『今日の放課後 特別教室棟東階段、屋上の踊り場で待ってます 逢坂 遥』
僕は久しぶりにもらったラブレターを手に、胸をときめかせていた。
遥ちゃん、どんな子なんだろう?
手紙に綴られた文字は、書き手の人柄が滲み出るかのように優美で整っている。
小学校からの腐れ縁、蓮見結菜から昼休みにそれを渡された時にはドッキリかと思ったけれど、どうやら本当に1年の女子から頼まれたらしい。
「あー、なんか可愛かったよー」
結菜にどんな子だったか聞いてみても適当な返事が返ってくるばかりで、同じく友人の白木誠士と一緒に、興味なさそうに帰り支度をしている。
僕も急いで帰り支度をしてから、淡いブルーの封筒をもう一度開く。
ほんのりとフローラルな香りが漂う。
女の子らしい可愛い香りだと思う。
僕は今、猛烈に彼女が欲しかった。
手作りのお弁当とか、一緒に登下校とか、雨の日の相合傘とか、とにかく色々エンジョイしたかった。
入学当初に一度だけ告白されて「友達から」と付き合った彼女は、一週間で理由も聞けないまま振られてしまった。どんなに自問自答をしてみても、別れの理由は見つけられないままだ。
それからというもの、どの女子からも優しくはされるものの、少し距離を置かれているような毎日だった。
付き合ってる間に、何か知らずに変なことをして噂でも広がっているのかな……?
そんなふうにマジで悩んでいる中でのラブレターだった。
僕は結菜の可愛いという言葉を信じて、指定場所へ向かうことにした。
途中、周りの女子のまとわりつくような視線をスルーして、東階段に辿り着く。
そして期待と不安を胸に、踊り場を目指して階段を上がる。
屋上への扉は施錠されていて出ることができない。
踊り場には、ちょっとした物置のように使われなくなった机や椅子が置かれている。
人目につきにくいこともあり、絶好の告白スポットとなっていた。
階段を上り切って一息つく。
まだ手紙の主は着いていないようだった。
鼓動が高鳴るのを感じた。
これじゃあまるで僕が告白するみたいだな。
思わず苦笑いしたところで、階段を上る足音が聞こえてきた。
階段の手すり越しに艶やかな黒髪が見えた。
そして大人びた印象の整った顔立ちが見え隠れする。可愛いというよりは、美人と表現した方がしっくりくる。
え!? めっちゃ綺麗な子なんだけど!
心の声が出そうになって慌てて飲み込んだ。
上から見ていた僕に気づいて、彼女は慌てた様子で言った。
「浅井先輩! 遅れてすみません!」
風邪でも引いているのだろうか?
なんか……、妙に声が低い。
「いいよ。そんなに待ってないから」
少し違和感を覚えながらも、僕は彼女が階段を上りきるの待った。そして、対面して言葉を失った。
……あれ?
なんか……、めっちゃでかい。
170センチちょっとのザ・平均的身長の僕より、どう考えても10センチ以上でかい。
そして、肩幅がえげつない。
僕は大きく息を吸い込んで、心の限りにツッコミを入れた。
「キミ、男だよね!?」
目の前には、身長180センチ越えのイケメン(推定)が女装して立っていた。
どこから調達してきたのか、特大サイズの女子用制服を着ている。それでも少し窮屈なのか、少し動きがぎこちない。
メイクと髪のセットは完璧。首から上だけは美人さんだ。
「はい。男です」
「……もしかして、嫌がらせとか罰ゲームなの?」
「いいえ。真剣に浅井伊織先輩に告白に来ました」
「はあ!?」
イケメンが真顔で女装というかなりシュールな状況に、僕の脳は処理が追いつかない。
置いてきぼりなまま告白の言葉を聞いた。
「好きです! 俺と付き合ってください」
「えっと待って……」
「浅井先輩は女子が好きだと聞いたので、女としての自分で来ました」
「女としての自分って……何? えっとあの、キミ、男だよね? とにかくその格好やめようか?」
「はい。浅井先輩のお望みならば」
僕のセリフを聞くや否や、自称遥ちゃんはウィッグを鷲掴みにして取り外した。
ネットを被った頭が出てきて、余計おかしなことになる。
ウィッグの下ってこんなふうになってるんだな……。
僕は思わず現実逃避したくなるのを堪えて、そのネットを外し、彼の髪を整えてやる。
これ……、マジで告白なのか?
とりあえずそこはスルーして声をかけた。
「まあ、何にしてもここまでガチにやることないでしょ。キミ、何年何組の何くん? とりあえずそんな格好で出歩くのもあれだから、キミの制服取ってきてあげるよ。ここで待ってて? ね?」
ここまで体を張った行動が哀れに感じて、助けてあげたいと思った。
僕は階段に向かおうと彼の横を通り抜けようとした。けれど優しく腕を掴まれて、行く手を阻まれる。
「1年5組の逢坂遥です。本当に浅井先輩は優しいですね。大好きです。俺とつきあってください」
遥ちゃんじゃなくて、遥くんなんだ。
あの手紙、ちゃんと本名なんだな。
名前を聞いて妙に納得して、そんな場合じゃないことに気がついた。
「……やっぱり、マジの告白なの?」
「はい。マジです」
僕はどうやらとんでもないヤツに好かれてしまったらしい。
なんと返事をしたらいいかわからず、1分程固まってしまった。
しかもその間、目の前の逢坂くんは微動だにせず返答を待っている。
「えっと…、ごめんなさい。僕は女の子と付き合いたいです」
「残念です。一応、女子の格好してみたのですが……」
「逆に、なんでそれでいけると思ったのかな?」
「友人たちがワンチャンあると言いました」
「もう……、とにかく帰ろう。おいで」
「はい」
こんな話をしていてもどうにもならない。仕方ない。逢坂くんにはこのまま教室まで帰ってもらおう。
二人で階段を降りてゆく。
「無駄に綺麗にメイクされてるのも、女子の制服着てるのも、友達のせいなの?」
「はい。友人のおかげで準備できました」
「そこは『おかげ』じゃないでしょう」
「そうですか? でも俺はそのおかげでこうして浅井先輩とお話しできてます」
「うーん、確かに? なのかな?」
一つ下の踊り場に着いた。
手すりから身を乗り出して階下を見る。人の気配はなさそうだ。
この東階段自体が特別教室のある校舎の一番東奥だから、放課後は元から人通りは少ない。
「浅井先輩、危ないです」
後ろからそっと腰の辺りを支えられて、体勢が安定する。
「あ、ありがと」
この子、ちょっと変わってるけどいい子だな。
外見だって、女装していない普段の姿だったら相当なイケメンに違いない。
なんでこんな子が僕のことを好きになったのだろう?
不思議に思いながら続きの階段を降りてゆく。
すると階段先の壁の影で、男子生徒と女子生徒が二人で話しているのが見えた。角度のせいでさっき見つけられなかったようだ。
「逢坂くん、ちょっと僕の後ろに隠れて。そんな姿、見られたくないでしょ?」
あまり大きいとは言えない僕の体の後ろに隠れられるかは微妙だけど、まあ気持ちの問題だ。
僕は庇うように逢坂くんを背中に隠す。
背中に逢坂くんの体温を感じる。
僕達は二人の前を通り過ぎようとした。
その時、
「……ちょっ!」
「ぶはっ!」
二人が吹き出した。
やっぱり無駄な抵抗だったか……。
そう思った瞬間、予想外のセリフが僕の耳に飛び込んできた。
「遥、まさか、告白成功したの?」
「……くっそウケるんだけど!」
「え?」
思わず後ろの逢坂くんを見る。
「浅井先輩、この二人が女装を手伝ってくれた友人です」
「そうなの?」
「はい」
一応女装を解くために待機してくれてたのかな?
安心してため息をついたその時、僕はとんでもない誤解をされているのに気がついた。
「おめでとー!」
「ワンチャンものにしたじゃん!」
やばい! 二人の間で告白成功した事になってる!
「ちょ、ちょっと待って? 僕、OKしてないからね?」
慌てて否定したせいで、少しよろけたところを逢坂くんに支えられる。
「浅井先輩、気をつけてくださいね」
優しい言葉の主にしがみついて、体勢を立て直して一息ついた。
「えー、その距離感で断ったとかあります?」
「それに関しては返す言葉もないけど、僕は女子と付き合いたいです」
僕は逢坂くんから離れて、ため息をついた。
「んー、やっぱダメかー」
「ダメに決まってるでしょ!」
この二人、杉村美羽さんと神崎巧くんは逢坂くんのクラスメイトで、中学からの友人だそうだ。仲は良さそうだけど、それにしても悪ふざけが過ぎている。
「もう……、女装すればチャンスあるなんて唆して! そもそも逢坂くんも……」
1年生達に注意をしようと話し始めてそこそこに、今度は聞き慣れた二人の声が背後から聞こえた。結菜と誠士だ。
「あれー? もう終わっちゃった?」
「ほらー! 誠士が早くしないからーって、……ぶはっ!」
結菜は逢坂くんの格好を見てツボに入ってしまったらしく、激しくむせこんでいる。
「ねえねえ、いおりん。あれ、1年の逢坂だよな? なんであんな格好してんの?」
誠士は若干引き気味に、僕に女装の理由を聞いてくる。
正直こっちが聞きたいくらいだ。
結菜はお腹を抱えて、くの字になってひいひい言っている。
質問はスルーして、僕は誠士に言葉を返す。
「あれ? なんでここに来たの? 帰ったんじゃないの?」
「や、おもしろそうだから様子見に行こうって結菜が言い出してさー」
「なんでアタシの名前出すの? でも予想をはるかに上回る面白さだったわ」
ようやく落ち着いた結菜が、逢坂くんを見ないよう目を逸らして言った。
「んで、何でこんな格好なの?」
今度は僕でなく、逢坂くんとその友達に向かって誠士が質問する。
その問いに神崎くんがボソッと答えた。
「俺の家が美容室で、俺も美容師志望だからメイクやウィッグつけるとかできるんで」
続いて杉村さんが元気よく付け足した。
「はーい、衣装は私が苦労してOGからゲットしましたー!」
多分聞きたいのは、どうやって女装したかじゃなくて、何のために女装したかだと思う。
「それも謎だったけど、何のために女装してんの?」
その問いには、耳当たりの良い低い声で逢坂くんが静かに答えた。
「それは浅井先輩が女子好きだから……」
「待ってよ、その表現は語弊がある!」
それだとまるで女子の格好してたら誰でもいいみたいじゃないか!?
そんな僕の言葉は無視して、結菜が言った。
「ってか、メイクめっちゃ凝ってね? これ、HR後にはじめたんじゃ間に合わないしょ? 授業サボった?」
「いえ。メイクだけは昼休みにやっちゃいました。髪と着替えはHR後っス」
神崎くんが髪を耳にかけながら、思い出し笑いをする。
え、もしかして……!
僕は思わず質問した。
「待って。午後の授業、これで出たの!?」
「はい」
「後ろの席だし余裕かなって思って」
杉村さんが何でもないことのように言う。
余裕なわけが無い。
遠くから見てもバッチリメイクしているのがわかる。まつげなんてつけまつげでバサバサだし。
「ってか、よくこの時間まで噂というか、騒ぎにならなかったな?」
誠士が呆れた様子で質問する。
「あ、そこはクラス全員にガチガチの箝口令敷いといたんで。正直、協力者は俺ら以外にもいるんスよ」
「クラスの団結力、そんなことに使わないで!?」
僕のツッコミに追い打ちをかける一言が続く。
「まあでも数学で指された時は一瞬びびったよね!」
「それな」
「ぶはっ」
結菜が我慢できずに吹き出す。
僕と誠士は顔を見合わせる。
「やけに先生と目があったけど、別に何も言われませんでしたよ」
「いやそれ、関わったらやばいと思われてるやつでしょ」
誠士は何とも言えない表情で突っ込んでいた。
「ひー! おかしい……やばすぎる……」
僕は、引き笑いで息が苦しそうな結菜の背中をさすりながら言った。
「とにかく、逢坂くんのその格好なんとかしよう」
6人の大所帯で逢坂くん達のクラス、1年5組を目指して歩く。
途中、気になっていたことを結菜に聞いた。
「結菜、手紙くれたの、可愛い子って言ってたよね?」
「うん。だって手紙持って来たの、美羽ちゃんだったし」
「あ、遥はメイク中だったからアタシが行くしかなくてー」
蓋を開けてみればなんとも単純なことだったけれど、しっかり騙されてしまった。
僕は振り返って真後ろにいる逢坂くんを見上げる。
つけまつげのせいで影が落ちている。通った鼻筋も形の良い唇も、可愛い子といえば可愛い子なのかも?
そんなふうにバカなことを考えていると、逢坂くんと目が合って優しく微笑み返された。
やっぱり凄く綺麗だ。
僕は何でもないふりをして、ゆっくりと前を向いた。
今、メイクはともかく服装だけでも見えないようにと、逢坂くんを真ん中に配置して廊下を歩いている。
別に僕たちは一緒に行く必要はないのだけど、なんとなく流れでそうなってしまった。
「ねーねー、神崎ー! メイク教えてよー」
「ああ、別にいいっスよ」
「じゃあ連絡先交換しよ? あ、美羽ちゃんもー!」
「アタシもいいんですか? わーい」
「ねー、明日みんなで一緒にランチしない? 学食とかで……」
さっき会ったばかりだというのに、結菜はもう1年生たちと仲良くなっている。
誠士はそれを興味なさそうにぼんやり見ていた。
そして逢坂くんはなぜか僕のブレザーの裾を掴んでいる。
なんだか迷子の子供を保護しているような気分だ。
嫌だと払い除けるほどでもなくて、なんだか落ち着かなかった。
1年5組に無事到着する。
教室にはもうほとんど生徒は残っていない。
告白はともかく、階段入り口での会話で時間はだいぶ経過していた。
「はいこれ、メイク落とし。あ、つけまつげはこれで糊ふやかしてからね。目尻からとってー」
神崎くんが大きなポーチから色々なボトルや道具を出して、逢坂くんに渡している。
単純に顔を洗って終わりじゃないんだと感心して見ていると、誠士が言った。
「いおりん、一応確認なんだけど、告白の返事どうした?」
「もう見てわかると思うけど、告白して来たのがあのメイクの逢坂くんね、男子の」
「うん。まあ、女装は斜め上だけど、逢坂のことは知ってるから。もちろん結菜も」
「え? 逢坂くんのこと、知ってるの? まさか、ラブレターの差出人見た時点で知ってたってこと?」
「うん。だから気になって様子見に行ったんだし」
「えー! だったら先に教えてよー」
「でもお前、知ってても行くじゃん」
「だって断らなきゃだし……、行くには行くけどさ……」
高校入ってからは告白されること自体なくなってしまったが、僕は中学時代、なぜか男子からもたまに告白されていた。今となっては不思議な思い出だ。
「行くなら言わなくても一緒だろ?」
「心構えが違うよ! でもなんで逢坂くんのこと知ってんの? 1年生だよ?」
「まー、お前はそういうの興味ないってか、気にしてないけど、あいつもお前と同じく顔面強者で有名人だし。ファンクラブとかあるから」
「えー! そうなんだ! どおりでイケメンだと思った! でも僕と同じってどういうこと?」
誠士は僕の言葉に肩をすくめると、面倒くさそうな表情をつくった。
「あー、はいはい。何でもないです。で、結局返事どしたの?」
「どうしたも何も、男だし。例によって断ったよ」
「……そうなんだ。俺、OKしたかと思っちゃった」
「そんなわけないじゃん……」
僕はため息をついて、あたりを見回す。
逢坂くんは水道へメイクを落としに行っている。
結菜は杉村さんと一緒に神崎くんのメイクポーチの中身を見分しながら話し込んでいた。
教室の扉が開いて、逢坂くんが戻ってくる。
「巧、ちゃんと落ちてる?」
「大丈夫。あと化粧水と乳液つけときな」
無事にメイクも落ちたようで、これで安心して解散できる。
僕はスクバを肩にかけた。その時、逢坂くんに声をかけられた。
「浅井先輩。ご迷惑おかけしました。でも好きなのは本当です。あの……、友達にもなれませんか?」
真正面からメイクなしの素顔の逢坂くんを見て、僕は言葉を失った。
顔だけ美人にメイクされてた時から薄々気がついてはいたけれど、本当に本当に綺麗に整っていて格好良かったのだ。
「……いいよ」
気がついた時には、無意識に返事をしてしまっていた。
自分でもチョロいことはわかっている。
わかっているけども、どうにもできなかった。
濡れた前髪がかかるキリッとした目元も、通った鼻筋も、薄い唇も、綺麗な肌も。
きっと美しいものには引力があって、知らず知らずのうちに目で追ってしまうのだろう。
だって、今、まさに自分がそうなっている。
僕は不本意ながら、自分の口から出る言葉にリソースを割けなかった。
ましてやそれが縋るような表情で、僕に何かを乞うてくるなんて……、そう、断る選択肢は存在する筈もなかったのだ。
「……!! ありがとうございます!!」
逢坂くんの大きな声で我に返る。
ああ、なんかいいよって言っちゃった……。
気づいた時にはこんな感じで、目の前で子供みたいに喜ぶ逢坂くんの姿を見て、ここまでのイケメンでも、やっぱり高校1年生の男の子なんだなとぼんやり思った。
輝くような笑顔が眩しくて、僕は思わず顔を背ける。
かくして、ちょっと変わり者で年下の超絶イケメンという、属性盛り盛りな友達が新たに増えたのだった。
僕は久しぶりにもらったラブレターを手に、胸をときめかせていた。
遥ちゃん、どんな子なんだろう?
手紙に綴られた文字は、書き手の人柄が滲み出るかのように優美で整っている。
小学校からの腐れ縁、蓮見結菜から昼休みにそれを渡された時にはドッキリかと思ったけれど、どうやら本当に1年の女子から頼まれたらしい。
「あー、なんか可愛かったよー」
結菜にどんな子だったか聞いてみても適当な返事が返ってくるばかりで、同じく友人の白木誠士と一緒に、興味なさそうに帰り支度をしている。
僕も急いで帰り支度をしてから、淡いブルーの封筒をもう一度開く。
ほんのりとフローラルな香りが漂う。
女の子らしい可愛い香りだと思う。
僕は今、猛烈に彼女が欲しかった。
手作りのお弁当とか、一緒に登下校とか、雨の日の相合傘とか、とにかく色々エンジョイしたかった。
入学当初に一度だけ告白されて「友達から」と付き合った彼女は、一週間で理由も聞けないまま振られてしまった。どんなに自問自答をしてみても、別れの理由は見つけられないままだ。
それからというもの、どの女子からも優しくはされるものの、少し距離を置かれているような毎日だった。
付き合ってる間に、何か知らずに変なことをして噂でも広がっているのかな……?
そんなふうにマジで悩んでいる中でのラブレターだった。
僕は結菜の可愛いという言葉を信じて、指定場所へ向かうことにした。
途中、周りの女子のまとわりつくような視線をスルーして、東階段に辿り着く。
そして期待と不安を胸に、踊り場を目指して階段を上がる。
屋上への扉は施錠されていて出ることができない。
踊り場には、ちょっとした物置のように使われなくなった机や椅子が置かれている。
人目につきにくいこともあり、絶好の告白スポットとなっていた。
階段を上り切って一息つく。
まだ手紙の主は着いていないようだった。
鼓動が高鳴るのを感じた。
これじゃあまるで僕が告白するみたいだな。
思わず苦笑いしたところで、階段を上る足音が聞こえてきた。
階段の手すり越しに艶やかな黒髪が見えた。
そして大人びた印象の整った顔立ちが見え隠れする。可愛いというよりは、美人と表現した方がしっくりくる。
え!? めっちゃ綺麗な子なんだけど!
心の声が出そうになって慌てて飲み込んだ。
上から見ていた僕に気づいて、彼女は慌てた様子で言った。
「浅井先輩! 遅れてすみません!」
風邪でも引いているのだろうか?
なんか……、妙に声が低い。
「いいよ。そんなに待ってないから」
少し違和感を覚えながらも、僕は彼女が階段を上りきるの待った。そして、対面して言葉を失った。
……あれ?
なんか……、めっちゃでかい。
170センチちょっとのザ・平均的身長の僕より、どう考えても10センチ以上でかい。
そして、肩幅がえげつない。
僕は大きく息を吸い込んで、心の限りにツッコミを入れた。
「キミ、男だよね!?」
目の前には、身長180センチ越えのイケメン(推定)が女装して立っていた。
どこから調達してきたのか、特大サイズの女子用制服を着ている。それでも少し窮屈なのか、少し動きがぎこちない。
メイクと髪のセットは完璧。首から上だけは美人さんだ。
「はい。男です」
「……もしかして、嫌がらせとか罰ゲームなの?」
「いいえ。真剣に浅井伊織先輩に告白に来ました」
「はあ!?」
イケメンが真顔で女装というかなりシュールな状況に、僕の脳は処理が追いつかない。
置いてきぼりなまま告白の言葉を聞いた。
「好きです! 俺と付き合ってください」
「えっと待って……」
「浅井先輩は女子が好きだと聞いたので、女としての自分で来ました」
「女としての自分って……何? えっとあの、キミ、男だよね? とにかくその格好やめようか?」
「はい。浅井先輩のお望みならば」
僕のセリフを聞くや否や、自称遥ちゃんはウィッグを鷲掴みにして取り外した。
ネットを被った頭が出てきて、余計おかしなことになる。
ウィッグの下ってこんなふうになってるんだな……。
僕は思わず現実逃避したくなるのを堪えて、そのネットを外し、彼の髪を整えてやる。
これ……、マジで告白なのか?
とりあえずそこはスルーして声をかけた。
「まあ、何にしてもここまでガチにやることないでしょ。キミ、何年何組の何くん? とりあえずそんな格好で出歩くのもあれだから、キミの制服取ってきてあげるよ。ここで待ってて? ね?」
ここまで体を張った行動が哀れに感じて、助けてあげたいと思った。
僕は階段に向かおうと彼の横を通り抜けようとした。けれど優しく腕を掴まれて、行く手を阻まれる。
「1年5組の逢坂遥です。本当に浅井先輩は優しいですね。大好きです。俺とつきあってください」
遥ちゃんじゃなくて、遥くんなんだ。
あの手紙、ちゃんと本名なんだな。
名前を聞いて妙に納得して、そんな場合じゃないことに気がついた。
「……やっぱり、マジの告白なの?」
「はい。マジです」
僕はどうやらとんでもないヤツに好かれてしまったらしい。
なんと返事をしたらいいかわからず、1分程固まってしまった。
しかもその間、目の前の逢坂くんは微動だにせず返答を待っている。
「えっと…、ごめんなさい。僕は女の子と付き合いたいです」
「残念です。一応、女子の格好してみたのですが……」
「逆に、なんでそれでいけると思ったのかな?」
「友人たちがワンチャンあると言いました」
「もう……、とにかく帰ろう。おいで」
「はい」
こんな話をしていてもどうにもならない。仕方ない。逢坂くんにはこのまま教室まで帰ってもらおう。
二人で階段を降りてゆく。
「無駄に綺麗にメイクされてるのも、女子の制服着てるのも、友達のせいなの?」
「はい。友人のおかげで準備できました」
「そこは『おかげ』じゃないでしょう」
「そうですか? でも俺はそのおかげでこうして浅井先輩とお話しできてます」
「うーん、確かに? なのかな?」
一つ下の踊り場に着いた。
手すりから身を乗り出して階下を見る。人の気配はなさそうだ。
この東階段自体が特別教室のある校舎の一番東奥だから、放課後は元から人通りは少ない。
「浅井先輩、危ないです」
後ろからそっと腰の辺りを支えられて、体勢が安定する。
「あ、ありがと」
この子、ちょっと変わってるけどいい子だな。
外見だって、女装していない普段の姿だったら相当なイケメンに違いない。
なんでこんな子が僕のことを好きになったのだろう?
不思議に思いながら続きの階段を降りてゆく。
すると階段先の壁の影で、男子生徒と女子生徒が二人で話しているのが見えた。角度のせいでさっき見つけられなかったようだ。
「逢坂くん、ちょっと僕の後ろに隠れて。そんな姿、見られたくないでしょ?」
あまり大きいとは言えない僕の体の後ろに隠れられるかは微妙だけど、まあ気持ちの問題だ。
僕は庇うように逢坂くんを背中に隠す。
背中に逢坂くんの体温を感じる。
僕達は二人の前を通り過ぎようとした。
その時、
「……ちょっ!」
「ぶはっ!」
二人が吹き出した。
やっぱり無駄な抵抗だったか……。
そう思った瞬間、予想外のセリフが僕の耳に飛び込んできた。
「遥、まさか、告白成功したの?」
「……くっそウケるんだけど!」
「え?」
思わず後ろの逢坂くんを見る。
「浅井先輩、この二人が女装を手伝ってくれた友人です」
「そうなの?」
「はい」
一応女装を解くために待機してくれてたのかな?
安心してため息をついたその時、僕はとんでもない誤解をされているのに気がついた。
「おめでとー!」
「ワンチャンものにしたじゃん!」
やばい! 二人の間で告白成功した事になってる!
「ちょ、ちょっと待って? 僕、OKしてないからね?」
慌てて否定したせいで、少しよろけたところを逢坂くんに支えられる。
「浅井先輩、気をつけてくださいね」
優しい言葉の主にしがみついて、体勢を立て直して一息ついた。
「えー、その距離感で断ったとかあります?」
「それに関しては返す言葉もないけど、僕は女子と付き合いたいです」
僕は逢坂くんから離れて、ため息をついた。
「んー、やっぱダメかー」
「ダメに決まってるでしょ!」
この二人、杉村美羽さんと神崎巧くんは逢坂くんのクラスメイトで、中学からの友人だそうだ。仲は良さそうだけど、それにしても悪ふざけが過ぎている。
「もう……、女装すればチャンスあるなんて唆して! そもそも逢坂くんも……」
1年生達に注意をしようと話し始めてそこそこに、今度は聞き慣れた二人の声が背後から聞こえた。結菜と誠士だ。
「あれー? もう終わっちゃった?」
「ほらー! 誠士が早くしないからーって、……ぶはっ!」
結菜は逢坂くんの格好を見てツボに入ってしまったらしく、激しくむせこんでいる。
「ねえねえ、いおりん。あれ、1年の逢坂だよな? なんであんな格好してんの?」
誠士は若干引き気味に、僕に女装の理由を聞いてくる。
正直こっちが聞きたいくらいだ。
結菜はお腹を抱えて、くの字になってひいひい言っている。
質問はスルーして、僕は誠士に言葉を返す。
「あれ? なんでここに来たの? 帰ったんじゃないの?」
「や、おもしろそうだから様子見に行こうって結菜が言い出してさー」
「なんでアタシの名前出すの? でも予想をはるかに上回る面白さだったわ」
ようやく落ち着いた結菜が、逢坂くんを見ないよう目を逸らして言った。
「んで、何でこんな格好なの?」
今度は僕でなく、逢坂くんとその友達に向かって誠士が質問する。
その問いに神崎くんがボソッと答えた。
「俺の家が美容室で、俺も美容師志望だからメイクやウィッグつけるとかできるんで」
続いて杉村さんが元気よく付け足した。
「はーい、衣装は私が苦労してOGからゲットしましたー!」
多分聞きたいのは、どうやって女装したかじゃなくて、何のために女装したかだと思う。
「それも謎だったけど、何のために女装してんの?」
その問いには、耳当たりの良い低い声で逢坂くんが静かに答えた。
「それは浅井先輩が女子好きだから……」
「待ってよ、その表現は語弊がある!」
それだとまるで女子の格好してたら誰でもいいみたいじゃないか!?
そんな僕の言葉は無視して、結菜が言った。
「ってか、メイクめっちゃ凝ってね? これ、HR後にはじめたんじゃ間に合わないしょ? 授業サボった?」
「いえ。メイクだけは昼休みにやっちゃいました。髪と着替えはHR後っス」
神崎くんが髪を耳にかけながら、思い出し笑いをする。
え、もしかして……!
僕は思わず質問した。
「待って。午後の授業、これで出たの!?」
「はい」
「後ろの席だし余裕かなって思って」
杉村さんが何でもないことのように言う。
余裕なわけが無い。
遠くから見てもバッチリメイクしているのがわかる。まつげなんてつけまつげでバサバサだし。
「ってか、よくこの時間まで噂というか、騒ぎにならなかったな?」
誠士が呆れた様子で質問する。
「あ、そこはクラス全員にガチガチの箝口令敷いといたんで。正直、協力者は俺ら以外にもいるんスよ」
「クラスの団結力、そんなことに使わないで!?」
僕のツッコミに追い打ちをかける一言が続く。
「まあでも数学で指された時は一瞬びびったよね!」
「それな」
「ぶはっ」
結菜が我慢できずに吹き出す。
僕と誠士は顔を見合わせる。
「やけに先生と目があったけど、別に何も言われませんでしたよ」
「いやそれ、関わったらやばいと思われてるやつでしょ」
誠士は何とも言えない表情で突っ込んでいた。
「ひー! おかしい……やばすぎる……」
僕は、引き笑いで息が苦しそうな結菜の背中をさすりながら言った。
「とにかく、逢坂くんのその格好なんとかしよう」
6人の大所帯で逢坂くん達のクラス、1年5組を目指して歩く。
途中、気になっていたことを結菜に聞いた。
「結菜、手紙くれたの、可愛い子って言ってたよね?」
「うん。だって手紙持って来たの、美羽ちゃんだったし」
「あ、遥はメイク中だったからアタシが行くしかなくてー」
蓋を開けてみればなんとも単純なことだったけれど、しっかり騙されてしまった。
僕は振り返って真後ろにいる逢坂くんを見上げる。
つけまつげのせいで影が落ちている。通った鼻筋も形の良い唇も、可愛い子といえば可愛い子なのかも?
そんなふうにバカなことを考えていると、逢坂くんと目が合って優しく微笑み返された。
やっぱり凄く綺麗だ。
僕は何でもないふりをして、ゆっくりと前を向いた。
今、メイクはともかく服装だけでも見えないようにと、逢坂くんを真ん中に配置して廊下を歩いている。
別に僕たちは一緒に行く必要はないのだけど、なんとなく流れでそうなってしまった。
「ねーねー、神崎ー! メイク教えてよー」
「ああ、別にいいっスよ」
「じゃあ連絡先交換しよ? あ、美羽ちゃんもー!」
「アタシもいいんですか? わーい」
「ねー、明日みんなで一緒にランチしない? 学食とかで……」
さっき会ったばかりだというのに、結菜はもう1年生たちと仲良くなっている。
誠士はそれを興味なさそうにぼんやり見ていた。
そして逢坂くんはなぜか僕のブレザーの裾を掴んでいる。
なんだか迷子の子供を保護しているような気分だ。
嫌だと払い除けるほどでもなくて、なんだか落ち着かなかった。
1年5組に無事到着する。
教室にはもうほとんど生徒は残っていない。
告白はともかく、階段入り口での会話で時間はだいぶ経過していた。
「はいこれ、メイク落とし。あ、つけまつげはこれで糊ふやかしてからね。目尻からとってー」
神崎くんが大きなポーチから色々なボトルや道具を出して、逢坂くんに渡している。
単純に顔を洗って終わりじゃないんだと感心して見ていると、誠士が言った。
「いおりん、一応確認なんだけど、告白の返事どうした?」
「もう見てわかると思うけど、告白して来たのがあのメイクの逢坂くんね、男子の」
「うん。まあ、女装は斜め上だけど、逢坂のことは知ってるから。もちろん結菜も」
「え? 逢坂くんのこと、知ってるの? まさか、ラブレターの差出人見た時点で知ってたってこと?」
「うん。だから気になって様子見に行ったんだし」
「えー! だったら先に教えてよー」
「でもお前、知ってても行くじゃん」
「だって断らなきゃだし……、行くには行くけどさ……」
高校入ってからは告白されること自体なくなってしまったが、僕は中学時代、なぜか男子からもたまに告白されていた。今となっては不思議な思い出だ。
「行くなら言わなくても一緒だろ?」
「心構えが違うよ! でもなんで逢坂くんのこと知ってんの? 1年生だよ?」
「まー、お前はそういうの興味ないってか、気にしてないけど、あいつもお前と同じく顔面強者で有名人だし。ファンクラブとかあるから」
「えー! そうなんだ! どおりでイケメンだと思った! でも僕と同じってどういうこと?」
誠士は僕の言葉に肩をすくめると、面倒くさそうな表情をつくった。
「あー、はいはい。何でもないです。で、結局返事どしたの?」
「どうしたも何も、男だし。例によって断ったよ」
「……そうなんだ。俺、OKしたかと思っちゃった」
「そんなわけないじゃん……」
僕はため息をついて、あたりを見回す。
逢坂くんは水道へメイクを落としに行っている。
結菜は杉村さんと一緒に神崎くんのメイクポーチの中身を見分しながら話し込んでいた。
教室の扉が開いて、逢坂くんが戻ってくる。
「巧、ちゃんと落ちてる?」
「大丈夫。あと化粧水と乳液つけときな」
無事にメイクも落ちたようで、これで安心して解散できる。
僕はスクバを肩にかけた。その時、逢坂くんに声をかけられた。
「浅井先輩。ご迷惑おかけしました。でも好きなのは本当です。あの……、友達にもなれませんか?」
真正面からメイクなしの素顔の逢坂くんを見て、僕は言葉を失った。
顔だけ美人にメイクされてた時から薄々気がついてはいたけれど、本当に本当に綺麗に整っていて格好良かったのだ。
「……いいよ」
気がついた時には、無意識に返事をしてしまっていた。
自分でもチョロいことはわかっている。
わかっているけども、どうにもできなかった。
濡れた前髪がかかるキリッとした目元も、通った鼻筋も、薄い唇も、綺麗な肌も。
きっと美しいものには引力があって、知らず知らずのうちに目で追ってしまうのだろう。
だって、今、まさに自分がそうなっている。
僕は不本意ながら、自分の口から出る言葉にリソースを割けなかった。
ましてやそれが縋るような表情で、僕に何かを乞うてくるなんて……、そう、断る選択肢は存在する筈もなかったのだ。
「……!! ありがとうございます!!」
逢坂くんの大きな声で我に返る。
ああ、なんかいいよって言っちゃった……。
気づいた時にはこんな感じで、目の前で子供みたいに喜ぶ逢坂くんの姿を見て、ここまでのイケメンでも、やっぱり高校1年生の男の子なんだなとぼんやり思った。
輝くような笑顔が眩しくて、僕は思わず顔を背ける。
かくして、ちょっと変わり者で年下の超絶イケメンという、属性盛り盛りな友達が新たに増えたのだった。


