女装した後輩に告白されてから、どうも日常がバグっている。

「美羽ちゃーん、こっちこっち!」
 右手を高く上げて手招きをしながら、結菜が大きな声を出す。
「先輩、お待たせしましたー!」
 学食の人混みがばっと割れるように道が開く。
 そこをすっと通って、杉村さんが元気のいい返事をしながら僕たちの座る席に近づいてきた。後ろには逢坂くんと神崎くんも続いている。
 昨日の女装告白事件をきっかけに、すっかり仲良くなった僕たちは、結菜の「明日一緒にランチしよ」という1年生たちとの約束により、今日の昼休み一緒に食事をとることになった。
 正直本当に仲良くなったのかは怪しいが、実情は、結菜に無理やり押し切られてしまったというのが正しい。
 それにしても、告白を断ったのにこんなにナチュラルに距離が縮まるのも珍しい。
 とはいえ、当事者の僕はやっぱりあまり居心地がよろしくない。気づかれないようにそっとため息をついた。
 2年組は先に学食に来ていたため、弁当持参の僕以外は既に学食で注文して料理を受け取っている。
 一方、1年組は逢坂くんだけ弁当持参だった。そのため、残り2人は一度席まで来て挨拶すると、すぐ注文しに行ってしまった。
 昨日知り合ったばかりの2年の中に、1人だけ混じるのは気が引けるだろう。
 僕は勇気を出して隣に座った逢坂くんに声をかけた。
「今日はさすがに女装してないんだね」
「女装してた方が良かったですか? じゃあ今度からは……」
「ううん。そのままの方が格好いいよ!」
 僕は慌てて否定する。
 危うくまた女装をさせてしまうところだった。気をつけないとなにをしでかすかわからない。
 意図せず大声で逢坂くんを褒めた僕を、斜め前に座る結菜が茶化しながら足で蹴ってくる。
「あれ? いおりん、実は逢坂ふって後悔してる感じ?」
「……! そうなんですか? 俺はいつでもOKです!」
 結菜のセリフに、僕より先に逢坂くんが反応する。もう隙を見せたらすぐにこうなるんだから、全くたまったもんじゃない。
「いやいや、それはないから」
 僕は慌てて否定しながら、お弁当の包みを解いた。
「あらあら、ザンネーン」
 左隣に座る誠士も一緒になってからかってくる。
 目に見えて落胆する逢坂くんに、いたたまれなくなった僕は、咳払いをして話題を変えた。
「逢坂くんもお弁当なんだね」
 逢坂くんの前には、重箱のような大きな弁当箱が置かれている。
 やっぱりこれだけ体が大きいんだし、よく食べるんだろう。
 そう考えた僕の思考を飛び越えたセリフが返ってきた。
「はい。浅井先輩に食べてほしくて作ってきました!」
「いおりんモテモテじゃーん?」
「え? マジで? 愛妻弁当?」
 結菜と誠士の茶化す声を聞きながら、僕はお礼の言葉を絞り出した。
「あ、ありがと。でも愛妻ではなくない?」
 つい忘れてしまうけれど、逢坂くんは僕を好きなんだった。確かに手作りのお弁当なんて絶好のアピールグッズだ。
 逢坂くんの弁当に注目が集まる中、定食が乗ったトレイを持った2人が帰ってくる。
「あ、いおりん先輩! もう遥の弁当見ましたー?」
「あ。それに関しては俺たち未監修なんで。いおりん先輩にはホント申し訳ないっス」
 いおりん先輩?
 普通は逢坂くんみたいに『浅井先輩』と呼ぶものだろう。それなのに親しげにいおりん先輩と呼んでくれるのが妙に嬉しかった。
 高校に入学してから、なぜか彼女だけでなく友達さえもろくにできず、腐れ縁の結菜と誠士くらいしかまともな話し相手はいなかった。
 それがここにきて後輩から愛称で呼ばれるなんて! と、密かに感動していたが、この際それはどうでもいいことだ。
 なんだか雲行きが怪しい感じがする。
 2人が席についたところで、その問題のお弁当がお披露目された。
 ……。
 なんか。
 なんて表現したらいいのか。
 えーと、昼と夜? 光と闇? 善と悪?
 真っ白なご飯と真っ黒なおかずのコントラストが非常に独創的で、みんな言葉を失っていた。
「えーと。逢坂くんって、イカスミ料理が得意なのかな?」
 僕は一縷の望みをかけて、その質問を捻り出した。
「浅井先輩はイカスミがお好きなんですか?」
 あ、これダメ。ダメな質問だった。
「ううん。おかずが……、なんていうか……その、黒いから?」
 オブラートが見つからなくて、うっかりポロッと本音が出てしまった。
「わお、豪速球」
 誠士が言った。
 でも、僕だってこんなど真ん中に投げたかったわけじゃない。
 恐る恐る逢坂くんを見る。
 不思議そうな顔をしていた彼は、目が合うとすぐに嬉しそうな笑顔を返してくれる。
 とりあえず大丈夫みたい。
「レシピどおり作ったし、俺も味見したんで大丈夫です。あの……、浅井先輩、お弁当食べてくれますか?」
 差し出してきたその手には何枚も絆創膏が貼られている。
 頑張ってくれたんだな。
 そう思うと無碍に断ることができなかった。
「ごめん。黒いとこ、とらせてもらうね」
 一言断ってから、衣と思われるものを箸でとった。
 まあ、普通に火は通ってるっぽい。
 そして香りも悪くない。
 周りの面々が固唾を飲んで見守る中、僕は勇気を出してそれを口に入れた。
 あれ? ……これは……
 意外なことに、スパイシーな香りが鼻に抜けてゆき、味も濃すぎず薄すぎずちょうど良かった。
「あ、結構美味しいよ? これ」
「いおりん先輩、さすがにそれはない」
「犠牲者増やそうとしないでくださいよ」
 1年が騒いでいる間に、怖いもの知らずの結菜が黒いままのなにかを口に入れる。
「苦ッ! あ、これ卵焼きかな? 消し炭取れば普通にいけるかも?」
「だよね?」
 味方が増えたことで気が大きくなった僕は逢坂くんに話しかける。
「見た目は消し炭だけど、全然美味しいよ! そうだ! せっかくだから僕のお弁当も食べてみる?」
「浅井先輩の手作りですか?」
「うん。料理くらいしか趣味がないから、毎日作ってるよ」
 心なしか目を輝かせたように見える逢坂くんは、僕のお弁当を凝視している。
「すごく綺麗だ。宝石箱みたいです」
「いくらなんでもそれは言い過ぎ。どう見ても普通のお弁当だから」
「いや、味のことばかり気にして、おかずの見た目を気にしなかった自分を殴りたいです」
「……まあ、それはそうとしか言いようがないね」
 僕は適当におかずを選んで、弁当箱の蓋に置き、逢坂くんの前に持っていった。
「いただきます」
 そう言って美味しそうに食べる姿をこっそり盗み見る。
 食べる時まで綺麗な顔してるんだな。
 そんなことを考えていると、隣の誠士に肘で小突かれた。
「なに? ほだされちゃった?」
「え? な、なにが?」
 逢坂くんに見惚れていたことを指摘された気がして、挙動不審になる。
「……そんなにキョドられるとマジかと思うじゃん」
「いきなり変なこと言うからさ」
 僕は咳払いをしてから、誠士を無視してお弁当を食べ始める。
 言われてみれば普通におかず交換なんてしてるけど、振った側と振られた側、こんな関係ですることじゃない。でも一生懸命な感じと、あの笑顔を見るとどうでもよくなってしまう自分がいる。
 逢坂くんを見ていると昔飼っていたゴールデンレトリバーのジャックを思い出す。
 愛嬌があって、よく僕に懐いていた。
「浅井先輩」
 話しかけられて隣を見る。
 逢坂くんは少し困ったような顔をして僕を見つめていた。
「どうしたの?」
「あの……、あんな黒焦げのもの、自信満々に食べさせてしまってすみません」
 申し訳なさそうに、項垂れている姿がいじらしい。
「あはは。結果的には美味しかったしいいんじゃない?」
「いえ、浅井先輩のお弁当は彩りも綺麗だし、味も俺が作ったやつより何倍も美味しくて。それなのに俺のお弁当はあんなだったから」
「指、絆創膏だらけになって作ってくれたんでしょ? それで十分。美味しかったしね。そんなに気になるなら、また今度リベンジしてよ」
「はい! ……あの、できたらでいいんですけど、レシピ教えてもらえませんか? 浅井先輩の唐揚げ、マジで美味しかったから」
「いいよ。あ、じゃあ連絡先交換しよ。唐揚げ以外も簡単で美味しいの送るから。あと、火加減には気をつけてね」
「いいんですか!?」
 その言葉で不意に我に返る。
 またやってしまった。
 友達になるのをOKしてるとはいえ、振った相手に自分から連絡先の交換を提案するなんて。
 なにをやっているんだろう……。
 僕は自分がどういうつもりで逢坂くんに接しているのかわからなくなる。
 でも嬉しそうにスマホを出す逢坂くんを見ると、そうして良かったとすら思えてくる。
 QRコードを読み取って追加された『遥』という表示を見る。アイコンがなんの設定もされてないのが、逆に逢坂くんらしい気がした。
 なんだかんだ文句を言いながらも、逢坂くんの作ったお弁当も綺麗に焦げを取り払ってみんなで美味しく食べた。
「最初見た時はダークマター生成しやがってどうすんだと思ったけど、いおりん先輩の漢気のおかげでなんとかなって良かったっス」
「それな。まあ、逆にあの見た目で地味に美味いのはなんでって話だけど」
「恋の味じゃね?」
「……寒ッ」
 食事が終わる頃には、まるで昔からの友人みたいにそれぞれが自然に打ち解けていた。
 昼休みはまだ20分ほど残っている。
 このままのんびりみんなで話すのも楽しくていいな。
 僕がそんなふうに思っていたその時、結菜が突然みんなに向けて言った。
「さあ、みなさん。あとは若い2人に任せて邪魔者は退散しよー」
 え?
 4人の視線が逢坂くんと僕に突き刺さる。
「え? ちょっと待って? どういうこと?」
「どういうことって、逢坂チャンスタイムだよ」
 誠士が面倒くさそうにそう言った。
「ありがとうございます! さあ浅井先輩! お散歩でも行きましょう」
 逢坂くんが勢いよく立ち上がる。
 僕もつい釣られて立ち上がる。
 校内をこれから20分も散歩するのか?
「あ。なんかまとめる人ー! これから散歩するらしいんであとはよろしくー」
 誠士は遠くに向かって無表情で言った。
 周りの人たちが避けるように通路を作る。
 いつもの誠士の特殊能力だ。
 なんか適当に指示をすると、周りの人が統率がとれた動きで助けてくれる便利な能力だった。
「僕にもその特殊能力ほしいよ」
「俺はただお前のファンクラブの人に適当に言ってるだけだけど? お前がお願いしたらもっとすごいんじゃない?」
「またまたー、そんなアニメみたいなこと言って僕を騙そうとするんだから」
 僕にそんなことできるはずがないし、そもそも恥ずかしくてそんな大きな声は出せそうにない。
「そう思うんならもうそれでいいよ。ほら、早く行きな」
 誠士は面倒くさそうにため息をつきながら、僕を逢坂くんの方へ追い立てる。
「……じゃあ行こうか?」
 内心、2人きりでなにを話せば良いのかと悩みながら逢坂くんの後に続いた。
 周りの「きゃー」とか「メロい」とかいういつもの雑音が今日はなぜか2倍くらい多いような気がした。