女装した後輩に告白されてから、どうも日常がバグっている。

「浅井先輩、その服」
 逢坂くんが僕のピンクの服を見て言った。
「うん。前に選んでもらったやつだよ。誕生日に逢坂くんを感じていたくて。実際に会えちゃったけど」
 思ったことをそのまま言った。
 もう隠す必要はないから。
「え! 嬉しいです」
 逢坂くんは恥ずかしそうに微笑んだ。
 僕たちは今、円山公園に来ている。
 紅葉にはまだ早いけれど、生い茂る木々の緑が美しい。時折吹き抜ける風が爽やかで気持ちいい。
 ベンチに腰掛けて、のんびりと景色を眺める。
「あ!」
 突然逢坂くんが大きな声を上げた。
「どうしたの?」
「あれ、中山先生じゃないですか?」
 よく見ると少し遠くに担任の中山先生が見えた。
「逢坂くん、よく見えるねって、感心してる場合じゃないか。どうしよう……!」
 逢坂くんには授業乱入の前科がある。学校をサボって京都に来ていたなんてバレたらどうなるかわからない。
「俺、隠れます!」
 逢坂くんはそう言って木の後ろに張り付いているけれど、不自然極まりない。
 どうしよう……!
 その時僕は誠士の言葉を思い出した。
 そして藁をも縋る思いで声を上げた。
「誰か! 先生が来ちゃう! 助けて!」
 するとどこからか複数の班が中山先生に近づいていくのが見えた。そして、中山先生が生徒たちと共に進行方向を変える。
 呆気に取られてその様子を見ていると、クラスメイトの山野くんが近づいてきて僕に耳打ちした。
「ここは目立つからもう少し外れの方に行きな。あっちにもベンチあるから」
 そして親指を立てて、強く頷いて見せた。
「あ、ありがとう」
「俺はお前らの幸せを祈ってるから! あと誕生日おめでとう!」
 嵐のように去ってゆくその姿はとても頼もしかった。
「……なんとかなりましたね」
 逢坂くんがいつの間にか隣に戻っている。
 僕は髪についた葉っぱを取ってあげると、誰に言うともなく言った。
「本当に特殊能力使えちゃった」
「……ですね」
 僕たちは突然起こった出来事に驚きながらも、少し外れのベンチへ移動した。
「みんなに助けてもらっちゃったね」
「そうですね。本当に助かりました!」
 逢坂くんは満面の笑みを浮かべている。
 見ていると幸せな気持ちになる。
 僕はスマホを取り出した。
「ねえ、逢坂くん。一緒に写真撮らない?」
「いいんですか?」
「僕が撮りたいんだもん。いいに決まってるでしょ」
 逢坂くんのおでこを軽くつついてから、そっと顔を近づける。
「浅井先輩、近いです」
「でも近づかないとフレームに収まらないよ」
 髪と髪が触れたところでシャッターを押した。
 木々の緑を背景によく撮れていた。逢坂くんが頬を染めているのが可愛い。
「これ、待ち受けにしよう。逢坂くんにも送るね」
 僕はエアドロで写真を送る。
「ありがとうございます! そうだ! 浅井先輩に誕生日プレゼントがあるんです」
 僕のスマホを見ていた逢坂くんがバッグを漁りながら言った。そこには海老のマスコットがついている。
「え! 来てくれただけじゃなくて、プレゼントもあるの?」
 僕はびっくりして逢坂くんの顔を見た。
「ふふ。それじゃあ俺が浅井先輩に会えて嬉しいだけじゃないですか」
 言いながらバッグから取り出された小さな袋は、綺麗にラッピングされている。
「あ、この袋、服買った店のだよね?」
「はい。覚えていてくれたんですね」
「もちろんだよ。僕、あれから何度かあの店に行ってるよ」
「そうなんですね! あ、どうぞ開けてみてください」
「ありがとう。なんだろう?」
 逢坂くんからもらえるものはなんでも嬉しい。僕は丁寧にシールを剥がして袋を開けた。
「あ! これ!」
 そこには前に買うのを諦めたスマホケースが入っていた。
「え! すごい!」
「一緒に行った時に浅井先輩が何度も手に取っていたのを覚えていて。喜んでもらえたなら良かったです!」
 僕のことを見ていてくれたのが嬉しくて泣きたくなる。
「ほんと、ありがとう」
「あ、そうだ。黒崎先輩からも預かってるんですよ」
 そう言いながら、お弁当箱くらいの箱をバッグから取り出した。
「そういえば、2人で召し上がってって言ってたね」
「はい」
「開けてみようか」
 少し厚めの包装紙を解いて、白い箱を開けるとそこにはハート型の色とりどりなマカロンが入っていた。
「すごい……」
 僕は思わず呟いた。
 まるで僕たちを祝福してくれているような気がした。
「すごいですね」
「食べてみようか」
「俺もいいんですか?」
「黒崎さんは2人でって言ってたよ」
「じゃあ、いただきます」
 ピンクのハートを1つ摘んで口に入れる。
 甘酸っぱい香りが口の中に広がってゆく。
「美味しいね!」
「はい!」
 僕たちはゆっくりと味わって食べた。
 幸せが甘い香りと共に溶けていった。



「すごい! ここも柳の緑が綺麗だね!」
 2人で手を繋いで、祇園白川の通りを歩く。
 朱塗りの鳥居や古い町屋の並びがどこか浮世離れしたように感じられる。
 そして、隣には逢坂くんがいる。
 僕は今、人生で一番幸せな誕生日を過ごしている。
「浅井先輩が緑色を好きだと言っていたので、緑が綺麗なところを選びました」
 穏やかな声が心地よくて、逢坂くんにそっと体を寄せる。
「浅井先輩?」
 緑色が好きなことと自然の緑は正直あまり関係ないけれど、そんなことはどうでも良かった。
「誕生日だからね。いっぱい甘えようと思って」
 青柳を背にする逢坂くんは、一枚の絵のように美しい。その姿はまるで王子様のようで、僕は思わずため息をつく。
「綺麗だ」
 逢坂くんがポツリと言った。
「うん。風流で綺麗だね」
 柳が風に靡いて揺れる様はどこか幻想的だった。
「違います。いや、景色も綺麗ですが、でも! 浅井先輩が綺麗で。初めて会った時も花のように綺麗な人だと思ったんですけど」
「ありがとう。でも逢坂くんの方がかっこいいよ」
 逢坂くんは思い詰めたような口調で続ける。
「いえ。あの日、あの文化祭の日。服が汚れるのも構わず手を差し伸べてもらって。外見だけじゃなくて中身まで綺麗な人だと思って。こういうとなんか変な感じだけど、王子様みたいだって思ったんです」
 僕を美化しすぎている。そう思った。
 こんな時、僕はいつもどうしたらいいかわからなくなる。
「……逢坂くん」
「浅井先輩、実は迷惑なんじゃないかと不安だったんです。俺、来ても大丈夫でしたか?」
 繋いだ手をきゅっと強く握られる。
「嬉しかったよ。実際、嬉しくて泣いちゃったし。でも、心配ではあるかも」
「心配、ですか?」
 逢坂くんは不思議そうな顔をして、僕の言葉を待っている。
「うん。だって学校も休んでるし、お金もかかったでしょ? 家族の人は京都に来てること知ってるの?」
 2年生が修学旅行中も、当たり前だが他の学年は通常通り授業がある。学校を休んで京都に来ることを家族が簡単に許すとは思えない。
「その辺りは大丈夫です。家族は説得しましたし、このためにバイトして資金を貯めましたから」
「もしかして、前に言ってたやりたいことって……」
「はい。浅井先輩の誕生日が修学旅行と重なってたから、一緒に過ごすためにバイトしました」
 僕は自分を殴りたくなった。
 黒崎さんに嫉妬して、逢坂くんを避けて。
 でも逢坂くんは僕のために一生懸命バイトして、黒崎さんもあんなに素敵なサプライズで協力してくれた。
「僕は、本当にバカだな……」
 口をついて言葉が出た。
 視界が滲んでゆくのを感じた。
「浅井先輩はバカじゃないです。バカなのは俺の方です。いつも迷惑かけて自分の気持ちを押し付けて。でも浅井先輩はいつも優しく受け止めてくれるから……」
 服の袖で目元を拭った。
 そして繋いだ手を離して、逢坂くんに向き合うように移動する。
「ねえ」
 離れた手は今は少し寂しいけれど、またすぐ繋げばいい。
 逢坂くんはいつも僕に向かって一直線だった。だから目を見て言いたかった。
「浅井先輩?」
 逢坂くんの眉毛が八の字に下がる。
「欲しいプレゼントがあるんだ」
 僕は困った顔をした逢坂くんの胸に飛び込みたくなるのを我慢する。
「なんですか? バイト代、まだ余裕あるからきっと買えます! 足りなかったら、先になっちゃうけど頑張ってまたバイトするんで!」
「あはは。そんなんじゃないんだ。僕のわがままを聞いて欲しいだけ」
 困惑した表情が愛おしかった。
「わがまま、ですか?」
「そう。わがまま」
「なんでも言ってください。俺、浅井先輩のためならなんでもできます」
 相変わらずだな、と思うけれど、この子はきっと本当になんでもしてしまう。
「帰ったらさ、前に話した仮面作り、一緒にしようよ」
「もちろん! 俺がデザインします! それだけですか?」
 少し考えてから、人生最高の笑顔でお願いする。
「じゃあ、僕のこと、名前で呼んでよ」
「……!そんな、俺……!」
 戸惑う姿が可愛らしくて、意地悪したくなった。
「遥くん、僕のためならなんでもできるんでしょ?」
「!!! 浅井先輩! 名前……!」
 僕はもう我慢できない。
 人目なんて気にしない。
 遥くんに一歩近づくと、そのまま胸に飛び込んだ。
「違うでしょ? ほら、僕の名前は、伊織、だよ」
「……い、おり、先輩」
 背中に腕が回されて、いつものフローラルな香りに包まれる。
「先輩もいらないけど、それはまた来年のプレゼントにお願いすればいいか」
「……来年も一緒にお祝いしてもいいですか?」
 耳元で聞こえるのは涙声だ。
「僕だってこれからはいっぱいわがまま言って困らせるよ。だけど、これからもずっと一緒にお祝いしてよ」
「あ、……伊織先輩! 絶対お祝いします! ずっと!」
 ああ、長い間待たせてごめん。
 でも、これからずっとキミと一緒にいるから許してよ。
「遥くん、好きだよ。ずっと一緒にいてよ。約束だよ」
 僕を包み込む腕に、ぎゅっと力が入る。
「! ずっと一緒にいます。俺が伊織先輩を見取ります!」
「あはは。よろしく頼むよ」
 僕はもう、遥くんを離さない。