映画館を出た僕たちは、その後、地元で人気のハンバーグレストランで順番待ちをしていた。
というのも、逢坂くんに海老のマスコットを渡した瞬間、2人のお腹が悲鳴をあげたからだった。映画の鑑賞中に食べたポップコーンだけでは男子高校生の食欲は満たされるはずもなく、服を見る前に食事をしようと2人の意見が一致したのだ。
レストランの中は美味しそうな香りが漂っている。前に数組待っている人たちがいたが、順調に進み、割とすんなり席につくことができた。
メニューを広げ、2人で何を食べようかと話し合う。
「ハンバーグは確定として、いつもソースで悩むんだよなあ。デミグラスソースも気になるけど、結局和風オニオンにしちゃう」
「俺もここではいつも和風オニオンです。一緒ですね」
「美味しいもんね。だけど、デミグラスソースも食べてみたくない?」
「うーん。そうですね……、じゃあ俺、デミグラスソース頼むんで、浅井先輩、味見してみますか?」
「え? いいの? ありがとう! でもどうせだったらさ、ポップコーンみたいにシェアしない?」
僕は思いついたままに提案して、少し距離が近すぎるかなと反省する。
けれど逢坂くんは嬉しそうに微笑んで、「そうしましょう!」
と元気よく答えてくれた。
こんなイケメンに対して言うのは失礼かもしれないけれど、やっぱりかわいいな、と思う。もし僕が女子だったら、こんな笑顔を向けられたら一瞬でメロメロになってしまいそうだ。
「じゃあ決まりだね。注文しよう」
変な妄想をした頭を切り替えるように、小さく咳払いする。僕がテーブルの端に置かれたQRコードの用紙に手を伸ばした時、逢坂くんも同じように手を伸ばしていた。
逢坂くんの手に僕の手が重なる。
滑らかな肌触りと、骨ばった関節の感触。僕はなぜか、すぐにその手を退けることができなかった。
「あ、浅井先輩……?」
困ったような逢坂くんの顔が、みるみる赤くなっていく。
そうなってやっと、自分の行動に気づく。
「あ、ごめん」
そう言って、手を戻した。
手のひらに僅かに残る逢坂くんの温もりが心地よくて、どうしたらいいかわからなくて、照れ笑いする。
「謝らないでください。俺は嬉しいので」
逢坂くんが顔を真っ赤にして、少し首を傾げて言う姿が胸に温かいものを落とす。
「あはは。なんか照れちゃうね。注文しようか」
「はい。じゃあ浅井先輩、お先にどうぞ」
すっと用紙を渡されて、逢坂くんに触らないようにと注意をして受け取った。手早く注文を済ませて、その用紙を逢坂くんに返す。
それぞれ注文をして一息ついた。僕は水を一口飲んでから逢坂くんを見る。
なんだか気まずくなりそうな雰囲気を取り払いたくて、さっきの海老のマスコットを取り出した。
「……どうしたんですか?」
「これ、やっぱりスマホにつけるのは大きすぎるかな?」
少しわざとらしいかもしれないけれど、新しい話題が欲しかった。
逢坂くんは少し考える素振りで言った。
「うーん、どうでしょう? 試しにつけてみますか?」
「そうしてみようかな?」
白いスマホの下に、ふわふわの海老のロドリゲスがぶら下がる。
思ったよりは邪魔じゃないけど……。
「なんかこれはバッグにつけた方が可愛い気がする」
「ふふ。そうですか? じゃあ俺もバッグに付けますね」
「うん。そうしようか」
マスコットを紙袋に戻していると、2人分のハンバーグが運ばれてきた。
「お待たせしました。デミグラスソースのお客様」
逢坂くんの整った顔がふっと緩んだ。
「はい」
それぞれの前にハンバーグが置かれる。じゅうじゅうと焼ける音と香ばしい香りが食欲を刺激する。
「ごゆっくりお召し上がりください」
挨拶とともに店員が去っていくのを横目に、僕たちは熱々のハンバーグにナイフを入れた。
「じゃあ、半分こしようか。どうしようかな、置く場所ないね。少し食べてスペース作ろうか」
「そうですね。とりあえず食べちゃいましょう!」
一旦お腹に入れて、空腹を落ち着かせないとお腹が今にも鳴り出しそうだった。
「「いただきます」」
小さく手を合わせてから、僕たちはハンバーグを食べ始めた。
「デミグラスソースも美味しいですよ!」
「本当? じゃあそろそろ味変しちゃおう」
2人でハンバーグを交換する。
初めて食べたデミグラスソースの味は、いつも食べている和風オニオンとはまた違ったタイプの美味しさだった。
「本当だ! 美味しいね」
顔を上げると微笑む逢坂くんと目が合う。ふと、さっきまで逢坂くんが食べていたハンバーグを今自分が食べているんだと意識すると、気恥ずかしくなった。
僕は烏龍茶をごくりと飲んで、なんとか気を紛らわせようと伊勢海老のことを考えた。
食事を終えた僕らは、レストランを出てショッピングモールへ移動する。
エアコンが効いた店内を出た直後はちょうどいい気がしていた気温も、5分も歩けばうっすらと汗が滲んでくる。
「やっぱり外は暑……」
逢坂くんに話しかけようと横を向いたその時のことだった。
「浅井先輩、危ないです」
すれ違う人にぶつかりそうになった僕を、逢坂くんがグッと肩を抱くように引き寄せた。大きな手とたくましい腕が僕の体を包み込む。
ふわっとフローラルな香りがして、逢坂くんの体温が伝わってくる。
ああこれ、あの時のラブレターと同じ香りだ。
「……ごめん。気をつけて歩くよ」
「いえ。浅井先輩が大丈夫ならいいんです。暑いですよね、すみません」
逢坂くんは僕の肩に添えた手を慌てたように退ける。
別にいなくなる訳じゃないのに、手が離れてしまうのが名残惜しい。告白を断ったのは僕なのに、こんなふうに思うのはなぜだろう?
「浅井先輩?」
「ごめん、なんかぼーっとしちゃった」
日陰で少し脇によけて立ち止まる。
「どこかで休みますか?」
心配そうに聞いてくるその優しさに、僕はいつも甘えてしまう。
「大丈夫だよ! モール入れば涼しいし。……ねえ、逢坂くんって、いい香りするね」
僕はゆっくりと歩き出す。
逢坂くんも歩調を合わせてくれる。
「香りですか?」
そう言って逢坂くんは服の袖の辺りを鼻に近づけた。
その様子を見ながら思い出す。
「最初の手紙も同じ香りがしたよ」
あの手紙が、全ての始まりだった。なぜか捨てられずに、今も机の引き出しにしまっている。
「なんだろう? 柔軟剤かな? レターセットをクローゼットにしまってたので」
「机じゃないんだね」
「大切なものをしまう箱がクローゼットの上の棚にあるんです。そこに入れてたんです。浅井先輩からもらったオレンジジュースのペットボトルも洗ってしまってますよ!」
「あはは。大切にしてくれてありがとね」
こんなにも僕のことを思ってくれるなんて。単純に嬉しくて、胸が温かくなる。もしかしたら僕は少しおかしくなってしまったのかもしれない。
僕は軽く逢坂くんの背中を叩く。
「浅井先輩?」
「またぶつかりそうになったら助けてよ」
手のひらに残った温もりが愛おしかった。
僕たちはショッピングモールにたどり着いた。
「浅井先輩は色白だから、原色よりパステル系の色が似合いそうですね」
逢坂くんがよく買うというお店に入って、2人で店内を物色する。
淡いブルーやグリーン。自分では絶対に選ばないピンクのシャツを鏡の前で合わせてみる。
「ピンクなんて似合わないと思ってたけど、結構いいかも」
「似合いますよ! 今日のデニムパンツに合わせていくつか良さそうなのを探しましょう」
逢坂くんは真剣な眼差しで洋服を選んでくれている。店内には洋服だけでなく、アクセサリーやスマホ関連のグッズまで売られていた。
スマホケースが目に入る。手にとって、値段を見て元に戻した。この前落とした衝撃で欠けてしまった自分のスマホケースの縁を指でなぞる。
「何かいいもの、ありましたか?」
僕の様子を見ていた逢坂くんが尋ねる。
少し迷ったけれど、これから服を買うとなるとさすがに予算オーバーしてしまう。しばらくは百均のケースで我慢しよう。
「ううん。ちょっと気になっただけ。さて、ネギ脱却を目指すよ」
「目指しましょう!」
ネギの部分は否定しないんだな、と思いながらも2人で何着か候補を絞った。
「浅井先輩は何色が好きですか?」
「うーん、またネギって言われちゃうかもだけど、緑と白が好きだよ。逢坂くんは?」
「俺は青とか寒色系が好きですね。同じ緑でもミントグリーンならネギ感は薄まりますよ。このサマーニットとかどうですか?」
「確かにこれならいいかも。いくつか試着してみようかな?」
2人で厳選して、3着まで絞る。
さっきのサマーニットと淡いブルーのTシャツとパステルピンクのシャツだ。
店員に声をかけて、ファッションショーのように試着をした。
やっぱり着てみると印象が変わる。
「浅井先輩、どれも似合ってますよ!」
「逢坂くん的にはどれがおすすめ?」
「そうですね……。ピンクでイメージチェンジとかどうですか?」
「うん、僕もそれ、アリかなって思った」
僕は悩んだ結果、ミントグリーンのサマーニットとピンクのシャツを買うことにした。
「俺がバイト始めるの早ければ、浅井先輩にプレゼントできたのに」
「あはは。後輩にたかるような真似はしません! それにセールでお得に買えるし。選んでもらっただけで十分だよ」
会計を済ませて、店を出る。
僕もこれで少しはおしゃれになれるだろうか?
時計を見ると4時を回ったところだった。解散するには少し早い気がして、逢坂くんに声をかけようかと思った、その時だった。
「浅井先輩、まだ時間ありますか? どこかで話しませんか?」
素直に嬉しくて、僕は二つ返事でOKする。
「いいよ! そこのカフェに入ろうか」
「はい!」
店に入って、カウンターでドリンクを注文して席につく。
「逢坂くん、いつもオレンジジュースだね」
長身でイケメンの逢坂くんがいつもオレンジジュースなのがアンバランスで可愛いなと思う。
「子供の頃から好きなんです。果物もみかんとか柑橘系が好きで。冬が待ち遠しいです」
「みかんは冬だもんね」
「あ、でも夏はレモンのスイーツ増えるから、だから夏も好きですよ!」
屈託のない笑顔が、眩しかった。
「あはは。そうなんだね。ところで逢坂くんのバイト先ってどんなとこ? 映画の券も確かイメージ掴むため? とかって理由でバイト先でもらったんだよね?」
「普通のカフェですよ。でもちょっと挨拶とか、芝居がかっているかもしれないです。映画の雰囲気や身のこなしが参考になると言われました」
「僕にはどんな感じか想像つかないんだけど……」
2人で観た『背徳のマスカレード』を思い出す。
豪華絢爛なセットと衣装。映画というよりは舞台やミュージカルを観ているような気持ちになるセリフの言い回し。そして伊勢海老。
映画自体はキラキラして面白かったが、カフェでの接客や雰囲気の参考になるとは思えない。
「俺もなんと説明したらいいのか……、でも変な店ではないですよ?」
「それならいいけど。何か欲しいものでもあって、バイト始めたの?」
「実はやりたいことがあって。最初は諦めてたんですけど、学校の先輩に相談したらバイト紹介してくれて。おかげでなんとか実現できそうです」
学校の先輩って誰だろう?
僕に相談してくれてもいいのに。
バイト先の紹介なんてできないくせに、小さなことに引っ掛かる。モヤモヤした気持ちを抑え込んで僕は言った。
「そうなんだ。やりたいこと、できるといいね! あ。バイト先のカフェ、今度遊びに行くから場所教えて?」
「是非遊びに来てください! お待ちしてます!」
逢坂くんは満面の笑みで、僕の作り笑いは本物になる。
「うん。今日選んでもらった服着て、みんなで行くね!」
「はい! バイトのせいで夏休み、浅井先輩とあまり会えなさそうなのが辛いですが、頑張ります!」
「そっか。でも学校で会えるからね!」
僕は自分にそう言い聞かせて、逢坂くんの顔を見る。少し寂しそうにしているのがなんだかとても切なかった。
人生で一番長い夏休みになりそうだ、とふとそんなふうに思った。
というのも、逢坂くんに海老のマスコットを渡した瞬間、2人のお腹が悲鳴をあげたからだった。映画の鑑賞中に食べたポップコーンだけでは男子高校生の食欲は満たされるはずもなく、服を見る前に食事をしようと2人の意見が一致したのだ。
レストランの中は美味しそうな香りが漂っている。前に数組待っている人たちがいたが、順調に進み、割とすんなり席につくことができた。
メニューを広げ、2人で何を食べようかと話し合う。
「ハンバーグは確定として、いつもソースで悩むんだよなあ。デミグラスソースも気になるけど、結局和風オニオンにしちゃう」
「俺もここではいつも和風オニオンです。一緒ですね」
「美味しいもんね。だけど、デミグラスソースも食べてみたくない?」
「うーん。そうですね……、じゃあ俺、デミグラスソース頼むんで、浅井先輩、味見してみますか?」
「え? いいの? ありがとう! でもどうせだったらさ、ポップコーンみたいにシェアしない?」
僕は思いついたままに提案して、少し距離が近すぎるかなと反省する。
けれど逢坂くんは嬉しそうに微笑んで、「そうしましょう!」
と元気よく答えてくれた。
こんなイケメンに対して言うのは失礼かもしれないけれど、やっぱりかわいいな、と思う。もし僕が女子だったら、こんな笑顔を向けられたら一瞬でメロメロになってしまいそうだ。
「じゃあ決まりだね。注文しよう」
変な妄想をした頭を切り替えるように、小さく咳払いする。僕がテーブルの端に置かれたQRコードの用紙に手を伸ばした時、逢坂くんも同じように手を伸ばしていた。
逢坂くんの手に僕の手が重なる。
滑らかな肌触りと、骨ばった関節の感触。僕はなぜか、すぐにその手を退けることができなかった。
「あ、浅井先輩……?」
困ったような逢坂くんの顔が、みるみる赤くなっていく。
そうなってやっと、自分の行動に気づく。
「あ、ごめん」
そう言って、手を戻した。
手のひらに僅かに残る逢坂くんの温もりが心地よくて、どうしたらいいかわからなくて、照れ笑いする。
「謝らないでください。俺は嬉しいので」
逢坂くんが顔を真っ赤にして、少し首を傾げて言う姿が胸に温かいものを落とす。
「あはは。なんか照れちゃうね。注文しようか」
「はい。じゃあ浅井先輩、お先にどうぞ」
すっと用紙を渡されて、逢坂くんに触らないようにと注意をして受け取った。手早く注文を済ませて、その用紙を逢坂くんに返す。
それぞれ注文をして一息ついた。僕は水を一口飲んでから逢坂くんを見る。
なんだか気まずくなりそうな雰囲気を取り払いたくて、さっきの海老のマスコットを取り出した。
「……どうしたんですか?」
「これ、やっぱりスマホにつけるのは大きすぎるかな?」
少しわざとらしいかもしれないけれど、新しい話題が欲しかった。
逢坂くんは少し考える素振りで言った。
「うーん、どうでしょう? 試しにつけてみますか?」
「そうしてみようかな?」
白いスマホの下に、ふわふわの海老のロドリゲスがぶら下がる。
思ったよりは邪魔じゃないけど……。
「なんかこれはバッグにつけた方が可愛い気がする」
「ふふ。そうですか? じゃあ俺もバッグに付けますね」
「うん。そうしようか」
マスコットを紙袋に戻していると、2人分のハンバーグが運ばれてきた。
「お待たせしました。デミグラスソースのお客様」
逢坂くんの整った顔がふっと緩んだ。
「はい」
それぞれの前にハンバーグが置かれる。じゅうじゅうと焼ける音と香ばしい香りが食欲を刺激する。
「ごゆっくりお召し上がりください」
挨拶とともに店員が去っていくのを横目に、僕たちは熱々のハンバーグにナイフを入れた。
「じゃあ、半分こしようか。どうしようかな、置く場所ないね。少し食べてスペース作ろうか」
「そうですね。とりあえず食べちゃいましょう!」
一旦お腹に入れて、空腹を落ち着かせないとお腹が今にも鳴り出しそうだった。
「「いただきます」」
小さく手を合わせてから、僕たちはハンバーグを食べ始めた。
「デミグラスソースも美味しいですよ!」
「本当? じゃあそろそろ味変しちゃおう」
2人でハンバーグを交換する。
初めて食べたデミグラスソースの味は、いつも食べている和風オニオンとはまた違ったタイプの美味しさだった。
「本当だ! 美味しいね」
顔を上げると微笑む逢坂くんと目が合う。ふと、さっきまで逢坂くんが食べていたハンバーグを今自分が食べているんだと意識すると、気恥ずかしくなった。
僕は烏龍茶をごくりと飲んで、なんとか気を紛らわせようと伊勢海老のことを考えた。
食事を終えた僕らは、レストランを出てショッピングモールへ移動する。
エアコンが効いた店内を出た直後はちょうどいい気がしていた気温も、5分も歩けばうっすらと汗が滲んでくる。
「やっぱり外は暑……」
逢坂くんに話しかけようと横を向いたその時のことだった。
「浅井先輩、危ないです」
すれ違う人にぶつかりそうになった僕を、逢坂くんがグッと肩を抱くように引き寄せた。大きな手とたくましい腕が僕の体を包み込む。
ふわっとフローラルな香りがして、逢坂くんの体温が伝わってくる。
ああこれ、あの時のラブレターと同じ香りだ。
「……ごめん。気をつけて歩くよ」
「いえ。浅井先輩が大丈夫ならいいんです。暑いですよね、すみません」
逢坂くんは僕の肩に添えた手を慌てたように退ける。
別にいなくなる訳じゃないのに、手が離れてしまうのが名残惜しい。告白を断ったのは僕なのに、こんなふうに思うのはなぜだろう?
「浅井先輩?」
「ごめん、なんかぼーっとしちゃった」
日陰で少し脇によけて立ち止まる。
「どこかで休みますか?」
心配そうに聞いてくるその優しさに、僕はいつも甘えてしまう。
「大丈夫だよ! モール入れば涼しいし。……ねえ、逢坂くんって、いい香りするね」
僕はゆっくりと歩き出す。
逢坂くんも歩調を合わせてくれる。
「香りですか?」
そう言って逢坂くんは服の袖の辺りを鼻に近づけた。
その様子を見ながら思い出す。
「最初の手紙も同じ香りがしたよ」
あの手紙が、全ての始まりだった。なぜか捨てられずに、今も机の引き出しにしまっている。
「なんだろう? 柔軟剤かな? レターセットをクローゼットにしまってたので」
「机じゃないんだね」
「大切なものをしまう箱がクローゼットの上の棚にあるんです。そこに入れてたんです。浅井先輩からもらったオレンジジュースのペットボトルも洗ってしまってますよ!」
「あはは。大切にしてくれてありがとね」
こんなにも僕のことを思ってくれるなんて。単純に嬉しくて、胸が温かくなる。もしかしたら僕は少しおかしくなってしまったのかもしれない。
僕は軽く逢坂くんの背中を叩く。
「浅井先輩?」
「またぶつかりそうになったら助けてよ」
手のひらに残った温もりが愛おしかった。
僕たちはショッピングモールにたどり着いた。
「浅井先輩は色白だから、原色よりパステル系の色が似合いそうですね」
逢坂くんがよく買うというお店に入って、2人で店内を物色する。
淡いブルーやグリーン。自分では絶対に選ばないピンクのシャツを鏡の前で合わせてみる。
「ピンクなんて似合わないと思ってたけど、結構いいかも」
「似合いますよ! 今日のデニムパンツに合わせていくつか良さそうなのを探しましょう」
逢坂くんは真剣な眼差しで洋服を選んでくれている。店内には洋服だけでなく、アクセサリーやスマホ関連のグッズまで売られていた。
スマホケースが目に入る。手にとって、値段を見て元に戻した。この前落とした衝撃で欠けてしまった自分のスマホケースの縁を指でなぞる。
「何かいいもの、ありましたか?」
僕の様子を見ていた逢坂くんが尋ねる。
少し迷ったけれど、これから服を買うとなるとさすがに予算オーバーしてしまう。しばらくは百均のケースで我慢しよう。
「ううん。ちょっと気になっただけ。さて、ネギ脱却を目指すよ」
「目指しましょう!」
ネギの部分は否定しないんだな、と思いながらも2人で何着か候補を絞った。
「浅井先輩は何色が好きですか?」
「うーん、またネギって言われちゃうかもだけど、緑と白が好きだよ。逢坂くんは?」
「俺は青とか寒色系が好きですね。同じ緑でもミントグリーンならネギ感は薄まりますよ。このサマーニットとかどうですか?」
「確かにこれならいいかも。いくつか試着してみようかな?」
2人で厳選して、3着まで絞る。
さっきのサマーニットと淡いブルーのTシャツとパステルピンクのシャツだ。
店員に声をかけて、ファッションショーのように試着をした。
やっぱり着てみると印象が変わる。
「浅井先輩、どれも似合ってますよ!」
「逢坂くん的にはどれがおすすめ?」
「そうですね……。ピンクでイメージチェンジとかどうですか?」
「うん、僕もそれ、アリかなって思った」
僕は悩んだ結果、ミントグリーンのサマーニットとピンクのシャツを買うことにした。
「俺がバイト始めるの早ければ、浅井先輩にプレゼントできたのに」
「あはは。後輩にたかるような真似はしません! それにセールでお得に買えるし。選んでもらっただけで十分だよ」
会計を済ませて、店を出る。
僕もこれで少しはおしゃれになれるだろうか?
時計を見ると4時を回ったところだった。解散するには少し早い気がして、逢坂くんに声をかけようかと思った、その時だった。
「浅井先輩、まだ時間ありますか? どこかで話しませんか?」
素直に嬉しくて、僕は二つ返事でOKする。
「いいよ! そこのカフェに入ろうか」
「はい!」
店に入って、カウンターでドリンクを注文して席につく。
「逢坂くん、いつもオレンジジュースだね」
長身でイケメンの逢坂くんがいつもオレンジジュースなのがアンバランスで可愛いなと思う。
「子供の頃から好きなんです。果物もみかんとか柑橘系が好きで。冬が待ち遠しいです」
「みかんは冬だもんね」
「あ、でも夏はレモンのスイーツ増えるから、だから夏も好きですよ!」
屈託のない笑顔が、眩しかった。
「あはは。そうなんだね。ところで逢坂くんのバイト先ってどんなとこ? 映画の券も確かイメージ掴むため? とかって理由でバイト先でもらったんだよね?」
「普通のカフェですよ。でもちょっと挨拶とか、芝居がかっているかもしれないです。映画の雰囲気や身のこなしが参考になると言われました」
「僕にはどんな感じか想像つかないんだけど……」
2人で観た『背徳のマスカレード』を思い出す。
豪華絢爛なセットと衣装。映画というよりは舞台やミュージカルを観ているような気持ちになるセリフの言い回し。そして伊勢海老。
映画自体はキラキラして面白かったが、カフェでの接客や雰囲気の参考になるとは思えない。
「俺もなんと説明したらいいのか……、でも変な店ではないですよ?」
「それならいいけど。何か欲しいものでもあって、バイト始めたの?」
「実はやりたいことがあって。最初は諦めてたんですけど、学校の先輩に相談したらバイト紹介してくれて。おかげでなんとか実現できそうです」
学校の先輩って誰だろう?
僕に相談してくれてもいいのに。
バイト先の紹介なんてできないくせに、小さなことに引っ掛かる。モヤモヤした気持ちを抑え込んで僕は言った。
「そうなんだ。やりたいこと、できるといいね! あ。バイト先のカフェ、今度遊びに行くから場所教えて?」
「是非遊びに来てください! お待ちしてます!」
逢坂くんは満面の笑みで、僕の作り笑いは本物になる。
「うん。今日選んでもらった服着て、みんなで行くね!」
「はい! バイトのせいで夏休み、浅井先輩とあまり会えなさそうなのが辛いですが、頑張ります!」
「そっか。でも学校で会えるからね!」
僕は自分にそう言い聞かせて、逢坂くんの顔を見る。少し寂しそうにしているのがなんだかとても切なかった。
人生で一番長い夏休みになりそうだ、とふとそんなふうに思った。


