ボックスはどこにあるのだろうか?
「浅井くん、こっちだよ」
 黒崎さんに手招きされて、僕たちは彼女の後を追った。手配するだけあって、場所は把握済みのようだ。
 観光地の駅は広くて人も多い。黒崎さんを見失わないようにするだけで精一杯だ。
 そういえば逢坂くんはゆっくり僕のペースに合わせて歩いてくれたな。
 ふと、2人で映画を観に行った時のことを思い出す。気がつくと逢坂くんのことばかり考えている。
 もう好きなのは間違いない。
 でもどうするのが正解かわからない。
「さて、着いているかな」
 黒崎さんの言葉で我に返る。
 気づくとそこは、新幹線の改札近くだった。
 僕は辺りを見回す。宅配ボックスのようなものは見当たらない。
 その時だった。
「浅井先輩!」
 逢坂くんの声が聞こえた気がした。
 ついに幻聴まで聞こえるようになってしまった。
 僕はそれでも、その声の方を振り返らずにはいられなかった。
「……!」
 そこには、逢坂くんが立っていた。
 言葉が出ない。
 色々な感情や思いが洪水のように溢れ出てくる。何が起こったのかわからなくて、これは夢なんじゃないかと思って、僕はただ立ち尽くす。
 おみくじの『待ち人、必ずくる』が叶ってしまった。
「……! 浅井先輩! 大丈夫ですか!?」
 逢坂くんの大きな手が近づいてきて、僕の頬をそっと拭う。
「あー! はるちゃんがいおりんを泣かせたー!」
 結菜はハンカチを差し出しながら、茶化すように言った。僕は結菜のその言葉で自分が泣いていることに気がついた。
「す、すみませんッ!」
 おろおろする逢坂くんに、僕は精一杯の笑顔を返す。
「嬉しくて泣いちゃったよ」
「ふふッ。感動の再会だね。ボクのプレゼントは逢坂くんが持っているから、後で2人で召し上がるといいよ」
 黒崎さんの優しい声が耳に心地よかった。
 僕が嫉妬している間に、こんな素敵なサプライズを準備してくれていた。
「さて、じゃあ俺たちは班行動するから。いおりんは逢坂とのんびり京都観光しなよ」
「え!」
 驚いてみんなの顔を見る。
 すると、結菜がハンカチを指さして言った。
「え、じゃないよ。はるちゃんと誕生日楽しんできて! あ、ハンカチは洗って返せよ!」
「くれぐれも先生には見つからないように気をつけるんだよ? 逢坂くんは目立つからね」
 黒崎さんの言葉に、誠士は思い出したように言った。
「……! いおりん、困ったらちょっと大きな声でその内容を言ってみ? きっと誰か助けてくれるから」
「そんな、誠士の特殊能力じゃあるまいし」
 僕は呆れてしまった。そんなうまい話があるわけがない。
「もー、相変わらずめんどくさいな。誕生日だからいおりんも使えるよ。じゃあまたホテルで!」
「いおりん、はるちゃん、またねー」
「良い誕生日を!」
 3人は言いたいことを言って去っていった。
 京都駅に残された僕は、隣の逢坂くんの顔を見る。
「さあ、浅井先輩、行きましょうか! 俺、今日のために観光コース調べてきたんです!」
 満面の笑みを浮かべる逢坂くんは、今日も美しい。
 僕はそっと手を握る。
「! 浅井先輩!」
「逢坂くんのプラン、楽しみだな」
 泣き笑いの笑顔で、見上げて言った。
 僕は、もう迷わない。