女装した後輩に告白されてから、どうも日常がバグっている。

 修学旅行が終わって初めての登校日。
 僕は1年5組前の廊下にいた。
「いおりん先輩、何してんスか?」
 後ろから聞き慣れた声がする。
「神崎くん! 誕生日プレゼントありがとう! これお土産。杉村さんいるかな?」
「あざっす! そんで、呼んでくるのは美羽だけでいいんスか?」 
 からかうように言われたけれど、僕は気にしない。
「遥くんも呼んできてよ! 一緒に帰る約束してるんだ。2人にお土産も渡したいのもあるし、ちょうどいいから迎えに来ちゃった」
「……マジで付き合い始めたんスね。呼び方まで変わってるし。まさかあの告白の結末がこうなるとは」
「自分でも遥くんを焚き付けて面白がった自覚はあるんだね……。でもあれがなかったら僕たち付き合ってなかったし。まあ、色々ありがとね」
「遥も遥だけど、いおりん先輩も強いな……。あ、呼んできますね」
 そう言うと、神崎くんは教室に入っていく。ほどなくして、遥くんと杉村さんがやってくる。
「伊織先輩!」
 遥くんが嬉しそうに僕の名前を呼ぶ。
「遥くん!」
 僕も嬉しくなって呼び返す。
「えっと、アタシ何かの間違いで呼ばれたんですか?」
 杉村さんの困惑した声を聞いて思い出す。
「ああ、ごめんごめん。あと、誕生日プレゼントありがと! はい、これお土産」
 僕は杉村さんにお土産を渡した。
「あざます! えーと、そしておめです!」
 パチパチと小さく手を叩きながら杉村さんが言った。いつの間にか神崎くんも手を叩いている。
「ありがと」
 改まっておめでとうと言われて、なんだかとても嬉しかった。
「巧、美羽、結婚式には必ず呼ぶから!」
「遥、またそんなこと言って! いおりん先輩が困っちゃうよ?」
「そうだね。2人には友人代表で何かお願いしたいね」
 僕は遥くんの冗談とも取れないセリフに乗って、言葉を紡ぐ。いつかその日が来るように願いを込めて。
「あー、そんなこともなさそうだぜ?」
「え? いおりん先輩壊れてるくない?」
「それな」
 2人は口では呆れたように言いながらも、優しい笑顔だった。



 遥くんの隣をゆっくりと歩く。
 途中でお互いの家に向かう別れ道まで、15分。少しでも長くいられるように。
「遥くん」
「はい。どうしました?」
 意味もなく名前を呼ぶ。
 誕生日のあの日、京都駅で見送ってから2日しか経っていないのに、それからずっと会いたくて、今日会えて嬉しかった。
「呼んでみただけ」
 僕は遥くんの顔を見た。
 夕焼けに照らされた頬は少し赤みを帯びていて綺麗だった。
「伊織先輩」
 今度は遥くんから呼ばれた。
「どうしたの?」
「大好きです」
 突然の告白に僕は遥くんの腕に自分の腕を絡み付ける。
「僕も」
 自然と笑みがこぼれる。腕から伝わる体温が僕の心を温める。けれども15分は短くて、あっという間に別れ道が見えてくる。
「楽しい時間はあっという間ですね」
 寂しそうな顔をした遥くんに、僕は宥めるように言った。
「本当だね。でも土曜日には一緒に仮面を作るでしょ? 遥くんちに行くの、楽しみにしてる!」
「はい! そうですね! 俺も楽しみです!」
 名残惜しさを感じながら、僕らは別れて家路についた。
 さっきまで触れていた右腕が寂しい。



「……緊張するな」
 僕はあの別れ道で遥くんを待っていた。
 いつもは離れてしまうのが寂しくて嫌いな場所なはずなのに、今日はここで会えると思うと素敵な場所に思えてくるから不思議なものだ。
 スマホを出して時間を確認する。まだ20分も前だ。さすがに早すぎたかもしれない。
 待ち受け画面を見て、思わず笑顔になる。修学旅行で撮った2人の写真は、幸せそうな笑顔を浮かべていた。
 僕はスマホにつけたお守りをそっと揺らしてみる。修学旅行で誠士にもらったものだ。
 即効性のあったむすび守の片割れは、遥くんのスマホについている。
 いつか2人で松尾大社の神様にお礼をしに行きたい。
 しばらくすると走って向かってくる遥くんが目に入った。
「伊織先輩! お待たせしました!」
「待ってないよ。っていうか僕がだいぶ早く来ちゃっただけだし」
 実際に待ち合わせの15分前だ。
「でも……」
 申し訳なさそうな顔をする遥くんの手を引いた。
「ねえ。早く連れてって?」
「はい! じゃあ行きましょう。今日は両親や兄もいるんで、少しうるさいですが」
 遥くんは僕を連れて、来た道を引き返す。
 楽しみと少しの不安が僕を饒舌にさせる。
「お兄さんがいるんだね」
「はい。普段は出掛けていていないことが多いのに、今日に限って家にいるんです」
 遥くんは迷惑そうな顔をしているけれど、家族に会えるのが楽しみだった。
「遥くんのお兄さんならきっとかっこいいんだろうね」
「そんなことないですよ。図体がでかいだけの男です」
 自分だって平均よりはずっと高いのに。
 僕は隣を歩く恋人を少し見上げた。
「またそんなふうに言ってー! それにしても、なかなか丁寧語が抜けないね。もっと普通に話して欲しいんだけど」
「うーん。それは……ちょっと難しい…かも」
 むりやり普通に話そうとしてくれるけど、やっぱりどこか不自然だ。
「いいよ。少しずつ慣れてこ!」
「はい。がんばる。あ、そこの角を曲がってすぐの家だす?」
 僕は思わず吹き出した。
「あはは。もう、訛っちゃって! 無理しないでいいから。まあ、おかげで緊張も解けたからいいや。ありがと」
 繋いでいる手を引き寄せて体を寄せた後、その腕を解放する。
 僕たちは逢坂家の玄関にたどり着いた。
 手入れされた色とりどりの花が植えられていて、いい香りがふわりと漂っていた。
 遥くんが扉を開ける。
「ただいま」
 僕は小さく息を吐いてから、そっと足を踏み入れた。
「お邪魔します」
 ほんのりといい香りがして、思わず笑顔になる。いつもの遥くんの香りだ。
 小さな足音がして、小柄な女性が出迎えてくれる。お母さんだろうか?
「初めまして。浅井です。今日はお世話になります。これ、よかったら皆さんでお召し上がりください」
「あら。ありがとう! さすが遥の浅井先輩だわ! やだ、どうしよう。緊張する!」
「え?」
 驚いて遥くんとお母さんを見比べる。
 すると玄関に、なぜか僕の写真が3枚ほど飾られているのが目に入った。
「ええ?」
 どういうことだろう?
 戸惑いを隠せずにいると、今度は背の高い男性2人が顔を出す。
「浅井くん、いらっしゃい。会いたかったよ!」
「マジか! 写真より実物の方がいいとか凄すぎる」
 お父さんとお兄さんだろう。2人とも遥くんによく似た雰囲気のイケメンだった。
 僕は小さく頭を下げた。
「初めまして。浅井です」
 よく見ると、写真の他にも僕のアクスタが何体か飾ってある。何が何だかわからなかった。
「みんな、伊織先輩が困ってるだろ? それに兄さん、失礼すぎ!」
「そうかあ? 俺、褒めたつもりなんだけど」
 意を決して、遥くんに尋ねた。
「遥くん、なんか僕の写真とかアクスタが飾ってあるみたいだけど……」
「あ、それは俺の部屋に飾りきれなくて……」
 僕の質問に答えようとする遥くんを制して、お父さんが言った。
「遥、玄関先で失礼だよ。浅井くんに上がってもらいなさい。母さん、アイスティー入れて! 浅井くんはアイスティーが好きだったね?」
 確かに僕はアイスティーが好きだけど、なんで遥くんのお父さんがそれを知ってるんだろう?
 促されるままに逢坂家のリビングに入ってソファに座る。
 この部屋にも至る所に僕の非公式グッズがあった。まあ、僕自体グッズを出してないからみんな非公式なんだけど。
「このグッズって、どうしたの?」
「……すみません。俺が作りました」
「さすがにキモいよなあ? 浅井くん、大丈夫?」
 お兄さんが反応を伺うように僕の顔を見る。
「あはは。そんなことないですよ。すごいね。僕にも作り方教えてよ!」
「はい、喜んで! 仮面作った後に時間があったらぜひ!」
「居酒屋かよ。ってか、浅井くんもすごいな!? しかも仮面とか大渋滞だろ」
 お兄さんがツッコミを入れる。
 何がすごいのだろうか?
 お父さんはニコニコとその様子を見守っていた。
 お母さんがキッチンからアイスティー4つとオレンジジュースを持ってきてくれる。
「やっぱりオレンジジュースなんだね」
「そうなの。遥、浅井先輩と同じものを飲みたいって頑張ってるんだけど、ストレートティーは飲めなくて」
「母さん!」
 可愛い一面をまたひとつ知れて幸せな気持ちになる。
「静、お菓子も用意してあるから持ってきて」
「ほーい」
 お兄さんが返事をして高級そうなお菓子をたくさん持ってきてくれる。歓迎されているのがわかって、僕は嬉しかった。
「浅井くん、遥と仲良くしてくれてありがとう」
 お菓子の美味しさに感動していると、お父さんが突然言った。
 ……ありがとう?
 不思議に思い、お父さんの顔を見る。遥くんを渋くした感じの端正な顔は、優しく微笑んでいた。
「あの……、こちらこそ遥くんと仲良くさせていただいてます。ありがとうございます」
 本当のところ、家族全員に歓迎されて、少しだけ心苦しく思っていた。遥くんが僕と付き合っていると知ったら、どう思うだろうとそう考えると怖かった。
「……遥はね、浅井くんに会うまで、引っ込み思案で自分の意見を言えないような、体の弱い大人しい子だったんだ」
「そうだね。いつも俺や、巧と美羽の後ろに隠れてた」
 お兄さんがアイスティーを飲みながら付け足す。
「……父さん! 兄さんまで!」
 遥くんが恥ずかしそうに慌てて2人を止めようとする。
「いいじゃないか。遥の大切な人なんだろ?」
「……!」
 お父さんのセリフに、遥くんは押し黙る。
「1年前、文化祭から帰ってきてしばらくして、遥が突然体を鍛えたり勉強し始めて。積極的に自分の意見も言うようになったんだ。驚いたけれど、私たちはそれが嬉しくてね」
「父さん……」
「この前も学校を休んで京都に行きたいって言った時は驚いたけれど、大切な人の誕生日を祝うためだって、そのためにアルバイトも頑張ったと聞いて、私たちは許可したんだよ。まあ、さすがに家中が浅井くんだらけになったのはびっくりしたけれどね」
「……そうなんですね」
 言葉が出なかった。
 僕の知らない遥くんの過去。僕がきっかけで変わった遥くん。
 そう、僕は最初、あの文化祭の時の水たまりの子と遥くんを結びつけられなかった。知っている今でも信じられないくらい印象が違う。華奢で体の小さい、お礼を言うのも一生懸命な感じの中学生だった。
 僕と出会ったことをきっかけにたくましく成長した遥くんに、僕は恋をした……。
 隣の遥くんの手をそっと握る。
「……伊織先輩!」
「2人は本当に仲がいいのね。安心したわ。遥が一方的に行動してたらどうしようかとちょっと思ってたの」
 お母さんが微笑みながら言った。
 ちょっと前まで、実はそんな感じだったとは言えなかったけれど、少しだけ空気が軽くなった気がした。
「仲良いですよ。これからも、ずっと」
 僕は1人1人の目を見て誓うように言った。みんなの優しい顔が印象的だった。
「……伊織先輩、そろそろ俺の部屋に行きましょう」
「2人の邪魔して悪かったな。仮面? だっけ? 作るんだろ?」
 お兄さんが僕たちを見て、遥くんにそっくりな笑顔で言った。
「はい。みんなでお話しするのも楽しいけど、工作の時間がなくなっちゃうしね。遥くんの部屋に連れてってよ」
 半分忘れかけていたけれど、今日の目的は仮面を作ることだ。
 僕たちはリビングを後にして遥くんの部屋に向かった。



 これから遥くんの部屋に向かう。
 ドキドキして妙に緊張していた。
 階段を上って左手すぐの部屋の前で遥くんが立ち止まる。
「この部屋です。散らかってて恥ずかしいけど、どうぞ」
 ゆっくりと扉が開かれ、僕は目を疑った。
 正直、玄関やリビングに僕の写真やアクスタがある時点で覚悟はしていたけど、これは……。
「なんか、僕がいっぱいいて、どこを見たらいいのかわからない部屋だね」
 部屋中に僕の写真やらアクスタやらがところ狭しと飾られていた。
「そうですか? あ、僕はこの伊織くんアクスタが一番お気に入りです」
「あ!」
「どうしました?」
「僕のことも伊織くんって呼んでよ!」
「え! あ……」
「アクスタのことは呼べて、僕のことは呼べないの?」
「……伊織くん」
「よくできました!」
 僕は遥くんの胸に飛び込んでハグをした。
「伊織先輩!」
「伊織くんって呼んでって言ったでしょ? なかなか人目のないとこで2人きりになれないからね。仮面を作るのもだけど、遥くんにいっぱいくっつくのも今日の目的」
 僕はいい香りのする胸に顔を埋めて言った。たくましい腕が僕の腰にそっと回る。
「伊織くん……」
「あはは。嬉しいけどなんか慣れないね。そうだ、仮面のキット買ってきたよ」
「あ! ありがとうございます!」
「じゃあ早速作りましょうか」
 僕たちはミニテーブルを前にして座椅子に座る。
 そこにも数体の僕がいた。アクスタをそっとデスクの上に移動する。
 そして、バッグからネットで買った仮面のキットを取り出した。
 そして疑問を口にする。
「ねえ、僕のアクスタばかりだけど、遥くんのはないの?」
「自分のは作っても面白くないので……」
「ねえ、今度一緒に遥くんのアクスタ作ろうよ。この子たちも遥くんが近くにいた方が嬉しいと思うよ」
「……! はい! 伊織くんアクスタの気持ちまで考えてませんでした。やっぱり伊織先輩は優しい……」
「あはは。単純に僕が欲しいだけだけど。あ、呼び方、戻っちゃったね」
「すみません。伊織くんって言うとアクスタのイメージが強くて」
 話しながら、キットを袋から出す。
 少し厚手の紙がアイマスク状になっており、装飾するだけの状態になっている。装飾に必要そうなパーツもいくつか準備しておいた。
「これなら割と簡単にできそうですね!」
「うん。石膏で作るタイプもあったけど、美術の授業みたいになっちゃうから」
「ふふ。そうですね。デザインどうします? どんな感じがいいとかありますか?」
「そうだなあ。僕はやっぱり緑と白が好きだからその色で作りたいな。遥くんは?」
「俺は紺と金で少しクラシックな感じにしようかと」
「いいね!」
 濃紺と金の仮面は、遥くんの精悍な顔に似合いそうだと思った。
「伊織先輩のは、白い羽根とかつけたらどうですか? 天使の羽根みたいなやつ」
「素敵だね。僕はセンスないから遥くんのイメージでデザインしてよ」
 2人で話し合いながら仮面を作る。
 遥くんは思ってたよりずっと不器用で、だからこそ今まで僕のためにたくさん努力してきてくれてたんだと実感する。
「ここに羽根をつけるの?」
 完成間近の仮面に、最後の装飾を施す。
「はい。アクセントにいくつかビーズもつけましょう!」
「いいね!」
 出来上がった2つの仮面は、素人が作ったにしてはなかなかのものだ。
 きっと、この仮面をつけた遥くんは王子のようにかっこいい。
「ねえ、つけてみてよ」
 僕は濃紺の仮面を手渡した。受け取った遥くんは恐る恐るといった様子で仮面を装着する。
「どうですか? 似合ってますか?」
 闇夜のような仮面に目元が隠されて、端正な口元が際立っていた。
 ああ、なんて素敵な僕の王子様。
「うん。すごく似合ってるよ。でも」
 言いながら、そっと仮面を外す。
「僕はこっちの方が好き」
 頬に手を添える。
 そして優しくキスをした。
 その唇は甘く、オレンジジュースの味がした。